クリックは仕事の待ち合わせだと言われたニューデルスタの裏街の娼館前に辿り着くと、そこには黒いドレスを纏った麗人が立っていた。女性にしては背が高いが、ほっそりとした肢体や腰の括れ、隠された胸元は確かにまろみを帯びているから恐らくは娼館で仕事をしている人間だろうか。
ところが、「彼女」はクリックを見つけるや駆け寄ってきた。状況が理解できないクリックはその場に立ち尽くしてしまうが、近づいてきた「彼女」を見て思わず声を上げてしまう。
「て、テメノスさん、な、んて恰好してるんですか……?!」
「なんてって、仕事着ですよ、仕事着。ちなみにソローネ君の仕立てです」
ああそんな気はしてました、という気力も失せ、けれどもしっかりどう見ても女性に見えるテメノスには思わず目が奪われてしまう。
さらさらの銀髪には翡翠の髪留めが光っており、上品な雰囲気を醸し出している。うっすらと化粧もしているし、胸元そのものは鎖骨が見えるほど空いてはいるが、男性だとわからないように巧妙に隠されており、程よい膨らみがあった。黒を基調としたドレスは腰元で深いスリットが入っていて、左の太ももはほとんど見えている。真っ白なガーターベルトをつけているところまではっきりと見えてしまい、その肌の白いまばゆさに目が灼けそうだ。
「そ、の、……つかぬことを伺いますが、した、下着は、穿いて……」
「ふふ、さてね。どっちだと思います?子羊くん」
テメノスはまるで煽るかのように、チラリとスリット部分を指先で持ち上げて、小さく笑う。クリックは慌てて周囲の視線からテメノスの太ももを隠すように立つものだから、テメノスの悪戯めいた笑いは一層深まった。
「まったく、君ときたらからかい甲斐のある子だこと」
「テメノスさん!僕は、あなたの為を想ってですね……!第一、聖職者だというのにその恰好は何ですか!一体全体どんな仕事なんですか!」
クリックがわめくと、周囲の視線が一斉に集まる。テメノスが制するように視線を巡らせたので、クリックは唸るように押し黙った。確かに、今のは自分が悪かった。
「そう喚かないでください。ある富豪のパーティーに潜入するためのドレスコードがあるんですよ。しかも、女性ばかりを集めた、ね……主催者には黒い噂が沢山あります。女性が行くよりは私の方が安全でしょう」
一瞬、テメノスが何を言っているのかクリックは理解できなかった。
そもそもそんな仕事を何でテメノスがしているのかもわからないし、女性の格好をするなら結局のところ危険性は変わらないのではないか。しかも、今のテメノスは一見男性とはわからない。テメノスは声色を変えることも巧いから、おそらく良くも悪くも騙しとおせるだろう。
「……それで、僕に白羽の矢が立ったんですか?」
「そういうこと、子羊くんもだんだん分かってきましたね」
「はぁ、……止めても、行くんですよね。なら僕がお供したほうがまだマシというものです。それにしてもその仕事、ソローネさんじゃダメだったんですか?」
苛立たし気にそういうと、テメノスの顔色が変わる。
「あのね、君。いくら彼女が腕の立つ蛇の一員だったとはいえ、れっきとした女性ですよ。まあ……確かに、彼女のことですからうまくやるかもしれませんが、万が一の可能性は拭えないんですよ?そのとき、責任が取れますか?」
だったらあなただって同じじゃないですか、とまた叫びそうになるのを必死で堪えながら、クリックはひとり大きなため息をつくのだった。
結局潜入捜査は一般貴族に扮したクリックとその連れという態のテメノスが順当に悪党を暴いて解決したのだが、その後暫くクリックの機嫌は悪いままで、そんな恰好は僕の前以外では絶対にしないでください、と泣きながら懇願されてテメノスもほとほと困ったという。