朝

 ベレスの朝は早い。周辺を散策するのだ。これは、エーデルガルトと褥を共にするようになったころからの習慣だが、存外楽しい発見があるのだ。季節の移ろいを感じることもできるし、意外な出会いも多い。一時はペトラとどちらが早く起きだせるか競っていたこともある。時折訓練に精を出すカスパルに先を越されたり、宮廷に務める奉公人たちがもう仕事を始めていたりと、その日によってまちまちだ。けれどたいていは、台所の裏口に立っていることが多かった。ベレスの大食らいを知る奉公人たちは苦笑しながらも皇帝陛下の伴侶殿はご清祥で何よりだ、と皆喜んでベレスを受け入れている。アンヴァルの味付けにもだいぶ慣れてきた。時折ガルグ・マクの食堂の味が懐かしくなるものの、当時の料理人を呼び寄せることにエーデルガルトも賛同してくれたおかげで、あの時の味を今でも味わうことが出来るのもよかった。
 ベレスの、アンヴァルに来てからの生活は概ね順調といってもよい。仕事といってもベレスにできることはどちらかといえば外向きの仕事や身体を使うことであり、内勤のエーデルガルトとは日中はそうそう会えない。ゆえに、この時間は大事だった。
 厨房から頂いた旬の果実をもてあそびながら、二人の寝室へ向かう。

「エル、おはよう」

 声をかけるが、返事はない。果実をサイドテーブルに置くと、ベレスはいまだ夢の中にいる(これはとても珍しい事だが)エーデルガルトの耳元で、もう一度その名をささやいた。

「なっ、師……」
「ベレス。そう呼んでくれる約束だろう」
「そうはいっても……なれないのよ……」
「それなら、お預けかな」

 何を、とはベレスは言わない。けれども、それを察しているエーデルガルトの顔はほんのりと染まり、瞬きを繰り返したのちに、観念したかのように小声でその名をささやく。

「おは、よう……ベ、レス……」
「ふふ、おはよう、エル。今日も良き日でありますように」

 そう言って、軽く唇を触れ合わせる。
 それが、ふたりの朝のきまりのあいさつだった。
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