覚えてるのは暗がりと、灰色の空と、ずたぼろになっている自分自身の身体。
そのくせさらりとした銀髪と宝石のような翡翠の目を持って生まれた子供は、時折通りかかる人に情けを請うことを知っていた。そして、この容姿や身体の使い方も。
初めては八歳だったか、七歳だったか、よくは覚えていない。そもそも自分の誕生日だってあやふやなのに、そんなことはどうだってよかった。
今日は、恰幅の良い中年の男が、ニヤニヤしながら裏路地で座っていた自分に目を向けていた。その好奇の目――否、好色の目にすぐさま反応し、思い切りか細く、けなげそうに声をあげると、男はそれはそれはいやらしい笑みを浮かべて手を取ってくれた。
交渉成立だ。
これで、男は自分を抱く代わりにいくばくいかの銭をくれる。
黒蛇になる資格すらなかった自分でも、やりすぎなければこうやってくいつなぐことができた。男の屋敷に連れて行かれ、身体を清められた。穢れた子供は抱きたくはない、ということか。自嘲の笑みを浮かべながら清水で身体を洗って、用意された衣服らしからぬ衣服に袖を通す。上質の絹でできたそれは、お世辞にも服とは言えない代物だった。極薄で体のどこも隠してないし、陰部だって丸見えだ。そのくせ首やら脚、腕などに嵌められた装飾品だけはやたらと豪華で、それを身に着けるのは少し億劫だった。
けれど、これから始まる拷問に近い時間にくらべればまだマシだろう。
これから自分は、あのでっぷりと太った男に抱かれるのだから。背後から貫かれ、胎内に欲望を出されて、娼婦のように喘いで、もっと、もっと、とせがんで見せなければならない。重い心持と共に洗面所を出て男の元へ向かう子供の背中は、ひどく小さかった。
だから、初めはその初老の男も同じような類の男だと思っていたのだ。なにせ自分より少々年上の年頃の少年を連れている。稚児にでもするのかと問えば、傍にいた黒髪の少年が激怒し、なんてことを言うんだとひっぱたかれた。その後初老の男が宥めても、黒髪の少年は納得していないようでぎろりとこちらを睨んでくる。
「ロイよ、そう怒るでない。この子はそういう生き方しかできなかった子なのだよ」
「でも、教皇様、いくらなんだって教皇様が子供を買うだなんて言い方、ひどすぎます!」
「教皇……さま……?」
教皇というと、聖火教の教皇だろうか。そういった知識はニューデルスタの裏町で生きていれば自ずと入ってくる常識だ。最も関わることなどないと思っていたけれど。
「そなた、名は何というのだ?」
「名前なんて、ありません」
優しげに問うてくる初老の男に、けれどもそっけなく応じる。それでも初老の男は目を細めてどこか寂しげに笑うのだった。
「そうか……それは難儀じゃな……。それでは今日からそなたはテメノス、テメノス・ミストラルと名乗るとよい」
「テメ、ノス?」
「そうじゃ。それがそなたの名じゃ」
「なま、え……そんなものは、必要ありません」
「馬鹿かお前は!折角教皇様がお前のために考えてくださった名前を、いらないだなんて!」
もう一回ぶたれないとわからないのか、と手を挙げている少年を再び初老の男は抑えて、薄汚れた髪をそれは愛おしそうに、やさしく、撫でた。
「テメノスや。どうせ行くあてもないのであろう。ならば我が元へと来るが良い。少し遠いがの、共に行こう。行く先は、蒼き聖火が灯る大聖堂じゃ」
「だい、せい、どう……?」
話だけは聞いたことがある。このニューデルスタからずっと北方にある大きな教会だ。ソリスティアに住まう人々は皆炎を崇めている。
その聖地であり、はるばる西大陸からも訪れる人がいるという。そんな大それたところに、自分が?何故?
顔に出ていたのだろう。初老の男はにこりと笑い、再び子供の頭を撫でた。
「お前の心には炎が灯っている……そう、聖なる炎だ。強く、輝かしい、美しい炎が。来るときまで、その炎は守らなければならない。それは教皇たる私の務めじゃ」
「こころに、ほのおが」
意味が分からなかった。けれど、この初老の男についてゆけば、物乞いや売春などせずともよいのだ、ということだけは理解できた。元々この雑多な街に未練などはない。黒蛇に属しているならばともかく、そうでない自分には居場所なんてないのだから。
子供は、初老の男の手をとった。
それが、すべての始まりだった。それはとても暑い夏の日で、向日葵が咲いているのがやたらと印象的な日だった。
「ロイ。魔法詠唱はこれでいいの?」
「そうだな。テメノスは僕よりずっと筋がいいから、きっとすぐ僕を追い抜くよ。それよりもスタミナが問題だな。詠唱中を狙われると、お前はきっとやられてしまうから、身体をもう少し鍛えないといけない」
ロイの分析は的確だった。痛いところをつかれた、とテメノスは思い、頷く。
「私は確かに体の線も君より細いし、フレイムチャーチに来るまではロクなものを口にしたことが殆どなかったから」
「ああ……そうか」
ロイは痛ましそうに私を見て、ぽん、とテメノスの頭を撫でる。まるで年下扱いだが、ロイとの方が若干年上なのはなんとなくではあるがわかっていた。テメノスは自分の正確な年を知らないけれど、教皇がそういうのだから、そうなのだろうと思っていた。
テメノスは基本的に他人を信じない。
けれど、何故だろうか、教皇イェルクとロイだけは、不思議と信じられた。自分に危害を加えないからかもしれない。
動物とは本能的に、自分に危害を加えるものとそうでないものを察知するというけれど、それに似ているのだろうか。だとしたらテメノスは野生動物と同じ子供だったということになるけれど。
教皇に拾われてから、五年。テメノスは十五になっていた。ロイとの生活は、一言で言えば忙しなかった――というか、ロイが馬鹿正直で何でもかんでも信じてしまう性質なお陰で、その尻ぬぐいが大変だった、というのが正しいのかもしれない。それでもテメノスはそれが楽しくて――ロイと過ごす時間はどこか暖かく、安堵出来て、だから共に過ごせたのかもしれない。
今日は魔法の特訓だ、などといってフレイムチャーチから大聖堂までの山道を聖なる炎に見守られながら歩いていた。時折出遭う魔物との戦闘で、テメノスは魔法を使い、ロイは杖で果敢に戦った。ロイはテメノスよりも腕っぷしも強く、身体も大きかったから、テメノスを自ずと庇うように戦う。だから傷を負うことも多くて、その都度テメノスは回復魔法を使っていた。その為か二人で行動を共にすると自ずと役割分担が出来ていたのだった。
一度、ロイに何故聖堂騎士ではなく異端審問官を目指すのか、と聞いたことがあったが、ロイは鎧が重くて動きづらいのが嫌だと笑いながら答えた。そんな馬鹿な理由で異端審問官を目指すロイに呆れたが、ロイも教皇もそれで良いというのだから、まったくわからない。
わからないと言えば、素性もわからないテメノスを迷うことなく引き取った教皇もだが、教皇はテメノスの中に清らかな炎があると言っていた――あの時の言葉だけは、今でも思い出す。きっと、生涯忘れないであろう。
「なあ、テメノス。僕がもしいなくなったら、異端審問官の仕事はお前が継げよ、な?」
テメノスが物思いに耽っていると、とんでもないことを言い出すロイに、テメノスは焦って何を言うんだと食って掛かった。けれどロイときたらまた笑って誤魔化して、「そんなことになるなんて、ありえないかもしれないけれど、万が一ってことがあるから、さ」とどこか遠くを見て言った。
そのロイの言葉がやたらと脳裏にこびりついて、テメノスは忘れられなかった。その日も奇しくも向日葵がやたらと咲いている日だった。
そして、ついにその日はやってきた。
「ロイ、本当に行くの?一人で大丈夫なのか?」
「大丈夫さ、テメノス。そんなに心配するな。僕が強いのはお前がよくわかってるだろう。教皇様だって許可してくれたんだ。大丈夫、僕は戻ってくるよ」
「でも、ロイ……」
何やら教皇から言いつかったロイが旅立つその日、テメノスは嫌な予感がしてロイを引き留めていた。勿論、テメノスが引き留めたからって出立をやめるとは思えなかったけれど、それでもテメノスは何が何でも行かせてはならない、と強く思ったのだった。それは勘だったのかもしれない。とても、とてつもなく嫌な予感。
「テメノス。僕なら心配はいらない。それにな、一ついいことを教えてやる。僕は数年前、貴族の館でお前と同じような炎を心に持つ少年を見出していたんだ。その子は僕に憧れて異端審問官になると言っていたけれど、あの体つきだから聖堂騎士になっているかもしれない。もしかしたら、その少年がお前の助けになってくれるかもしれないぞ。お前はひとりじゃない。教皇様もいるんだ。心配するなって。な?」
「でも、ロイ、私はやはり……心配だよ」
「おいおい、勘弁してくれよ、これ以上言われたら僕だって決意が鈍ってしまうじゃないか。いいから、いい子で待っててくれよな」
ぐしゃぐしゃと頭を撫でられる。いつもならば冗談と振り払うのに、今回はできなかった。温もりが、惜しかった。もっと撫でて欲しかった。
「いい子って……私の年齢を考えて言ってるの?もう私も二十五なのに?」
「ははは、それもそうか。なんだかお前は弟みたいな感じで、何時まで経っても年を取ってないように思えてなあ」
「もう!そんなわけがないだろう!そんな事を言うロイはさっさと行ってこい!無事に帰って来る約束だからな!」
勢いでそう言ってしまったけれど、内心とても不安だった――怖かった。ロイがいない日常なんて、とてもではないけれど考えられなかったから。
けれどもロイは手を振って、あっさりと行ってしまった。
そしてテメノスは、ぽつんと軒先で一人、その背中を見続けていた。その背をはらはらと紅い楓の葉がまるで追うように、落ちていった。その景色に見覚えのある黄色はなかった。
「う、そ……ですよね……」
その報せを聞いた瞬間、頭が真っ白になった。何を言っているのか、理解できない、というのはこういうことなのだろう。
「ロイが、消息を絶った……って、うそ、です、よね……?」
縋るように言うテメノスに、けれども教皇は大きなため息とともに首を横に振った。
「嘘だ……!!」
「テメノスよ、信じたくはあるまいが……。現実じゃ。ロイは、調査中に消息を絶った……私にもそれしか、報せは来てはおらん」
「嘘だ、嘘だ、嘘だ……そんなの……信じられない!!」
「テメノスよ……」
教皇は錯乱するテメノスを哀れに思ったのか、優しく抱きしめてくれた。その温もりはやたらと現実的で、テメノスは初めて涙を流して首を幼子のように振り乱して泣いた。思えば、感情をこんなにも激しく吐露したのは初めてのような気がした――それは、とても最悪な形でだったけれども。
「……私は何もいってやれぬが……お前だけでも、私が守ろう……、お前だけは、絶対に守らなければならない……」
教皇の言葉の意味はよくわからなかった。テメノスはただ、ただひたすらに泣いて、泣いて、泣き明かしていたから。けれども教皇の体温がとても温かく、気づけばテメノスは泣き疲れて眠りに落ちていた。
その聖堂騎士は一見頼りなく、大丈夫だろうか、とテメノスに懸念させるほどに真っ直ぐだった。
そもそもそんな理想を掲げた聖堂騎士は、見たことがない。あのカラスどもは煩くて、元々好きではなかった。それなのに彼は囚われたテメノスを助けようと、果敢にも剣を構えたのだ。その姿勢や足腰の鍛え具合からして、新人と侮れない、とその時は思ったのだが、テメノスが鉄槌を下した方が早いし、何より安全だ。テメノスが聖光魔法を少し威力を弱めて編めば、あっというまに暴徒は気絶してしまった。
それを彼は拍子抜けしたように見つめるものだから、つい、揶揄ってしまいたくなった――考えてみたら、それが他人に興味を持った初めての経験だったかもしれない。
青年の名はクリック・ウェルズリーといった。名前から察するにどこぞの貴族の出だろうか。生憎とそういった情報に疎いテメノスは、彼におどけた調子で自己紹介すると、きらきらと何かを期待していた目が曇るのがはっきりとわかり、からかいがいのある子羊くんだ、と思った。
そんな出逢い方をしたクリックだが、彼の目的とテメノスの目的が一致していたので、二人で大聖堂に向かうことにした。何よりも、教会に対して敵対勢力が動いている、というのが気になった。
道中の魔物は、テメノスの魔法や杖でなんとでもなるのだが、クリックは「お守りします!」「怪我はないですか?」などと逐一テメノスの事ばかりを気にするものだから、何やらおかしくなってしまって笑ってしまった。するとクリックは憤慨し、何がおかしいのかと問うので、「ここは私の庭のようなものですよ、子羊くん」と告げると眉を吊り上げて「そういうことではありません!何時だってあなたのような人は危機意識を持つべきです!」などと逆に怒られてしまった。何故彼はそんなに初対面のテメノスに対して怒ったりするのだろうか。道中ただ目的が一緒なだけだというのに。
ただ、テメノスも彼の人となりを少しずつ理解はしてきた。とにかく正義感が強く、真っ直ぐで、揺るぎのない芯のようなものを持っている――そこで、ふと、ロイの言葉を思い出していた。ロイが言っていた少年は、もしかしたら彼なのかもしれない。ロイの事を聞こうか迷ったが、まだそんな仲でもないし、第一人違いだったら甚だ恥ずかしい。だからロイの事を聞くのはもう少し彼と仲良くなってからにしよう、そう思った。そして少なくとも信頼には足りえるだろう、とも思えた。彼のような青年は、少し青臭いけれど、嫌いではない。もっともカラスには相応しくはない、とも思ったけれども、彼のような人間が居て、そして出世できるのであれば、聖堂機関というものを見直してもいいかもしれないな、とも思えた――あのカラスの集団に限って、そんなことはないだろうけれど。
「クリックくん、過度な心配はご無用ですよ。ここフレイムチャーチや大聖堂は私の庭のようなものです。魔物なんて、蹴散らしてしまいますから」
「ですが、貴方のような異端審問官をお守りするのが、我々聖堂騎士の務めです!テメノスさんは下がっていてください」
「おや、私を心配してくれるの?ありがとう、けれどね、道中で私の実力はわかっているでしょう?」
「だから、そういう問題ではないのです。これは、僕の問題です!」
「へえ、なるほどなるほど、これは興味深いですね。お話を伺っても?」
「……失言でした。とにかく、テメノスさんは必ず僕がお守りします」
おっと、巧く煙に巻かれた。テメノスはくすりと笑う。彼がそういった話術に長けているとはとてもではないが思えないので、本当に触れて欲しくないことなのだろう。ならば自分も深追いはすまい。誰だって、触れて欲しくはないことの一つや二つ、あるのだから。
こうして少しの間の二人旅は、大聖堂へと至った。大聖堂へはただ教皇が来い、とだけ言っていたはずだから、待っていればいい。
「クリックくん、大聖堂は初めてですか?」
きょろきょろと大聖堂の建物や中央にある巨大な蒼い炎に目を輝かせている子羊に声をかけると「はい!ここが、大聖堂……聖火教の聖地なのですね!」と感激したように返された。テメノスにとっては日常的な風景なのだけれど、確かにここをわざわざ訪れる人々は多い。何せソリスティア中から人が集まるのだ。テメノスよりもむしろクリックのような反応の方が一般的だろう。実際、そこら中に似たような人間が集まっていた。
もっともとテメノスたちは任務があるから、物見遊山の観光などしてはいられない。
教皇は夜に来い、と言っていた。そして実際にとっぷりと日は暮れている。扉を叩いたが教皇が出てくる気配がなく、仕方なくテメノスは裏の手段を使って大聖堂内部へと侵入したのだった――嫌な予感を、抱えながら。
そしてそこで見た光景は、最悪の物だった。
教皇イェルクが、殺されていた。
ここで取り乱してはいけない、強くそう思い、テメノスは周囲から何かこの状況のヒントを得らえないかと考えだした――一度集中するとテメノスは何があっても動じない。先ほどもその悪癖を晒してしまったが、今は傍にクリックがいる。何かあっても、クリックが対処してくれるだろう――それくらいには、彼の神の剣は信頼できた。実際新人という割には彼は筋が良く、これならば共に事件を追う相棒にしてもよい、とすらテメノスは考えていたくらいだ。
そこでは結局教皇殺害の事実にどうも不審な点がある、という結論をテメノスが出し、クリックも納得した。何れにせよ聖火が揺らいでからの嫌な予感は当たっていた――というより、ロイが出立したあの日から、テメノスの中に漠然と蓄積していた嫌な予感は、当たり始めていたのだった。
それにしても、クリックという人物と知り合えたのは僥倖だったと思う。信心深過ぎるのが玉に瑕だが、新人とはいえ伸びしろがある――何よりも、テメノスはクリックに好感を抱いていた。そう、まるであの日見た夏の向日葵のような印象だったのだ。向日葵に良い印象はなかった――けれど、クリックと重ねてみると悪くはない、と思えるのだ。
まっすぐで、正義感が強く、疑うことを知らない――ロイとも似ていた。そう考えてみたら、テメノスがクリックに好感を抱くには十分な要素が揃っていたのだ。
初対面の人間は疑ってかかるテメノスも、クリックのあけっぴろげな感想や態度に、この青年を疑うことはそもそもが馬鹿げていると思えるほど、とにかくクリックは馬鹿が付くほどに正直な青年だった。
この時点で、もしかすればテメノスはクリックに特別な印象を抱いていたのかもしれない――本人が知る由もないところで。
二度目の再会も、事件現場だった。そして事件を終えて少し経ち、クリックがテメノスの傷心旅行に付き合うと言い出して、テメノスが旅の途中で出会ったオーシュットやキャスティと共にニューデルスタを訪れた時のことだった。
ニューデルスタに良い思い出はない。
―—故郷。そんな言葉もあるが、この名にふさわしくない場所だ。
こっそりとテメノスは溜息を落とす。教皇に拾われ、ロイと出逢い、テメノスは変わった。変わることが出来た。そして成長できた。もしあの時教皇に拾われなければ、未だにこのごみ溜めで身体を売り、ごみを漁る生活をしていたのだろう――それか貴族に買われ、性奴隷として生きるか。テメノスのように見目の良い孤児はニューデルスタでは珍しかったから、幼い頃は重宝された――お陰で生き延びることができたのだけれども。
その日はオーシュットとキャスティは久しぶりに大きな街だから旅に必要な買い物に行くと言って別行動をしていた。クリックはニューデルスタが初めてらしく、こちらは迷わぬように再び導かねばなるまいと、その手をとった、矢先だった。
「ほう、懐かしい顔じゃないか。覚えているぞ、その銀髪に翡翠の目……忘れられるものか」
嫌な予感がした。テメノスはクリックを庇うように前に立ち、暗がりを睨む。
「クリックくん。オーシュットとキャスティのところに戻りなさい」
「テメノスさん!けれど、この輩は明らかにテメノスさんを狙っています!」
「だからです。君まで巻き込まれる必要はない」
「嫌です!僕の神の剣は、テメノスさんを守るために在るんです」
「君も強情ですねえ。では、少し頼らせていただくとしますか」
相手は五人。うち主犯格であろうでっぷりと太った男はにやにやとテメノスを頭の先からつま先まで舐めるような視線でねっとりと見つめて舌なめずりをする。
「随分と美しく育ったな――否、お前はあの頃から美しかった。手放さず、買い取ればよかったと何度後悔したことか」
「黙れ。お前など、今の私の脅威ではない……聖なる光よ……」
「おっと、口封じをさせてもらうぜ」
暴漢の一人がテメノスを掴み、その口を塞ぐ。いで立ちから異端審問官と一瞬で察したのだろう。ならば獲物は杖と魔法だ。
「クリ……ク……にげ……」
「逃げません!くそっ、この卑怯者め……!」
テメノスは暴れるが、見上げるほどの大男である暴漢にかなわない。クリックは非常に不利な状況に追い込まれたことを悟ったのだろうが、その剣を収めることはなかった。
「テメノスさんに、手出しはさせない!」
「ほう、……お前、この異端審問官に懸想でもしているのか?やたらとこだわるな」
「煩い!神の剣が神の御使いを守ることは、当然だろう」
「そうか。ならばその神の御使いとやらを、貴様の前で穢してやろう」
でっぷりと太った主犯格の男がいやらしい笑みを浮かべる。クリックはその意味を理解できないのだろう、男とテメノスを交互に見遣り、戸惑っている様子だった。
「殺すのでは……ないのか……」
テメノスはといえば、口を塞がれた時にかがされた何かの薬品で身体の自由が効かなくなっていた。
「誰が殺すなど、勿体ない。今からこの清廉潔白な顔をしているそれを、暴いてやるのだよ。大方貴様も知るまいよ、この男が過去に何をしていたかを、な……」
「黙れ!下衆め……クリック君は関係ない……!離せ……!」
「テメノスさん!」
クリックが暴徒に斬りかかろうとすると、「おおっと」と暴徒はテメノスの衣服を切り裂いた。白い素肌が空気に晒される。日焼けなどしていない、真っ白い素肌にすうっと赤い線が引かれた。
「貴様……テメノスさんに傷をつけたな……っ!!」
「傷?ああ、この程度、こうでもすればすぐさま治るよ……ククク」
テメノスを抱いていた男が、テメノスの素肌にできた傷を舌で舐めとってゆく。
「う、ぁ……」
薬で意識を半ば奪われているテメノスは、苦悶の表情でそれを享受している。暴れようとしているがうまくいかない。クリックは、テメノスが敵の手中にある以上——何よりもこんな暗がりの狭い路地で剣を振るうことなどはできなかった。剣が大きすぎるのだ。
「お前の獲物がナイフだったならなあ、大好きな異端審問官様を助けられたかもしれないのによ……へへへっ、お美しい異端審問官様の血はおいしいぜえ……お前もどうだ?実は舐めてみたいんじゃないか?」
言いながら男は再びテメノスの法衣を切り裂いてゆく。そして上半身を殆ど丸裸にして、胸元からツンと立っている乳首までをべろりと舐めた。
「貴様‼やめろ!!やめるんだ……!!」
クリックは憤り他の男に飛びつき、殴るがもう一人の男に抑え込まれる。鍛えているクリック以上に大きな身体をしているその暴漢は、あっさりとクリックの顔を地面に押さえつけると、わざとらしくテメノスを見える様に顔をあげさせた。
「どうだ、いい光景だろう……お前がお守りしたかった、異端審問官様が穢されてゆくのを、ゆっくりと見るがいい……」
「おい。お前はそこまでだ。こいつは私の獲物だぞ」
「へい……つい、やりすぎちまいました。でも、流石旦那の見立てだ、絶品ですぜ、肌艶も、ココの具合も」
男はそう言ってもう一度テメノスの乳首をベロリと舐める。
「ぁんっ……!!」
テメノスは思わず甘ったるい声を上げてしまった。過去に散々嬲られ、慣らされてしまった箇所は、時間が経っても変わらないらしい。
「テメノスさん!!」
「はは、そんなにこやつが大事か。それならいい。今から私がこの美人を犯してやる。それをお前は何も出来ずに見ているんだな」
「このっ、はなせっ…!!」
「おい、こいつにも例の薬を飲ませろ。騒がれても迷惑だからな」
「へい、旦那。おい、この野郎、少し落ち着け……そうだ、落ち着くんだ、……くくっ、いい子だ……」
顔を地面に押し付けられたまま、クリックは鼻から妙な薬をかがされてしまい、意識を失った。
次にクリックが意識を取り戻したのは、貴族らしき屋敷の部屋の中だった。クリックは相変わらず床に顔を押し付けられ、手足を縛られていた。
一方のテメノスはといえば乱れた衣服のまま、でっぷりと太った男に抱かれていた――そしてその口は別の男のペニスを咥えさせられて。
「テメノスさん……っ!!」
辛うじて口と視界だけが自由なのは、絶望させたいからだろう。守ると誓った相手は、今は背後から男に貫かれ、前も男に穢されて、白い細い肢体を揺らして喘いでいる。その瞳には涙が浮かび、口からは涎が垂れて法衣はずたぼろだった。上半身の薄い胸板を彩る乳首だけが異様に存在感を増していて、てらてらと濡れて糸を引いている――おそらく唾液で舐められた後なのだろう。それが非常にいやらしくて、クリックは下半身に重たい熱を感じていた――そして、そのことに絶望した。
―—僕は、こんな場合だというのに、テメノスさんに、欲情している……?
クリックは歯を食いしばり、その凄惨な光景を見ないようにした。だが、クリックの事を抑えている大男がそれを赦さず、クリックの視界に無理矢理テメノスの痴態が入るように顔をあげさせてくる。ぱん!ぱん!と肉がぶつかる音がして、その都度テメノスの細い肢体が揺れた。テメノスの性器は情けなく萎えており、トロトロと透明なものを垂れ流している。口は別の男のペニスで塞がれているから魔法の詠唱も出来ず、手は縛られており、後孔は太った男の化け物のような赤黒いペニスで何度も何度も貫かれていた。じゅぽじゅぽと水音と共にそこから血が流れだしている。無理な抽出を繰り返しているからだろう。胎内に何度か出されたのか、白濁もそこに混じっていた。
「テメノスさん……テメノスさん……っ!僕は……っ!!」
「そぉら、いい景色だろう……?俺も下半身がさっきからたまらなくてよぉ……お前を押さえつけながらシゴいてんだ。あの異端審問官様はお美しいからなあ、それを俺らの精液で穢すってな、最高のショーだろう?」
「黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ……っ!」
「おっと、坊やには少々刺激が強すぎたか?だが我慢しなくていいんだぜえ?お前さんだって、感じちまってるじゃねえか、な?」
言いながら大男はクリックの又坐に無遠慮に手を伸ばす。そこは確かに反応し、熱を持っていた。そこを掴まれてぞくりとした悪寒を覚えたクリックは渾身の力で脱走しようとするが、それ以上の力で押さえつけられるだけだった。
「テメノスという名なのか、おおかた後からつけてもらったのだろう。あの時は名乗らなかったからな……しかし、声が聴けないのが残念だ……お前の身体はどこもかしこも美しい……まさに私に相応しい、性奴隷だよ」
「んっ……ん――――!!」
テメノスも何かを叫んでいるのだが、ペニスで口を犯され続けており言葉を発することが出来ないでいた。やがてテメノスの口を犯している男が大量の白濁をテメノスの口腔内へと吐き出し、飲み切れなかった分がその薄い唇からたらりと垂れ落ちた。薄い胸と桜色の乳首は汗に塗れてそこから汗がしたたり落ちている。ぷっくりと膨らんだ乳輪と乳首はいやらしく勃起しており、そこをでっぷりと太った男が背後から乱暴に揉みしだいた。
「よいおっぱいをしているな……揉みがいがある……実に、いやらしい……。乳首だけでもイけるのではないか?私のモノを一度抜いてみるか」
言うなり太った男はペニスを抜き去ると、大量の血液と白濁がテメノスの後孔からどっぷりと出てきた。そしてテメノスの均整の取れた綺麗な太ももを穢してゆく。無残に裂かれた法衣の間から覗く白い脚と、それを穢す白濁と血液に、クリックの目は釘付けだった。ああ、なんていやらしくうつくしい――そう考えてしまうくらいには、淫靡な光景だった。
「どれ、おっぱいの方も仕上がっているかな……」
「んっ、んっ、ん―――!!」
身体を逸らしていやいやをするようにテメノスが動くが、太った男が腰をがっしりと下半身で抑えているために無駄に身体をねじらせて汗を飛び散らせる行為にしかならなかった。そして男の魔の手がテメノスの薄い胸板へと伸びる。
「おお、素晴らしい手触りだ……先ほどは少々傷つけてしまったが、回復魔法を使えばよかろう。それ」
男は回復魔法の心得もあるようだった――そのように信心深くは見えないが、神官だったらしい。とはいえ、神官といえど異端である存在もいる――テメノスから聞いていた通りだった。世の中とは、理不尽なことだらけだ、とクリックは思う。初めはテメノスことそ異端審問官に相応しくはないなどとのたまっていた自分を呪いたい。テメノスはあれはあれで強い信念を持つ、教皇に認められるに相応しい人物だということは、行動を共にして分かってきた矢先だった。
「ふふ、胸の果実も震えておるぞ……なんと愛らしい。食べてしまいたいな」
「や、やめ、ろ……!」
「おや?聖堂騎士殿も食べてみたいのか?じゃがこの男はもう私のものだ。残念だったな」
そう言って太った男は見せつける様にテメノスの身体を捩り、わざとらしくべろりとテメノスの膨らんだ乳輪を舐めとってゆく。その都度テメノスの身体がびくびくと反応し、少し勃ちあがっているテメノスの性器が揺れた。分厚い舌が乳首を捕らえると、テメノスはより顕著に反応する。その舌がテメノスの桜色の愛らしい乳首を蹂躙する様を見せつけられ、クリックはいつの間にか勃起していた。
「おっと、騎士様もついに我慢が出来なくなったらしいぜ、くくっ……」
勃起したところで、四肢を縛られているからどうにもできない。前をくつろげることすらできずにただ苦しいだけだった。するとクリックをおさえつけていた男が何を思ったか、クリックの下肢の前を寛げだした。
「同じ男としてわかるからな。苦しいんだろう?だったら、出しちまえよ。異端審問官様のあられもない格好を見て勃起してる様、見せてやれよ」
「や、やめ、ろ……」
薬の影響もあってか全力の出せないクリックをよいことに、男はよりによってクリックのペニスを扱き始めた。そうでなくともテメノスの痴態で十分に勃起していたクリックのペニスは、直接的な刺激により更に質量を増している。
そしてそれを蒼白な顔でテメノスが見ていた。翡翠の瞳は見開かれ、涙がぼろぼろと落ちている。
「テメノスさん……見ないで……ください……っ!僕は……僕は……最低、です……っ!」
「ほほ、良い余興じゃのう。守るべき異端審問官殿のあられもない姿を見て欲情する騎士など、これほど愉快な光景はそうそうないぞ」
太った男は興が乗ってきたのか、テメノスの乳首を舐めまわし、もう片方は太い指で乱暴に愛撫してゆく。都度テメノスは辛そうに、けれど確実に高められてゆき、テメノスのペニスは絶頂を迎えた。ぴゅるぴゅると透明な液を絶え間なく流し続けている。ペニスへの刺激ではなく乳首への刺激でイッてしまったことへの嫌悪感からか、テメノスの翡翠の双眸から涙が更に零れ落ちてゆく。そしてその淫靡であまりに美しく、淫らな光景にクリックもまた白濁をたっぷりと吐き出してしまったのだった。
「クリックのあんちゃん……!」
気が付いたら、自分たちはニューデルスタのホテルに居た。あれは、悪い夢だったのだろうか。クリックがぼんやりとした頭を振って事態を飲み込もうとした矢先、影が落ちた。
「性質の悪い賊につかまったね、あんたたち。でももう安心だよ。私が始末をつけといた」
聞きなれない女性の声が頭上からした。クリックが目をあけると、そこには見慣れたオーシュットとキャスティ、そして黒髪の女性が居た。
「私の名はソローネ。黒蛇の一員……いや、もう、それもお終いか……今は追われてる立場だからね。とはいえ、あんたとあの神官様は無事……無事とは、とてもではないけど言えないが、生きてはいる」
「ソローネさんが、助けてくださったので?」
クリックは鋭い視線を真正面から受けながら問えば、彼女は小さく頷いた。
「礼ならそこの二人にいいな。あんたたちの匂いを嗅ぎつけて、私に助けを求めてきたのはこの二人だから」
ソローネは、キャスティへと目を向けた。その視線を受け、キャスティは頷く。
「ソローネと出逢えたのは偶然。だけど、この街に詳しくて、あなたたちの特徴をいったらある貴族に連れて行かれたと聞いて……肝を冷やしたけど、とりあえず命だけはとりとめられて、その、……よかった……」
言うキャスティの表情もすぐれない。オーシュットに至っては、相棒のマヒナと共にテメノスの傍から離れない。まるでテメノスを守る騎士の様だと思う――自分は、結局神の剣だと何だといいながら、テメノスを守れなかったのだが。
「テメノス、起きないんだ……さっきから。わたしが何度呼び掛けても、だめなんだ」
「テメノスさん……?!」
「どうしよう、クリックのあんちゃん、テメノス、起きなかったら、わたしたちのせい?」
泣きそうな彼女の声に、クリックは首を横に振る。すべては自分が不甲斐なかった所為だ。お陰でテメノスは遭わなくともよい被害に遭った。そもそも、危機を予測すべきだったのだ。ニューデルスタの街は大きく、その分闇も大きい。そう、知識では知っていた。けれども、知識で知っているのと実際に知っているのでは違う。まして、地の利は敵にあった――そう、言い訳はいくらでも聞くけれども、取り返しのつかないことになってしまったのは、事実だった。
「テメノスさんは……妙な薬をかがされていました。だから、もしかすればキャスティさんの力があれば……」
「そうなの?……相手の力を奪う薬……自由を奪うようなもの……それならば解毒剤はすぐに作れるわ。それよりもクリック、あなただって辛そうよ?同じようなものを盛られたのではなくて?」
「僕は、大丈夫です……少量でしたから。それに、相手の狙いはテメノスさんでした。僕は、……守れなかった……神の剣だ何だと言いながら、守れなかったんです……」
「……クリックのあんちゃん……」
「ここはそういうのは通用しない街、ごみ溜めみたいなところさ。クリックっていったかい?いいかい、変なことは考えるんじゃないよ。ここじゃあ聖堂騎士のあんたの常識は一切通用しないと思った方がいい」
ソローネの言葉にクリックは力なく項垂れながらも頷いた。そしてテメノスの眠る寝台へと近づく。
そっと、その頬を撫でてみた。頬は生気を取り戻していて、あたたかい。けれど、滾々と眠りにつく様子は尋常ではない。これは薬の効果のみではないだろう。
「……僕は、少し……頭を冷やしてきます」
そう言ってクリックが部屋を出ようとすると、オーシュットに止められた。
「クリックのあんちゃん!駄目、駄目だよ。今、テメノスの傍にいてやらなきゃならないのは、クリックのあんちゃんだよ」
「オーシュット……?」
「わたし、そう思うんだ。テメノスが目を開けた時にクリックのあんちゃんがいないと、きっと、ダメだと思う……。わたしはクリックのあんちゃんが目を覚ますまでのかわり。だから、……だから、わたしにかわって、テメノスの手を、握っていてやって欲しい」
「……僕に、そんな権利は……」
「クリック、私からもお願い。一般的に出回っているような――例え闇に出回っているような薬でも、こんなに昏睡状態になることなんて滅多にないの。一度の服用でこんな風になってしまっては、商売にならないでしょう?相手が愉しむためにやったとしても、テメノスのこの状態は異常よ。あなたがついていてあげて」
キャスティにまで言われてしまえば、クリックに断る理由などはなかった。ソローネをちらと見れば、彼女も頷く。
「始末はつけといたから、安心してついててあげな。旅の支度は、私たちがしておくから」
「……わかりました……。そちらはお願いします……」
そう言ってクリックはテメノスの手を初めて握った。その手は同じ男性にしても細くて小さくて、とてもではないがフレイムチャーチで自分を導いたとは思えないほどに、か細かった。
「ん……」
「テメノスさん?!」
うっすらと、翡翠の目がひらいてゆく。胡乱な様子から、まだ状況は掴めてはいないらしい。
「テメノスさん!僕です、クリックです!もう、大丈夫ですから……!」
思わずぎゅっとテメノスさんの手を握ってしまうと「痛いです……」とか弱い声が帰ってきた。
「す、すみません!」
クリックが慌てて手を離そうとすると、今度はテメノスがクリックの手を離さない。
「手、……そのまま、握っていてくれませんか……。それとも、気持ちが、悪いですか?」
その言葉を聞いてクリックは泣きたくなった。テメノスは全てを覚えている。汚らわしい男たちに凌辱されたことを、すべて。そして凌辱されているテメノスを見て欲を露わにしてしまった自分のことも、すべて。
「気持ち悪くなんてありませんよ……テメノスさん、……本当に、ごめんなさい。僕が未熟なばかりに、テメノスさんを酷い目に遭わせてしまって……」
「ふふ、大丈夫です、あんなことは……日常茶飯事でしたから……それよりもクリックくん。君の方は大丈夫?」
日常茶飯事だと、テメノスはとんでもないことを言った。どういう意味だ?クリックは気になって仕方がなかったが、今それを聞き出せる雰囲気ではない。何よりテメノスがクリックの容態を心配していた。だから再び、今度は力を入れすぎないように手を握ってから、頷いた。
「おかげさまで、大丈夫です。オーシュットたちがこの街に詳しい方と知り合ってくださって、助けて下さいました」
「そうか、それならよかった……皆、無事で……」
皆、ではない。テメノスは無事ではないではないか。クリックは唇を痛いくらいに噛みしめた。すると、あまりに強すぎたのか血が滲み出てきてしまった。
「おや、クリックくん、血が……ダメですよ、そんなに噛みしめては、傷が残ってしまう」
「こんなのはどうだっていいんです!それより、そんなことよりも、テメノスさんの方が……っ!」
「私の方が、どうしたの?」
「……僕よりずっとずっと、傷ついたじゃないですか!!なんでそんなに穏やかでいられるんですか!!」
気が付けばクリックは泣いていた。テメノスの手にすがり、ぼろぼろと涙を零していた。守られたのは自分の方なのだ。暴漢たちの狙いは明らかにテメノスで、自分はただそこに居ただけだった。役に立てなかった。どころか、テメノスのあられもない姿を見て欲情しまった。これでは、愛想をつかされても仕方がないだろう。絶望的に、そう思っていた。
「……私はね、教皇様に拾われた子なんですよ」
「……そう……なんですか?」
唐突に身の上話を始めたテメノスに、ついていけずに相槌を打つしかないクリックに、テメノスはやんわりと微笑む。あんな目に遭った後だというのに、その笑みはあまりにも穏やかで、美しかった。
「その前はこの街で……身売りをしていました。黒蛇にもなれず、盗みやナイフの才能がなかった孤児が出来ることなんて、それくらいですからね」
突如告げられた壮絶すぎる過去に、クリックは面食らった。自分も決して順調な育ちをしてきたわけではない。家族とのわだかまりも未だあるし、名乗りを上げるにもとどまってしまう節がある。けれど、貧しさのあまり身売りを子供がしなければならない環境というものは、想像できなかった。
「幸い私はこの通りの見た目でしょう?よく、客はつきました。特に先ほどのような、金払いの良い客に。あの男は最終的に私を飼いたいと言っていたんですが、当時の私は逃げ回っていました。そこに教皇との出会いがあって、なんとか逃げ出せたんです……それが、こんなに時間が経っているのに覚えていたなんてね。あそこまで執念深いと、いっそ見上げたものだ」
淡々と語るテメノスの過去の話の凄惨さに、クリックは思わずテメノスを抱きしめていた。
「クリック、くん?」
「ごめんなさい……本当に、ごめんなさい、テメノスさん……あんな目に、遭わせてしまって。過去を、思い出させてしまって……僕がついていながら……神の剣、だなんて、いいながら……」
だがテメノスは小さく笑うと、泣いているクリックの頬を優しくなぞり、柔らかく微笑む。
「クリックくんは優しいね。そんなことは、どうだっていいんですよ、君が、無事でいてくれたのだから」
「どうだってよくありません!前も言いましたけど、テメノスさんは自分自身を省みなさすぎです!あんな目に遭って、平気、だなんて……」
「あれは事故のようなものですし、慣れてると言ったでしょう?それに、命を取られたわけじゃない。世の中にはもっと悲惨な人生を送っている人々が居ます。教皇に出逢えた私は、まだ幸せな方なんですよ」
「でも……!」
「クリックくん、私の身を案じてくれるのはありがたいけれど、世の中に不幸は蔓延っています。今、こうしている間にも、ね。そういうものをなくしていく、そういうのが、君の正義では?」
「……テメノスさん……っ……!」
こみ上げてくるものが、もう抑えられなくなってしまった。クリックはテメノスを強く抱きしめると、その薄い唇に口づけをしていた。唇は柔らかく、ひどく頼りなかった。
「テメノスさん、好きです。あなたの事を……愛しています」
「……クリック、くん?」
驚くように見上げてくる翡翠に、真っ直ぐに向き合う。これは一世一代の告白だ。真剣に向き合わねばならない。
「最初は、とんでもない人だと思っていました。信心深ければならない筈の神官が神を冒涜するなんて、ありえないと。けれど、そうじゃなかった。行動を共にしてわかりました。あなたは本当に、異端審問官に相応しい人だった。それに、僕は今回の事でよくわかったんです、あなたのことがこの上なく大切なんだと。あなたを離したくないんだと。あなたが居なくなってしまったら、どうしてよいのかわからないくらい、あなたのことを愛しているんだと、気づいてしまったんです」
「これは、また、随分と熱烈な告白ですねえ」
呆れたように、けれどもどこか嬉しそうなテメノスの声に、クリックは再びテメノスの唇に己のそれを重ねた。我慢が出来なかった。もっと、触れたい、と思った。
「好きです。この気持ちは、嘘偽り在りません。あんな目に遭ったから……そういうわけじゃありません」
「でもね、クリックくん。きっとその気持ちは、一時的なものですよ?私のあんな姿を見たから、戸惑っているだけ。君はまだ若いから、上せているだけです」
案の定の答えが返ってくるが、クリックの中の気持ちは決して揺るがない。揺らぐわけがないのだ。そう、きっと、最初からもうこの人の手中に自分はあったのだろう。そう思えた。
「違います!この気持ちは本物です!この不肖クリック・ウェルズリー、一生をかけてあなたをお守りします」
「さて、と……これはこれはまた……さて、どうしましょうかねえ」
尚ものらりくらりと流す相手に、クリックは焦れた。どうしてわかってくれないのだろう。年下だと侮られているのだろうか。それとも相応しくはないと思われているのだろうか。
「テメノスさん、これほど言ってもまだわかっていただけないのですか?僕は、……恥ずかしい話ですが、あられもないあなたの姿を見て、欲情しました。欲しい、と思ってしまいました。それ以前は尊敬だけをしていたあなたを。肉欲として、欲してしまいました。最低なのは承知しています。けれど、僕は、あなたが、欲しい。テメノスさん、どうか赦していただけますか?あなたが、欲しいんです」
「クリックくん……」
真っ直ぐに射抜いた目が、戸惑いを隠せないでいる。テメノスのこんな様子は珍しい。クリックの言葉が真実かどうか、探っているような、どこか怯えているような目だ。だから、クリックはもう一度口づけを落とした。そして肩を抱き、その細く白い首筋にそっと舌を這わせる。
「クリックくん!」
咎めるような声も、無視をした。
「君は、勘違いをしているだけです。それに、私は男ですよ?」
「知ってます。それでも、僕は、あなたが、欲しい」
じゅうっと強く肌を吸うと、そこだけがぽつんと朱に染まり、血を一滴落としたようになった。所有印をつけられたようで、クリックの胸の中にすうっとしたものが通る。これで、この人は僕のものだ。
「クリックくん、本気、なんですか……?」
「はい。何度も繰り返します。僕は本気です。本気であなたを抱きたい」
「こんな、穢れた私を?」
「テメノスさんは穢れてなんていない、綺麗です。犯されていたあなたを見て、僕はなんて綺麗なんだと思いました」
クリックははっきりとそう告げた。事実そう思っていた。犯される姿が扇情的で、美しく、妖艶で、何よりもあの光景が目に焼き付いて離れない。有象無象を取り払えば、美しいひとがただ抱かれている姿を思い出せるだけだった。ハッキリと思い出せるのは乱れる銀髪、反り返る肢体、そして薄い胸い色づいた桃色の乳首と、やたらとふくらんでいた乳輪。揺れる動きに合わせて透明な汁を吐き出す愛らしい性器。無駄のない均等な肉のついた太ももや、破れた法衣から垣間見える美しい肉体。そのすべてがクリックの欲を刺激していた。抱きたい、強く思った。だからあの時クリックのペニスは興奮し、怒張し、そして射精してしまったのだ。
「君は……そういう趣味があったの?」
「いいえ、テメノスさんが初めてです。最も、女性を抱いた経験はありませんが……テメノスさんは、綺麗だった。本当に、綺麗でした。そして僕自身でそれを穢したいと思ってしまいました」
赤裸々な告白だった。あまりにも若く、そして赤裸々な告白に、テメノスはほんのりと顔を赤らめて「あぁ……」と声を漏らす。自分がそうさせてしまったことへの後悔か、それ以外の何かか。ともかくテメノスは、クリックの告白を聞いてからゆっくりとその細腕をクリックの背にまわしてくれた。
「クリックくん。私も君が好きです……ですが、……この気持ちは、墓まで持ってゆくつもりだったんですけどね」
「テメノスさん!!では!」
「いいですよ、抱いてください、思う存分……愛してくれるんですよね?」
そう美しく微笑む人を、クリックは存分に抱きしめた。
「んっ……はぁ……君、キスがお上手で」
「そうですか?そうだったら、嬉しいんですが」
ちゅぱ、と口同士を離してから、テメノスは微笑んでそう告げた。どうやらキスは満足してくれたらしい。そのことにほっとしつつも、クリックは次の行動に映っていた。今テメノスはいつもの法衣ではなく清潔なリネンのワンピース一枚を羽織っているだけだ――治療のために、キャスティが用意したものだった。だから、背で結ばれている紐をほどけば、素裸にできる。クリックはテメノスの耳朶を柔らかく食みながら、リネンのワンピースの紐をほどいていった。
「ん、ぁ……はぁ……クリック、くん……んっ」
耳朶から首筋を経て、鎖骨をつつくように舐めまわし、ぱさりと落ちたリネンのワンピースが隠していた素肌をじっとりと舐めてゆく。汚らわしい男たちが穢した箇所を清める様に、胸元は特に丹念に舐めまわした。ほんのりとついた筋肉と、ぷっくりと盛り上がっている乳輪。胸板の割に大きな乳輪と乳首は生まれつきなのだろうか、或いは過去の行いの所為なのか。外気にさらされただけで主張してくる乳首を横目に、ちろちろと乳輪を舐めていると、上から甘ったるい声が降ってきた。
「はぁんっ……クリック、くん、おっぱいは……わたし、ダメ、なんです……あぁんっ!」
クリックがぷくりと立ち上がっている乳首に舌先を触れた瞬間、テメノスが嬌声をあげた。余程弱いのだろう、気づけば下生えからうっすらとテメノスのペニスが顔を出している。けれどもそこはまだ後だ。テメノスの愛らしい乳首を、もう片方は指先でコリコリと弄り回し、舌先で触れた方が口で含んで舌で転がした。
「やっ、あっ、きもち……いっ、……くり、っく、くん……っ!」
尚も舌で乳首を転がしながら、そちらも十分に膨らみ切った乳首に爪を立てると、テメノスの肢体がびくりと痙攣した。
「やぁあああ―――っ!!」
そしてとぷりとぷりとペニスから透明な汁が零れ落ちてくる。軽く達してしまったのだろう。
「テメノスさん、おっぱいだけでイっちゃったんですね?可愛い……」
「……は、…なんてこと、……いう、……んですか……」
「でもテメノスさん、本当に可愛いです。僕がこうして触れているだけで、喜んでくれて……嬉しい……」
ちゅ、ともう一度乳首にクリックが口づけを落とすと、「んっ」と小さな声でテメノスが反応した。その様があまりにも可愛らしくて、抱きしめたくなったが、まだだ。
「テメノスさんのおっぱい、可愛いです……こんなに感じてくれるだなんて……」
言いながらくにくにと勃起した乳首をいたずらに弄ぶと、テメノスは子供がむずがるような動きをして、クリックの手をとり、自らの後孔へと促す。
「テ、テメノスさん?!」
「……おっぱいは、もう、いいから……」
「ですが、慣らさないと……!」
「私なら、大丈夫……」
「だ、大丈夫といわれましても……その……」
クリック自身、自分のペニスが規格外だという自覚があった。実際騎士団仲間からもお前はでかいなと揶揄われたことだってある。それが、本当にあのように入ってしまうのだろうか。不安しかなかった。
「テメノスさん、僕のはその……大きいので……」
「大丈夫、心配、しないで……?それより、私、君のがはやく、欲しい……」
「テメノスさん……っ!!」
「好きな人に触れられるって……こんなに気持ちよくて、幸福な気分になれるんですね……クリックくん……」
テメノスは、気が付けば泣いていた。泣かしてしまった、というよりも、嬉しくて泣いているからか、クリックにはその表情がとても美しく思えて、思わずその涙を口に含んでいた。
「クリックくん……愛してます……ありがとう……」
「テメノスさん……」
この人は、今までどんな気持ちで生きてきたんだろう。
この人は、今までどんな気持ちで人に触れてきたのだろう。
この人は、今までどんな気持ちで人に触れられてきたのだろう。
一気に感情の奔流が襲ってきて、クリックはテメノスを抱きしめていた。すべてから、守るように。すると触れ合った性器同士が熱を持ち、テメノスが身体を捩る。けれどそこに嫌悪感はなく、幸福そうに微笑む顔があった。
「わかりました、テメノスさん……少し慣らしたら、挿れますね……」
「はい……っ」
テメノスの後孔は、想像していたのとは違っていた。縦に割れているのだ――使い込んだ後孔がこうなるということは知識としては知ってはいたが、実際に見ているとひどくいやらしく、扇情的だ。ずくり、とクリックは自分のペニスが質量を増すのを感じた。そして実際にテメノスの後孔は紅くそまり、ひくひくとひどく雄を誘っている。つぷり、と人差し指を挿入すると、「あんっ!」と待っていたかのようにテメノスが反応し、指はどんどんと奥へと誘われていった。更に指を増やす。二本目もすんなりと入ってゆき、快くしたクリックは三本目まで一気に挿入した。
「んっ、もっと、だいじょ、ぶ……だからぁ……うごかして……」
「は、はい、テメノスさん……!!」
腰を捩るように動かして誘うテメノスに魅せらながら、クリックはテメノスの胎内の良いところを探し出していた。
「はぁんっ、そこっ、そこ‼」
コリ、と感触の違う箇所を見つける。前立腺だろう。クリックは重点的にそこを攻めだすと、テメノスの甘い声は更に高くなり、腰のうねりも激しさを増した。
「あっ……は……!!くりっく、くんのが……もっ、ほし……い……!!」
強請るように腰を動かされて、クリックの太い指がテメノスの前立腺を何度も掠めてゆくうち、テメノスの腰がぐいぐいと押し付けられていた。
「も、我慢、でき、ない……くりっくくんの……おちんちん、いれてっ……わたしの……ナカにっ!」
ここで断れる男がいたとしたら、そいつはとんでもない馬鹿だろうと、クリックは思った。テメノスは涙を流しながら、クリックを欲している。そんなにまでして欲されて、放ってなどおけるはずがなかった。
「テメノスさん……挿れ、ますね……っ」
「はい……あ、あ――――っ!!きて、る……くりっく、くんがっ、きて、るっ……!!」
クリックがペニスを後孔に挿入するなり、銀髪を振り乱し、背をのけ反らせてテメノスは嬌声を上げた。そのままゆっくりと押し進めてゆく度、テメノスは快楽を逃そうと必死に身体を動かす。その都度汗が飛び散り、その肢体は色気が増していた。クリックも我慢が出来なくなり、ペニスを押し進めながらぽつんと目立つ乳首に吸い付いて、カリリと噛む。
「あんっ、乳首とっ、ナカと、両方はっ、ダメっ!!」
するときゅううんとテメノスのナカが締まり、クリックのペニスに圧がかかった。それを良いことにクリックはテメノスの乳首を何度も噛みながらペニスをぐいぐいと奥へと押し進めてゆく。その度にテメノスは嬌声を上げて乱れて、その様はいやらしくも美しかった。クリックは、乳首への愛撫を行いながらテメノスの腰をがっちりと押さえつけ、ぱん!ぱん!といつの間にかペニスの抽出を行っていた。
「あんっ、あんっ、きもちっ、いっ、もっとっ、奥にっ、奥っ、私の奥っ、つらぬいてっ!!」
テメノスはテメノスで奥へと誘うような動きをするものだから、クリックは思い切り勢いをつけてテメノスの最奥へとペニスを挿入してゆく。すると、感触の違う箇所が見つかり、テメノスから一層甲高い嬌声が漏れた。
「ああああんっ!!そこ!深いところ……!やっ、そんなところ、知らない……!」
「テメノスさん、テメノスさん、ここが、……テメノスさんの、一番、いい、トコロ、ですねっ!」
最早理性などは飛んでいた。奥へ、奥へと侵入したクリックのペニスは暴発寸前で、その肉棒にはテメノスの媚肉が纏わりつき、テメノスはクリックの動きに合わせる様に振り子のように動いている。
「テメノスさんっ、奥に、出します……!!」
「はいっ、クリックくんの……たっぷり……ちょうだい……っ!!あっ、あ――――――っ!!」
「うっ、くっ………!!」
テメノスの身体が折れるほど弓なりにしなり、クリックはテメノスの最奥へとたっぷりの精液を注ぎ込んだのだった。