「……さよなら、エル」
躯となった少女だったものを片腕で抱く。その重さが、彼女の魂の重さだったのかもしれない。高潔で、気高く、そして己の道の為に散っていったアドラステア皇帝。ベレスとは道を違えたが、脳裏にはひどく焼き付き残る存在だった。
「きょうだい。俺は、外すぜ」
「……ありがとう」
そっと傍らを離れるクロードに、どんな顔をしていたかは、わからない。けれどクロードは殊更にそのことに触れるわけでもなく、すぐさま戦後処理に奔ってくれるのだろう。その証拠にローレンツやヒルダが彼の周りに集ってくる。何やら彼らに指示する声が遠く聞こえた。
ベレスは刻一刻と体温を喪う頬に手をすべらせ、艶やかさをいまだに残している唇を見て目を瞬かせた。
愛していたのだろうか。ベレスは、愛情というものを正確に知っているわけではない。ただ、父が注いでくれたものは、確かに愛情だと感じてはいる。だとするならば、自分は、それを誰かに注げるのだろうか。愛情というものの正体を、知らない自分が?わからないが、ただ、いま大きなものを自分の手で失ったのだ、ということだけは、わかった。
できれば、共に、歩みたかった。
けれどそれを、時代が――世界が、赦さなかった。
触れるかさついた唇は、ぬくもりを伝えない。そこにあるのは、骸だ。ただの、肉塊だ。けれど、この重さは、この子の魂の重さなのだ、とベレスは思う。
「時が巡って、いつかどこかで、また、君に逢いたいよ」
そっと唇を重ねて、乱れた銀糸を優しくなでる。冠のが音を立てて床に落ちて、彼女の長い髪がさらりとベレスの身体を覆う。きれいな髪だと、ずっと思っていた。この髪が、春風に揺れるのを見るのが好きだった。颯爽と歩く彼女の後姿が、好きだった。「師」と呼ぶ、凛とした声が、好きだった。
――けれど私は、この子を選ばなかった。
世界は残酷だ。そんなことは知っていたはずだ。クロードの手を取った時に――金鹿の学級の子らを選んだときに、もうこの運命は決まっていたのかもしれない。
それでも、願わずにはいられない。
いつか、どこかで、時の縁に導かれた先で、もう一度あいたい、と。