I do not seek, I find

 皇帝エーデルガルトの首をとる。
 それだけが今のドゥドゥーの生きている意味だった。グロンダーズ平原で無残にも討死し、それでもエーデルガルトを殺すのだと叫んでいた主の声は今でもドゥドゥーの脳裏に呪いのように焼き付いている。否、それは呪いではない。ドゥドゥーの生きる理由だ。他のことなどはどうでもよい。ただ、エーデルガルトの首をとり、そしてディミトリの墓前に捧げる。それだけが、自分が、この場所にいる理由だった。

「邪魔をするな!」

 かつての級友でもあったアッシュにドゥドゥーは怒鳴る。彼は、的確にドゥドゥーの補佐をするように動いていた――まるでドゥドゥーを殺させまいと、するように。 彼との士官学校時代の思い出のことを、ドゥドゥーは思い出さないようにしていた。それは、今のドゥドゥーには必要がないものだから。だがアッシュはドゥドゥーの巨漢に対してまったく尻込みせず、ドゥドゥーのゆく手を遮る帝国兵を確実に射殺してゆく、いっそその腕は殺し屋といってもよいほど見事で、ドゥドゥーですら感心してしまうほどだった。

「何度も言わせるな!おれの邪魔をするんじゃない……!」
「これは僕が勝手にやっていることだから、ドゥドゥーには関係ない」

 そうはいうが、アッシュは主にドゥドゥーが苦手とする魔道兵を狙い撃ちし、或いは弓手兵ということを逆手にとって一度矢を放ち持ち前の俊足でもって至近距離に近づくや魔道を編む前にその首を撥ねる。そうして築かれた数多の血と死体の山の上を征くのは、天帝の剣を持ったベレスだ。ベレスはドゥドゥーをちらと一瞥するも、それだけである。だが、その鋭い眼差しにはこれ以上邪魔をするなという強い敵意があった――アッシュのそれとは違う、それこそドゥドゥーが主の本懐を遂げることを良しとせぬ、エーデルガルトは自分が討つのだというなによりも強い意志だ。その、鈍く光る剣が音を立ててドゥドゥーの方に、向けられた。

「邪魔をするなら、許さないよ」

 たった、それだけのひとこと。
 それだけだというのに、ドゥドゥーは圧されてしまった。本懐を遂げるという己の生きる意味すら脅かすほどの恐怖を、感じた。  そして一瞬呆けるドゥドゥーを狙うように魔道を放とうとしたその首を飛ばしたのはアッシュだった。「ドゥドゥー!」アッシュの悲痛な声と、帝国兵の悲鳴。ドゥドゥーは我に返り、それでも、それでも、と、徒を前にすすめた。



***



 エーデルガルトは討たれた。彼女を討つときのベレスの表情はよくは見えなかったが、とにかく、彼女は死んだ。そしてドゥドゥーは主の仇をとることはできず、ただ、雨が降りしきるアンヴァルの城外にたたずんでいた。
 この身を切り刻まれても、死にかけても、それでも、とここまで歯を食いしばって生きてきたのは、ひとえに主の無念を晴らすためだ。エーデルガルトの首を、とるためだった。それ以外は何も考えてなかった。
 それなのに、その目的すらも、喪ってしまった。これからどうするかなど、考えられない。
 帝都アンヴァルの雨は、冷たかった。いっそこのまま冷たい雨に濡れて身体の外側から朽ちてしまえとすら、ドゥドゥーが考えた、そのときだった。

「ドゥドゥー、……ここに、いたんだ」

 聞き覚えのある声に、けれどもドゥドゥーは振り返らない。声だけで、否、足音だけでも誰だかわかっていたからだ。士官学校時代は共に学び、共に過ごし、ダスカー人だという己のことを一切気にせず気さくに話しかけ、なんでもいいから話をしよう、そういいながら素朴な笑顔でまるで子犬のように自分のあとをついてきていたアッシュ。ある機を境に自ら金鹿の学級に移ると、その穏やかな若草色の瞳を鋭くさせて、学友たちと別れたアッシュ。彼との想い出は暖かく、優しく、その記憶は穏やかさの象徴だった――フォドラに来てそんな出会いができるなど、思ってもいなかったから。
 それが、こんな形で再会するとは思ってはいなかった。だが、今のドゥドゥーにとっては、それだけだ。

「これから、どうするの?もし、よければ……」
「おれの生きる意味は、殿下の願いを叶える事……エーデルガルトの首をとることだった」

 アッシュの言葉を遮り、ドゥドゥーは振り向くことなく告げると、降りしきる雨の中、帝都アンヴァルを後にする。

「ドゥドゥー!」
「来るな!お前には……やるべきことが在るのだろう。だからお前はそこにいる。おれにもまだ、やるべきことが、最後にやるべきことが、残されているからな」

 最後まで振り返らずに、けれどもアッシュの脚を止めるように叫ぶドゥドゥーの言葉は、完全なる拒絶のそれだった。



***



 それから、どれくらい節を巡ったか。同盟軍は皇帝軍を打倒し、歴史の裏で暗躍していた闇に蠢くものを殲滅させ、かつての英雄であり悪鬼と称される封印されしネメシスを葬り、そして、フォドラに夜明けが訪れた。新たなる時代の始まりだ。
 大陸に夜明けを齎したベレスは大司教の座を退いたレアの跡を継ぎ、その相棒として、また伴侶として隣に立っていたクロードはパルミラへと戻り王となる。伴侶というにはあまりに距離のありすぎる二人であったが、二人を知るものは苦笑しながらも二人らしいと口さがなく言うのだった。
 そしてアッシュは、今、旧王都フェルディアにいる。騎士叙勲を断り、ガスパール領は立派に育った弟たちに任せてきた。戦いの中に生き、戦う手段のみを学び伸ばした自分より、領民たちの中で過ごし彼らの生活をよく知る弟妹たちは、ガスパール領でもそれなりに歓迎されているらしい――それは、ロナート卿がそれだけ善政を布いていたということでもあるし、彼らの努力の結果でもあるのだろう。かえって王国軍と刃を交えた自分が領主になるよりは、遥かに良い。ともかく、後顧の憂いもなくなったアッシュは、ひとり旅に出た。目的はただひとつ――あの、アンヴァルで別れがドゥドゥーの行方を追うためだ。
 アッシュは、諦めてはいなかった。ドゥドゥーは生きる意味はないのだと言っていた。だが、ダスカー人は自ら命を絶つことを何よりも恥であり禁忌とする、という話を彼から聞いたことがあったからだ。その言葉だけを拠り処に、アッシュはフェルディアへと長い旅をした。
旅をするうちに季節は移ってゆき、フェルディアに辿り着くころには雪が舞う時期になっていた。
 この王都で、彼が行きそうなところなどは、だいたい想像がつく。あれから時間は経ていても、彼は必ずそこにいるだろうという確信があった。
 そして、果たして、アッシュは目的の場所で彼と再会したのだ。

「ドゥドゥー……」

 ドゥドゥーは、ブレーダッド王家の墓所はディミトリの墓標の前に居た。うっすらと積もった雪の上には花が供えられており、来たばかりなのかそうでないのかは判断できなかったが、アッシュの声に、ドゥドゥーはちらりと重たげに顔を動かす。

「もしかして、毎日、ここに」

 ドゥドゥーは応えなかった。ディミトリの遺体は回収されていない筈だが、もしかすればその遺骨或いは遺物をドゥドゥーは持ち帰り、フェルディアは王家の墓所に葬ったのかもしれない。あの時、アッシュの目の前から立ち去ったドゥドゥーの言っていたやるべきこと、とはこのことだったのだろう。

「……ドゥドゥー。この後君は、どうするの」

 しばし、答えはなかった。けれども、細かな粉雪が降り続く中、アッシュはじっと答えを待つ。ドゥドゥーは友人の問いを無視するような薄情な人間でないことは、アッシュ自身よくわかっていたからだ。

「おれのすべきことは、もう何もない。生きる意味も、理由も、もう、何もかも喪った」

 ドゥドゥーの静かな声を聞いた瞬間に、アッシュの中で何かがブツリと音を立てて切れた。そして、気が付けばその顔面を、思いきり拳で殴りつけていた。

 アッシュの想定外の行動に一瞬よろめくドゥドゥーに、アッシュは続けざま、二撃目を加える。何度も、何度も、ドゥドゥーがよろけて尻餅をつき、墓前に供えた花が無残に散り、積もった雪が舞い散って、それでもアッシュはドゥドゥーを殴り続けた。

「どうして!どうして簡単に、そんなこと言うんだよ!どうして、君は、せっかく、生き残ったのに……!」

 ドゥドゥーは応えない。それどころか、反論も、反撃すらもしない。倒れたドゥドゥーの身体に雪は容赦なく降り積もってゆく。アッシュはまるで訓練場で的を相手に殴っているようだと思うぐらいに、今のドゥドゥーには血が通っている気がしなかった。それでも、アッシュは馬乗りになって、その顔を、身体を、ひたすらに殴り続ける。

「どうして、どうしてそんな風に諦めるのさ!君は、生きているのに……君は、死んでいないのに!ようやく、ようやく僕は君のことを見つけたのに……!」

 拳が血に塗れていた。それは最早どちらのものかはわからない。痛覚も麻痺してきて、それでもアッシュは繰り返しドゥドゥーを殴った。血が飛び散って、皮膚が破けて、その拳は痛々しいまでに腫れ、それでもアッシュは殴ることをやめなかった。
 ドゥドゥーは動かず、ただ、茫洋と空を見つめるように視線をアッシュに向けることもなく、されるがままだ。
 やがてその力は尽きはじめ、振り上げる拳は震えて、アッシュは堪らないとばかりにドゥドゥーの胸元に項垂れて身体を震わせた。
 雪が、降り積もってゆく。まるですべての音が、吸い込まれていっているかのように、墓所は静かだった。

「……どうして、そんなことばかり、言うんだよ……僕は……僕は」

 再会したら告げるつもりだった言葉も、なにもかも、アッシュの頭の中から消失していた。ただただ、怒りと悲しみがない交ぜになって、もう自分が何をしているのかわからなかった。ただひとつだけわかるのは、目の前の男に死んでほしくない、生きてほしい、ただ、それだけだったのだ。

「ドゥドゥーに……生きていてほしいんだ……。君は、もう、生きる意味が、ないかもしれない……殿下のいない世の中になんて、価値がないって……思うのかもしれない、でも……僕は……」

 拳をドゥドゥーの胸元に置いたまま顔をあげて、ドゥドゥーの顔を見る。視界はいつの間にか涙で歪み、その表情はよくわからない。ただ、そこでようやくアッシュの存在に気付いた、といわんばかりに、ドゥドゥーが手を伸ばしてきて、アッシュの血まみれの拳と頬に触れた。再びアッシュの双眸からとめどなく涙が流れる。拳の痛みなどは、もうどうでもよかった。

「アッシュ……お前は、どうして」
「……僕は、君に生きてほしい。これは僕の傲慢で勝手な願いだけど、君の都合を無視した、君の心を踏みにじった願いだけれど、生きてほしいんだ……」
「それは……」
「君の一番が殿下なのはわかってる、それでもいいんだ。いつまでも、殿下のことを忘れないで、大切にしまっておいてくれていて、それでいいよ。でも、それでも、君の心の中のどこかに、一部でもいいから、ほんの、少しでもいいから、僕のことを……加えてほしいんだ……」

 もはやアッシュは自分で何を言っているのかも、わからなかった。頭が混乱していて、ただ、ドゥドゥーに生きてほしいというだけで、脳裏に浮かんだ言葉を次々と一方的にぶつけた。
 それでも、先ほどまでは一切アッシュをその瞳に写していなかったドゥドゥーが、今はしっかりと、アッシュの顔を写している。ひどくわかりづらいと人に評されるその表情は、どことなく痛まし気にみえた。

「ドゥドゥー、僕は……」
「アッシュ。すまない」
 その、謝罪の意味は、よくはわからなかった。ただ、静かに背中に回された腕が、あまりにも温かくて、アッシュはその大きな胸に顔を埋めて、嗚咽を繰り返すことしかできなかった。



***



「ドゥドゥー。もし、何も目的もなくてやれることもないなら、一緒にダスカーへ行こう」

 あれから手近な宿屋に部屋を借りて互いに応急手当てをし、ようやく落ち着いた矢先にアッシュの口からとんでもない言葉が飛び出して、ドゥドゥーは瞠目した。

「行ったところで、ダスカーは滅びた国だ。それにアッシュ、ファーガス人がダスカーに行くということの意味が、わかるのか」

 ドゥドゥーが低い声で告げれば、アッシュは真剣な表情で頷いた。

「わかってるよ。けれど、君がここにいる限り、きっと君はずっと殿下の存在に囚われてしまう。それは悪いこととは思わないけれど、この場にいる限り、君はずっと後悔し続けて、生きる意味も見いだせない、そう思うんだ」
「だが、お前にその選択のメリットはない。どころか……恐らくは、ひどい目に遭うだろう。蔑まれ、非難され、それ以上のことをされかねない。おれは、お前をそんな場所には連れていけない」

 それは、友のことを思えばこその言葉だった。
 ダスカー人は未だにあの悲劇のことを忘れてはいない。練度でかなわない相手にですら戦いを挑むほどに、フォドラの、ファーガス神聖王国の人間を憎んでいるのだ。そういった感情は、最早理屈でどうこうなるものでもない。

「君が僕を連れて行くんじゃない。僕が、君を連れて行くんだよ。君が、少しでも前を向けるように。少しでも、過去の痛みを、忘れられるように」

言ってみればアッシュの提案は非常に傲慢だ。けれども、その強引さが、どこか今のドゥドゥーにはまぶしかった。彼は、強い。その精神が、そして性根が、どこまでも強かだ。

「それでも、おれは……それ以外の生き方など、知らない。殿下のために生きて、殿下のために死ぬ。おれの生きるという事は、そういうことだった」
「それなら、これから一緒に探そう。それに、君の故郷も、見てみたいし」
「……おれの故郷は……」
「知ってるよ。だからさ、余計に、行かなきゃって思うんだ」

 いつの間にか、包帯の上にすら血の滲んでいるアッシュの手がドゥドゥーの大きな手を握りしめている。
 その若草色の瞳はドゥドゥーがよく知る学生時代のアッシュの、まっすぐ迷いのない目そのもので、ドゥドゥーは全身の緊張がほぐれる気がした。理由などはわからなかったのだが、何かが赦されたような、そんな気持ちが少しだけ芽生えたのだった。



***



 とはいえダスカーへ向かう旅路は決して楽な道のりではなく、ましてほぼ無政府状態となれば治安は悪く、盗賊の類が跋扈しており、一筋縄ではいかなかった。道中幾度となくも襲われ、安心して休める場所などはどこにもなかったのだ。
 それでも、二人でいるというだけで、特にダスカー人であるドゥドゥーの存在は大きかった。あからさまな巨漢である彼に襲い掛かろうとする野盗などはいなかったし、万が一アッシュだけを見て襲い掛かってきたとしても、アッシュはアッシュでベレスやカトリーヌに叩き込まれた剣術や弓術で巧みに撃退してみせた。
 そうして国境付近の宿場町を越え、一週間ほど歩いた距離にちょうど良い街があるのだ、とドゥドゥーはアッシュに告げた。そこは元々商業都市でもあり、人の往来が多く、それこそフォドラの商人が訪れる事も少なくはないことから完全に破壊はされなかった。また、人が多い理由は国境付近で小競り合いが多いことから戦災孤児が多く集まっていることもあるからなのだという。そうして行き場のない子供たちが成長し、何らかの技術を得て、街に住み着く――ここは、そういう場所なのだとドゥドゥーは説明した。どちらかといえばダスカーでもフォドラ人に対する感情はそこまで強いものではないにせよ、皆無ではない。そうでなくとも、街中を連れ立って歩いているだけでアッシュに向けられる視線は冷たく、或いは侮蔑的で、堂々と罵声を浴びせかけられもした。余計ないさかいを起こしたくはないとアッシュは黙ってただドゥドゥーについて歩いていたのだが、ドゥドゥーは衆人から見えないようにアッシュの未だに瑕の残る手を無意識に握りしめていた。
 その行動に、アッシュは驚くように一瞬顔をあげ、そして、少しだけ哀しそうに頷いた。

「おれの故郷はもう……ない。だから、もし住まうのならこの街がいい。ここはまだ国境に近いからか、ファーガス人にそこまで強い反感を持たない人間もいる。だが、殆どは憎んでいる」
「そう、だよね……。うん、わかっている、つもりだよ。そういう場所なら、僕は、戦災孤児たちの面倒を見たいかな。彼らは、それこそファーガス人か、ダスカー人かもわからないような子たちが、大勢いるだろうから。そういう子たちに少しでも食事や、寝る場所を提供してあげれば、もしかすると少しずつ、何かが変わるかもしれないし」

 街中を歩く中、何度か路上で見かけた子供たちや無言で手を伸ばしてくる襤褸を纏った子供らを見て、そう考えたのだろうか。確かにそれは、悪い考えではないとドゥドゥーは思った。少なくとも、どちらの血が入っているかもわからないような子供たちの面倒を率先して見たがるダスカー人は多くはない、よしんばいたとしても、この街ですらあまり受け入れられてはいないのが現状だった。ダスカーの悲劇から時間を経ても、その傷が完全に癒えることはないのだ。

「……それを、お前が望むのなら、おれも手伝おう」
「ドゥドゥーが?」
「なぜ驚く。おれをダスカーに連れてきたのは、お前だろう。それに、一人では無理でも二人ならなんとかなるかもしれない、といったのも、アッシュ、お前だ」
「それは……助かるし、うれしいけれど。でも、本当に?」
「お前はおかしなやつだな。おれの考え方を強引に変えさせたくせに、おれが従おうとするとそうやって意外そうな顔をする。友とは、そういうものではないのか」

ドゥドゥーの顔は至って真剣だ。どころか、アッシュの両肩に手を置いて、まるで励ますかのように真っ直ぐに目を見てくる。

「……友、か。うん、そう、だね。ありがとう、ドゥドゥー。正直、ダスカーの言葉もあまりよくわからないから、一人でどうにかするのは大変だろうなって思っていたんだ」

ようやくアッシュは少しだけ、笑顔を見せる。それを見てドゥドゥーも僅かに頬を緩めた。



***


 元々、廃屋のような教会が街の外郭部にあり、その周囲は森に囲まれ、痩せているとはいえある程度の土地もあった。ドゥドゥーが言うには、ダスカーの作物を育てるには十分な土壌なのだ、という。それならば、最低限の金銭があれば子供たちを養うこともできよう。もちろん、孤児院を経営するにあたってはそれだけでは済まないだろうが、ともかく土地の持ち主とドゥドゥーが交渉すれば、元々放置していたようなものだから、とほぼ捨て値で土地ごと買い取ることが出来たのは、僥倖だった。
 ドゥドゥーは力仕事などを街で請け負いつつ金銭を得ながら教会を修理して、一方アッシュは戦災孤児たちを集め、共に作物を育て、或いは手仕事を教えた。そうして過ごしているうちに季節は廻り、彼ら二人に対する街の人間の態度も和らいできていた。特に、ほぼスラム街といってもよい外郭部の人間たちはアッシュのことをファーガス人だと罵ることは殆どなくなり、近隣の住人として受け入れてくれるようにすらなっていた。アッシュの元々の人当たりの良さや穏やかさが、住人たちの警戒心を徐々に解していったのだ。
 そして、そのことが、ドゥドゥーは我がことのように嬉しく感じていることに気づいていた。
 子供たちと土いじりをしながら笑顔を見せたり、彼らと共にダスカー料理を作ったりするアッシュの姿を見ていると、胸の奥があたたまるような、それでいてどこか切ないような感情を抱くようになる。今もこうして仕事の合間に孤児院に戻ってくれば、畑で子供たちと作物の手入れをしているアッシュの笑顔を見ることが出来る。子供たちはアッシュを程度の差はあれども皆慕っていたし、彼の手はいつでも畑作業や水作業でボロボロだったが、ドゥドゥーはその手がとても好きだった。本来ならばアッシュにはこういう生き方が似合っているのだ、と思う。
 それでも、彼の両手にはまだあの時の傷跡が残っていて、それを見るたびにドゥドゥーは己の不甲斐なさを自覚もするのだった。アッシュがあの時、本来であれば嫌っている暴力をもってしてもドゥドゥーをこの世に留めてくれなければ、おそらく自分はあの後間違いなく命の遣いどころを知らぬまま彷徨い、朽ちていただろう。そういう死に方をしてもよいとすら、思っていた。
 けれども、今は違う。今は、この穏やかな生活が少しでも続けばよいと、アッシュと子供たちとともに過ごす時間がとても心地よいのだと、そういう風に考えられるようになっていたのだった。


 そうして二人の存在が少しずつ街の人々にも受け入れられるのに、三年ほどはかかっただろうか。それでも未だにファーガス人だというアッシュに気後れ或いはどこか避けるような人間が皆無ではないにせよ、二人は居場所も仕事も得ることが出来て、それなりに充実で穏やかな日々を過ごせるようになっていた。

 だが、そんな穏やかな時間は、一瞬にして崩壊してしまう。
 その日は、二、三日前から近隣の村落が傭兵崩れのダスカー人に襲われているという噂が囁かれていた。それも、金銭を奪い殺戮を繰り広げるという、最悪の部類のものだ。
 流石にアッシュも心配になったのか、今日は子供たちは外には出さないようにするからと、ドゥドゥーに告げてきた。アッシュとてあの戦争を生き抜いた手練れであるし、その実力は折り紙付きだ。だが、ここには子供たちもいる。そういうことを考えれば、この日は仕事に行かなければよかったのかもしれないと、少しだけドゥドゥーは考えたのだが、表情にそれが出ていたのかアッシュに「心配はしなくてもいい、何かあれば近所に助けを求めるから」と言われ送り出されてしまえば、それ以上反論できなかったのだった。


   孤児院がダスカー人の集団に襲われた、と聞いたのは、ちょうどドゥドゥーが仕事先の工房で木材を運んでいた時だった。駆け込んできたのは二人で面倒を見ている孤児の一人だった。孤児の中でも最年少であった彼は工房でドゥドゥーの姿を見つけるなり駆け寄り、何度もアッシュの名を叫ぶ。落ち着かせようにも、ドゥドゥーは子供の扱いが得意ではなく途方に暮れていたところを、工房の親方が助け舟を出してくれた。

「坊主、どうした。いいか、ゆっくり説明するんだ。大丈夫、いいか、あの孤児院に何かあったんなら俺やこいつが助けてやる。ゆっくりでいい、話すんだ」

 親方が少年の目線に合わせてゆっくりと、泣きじゃくる彼の頭を撫でながら問えば、少年はしゃくりをあげながら事情を説明した――そして、少年の言葉のすべてを聞く前に、ドゥドゥーは駆けだしていた。


「ふん、生白いファーガス人のくせにガキどもの面倒なんか見て、それで罪滅ぼしをしたつもりか」

 そんな罵声はこの街に来てなんども浴びせられていたから、その程度で動じることなどはない。ただ、今は事情が違っていた。急襲してきたダスカー人は街の人間ではなく、恐らくは噂になっていた、戦争後職を失った傭兵崩れだろう。人数は五人だが、何れもそれなりの手練れに見えた。突然襲ってきたかと思えば金品の類を漁るわけでもなく、真っ先に子供たちを人質に取り、アッシュを拘束した上で憎悪にぎらついた目を向ける――以前の戦で王国軍と戦い敗れた、或いは何かを喪ったか、それこそダスカーの悲劇の生き残りであるか、事情のほどはわからないが、彼らがともかく凶行に起こす理由があり、ファーガス人に激しい憎悪を抱き、そして、この状況をアッシュ一人で突破するのは殆ど不可能だということだけは理解できた。
 戦いの勘が鈍っているわけではないが、そもそも手元に武器がない。格闘術もある程度心得てはいるが、相手はドゥドゥーほどとまではゆかぬものの皆が巨漢だ。恐らく反撃に出たところで子供たちが殺されるだろうと判断できるくらいには、彼らは憎悪の目をこちらに向けている。

「気に食わねえな、諦めちゃいないって目だ」

 傭兵崩れの一人がアッシュの胸元に剣を突き付けると、そのまま衣服を切り裂いた。

「ファーガス人は病人みたいに白い肌してやがるが、こうしてみると意外と悪いもんでもねえな」

 男の顔が、にやりと歪む。露わになったアッシュの肌はそれこそ傷だらけでお世辞にも美しいなどとは言えないが、それが男の嗜虐心でもそそったのだろうか。その傷のある顔に、双眸に、欲の熱が垣間見えた。

「ガキの面倒を見てるって聞いたから女かと思ってたもんが野郎で失望したが、これなら、それなりに楽しめそうじゃねえか?」
「旦那の趣味はわかんねえな。俺はファーガス人は元々好みじゃねえ。まあ、顔は悪くはねえし使えなくはないだろうが」

 アッシュを拘束している男が太い指でアッシュの顎から頬にゆるりと触れ、アッシュはそのおぞましさに思わず身震いをする。何よりも、子供たちの前なのだ。見れば子供たちはおびえた顔つきでじっとこちらを見ている。刃を突き付けられ、自分が親のように慕うアッシュを捕らえられて、平常心でいられるはずもない。だが、アッシュにもどうすることもできないのだ。

「抵抗しなければ、この子たちを解放してくれるんですか」

 低い声でアッシュが問えば、男たちは心得たとばかりに、にやりと笑う。

「さぁな。それは、お前の頑張り次第じゃねえか。まあ、悪くなければ、運よく俺たちの気分が変わるかもしれん」

 それが、合図となった。


 男たちの行為は、それこそアッシュを人間として扱わぬほどに暴力的で、凄惨だった。
 衣類は切り裂かれ、白い肌を嘲笑され、無数の傷跡を蔑まれ、彼らの穢れた男根を肌のあらゆるところに擦りつけられる。或いは無理矢理口に突っ込まれ、アッシュが呻くことも呼吸すらもままならないことを嘲笑いながら強引に押し込められ粘ついた精液を中へと出され、飲み込めとまで言われた。一滴でも漏らせば子供たちを殺すと脅されれば、アッシュに選択肢はない。
 勿論口を犯されていると同時に、剥き出しにされた後孔にも強引に何度も、代わる代わる男たちのものを捩じ込まれては胎内に汚物を吐き出されるような感覚を齎された。口を封じられているので嘔吐することもできないが、男たちは強引にアッシュの後孔に太い男根を奥までねじり込んでくる。どころか背中も腹部も、手も足も、すべてが男たちの精液や体液に塗れ、ひどい臭いを放っているとどこか残っている理性でアッシュは感じていた。
 それでも、けっして悲鳴や声をあげないのは、せめても子供たちがいるからだ。だが、それとて無為なのだともわかっていた。このようなむごい光景を――親代わりと慕う青年が目の前で何人もの男たちに汚される光景を無理矢理見せられて、理性を保てる子供などいないだろう。案の定彼らは泣き叫ぶことすらもできず呆然と、目の前で繰り広げられる惨劇を見ているしかない。
 それは、或いは自分たちにつきつけられている刃の存在が彼らから言葉を奪っていたのかもしれないにせよ、最早彼らと以前のような関係になれる可能性はほぼないといってもよいのだろう。
 それでも、それでもこの子たちだけは守らなければという一心で、アッシュはひたすらに耐えた。耐えていた。
 ところが、一人の男がアッシュの舌遣いが気にくわなかったのかその頬を思いきり張った瞬間に、ひとりの少年が堪えきれなくなったのか、叫んでしまった。

「……クソガキが!」

 子供たちを抑えていた男が、その少年を思いきり張り倒す。少年は思いきり殴り飛ばされて壁にぶつかり、鈍い音を立てぐったりとうなだれ、動かなくなった。
 アッシュはそれを見た瞬間に、頭の中が空っぽになった。痛いほどに心の臓が早鐘を打ち、苦しい。いったい、いま、なにがおきた。いったい、あの子は、どうなった。

「……クソッ、めんどくせえ……これだからガキは」

 吐き捨てるように男は少年に近づくと、乱暴にその頭を掴む。ぐったりとした少年に、反応はない。

「打ちどころでも、悪かったか?まあ、穢れたファーガスの血が入ってるようなガキが死のうがどうでもいいがな」

 男はまるでゴミでも投げ捨てるように、少年をその場に放り出した。少年は、一番最初にアッシュがこの孤児院に連れてきた子だった。混血児だったらしく酷い扱いを受けていたのかなかなか心を開いてくれなかったが、時がたつにつれて常にアッシュについてまわるようになり、表情も少しずつ表に出るようになって、今度はフォドラの言葉を教えてほしい、そんなことを話していたのが、つい先日のことだった。

「なん……で……ぁあああァアアア!!」

 アッシュが呆然となることも許さずに、アッシュの後孔に再び太い男根が強引に捩じ込まれる。

「サボってんじゃねえよ!お前が俺らを満足させなきゃ、ガキどもは全員、殺す」
「ぐあ、ぁ、うッ……!」
「おい、いつまでもてめえらだけで楽しんでんじゃねえよ、変われ」

 少年を投げ飛ばした男が、強引に割り込んで、挿入していた男を乱暴にどかすと、アッシュの肌をねっとりと値踏みするように眺める。

「チッ、旦那はいつも強引なんだからな……折角中に吐き出してやろうかと思ったのによ」

 文句を言いながらも、退けた男は勃起したままの一物をアッシュの手に強引に握らせる。手でやれ、ということなのだろう。最早まともに判断もできなくなっているアッシュは無気力に熱く脈打つダスカー人のものを手のひらで包み込みながら扱き出した。

「なかなかいい恰好になったじゃねえか……ヤりがいがあるってもんだ。これなら、俺のだって楽に入るだろうさ」

 言いながら旦那と呼ばれたリーダーらしき男は下穿きまでを脱ぎ勃起したモノを取り出すや、一気にアッシュの胎内に捩じ込んだ。

「アアぁあ、あ、ぎ、あ、アアアア……ッ!!」

 幾ら直前まで犯されていたとはいえ、その男のモノは規格外だった。それが、それまでの精液の名残と共に一気に狭い胎内に捩じ込まれたのだ。ごつり、と鈍い音がして、今まで感じたことのない強烈な異物感がアッシュを襲う。あまりの痛さと気持ち悪さと衝撃に、アッシュは喉が枯れるほどの悲鳴を上げた。内臓が無理矢理押し上げられるような感覚に、嘔吐しそうになってしまう。

「は、はは……いい声で鳴くじゃねえか……滾ってきたぜ……!おい、お前ら。今からガキどもを順番に、殺していけ」

 腰を振りながら叫ぶ男の言葉に、アッシュは痛みも苦痛も忘れて、瞬きをする。何をいっているのか。自分が従えば、彼らを助けると、言ったのではないのか。
 その表情がまた気に入ったのか、男たちはにやりと残虐な笑みを浮かべた。

「たく、一番オイシイところを持ってくからなあ、旦那は」
「まあ、おれらも楽しませてもらったし、いいけどな。ガキを殺すのは別に楽しくはねえんだが、旦那の趣味じゃあ仕方ねえ」

 残りの男たちは言葉の割には愉しそうな表情で、呆然となったまま逃げることもできない子供たちに近寄ると、まるでアッシュに見せつけるかのように、一人ずつ、ひとりずつ、殺していった。
 花が好きなのだと、アッシュとともにスミレの花を育てるのが好きだった少女は、あっけなく首の骨を折られて、その場に投げ捨てられた。
 アッシュに一番懐き、共に家事を率先して手伝っていた少女は、手足を順番に切り裂かれ、泣き叫びながらアッシュの名を呼んでいるところで首を一気に裂かれ、絶命する。
 物静かだが畑仕事が人一倍得意で、ドゥドゥーのことを心の底から尊敬していた少年は、手足を潰され、腹をなんども殴り、蹴られて、最後は顔の形が判らなくなるまで殴られて、血まみれで床に横たわった。
 おしゃべり好きでよくドゥドゥーの働く工房にも手伝いに行っていたやんちゃな少年は、背中から一突きされたあげく、そこから下肢に向かい切り裂かれて、鮮血を吹き出しながら倒れた。血の、むせかえる匂いの中で、アッシュはただ、ひたすら男に犯されていた。もう、何も、考えられなかった。
 ただ、自分は誰一人守れなくて無力なだけなのだと絶望しながら、男の欲を身体中に、そして胎内に受け入れるしかなかった。



「何をしている……!!」

 地の底から這うような声に、それまでされるがままになっていたにアッシュはぐったりとしながらも顔をあげた。
 これは、夢なのだろうか。
 或いはもう死にかけている自分の見ている、幻覚か――目の前に、ドゥドゥーがいた。
 見たこともないほどに怒りに顔を歪ませ、まるで全身で威嚇している獣のようだ。惨状の中に駆けつけたドゥドゥーは、ぐるりとあたりを見回すや、徐にアッシュを犯していた男を殴り飛ばす。ひしゃげた蛙のような声といびつな骨の歪む音をさせて、男はその場に倒れた。ドゥドゥーは即座に倒れた男に馬乗りになると、その首に持っていたナイフを突き刺し、裂いた。鮮血が噴出し、ドゥドゥーの顔を、衣服を、汚す。まるで何かの作業を終えたように無言でドゥドゥーは立ち上がると、ニヤニヤとテーブルで寛ぎながらアッシュを眺めていた――今は逆に、自分たちのリーダーであった男が一方的に殺される光景を目の当たりに悲鳴を上げる間もなく、立ち上がる暇すらあたえられず、ドゥドゥーが近づくことを許してしまう。
 そのうちドゥドゥーに最も近かった男が剣を手に咆哮をあげてとびかかって来るが、所詮は傭兵崩れで正規軍にすら入れない程度の実力だ、あっさりといなされそのまま首の骨を折られ、絶命した。仲間が二人も殺されて流石にまずいと判断し、逃げようとした残りの三人も足の骨を折り、或いは殴りつけ、力任せに全てを殺した。
 それは最早人ではない、ただただ殺戮を許された獣が、悲しみと怒りに咆哮し、相手を食らう様のごとくだった。



   すべての傭兵崩れを殺したドゥドゥーは、やがてアッシュに目を向ける。そこには凄惨な行為の跡を示す無残な裸体を晒したアッシュが、項垂れるようにして壁際に倒れていた。

「アッシュ!おい、アッシュ……!生きているのか……⁈」

 ドゥドゥーはアッシュに駆けよると、その身体を抱き寄せて何度も揺らした。そして、アッシュの顔がゆるりと動き、その瞳にドゥドゥーが映る。

「……ドゥ、ドゥー……?どう……し、……?」
「アッシュ!何が……いや、……いや、いい……、話さなくていい……」

 ドゥドゥーは唇を噛みしめると、完全に脱力しているアッシュをこの世界のすべてから守らんとばかりに抱きしめる。悔しさと哀しさと憎しみと怒りで、感情が爆発しそうだった。すべては、遅かったのだ。なにもかもが、壊れてしまった。それは、ほんとうに一瞬だった。もっと自分が早く駆けつけていれば、或いはこの惨劇は防げたのか。否、仕事に出かけていなければ、こんなことにはならなかったのか。朝に告げられたアッシュのどこか不安そうな言葉を信じて、突き放された言葉を拒絶してこの場にいればよかったのか。
 やがて遅れて駆けつけた少年と親方だったが、血なまぐささを感じ取った親方が少年には見るな、と孤児院の外に待機するように告げて入ってくる。

「これは……こんなやり方をするのは、……ダスカー人でもなんでもねえ……ただの畜生どもだ……」

 その静かな、けれども震えた低い声は、彼の怒りがどれほどのものかを示していた。けれども、そんな親方の怒りですらも、今のドゥドゥーには何の慰めにもならなかった。
 そして、怒りに任せてすべての傭兵崩れを殺した己もまた、同じなのだと思った。


 ともかくアッシュの容体が心配だからと、親方は自分の工房にアッシュと生き残った少年、そしてドゥドゥーを暫く住まわせることにしてくれた。
 ドゥドゥーを呼びにきた少年は、偶々その時孤児院の外で洗い物をしており、奇妙な集団が孤児院に近づいてくることにいち早く気づいてそのままドゥドゥーのところに行かねばならないと思ったのだという。その時アッシュたちにちゃんと教えていれば、と幼い少年は泣きながら何度も何度もアッシュに謝るのだが、それでもアッシュは少年が生き延びてくれただけでもよかった、と無理に笑顔をつくり、その幼い頭を撫でてみせる。ドゥドゥーはその光景を見ていられずに部屋を立ち去ろうとも思ったが、出来なかった。
 今、アッシュの傍を離れてしまえば、自分は一生彼の傍に立つことは許されないだろうと、そう感じていた。


 そして三日ほど経ち、ある程度体力が回復するとアッシュは世話になったと礼を告げて、孤児院に戻るのだと言い出した。当然だがドゥドゥーは反対し、工房の親方もその女房も反対した。だがアッシュは子供たちをきちんと埋葬してやりたいのだと、ほんとうならばすぐにそうしたかったのだと何度も繰り返し、結局その日は工房を閉めてドゥドゥーに親方夫婦と生き残った少年、そしてアッシュの五人で孤児院へと向かった。
 無残な遺体ひとつひとつにアッシュは謝罪の言葉をかけて触れながら、ドゥドゥーたちが掘った穴へと埋葬をする。傷も癒えず、その上死ななくてもよかった子供たちを葬ることは辛いだろうに、けっして涙をみせることもなく、アッシュはひとりひとりを丁寧に埋葬してゆく。
 そして皆で墓標を作り、最後にダスカー式の祈りを捧げた。少年はアッシュから片時も離れず、まるで縋るように寄り添っている。
 その姿は、幼子が誰かに頼るというよりは、逆のようにドゥドゥーには見えた。この中で一番傷ついているのは間違いなく散々暴行をされたあげく惨劇を目の当たりにしたアッシュなのだと、幼心にわかっているのだろう、まるでアッシュを守るのは自分なのだというふうに、その小さい身体精一杯で主張しているかのようだった。ドゥドゥーには、少年の邪魔をすることは出来ずに、ただ、ほんの少し離れてアッシュの傍に立つことしかできなかった。
 子供たちを埋葬し終えると、今度はアッシュは傭兵たちも埋葬するのだと言い出した。これには流石に親方夫婦もドゥドゥーも面食らうのだが「死者に貴賤はありません、皆、同じように葬られるべき存在ですから」と言われてしまえば、断れなかった。
 アッシュにいわせると、ロナート卿にそのように幼いころに教えられたのだという。自分を散々な目に遭わせた、子供たちの仇ですらあるダスカー人ですらも同様に埋葬するのだと言い出したアッシュの拳は震えていて、ドゥドゥーはそっとその手を握った。するとアッシュはドゥドゥーを見上げて、瞳を揺らしながら唇を噛む。これでよいのだ。まるで、そう確かめているかのようだった。何が善か、悪かではない。もう、そういうことはおしまいにしたいのだと、そう告げているようだった。

「今回のことは、ただの、悲劇だから……。ダスカー人が悪いわけでもない。ファーガス人の僕が悪かったわけでもなくて、ただ、どこにでもありうる、悲劇で」

 ドゥドゥーは堪らなくなり、アッシュを抱きしめて全てを言わせなかった。抱きしめられたアッシュは、ドゥドゥーの腕の中で震えている――まだ、彼の中の心の傷は癒え切ってはいないのだとわかったが、それでも、抱きしめずにはいられなかった。彼が何を言いたいのかはわかる。憎しみに対して憎しみを重ねるなと、ダスカー人だファーガス人だとそういうことに拘ることに意味などはないのだと、そう言いたいのだろう。元々家族といえる人間を殆ど喪っており、誰よりも重い傷を心に負い、慈しんでいた子供たちを喪い、それでもそんな言葉を無理にでも言おうとする。そんなアッシュが、どこまでも真っ直ぐすぎて、不器用で、まぶしくて、哀しくて、愚かで、どうしようもなくいとおしかった。



***


 親方夫婦はそのままドゥドゥーとアッシュ、それに少年をそのまま体力が回復するまで――なんなら気の済むまでいてくれてよいのだ、とまで言ってくれた。
 それでも流石にそこまで甘えるわけにはいかず、ひと月ほど世話になったころ、ドゥドゥーの方から一度ファーガスに戻ろう、という話が出てきた。しかし少年を預けてゆくわけにもいかないとアッシュが反論すれば、ならば共に連れてゆけばよい、とまでいわれ、アッシュはそれ以上の言葉が出なかった。おそらくは、ドゥドゥーは彼自身の中でケリをつけたいのだろう。

「いつでも戻ってきていいんだからな。お前さんたちは、もう俺たちの家族みたいなもんだ……そっちの坊主も含めてな」
「なんだか寂しくなるねえ。また顔を見せておくれよ」

 親方夫妻に別れを告げると、二人は少年を連れてファーガス国境へと向かうことにした。親方夫妻は様々な伝手を使い道中安全に旅ができるようにと馬車の手配までしてくれたのだ。二人に感謝しつつ、三人は街を後にするのだった。
王国に戻るまでの間も、少年は決してアッシュから離れようとはしない。ドゥドゥーにすら、譲らないのだ。もっとも、ドゥドゥーがそっと傍に寄り添うだけでもよいのか、アッシュはその顔を確かめるように見上げて安堵の笑みを見せる。今は、それで十分だった。


 ところがその道中で、アッシュが急にドゥドゥーの故郷を訪れたい、と言い出した。当然だが、ドゥドゥーの故郷は既にない。ダスカーの悲劇の報復に、全てを焼き尽くされ、滅ぼされた荒野でしかない。そのことを説明しても、アッシュはそれでも、という事を聞かなかった。
 結局ドゥドゥーが折れる形となり、国境へ向かう馬車を降りると、ドゥドゥーの故郷へと向かう事にした。それは決して長旅ではなかったものの、短い道のりでもなく、まだ幼い少年には辛い旅路だったろうに、ドゥドゥーやアッシュが背負おうとしても頑なに拒むものだから、途中で足を休ませ、或いはところどころに残っている廃屋で一夜を過ごしながら、ドゥドゥーの故郷を目指した。
 そうして、一節と半分ほど、街道と森を越えた頃――突然、そこに荒野が広がっていた。荒野、というよりか、朽ち果てた家屋とただただ生い茂る雑草、そしてそこかしこに残っている死の残骸――ドゥドゥーの同胞たちは、ただ無残に殺されただけではなく、辱められ、死して尚野ざらしにされていたのだった。遺骸に至っては、最早肉も骨も朽ちており、残骸がある方が珍しいほどだ。

「……これが、おれの故郷だ」

 ドゥドゥーの言葉に、アッシュは立ち尽くして、目を閉じる。

「無理を言ってごめん。でも、どうしても、……訪れたくて。この人たちも、埋葬しよう。そのために、来たのだから」
「アッシュ、お前、はじめから……」
「ダスカーの神はフォドラの女神とは違うし、彼らは天上の女神のもとへはゆかない。それでも、こんなふうに野ざらしにされて、いいわけがない。彼らの魂こそ、きちんと弔わなければ……哀しいだけじゃないか。そんなのは」

 アッシュの声は震えていた。何故なのだろう、彼はいつでもこうなのだ。自分とは関係のない、そんな人間にですらも慈悲のようなものを強く示すときがある、それがロナート卿の教えなのだと彼は言うが、彼の生来の気質なのかもしれない。
 結局遺骸を集めるだけでも一日以上を要し、そのほとんどが朽ち果てていた。それでも三人は一か所にそれらを集め、墓標をつくった。朽ち果てボロボロになった家屋の残骸の中にも、野花が群生している箇所があり、そこを墓所としたのだ。そして周囲の雑草を刈り取り、綺麗にすると、改めて三人はダスカーの神に祈りを捧げた。ダスカーには多くの神が存在し、その内容によって祈りを捧げる対象が違うのだという。今はただ悲運のもとに死んでしまった彼らの魂が少しでも慰められるようにと、ただ、祈るだけだった。



***



 そしてようやく三人はフェルディアへと戻る。道中で乗り合いの馬車を巧い事見つけて、思ったよりも早く到着できた。久方ぶりのフェルディアは、これから春を迎えようとしている季節だった。そして、以前とその様相を変えつつ平穏な日常が流れている中で、王家の墓を、今度は三人で訪れる。

「ここには、ドゥドゥーの大切な、ほんとうに大切な人が眠っているんだよ」

 墓標を前にアッシュは少年を撫でながらそう教えると、少年は不思議そうにドゥドゥーを見上げてくる。
「たいせつな、ひと?」
「……そうだな。お前にとってのアッシュくらいには、大切な人だ」

 ドゥドゥーのことばに少年は納得したのか、そうなんだ、と小さく呟く。

「でも、オレはダスカーの祈りしかしらないよ。ダスカーの神にしか、祈れない。それでもいいの、ドゥドゥー」
「構わないだろう。殿下は……ダスカー人のおれを、友とまで言おうとしてくれた方だ」
「……そういうひとなら、会ってみたかったかもしれない」

 少年がアッシュやドゥドゥー以外の人に興味を示したのは、あの事件以来初めてのことだった。そしてその言葉に、ドゥドゥーは表情を緩め、アッシュもまた頷く。きっとディミトリなら、この少年のことも友人として受け入れようとしたかもしれない、その様を互いに想像したのだろうか、ドゥドゥーとアッシュは顔を見合わせて、少しだけ笑った。
 そして、改めてディミトリの墓標に季節の花を捧げると、ドゥドゥーは跪く。

「殿下。お久しぶりです。殿下には、報告しなければならないことがあって、ここを訪れました。今、自分には守るべきものがあって、大切な人がいます。ですから……今しばらく殿下のおそばには、行けそうもありません」

 首を垂れ、ファーガス式の祈りを捧げると、ドゥドゥーは立ち上がる。そして、改めてアッシュに向き直った。

「な、なに、ドゥドゥー」
「アッシュ。頼みがある」
「僕に、できることなら」

 アッシュの返事をじっと静かに待っていたドゥドゥーは、その言葉を聞くなりアッシュの左手をとると、指輪を嵌める。意匠はドゥドゥーの耳飾りと同様の、ダスカー式のもの。材質も同じだろう。

「これから、共に生きてほしい。傍に、いてほしい。それこそ、死ぬまでだ。だめだろうか」

 きっぱりというくせに、どこかその言い方は不安げで、アッシュに触れている手も震えていた。いつもは決して豊かではない表情ですら非常に心許なげで、瞳はじっとアッシュに注がれているがその胸中の不安定さを表すように揺れていた。
 一方、アッシュは突然のドゥドゥーの告白に、状況が理解できなかった。巧く反応できずに呆然となっているアッシュの手を、少年が促すように握ってくる。
 そのちいさな手のひらのぬくもりに、ああ、と小さく声を零したアッシュは、若草色の瞳を潤ませて、嵌められた指輪に何度も触れると、頷く。

「うれしいよ、ドゥドゥー。でも、この子のことは……」
「当然、一緒だ。おれたちは、家族になるんだ」

 アッシュの肩に、壊れ物のようにそっと触れてくるドゥドゥーの温もりと優しさに、アッシュはその大きな胸に身体を寄せる。そのアッシュを、傍らから離れない少年ごと、ドゥドゥーは抱きしめた。



***



 三人はディミトリの墓参りを終えると、今度はガスパール領に向かい、アッシュの弟妹たちに婚約の報告をした。
 彼らは幼いころから自分たちを支えてくれた兄がようやく幸せになるのだと大喜びで、わざわざ宴まで催してくれたのだ。
 そしてアッシュたちが連れている少年を見ておおよそを察したのだろう、「兄さんはすぐそれだ」と憎まれ口を叩きつつもその表情はひどく穏やかで、慈しむようなまなざしだった。ドゥドゥーはその中に、自分が入っていいのかと戸惑っていたのだが、それに気づいたのか「兄さんは頑固でなんでも一人で背負おうとするから大変だと思いますけど、よろしくお願いします」と弟妹揃ってしっかり一礼されてしまい、アッシュを抱き寄せて「わかった」と返事をするのだった。


 ガスパール領で一夜を過ごし、次に向かったのはガルグ=マク大修道院だった。将来の誓いはディミトリの前でしたものの、恩師でもあるベレスにはどうしても報告したかったのだ。特別に式を挙げるだとか、そういうことは必要はない。ただ、彼女にだけはこのことを報告しささやかではあるが誓約をきっちいとしたい、と言い出したのは、ドゥドゥーの方だった。

「ドゥドゥー、生きてたんだね」

 大司教猊下のあまりの再会の言葉に、ドゥドゥーは申し訳なさそうに一礼をする。

「どうせアッシュに強引にひきとめられて、生き延びさせられたんだろう?」

 人の悪い笑みを浮かべてベレスは続けるものだから、ドゥドゥーはなんとも居心地の悪そうな顔をしていて、アッシュは苦笑するのだった。

「結構大変だったんですよ、全然いう事を聞いてくれないから、何回殴ったか」
「へえ、アッシュがそんなことをするなんて、よっぽどじゃない。まったく、ドゥドゥーは世話が焼けるね」
「本当ですよ。でも、今はこうして一緒にいてくれますから、僕は……十分です」

 それでも、アッシュの柔らかな笑みでベレスはすべてを悟ったのだろう。頷きながら、薄緑の目を細める。

「そうみたいだね。それで?私のところにきた理由は、ただ挨拶に来ただけ、というわけでもないんだろう?」

 アッシュとドゥドゥーの指に嵌められた揃いの指輪を見て、わかっているのだ、とばかりにベレスは頷いてみせる。

「はい。おれたちは既に、殿下の前で共に生きることを誓いました。ですが、それはあくまでも殿下にだけです。ですから、大司教猊下におれとアッシュの仲を……家族になることを、認めてもらおうかと思って、ここまで来ました」

 ようやくドゥドゥーが重たい口を開いた。その手はしっかりとアッシュの手を握りしめている。そうしていないと、何故だかひどく不安になるのだった。

「私に?なんでまた……ああ、いや、まあ、私としても教え子が幸せになるのなら、それくらいはやりたいけれど」
「大司教猊下……先生にだから、なんです。本来ならばこうしてお会いすることも難しいところを、ここに来るまでに大分いろいろな嘘はつきましたけどね」

 アッシュの言い分に、己の立場を思い出したかのようにベレスは小さく笑った。

「私だって人間だよ、君たちの為になら時間くらいつくるさ。ちょうど今、カスパルとドロテアもガルグ=マクに来てるんだ、もう会ったかい?」
「カスパルたちが?でも、ドロテアはまだ歌姫としては現役で忙しいんじゃ……」
「それが、忙しすぎるからひと月ほど無理矢理休暇を取って旅行をしたいんだって、まっさきにここを訪れたみたいだね。君たちと同時期だったのは、本当に偶然だけど。折角だし会ってくればいい。多分、いつもの丘の上にいるだろうから」



***



「おう、久しぶりだなー、アッシュ!お前、変わんねぇなあ!て、ドゥドゥーも一緒か?生きてたのか⁈」

 再会するなり一方的にがなりたててくるカスパルは外見はそれなりに落ち着いているはずなのに変わらず、アッシュは思わず苦笑してしまう。その隣に立つドロテアはといえば、以前から大人びていたが更に落ち着き、その美しさには磨きがかかっていた――二人が結婚したという話は風の噂には聞いていたが、こうして二人で立っていると、本当に違和感がないなとアッシュですら思う。

「アッシュくん、あの後本当にフェルディアどころかダスカーに行ったのかと思ってたから心配してたのよ……でも、二人とも、無事でよかった。それよりも、この子は?」
「戦争が終わってから、僕たちはダスカーに何年かいて……その時に面倒を見ていた子なんだ」

 元々孤児の面倒を見たこともあり己自身がそういった育ちであるドロテアはすぐさま少年を見て何かを察したのだろう、アッシュの言葉に頷いてみせる。
 少年は少年で、最初こそ警戒する姿勢を見せていたのだが、自分と視線を合わせるようにしゃがみ込み柔らかな表情を作ってにこりと笑うドロテアに、一瞬気圧されたのかアッシュの背後に隠れるものの、彼女が差し伸べた手をおずおずと取るのだった。

「……働き者の手をしているのね。私は好きよ、君が頑張っているんだってことが、よくわかるから。アッシュくんを手伝っていたの?」

 少年は、ドロテアの言葉に頷く。そして、アッシュの背後から出てくると、改めてドロテアの姿を確認するようにじっと見つめるのだった。

「おいおい、一応オレの嫁なんだからな、惚れんなよ」
「カスパルくんちょっと黙って」

 カスパルなりに釘を刺そうとしたのだろうが、ドロテアにピシャリと言われてしまい、そういうところも変わらないなとアッシュは苦笑する。見れば、ドゥドゥーもどこか微笑ましいものを眺めるような穏やかな表情をしていた。

「……お姉さんは、アッシュの友達なの?」

 少年が、アッシュとドゥドゥー以外に口をきいたのはあの事件以来これが初めてで、二人は驚く。だが、そこはドロテアだからなのかもしれない。彼女はいつだって、誰に対しても、分け隔てなく接することのできる女性だった。

「そうねえ、アッシュくんがこの士官学校に通っていたころに知り合ってね、そんなところかしら。でも、私は帝国の生まれだから、戦争が終わった後は別々になっちゃったけどね」
「おい、それをいったらオレだってそうだぜ。一緒に勝負したり、一緒に泥棒を捕まえたり、一緒に勝負したりそれから……」
「カスパルの言ってることは嘘じゃないけど、ちょっと話がややこしくなるかなあ」
「そうなのよね、ちょっとね、空気が読めないから」

 思わずアッシュはため息をつき、ドロテアも肩を竦める。

「おいおい、ひでえ言いようだな!そういや、あれか?お前らそろいの指輪してるけど、結婚でもしたのか?」

 なんとも意外というか、カスパルはこれでいて目ざといところがある。アッシュとドゥドゥーは顔を見合わせた後、アッシュは少し頬を赤らめて、ドゥドゥーはやや視線を逸らしながら頷いた。

「あら、そうだったの……!なんだ、それだったら歌の一つや二つでも披露したのに!」
「あ、その、ドロテア……ただ、婚約をしたっていうだけで、別に式を挙げたいとか、そういうんじゃないんだ。帝国やダグザならともかく、まだ王国じゃあ同性婚は珍しいから。ただ、先生に……大司教猊下の前で誓約だけでもって………」
「そういうことだったのね」

 ドロテアは二人に向けて、その宝石のようだと讃えられる瞳を細めて頷く。そしてもう一度少年の手を取ると、彼の頭を撫でて問うた。

「ねえ、君は名前はなんていうの?」
「……アスター。もともと名前はなかったけど、アッシュがつけてくれた」
「そう、素敵な名前ね。ねえ、アスター。今日はふたりの大切な日になるの。君がアッシュくんが大切で離れたくないのはわかるけれど、ちょっとした儀式が終わったら一日くらいは私たちとすごしましょう?私、これでも、帝都アンヴァルじゃあちょっとは名の知れた歌姫なのよ」
「うた……オレはよく、わからない。アッシュがたまに、子守唄をうたってくれたけど。それと違う?」
「そうねえ、ちょっと違うかもしれないけど、きっと気に入ってくれるわよ」
「おいおい、謙遜するなよ、帝都どころかフォドラ中じゃあ名の知れた歌姫じゃねえか。なあ、アスター、それが終わったらオレと勝負しようぜ!男ってのはな、大事な人を守るために強くなくちゃならねえんだ!わかるか!」

 カスパルのまったく他意のない発言に、少年は真顔で頷く。いつの間にかカスパルの真っ直ぐな性根に、少年も警戒心を解いていたのだろう。本当に偶然ではあるのだが、この二人がいてくれて本当によかったと、アッシュは思った。

「うん。オレがもっと大人だったら、ドゥドゥーくらいつよかったら、アッシュはひどい目にあわなかった」
「よし、なら特訓だ!いいか、言っとくけどオレは、ガキ相手だからって容赦しねえからな!」


 その後、大司教ベレスの元で、二人は将来を正式に誓い合った。その場に居合わせるのは少年とドロテアにカスパルと、セテスやフレンといった数名の修道士たちやかつての知り合いだけだ。それでも二人はその数少ない参列者に祝福されて、晴れて家族となったのだった。


 ドロテアとカスパルの気遣いもあり、その後の時間、アッシュとドゥドゥーは暫くぶりで二人きりになった。折角なのだからとベレスが大修道院の部屋を用意してくれたのだが、改めてひとつのベッドに二人になると、奇妙な居心地になる。なにせ、午後とはいえまだ日は高いのだ。
 特にアッシュは過去の経験から、なかなかそういうことはできないだろう、とドゥドゥーは考えていたし、ダスカーからガルグ=マクまでの旅路の間、せいぜい手を握るくらいのことしかしてはいない。それでもアッシュはドゥドゥーに触れられると一瞬おびえたように震え、次にドゥドゥーの顔を確かめるように見て、安堵の笑みを浮かべる。その程度には心の傷は癒えているのだろう――元々アッシュの性根は強く、立ち直りも驚くほどに早い。それでも、彼が受けた凄惨な経験は、ちょっとやそっとでは癒えるような傷ではないからこそ、ドゥドゥーも手出しはできないでいたのだ。
 それに、しびれをきらしたのだろうか。アッシュの方からドゥドゥーにそっと手を重ねてくる。

「ドゥドゥー。もう、我慢はしなくていいよ、たぶん、大丈夫だから」

 手は重ねられたままに、アッシュの方から背伸びをして、口づけをされる。やわらかくて、繊細な、温かい温度が触れて、ドゥドゥーは思わずごくりと唾を飲み込んだ。こうしてアッシュと口づけを交わすのは、初めてだった。午後の日差しに輝くアッシュの灰の髪が光を受けて輝いていて、あまりにもまぶしい、とドゥドゥーは思った。

 それでも、やはりあの凄惨な光景を忘れられず、ドゥドゥーはアッシュに触れる事すらどこかで怖気づいてしまう。もうだいぶ昔の事だというのに、本当に触れてよいのか、怯えさせないのか、不安でたまらなかった。

「ドゥドゥー、何度も言ってるけど……ほんとうに、大丈夫だから」

 痺れをきらしたのか、アッシュの方からドゥドゥーの衣服を脱がしきた。丁寧にその服を脱がして上半身を露わにすると、寝台に押し倒されて、アッシュはため息をついてから大きな胸板に頬を寄せる。

「ドゥドゥーの、音がする……あったかくて……安心するよ」

 アッシュの吐息が地肌に触れて、ドゥドゥーは思わず震えてしまう。下肢に静かに熱が溜まってゆくのを感じた。
 そのままアッシュはドゥドゥーの首筋や鎖骨、胸元にゆったりと唇を這わせてゆく。その都度ぬるりとした暖かな感触や濡れた音にドゥドゥーの熱は刺激され、欲が頭をもたげてきた。
 やがて意を決したように、アッシュはドゥドゥーの下肢に触れる。そこは確かに欲の兆しを見せていて、アッシュは一瞬だけびくりと身体を震わせた――未だに心の中に残る傷跡が、そうさせてしまうのだろう。ドゥドゥーはアッシュを安心させるために、今度は自らアッシュの頬に触れて、唇を重ねる。するとアッシュはうっとりと目を細めて、花が綻ぶように微笑んで見せた。

「ん、思ってたよりもずっと、怖くない……、ドゥドゥーの顔を見ているからかな」

「そうか」
「そうだよ、きっと。ドゥドゥーは、ずっと、我慢してくれていたんでしょう。僕に触れるときも、ずっと、いつでも、不安そうだったから」

 言いながらアッシュは自らも衣類を脱いでゆく。傾きかけている陽光の中で白く輝くような肌は、例え傷だらけでもあまりにもきれいだ――ドゥドゥーは思わずその肌に触れたくなり手を伸ばして、けれども躊躇ってしまう。そのドゥドゥーの大きな手をアッシュは掴んで、自らの胸元へと導いた。白い肌は既に熱を持っていて、てのひらからアッシュの鼓動が伝わってくる。その早鐘のような心臓は、己のそれと同じなのだ、とドゥドゥーは思った。

「いいよ、僕もドゥドゥーに触ってほしい……触れ合いたいよ」

 そしてもう一度触れ合いながら口づけを交わす。唇を重ねるのみならず、ぬるりと舌を先に入れてきたのはアッシュのほうだった。上唇を撫でられ、歯列も丁寧に舐められるものだから、ドゥドゥーもまた薄い唇を食み、肉厚の舌でアッシュのものを捕らえては絡める。淫らな水音がして、二人の身体の距離はどんどんと縮まり、気づけば二人は互いに抱き合いながら唇を貪りあっていた。
 唇をようやく離すころには、ドゥドゥーの下肢は痛いほどに腫れあがっており、窮屈そうに衣類を押し上げている。アッシュは器用にドゥドゥーの衣類を脱がしてゆくと、ドゥドゥーのモノを露わにした。その瞬間、あまりにも大きくそそり立つ、グロテスクとさえいえる巨大さにアッシュの顔が一瞬引きつるも、それでも意を決したように巨大なドゥドゥーのモノにしろい指先を絡めだした。

「……アッシュ、無理はするな……」

 正直なところをいえば、アッシュに触れられている、というだけで耐えられないほどの快楽がドゥドゥーを襲っていた。それまでは自分で処理することこそあっても、他人と身体を合わせるなど、それこそ何時ぶりか、下手をすれば殆ど経験がなかったからだ。

「大丈夫、大丈夫だよ……これは、ドゥドゥーのだもの」

 まるで自分に言い聞かせるようにしながら、しろい頬をうっとりとドゥドゥーのものに寄せ、アッシュは丁寧にドゥドゥーを高めてゆく。裏筋を器用にゆっくりとなぞりながら、括れをつま先で刺激し、時折愛おしそうに舌を這わせる。それだけでも先走りの汁がどんどんと溢れてきて、アッシュの顔と手を汚してしまうのではないかとドゥドゥーは気が気でならなかったのだが、アッシュはまったく気にしていない様子で、うっとりとドゥドゥーのモノを刺激し続けている。やがてアッシュが精嚢に手をかけて緩やかに揉みだしながら鈴口を舌で刺激した瞬間に、ドゥドゥーは限界を迎えてしまい、どっぷりと濃いものを大量に出してしまった。
 案の定アッシュの顔や手、肌にドゥドゥーの精液がたっぷりとかかってしまうのだが、アッシュはといえば思っていたほどいやではない、と艶やかな笑みを作るものだから、たまらない。ドゥドゥーは勢いのまま、アッシュを抱きしめていた。

「もういい……これ以上おれは、お前に無理はさせたくない」
「無理って?」
「おれはこうしてお前と触れあえさえすれば、十分だ」

 それは、アッシュのことを心から思えばこその言葉だった。本心を言えば、ドゥドゥーも男だ、恋人どころか伴侶でもあるアッシュと一つになりたい、つながりたいという欲は、今まで我慢してきた分強くある。それでも、彼の過去の経験を考えると早急に求めるべきものでもないとも思っていた。だからこそ、彼の頬にそっと触れながら、宥めるように告げた。
 だが、ドゥドゥーの言葉にアッシュは哀しそうに俯いてしまう。

「……ドゥドゥーは、僕が欲しくはないの?僕は、欲しいよ。僕はドゥドゥーが欲しい。一緒になりたいし、ひとつになりたい。怖くないと言ったら嘘になるけれど……ドゥドゥーの顔が見えてれば、きっと、大丈夫だから」

 だから、とアッシュは続ける。

「ドゥドゥーも、僕にもっと触って?傷だらけだし、きれいな身体じゃないかもしれないけど……ドゥドゥーに、触ってほしい。そして、ひとつになりたい」

 それは自分の方だ、とドゥドゥーは告げる代わりに、アッシュの腰にそっと手を伸ばす。見た目からしても明らかに体格的にも細いアッシュの腰は、不安になるほどで、あまり強くは触れられなかった。それがくすぐったかったのか、アッシュはくすくすと笑いだす。

「遠慮はしなくていいよ、僕だって男なんだから、多少のことなら大丈夫」
「だが、おれは、お前を傷つけたくはないんだ……お前を、大事にしたい」

 言いながら腰から脇腹へ、そして平坦な胸元へと手を伸ばし、薄く色づいた乳首に触れると、アッシュの口から甘い声が漏れる。

「っ……そこ……、ぁ……」

 男でも乳首を感じるのだろうか、とドゥドゥーは大真面目に考えてしまったのだが、アッシュの甘い表情や声から、恐らくはそうなのだろう。それならば、とドゥドゥーは指先を使い、乳輪をゆるりと撫でてみる。

「ん、あんまり……そこ、だけ……」
「……ここが弱いのか?」
「わか、らな……んッ!」

 ドゥドゥーが指先で膨らんで硬くなってきた乳首を刺激すれば、アッシュはびくりと身体を震わせて甘く叫んだ。ぷくりと膨らんだ乳首は薄桃色からまるでスグリの実のように紅くなり、無意識にドゥドゥーは口に含む。

「ぁん、ちょ、そ……だめ」

 だめ、という言葉の割にアッシュは口元を抑えながらも荒い呼気を繰り返し、その腰元もまるでドゥドゥーを誘うように揺れており、いよいよドゥドゥーの欲は高まってきて、再び首をもたげてくる。
 それに気づいたのか、潤んだ表情で快楽を享受していたアッシュは、ドゥドゥーの手を取ると、にっこりとそれは妖艶に微笑んで見せた。

「ドゥドゥー、……僕は、君と、ひとつになりたい。いいよね」
「アッシュ……」

 アッシュの胸元から顔を上げて改めて思うのは、本来であれば、自分から言うべき言葉だということだ。だが、あの凄惨な記憶が、あんな目に遭ったアッシュを抱くという行為が、どうしてもドゥドゥーには彼を傷つけてしまうのではないかという思いに重なり、言葉が出なくなってしまう。だが、アッシュにここまでされて断るのは、それこそ彼を傷つけてしまうだろう。彼は先ほどから何度もひとつになりたい、と繰り返している。ドゥドゥーを求めている。それは、彼の願いなのだ。

「……ああ。おれも、お前が欲しい。いいのか、アッシュ」

 ドゥドゥーの言葉に、アッシュの眦からぽろりと涙が零れ落ちた。それは次々と浮かんできて、アッシュの紅潮したしろい頬を濡らしてゆく。しゃくりをあげながら、アッシュは自ら目元を拭い、小さな声で何度も肯定の意を示すのだった。
 ドゥドゥーの顔が見たいから、と、アッシュは自らドゥドゥーの下肢に跨り、ゆっくりと腰を沈めていった。ドゥドゥーのモノの先端が触れた瞬間、アッシュはやはりどこか苦し気にびくりと身体を揺らしてみせるが、ドゥドゥーはアッシュの手を握り、もう片方の手で細い腰を撫でてみせる。

「アッシュ、焦らなくていい……ゆっくりでいい」
「うん……大丈夫、ちょっと、苦しいだけ、だから。怖い、わけじゃないよ……」

 そうしているアッシュはこの上なく幸福そうに見えた。ドゥドゥーはいとおしさではちきれそうになり、アッシュの手を強く、握りしめる。アッシュはそのままゆっくりと息を吐きながら腰を落としていき、苦しそうにしながらも、時間をかけながら、ドゥドゥーのすべてを、その胎内へと収めた。そして全部収まった瞬間に、ふにゃりと表情を崩してみせた。

「全部、ここに、ドゥドゥーのが、はいって、るんだ……」

 アッシュは自らの、ドゥドゥーのもので膨れている腹部に触れながら、笑みを見せる。ドゥドゥーはその言葉と光景に、歯を食いしばった。今すぐにでも、がむしゃらに動いてしまいたい、アッシュの胎内をぐちゃぐちゃにして、甘い声をあげさせて、なにもかもわからなくなるような快楽を与えさせたい、そんな狂暴な欲を一気に覚える。

「動いて、ドゥドゥー、もう僕は、大丈夫だから」

 言いながら、アッシュはドゥドゥーに顔を寄せて淡いキスを落とした。それが契機となり、ドゥドゥーも意を決して、応えるように腰をゆっくりと動かしだす。最初こそそれでもどこか遠慮がちではあったが、アッシュのこの上なく幸せそうな表情を見ていると、徐々にドゥドゥーにも火がついてきて、動きが激しくなってきた。

「ん、あ、……ドゥドゥー……!もっ、と……!」
「……アッシュ……!!」

 たまらなくなり名を呼べば、涙と欲に塗れた顔で幸せそうに微笑んで、腰を突き動かせば、甘い嬌声を上げ、がくがくと腰を揺らしながらも、片方の手はしっかりと握りしめられている。
 あまりの体格差にドゥドゥーはアッシュの腰を片手で支えながらの行為ではあったが、アッシュはしっかりと快楽を拾い、悦び、幸福そうにもっと、もっと、とひどく甘やかな声で子供のように繰り返すのだ。

「おく、に……もっとっ、ほし……ッ、ドゥドゥーの」
「アッシュ……大丈夫、なのか…?」
「ん、……もっといっぱい、奥に、中に……だして……ほし……ッ!」 

 アッシュの胎内は驚くほどに柔らかくそして貪欲で、ドゥドゥーの規格外のモノですらもあっさりと呑み込み、欲してくる。都度きつく締め付けられ、狂わされているのはこちらの方だと、ドゥドゥーは感じたことのない快楽と充足感で苦しくなり、顔をしかめた。
愛する人と繋がるということが、ここまで幸福で満たされるものだということを、ドゥドゥーは初めて知ったのだった。

「アッシュ……おれは……アッシュ……ッ、……!」

 幸せなのだと、伝えたかった。
 生きていてよかったのだと、伝えたかった。けれども、言葉が出ない。出ないほどにドゥドゥーもまた欲望と快楽と幸福感に塗れていて、理性などは殆どなくなってしまっていた。

「いい、よ、もっ…と、うご……いてッ、ぁああ!!」

 肉と肉がぶつかり合う音が激しくなる。ドゥドゥーは腰をなんども突き上げ、アッシュもまたドゥドゥーのモノを奥へ、奥へと進めるように反動で腰を強く落としてくると、明らかに今までとは違う感触に突き当たった。その瞬間、アッシュの身体がびくりと跳ねて痙攣し、しろい足が真っ直ぐになり、今までにないほどの声が漏れた。

「んっ、ひうっ、あ、アアァッ!!」

 ごつり、と違う感触を覚えたその場所を、ドゥドゥーはなんども、なんども突き上げる。その都度アッシュの口からは絶叫にも近いほどの嬌声が漏れて、身体はドゥドゥーが突き上げるたびに揺れ、口からはひっきりなしに涎を垂れ流し快楽に塗れながらもどこか幸せそうに涙を流し続けているのだ。アッシュのモノはといえばとろとろと透明なものを先端から流しているものの、それだけだ。

「どぅ、ど……は、ああッ!ナカに、ナカ、たくさん、……出して……!」

 無意識に腰をくねらせながら好いところを探しているのか、アッシュもまた汗まみれで必死に腰を動かしている。その都度何度も何度も言葉で催促されて、胎内に出さないという選択肢はドゥドゥーにもなかった。
 ゴリゴリと乱暴に身体を突き上げながら、きつく締め付けてくるアッシュの胎内に、ドゥドゥーは昂ったまま、思いきりその精を吐き出すと、アッシュの口からはカン高い嬌声が響き渡り、弓なりに反る身体と涙と快楽にぐしゃぐしゃになったその表情を、ドゥドゥーは一生忘れないだろう、と思った。



***



 その後気絶するように倒れ込んでしまったアッシュを、ドゥドゥーは壊れ物のように抱きしめる。暫くすると、アッシュはゆっくりと若草色の目を開いて、目の前にドゥドゥーの顔を見つけると、うっとりと微笑んで見せた。

「ゆめじゃ、なかった……」

 夢見心地のように告げながら、アッシュはドゥドゥーの頬にそっと手を伸ばして触れてくる。その仕草に堪らず、ドゥドゥーはアッシュの乱れた髪を直してやりながら、意趣返しとばかりに薄い唇に口づけをした。

「夢なわけがないだろう。おれはお前を抱いて、はじめて、生きていてよかったと、思った」

 ドゥドゥーの言葉に、それまではどこかとろんとしていたアッシュの瞳が見開かれる。そして、やがて再び潤んだかと思うと、またしてもぽろぽろと涙が零れ落ちてきた。

「今日のお前は、泣いてばかりだな

」  ドゥドゥーが柔らかい声で囁けば、アッシュは眉を下げて微笑む。

「誰の所為だと思ってるのさ」

 憎まれ口を叩きながらも、アッシュはこの上なく幸せそうに、微笑んだままだ。

「わかっている、アッシュ。おれはもう、お前の傍を絶対に離れない。お前を、一生をかけても幸せにする。殿下に誓って、お前のことを、誰よりも幸せにする」

 そういいながら抱きしめる身体は、どこか細身で頼りない。それでも、この身体の持ち主は誰よりも強く、折れない心を持っているのだとだとドゥドゥーは知っていた。
 だからこそ、ドゥドゥーは今こうして生きている喜びを感じることができているのだということも。彼がいなければ、今の自分はない。ないどころか、生きてすらいなかった。ドゥドゥーの意志に応えるように、そっとアッシュの腕もまたドゥドゥーの背に回される。

「……愛しているよ、ドゥドゥー。昔から、君のことが、ずっと、好きだったんだ」

ようやく告げた、というようにアッシュは涙を流しながら軽い口づけをしてくる。

「ああ、おれもだ。おれも、お前のことを愛している……アッシュ、死ぬまで、共に生きよう」

ドゥドゥーの言葉に、アッシュはその大きな胸に頬を寄せてうん、うん、と何度も子供の用にしゃくりをあげながら頷く。その仕草がひどくいとおしくて、ドゥドゥーはふたたびアッシュを、もう離すまいと抱きしめた。
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