2021.10.10~10.16まで開催されていたシルアシュウィークの加筆修正したものです
□ DAY1 出会い
初めて見た瞬間に、そこに花が咲いたようだった――というと、大袈裟だろうか。けれど、どこか運命じみたものを感じたのは否めない。第一相手は男だ、男相手に花が咲いたようだ、などと感じている己の感覚を、瞬時にシルヴァンは疑い、もう一度彼をまじまじと見て、それでも同じ感想を抱いてしまったのだから、これはもう仕方ないのだと諦め溜息をついた。
青獅子の学級に華やかで愛らしい女子生徒がいないわけではない、どころか逆だ。幼馴染のイングリットはともかくとして、ふんわりと柔らかな雰囲気で周囲を包み込むような笑みをたたえた美しいメルセデスや、元気という文字がその通り歩いているような愛らしいアネットといった存在もいるはずなのに、なぜかシルヴァンの視線は灰色のくせ毛の少年に注がれてやまなかった。やたらと透明な白い肌にやや幼く見える雀斑。そのくせまるで未来を真っ直ぐ信じて見定めているような若草色の瞳に惹かれたのだ、というと、まだマシな言い訳になるだろうか。
今の今まで一度だって、女性にならともかく男にこんな感情を抱いたことはない。だというのになぜか気になる少年の名はアッシュ=デュランと言った。
聞いてみれば彼は平民の生まれで、とある出来事をきっかけにファーガス南西部のガスパール領はロナート伯のもとにひきとられた孤児なのだという。だから、自分は本当ならばこんなところにいるのは場違いなんです、と言葉とは裏腹に頬を紅潮させながら少年は自己紹介をした。それは、これからの一年間への期待であり希望なのだろう。まして平民生まれとなれば周囲の貴族の子息や子女たちに囲まれ高水準な勉学を共にすることもできる。そういった期待に満ちた彼の眼は素直にきれいに思えた。シルヴァンが素直に他人をきれいだと評するのは稀で、きっとそのことを幼馴染たちが知ったら笑われただろうと思う。実際、自己紹介が終わり自由時間になって幼馴染たちと話に花を咲かせていたときに口を滑らせれば、フェリクスにはおかしなものを見る目でみられ、イングリットに至っては吹き出して声を出して笑われてしまった。
「シルヴァン、あなたでも、そういうふうに人を見るときってあるのね」
「あのなあイングリット、けど、見てみろよ、あのお坊ちゃんはどう見ても純粋無垢って感じじゃないか」
「お前のその言葉に裏がないのは、確かに珍しいな」
「フェリクス、一言多いぞ」
「普段のお前の言動を考えてみろ」
確かに、純粋無垢、を必ずしも文字通り言っているわけではなく半ば揶揄う意図も含めてはあるが、それよりも彼のあの真っ直ぐな瞳が、シルヴァンの心臓に直接突き刺さる感覚を何といえばいいのかわからなかったのだ。それを言葉通り告げれば幼馴染たちは顔を見合わせて肩をすくめる。
「一目惚れでもしたのか、お前は」
「な、なんつったお前」
思わずフェリクスの言葉にむせてしまい、シルヴァンは胸をさする。当のフェリクスはといえばどこ吹く風、といった顔だし、イングリットは苦笑しながらも頷いている。
「確かにそうかも。あなた、他人の事をそういう風に評価したこと、ほんとうにないものね。でも、そういうあなたの勘って外れたためしがなくない?」
そうなのだ。シルヴァンはこれでいて意外に人を見る目には自信があり、だいたいは最初の印象通りの人柄だったりする。だから、アッシュもそうなのかもしれない、と薄く期待をしている自分もいた――シルヴァンの周囲には、心を許せるような友人は、彼らやディミトリ以外には、幼少時からいなかったのだ。
だから、もしかすれば彼がそういう相手になってくればいいと、このときは、ただ純粋にそう思っていただけだった。
□ DAY2 食事
ゴーティエ家に奉公してから数年になるが、ここ数か月で私の仕事は大分変った――変わった、といっても、正確にはそんなに変わってはいない。ただ、一節に数回だけ、少し仕事が楽になるのだ。
私の担当は厨房で、普段はしかめ面だが心根は優しい料理長と、それから少々空回り気味の同僚とやたらと仕事が早い先輩とともに働いている。ただ、この日だけは違っていた。
「厨房、少し、借りますね」
まるでゴーティエの雪を溶かしたような肌色に雀斑を散らした、灰色の髪と若草色の瞳の青年はいつものように人の好い笑みを浮かべて厨房に入ってくる。彼が来ると、厨房の雰囲気が一変する。彼は厨房着に着替えるやてきぱきとひとりで調理の下準備をしてしまうし、はっきりいって私たちの出る幕はない。料理長も敢えて好きなようにさせているのは、彼が作る料理をシルヴァン様がご所望だからなのだ――一節に数回、シルヴァン様は彼の、アッシュ様の手料理を食べたがる。何でもご学友であらせられた頃からのお付き合いで、彼の料理はシルヴァン様の舌をうならせたのだという。実際私たちもご相伴に預かって、納得したのだが。彼の料理はゴーティエ料理のように味付けが濃くはっきりとしたものとは少々異なっているのだが、それは彼がファーガスでも南部の出身だからなのだろう。アッシュ様自身は自らの出自をあまり語ろうとしないのだが、それは下町の味なのだということは、私自身がそういう出身だからわかるのだ。貴族と平民では食べるものも違う。その、南部ガスパールの味をアッシュ様はこのゴーティエで再現してしまうのだから、純粋にすごいと私は思っていた。そして、その味をシルヴァン様は非常に気に入っておられるのか、一節に数度、どころか一週間に一度所望することもある。そうなると私たちの仕事がなくなるので勘弁してほしいところなのだが、アッシュ様は私たちが手持無沙汰にならないように、軽い仕事を指示してくださるのだ。もっとも料理長だけは厨房の奥にどかりと座り込み、最後の味付けの確認という一番重要で一番おいしい仕事をなさるのだけれども。
アッシュ様がゴーティエに入られるには、相当な苦労があったらしい――それは、なんとなくわかる。それでもシルヴァン様がしつこく、それは相当にしつこく周囲や本人を説得して迎えたらしい。アッシュ様は優しくて私たち使用人にも分け隔てなく接してくださるのだが、これでいてかなり頑固なのだということは、一緒に仕事をしているうちにわかったことだった。
「料理長、できました。今日は魚とカブの辛味噌煮込みにしてみました。少し気温も下がってきましたし……スレンから、いい白身魚が届いたんです」
「おお、スレンの白身魚は旨いからな!これは楽しみだ」
「皆さんもどうぞ。ちょっとだけ、ですけどね」
そうなのだ。アッシュ様は、シルヴァン様と共にスレンとの関係改善に尽力され、今ではスレンと交易もできるようになり、スレンの食品もこうしてたまに卓上にあがるようになっている。これはとても素晴らしいことらしく、難しいことがわからない私でも、ファーガスの食べ物が潤沢になるのは素直に嬉しいことだと思えた。
「うむ、これならシルヴァン様もお喜びになるだろう!しかしアッシュ殿、貴殿は本当になんというか、働き者なのだな」
「あはは、生まれが酒場の子ですからね……皆にかしずかれるのとか、慣れてないんです。むしろ皆さんとこうして仕事をしてた方が……」
「う~ん、美味しい!あっでも、アッシュ様があまり厨房通いをなされると、今度は私たちの仕事がなくなっちゃうんですからね!」
人一倍大きな声で舌鼓を打ちながら叫ぶのは、いつも空回り気味の子だ。でも、確かにそうなのだ。アッシュ様は料理を作るどころか片付けまで手伝おうとしてしまうから、それは流石にと、料理長も私たちも断固として断っている。
「さ、アッシュ様はお料理をシルヴァン様に持って行ってくださいな!付け合わせは私たちが作っていましたから一緒に添えてくださいな」
「ついでにそのまま帰ってこなくていいですよ。残りの仕事は私たちの分担です。それに、シルヴァン様もここ一週間の仕事でお疲れでしょうから、相手をしてさしあげるのが今のアッシュ様のお勤めですよ」
そういわれると子供のような笑顔で苦笑して素直に返事をするのも、アッシュ様の良いところだ。
紋章や遺産が継げないから――そういうことをアッシュ様は未だに気になさっているけれど、私たちはアッシュ様がゴーティエ家に入ってくださって本当に良かったと思っている。それはひとえに、シルヴァン様の笑顔が増えたからなのだ。アッシュ様がいないときのシルヴァン様は大事なものをどこかに落としてきてしまったような、そんな表情ばかりをしていた。だから――これ以上は、止めにしよう。しがない使用人の詮索などは、仲睦まじい二人には必要はないのだから。
□ DAY3 買い物
のどかな陽光が降り注ぐ午後。休息日でもある今日は特に課題もなく、かといって街に繰り出して女の子をひっかけるような気にもならず、シルヴァンは木陰でぼんやりと昼寝でもしようかな、などと思っていた、その矢先である。
ぱたぱたという足音と共に目の前を掛けてゆくアッシュの姿が目に入った。手には何やらメモを持ち、ぶつぶつと繰り返し何かを呟いている。
「よう、アッシュ。休息日だってのに忙しいな、お前は」
特に声をかけるつもりもなかったのだが、なぜか声をかけてしまった。常にそうなのだ、何故だか彼を見ると放っておけずに声をかけてしまう。これが意識している、というやつなのだろうか、だとしたら厄介だなと思いつつも、不快でもないから不思議だった。
「シルヴァン?今、ちょっと忙しいんです。先生に買い物を頼まれてて……」
「お、そういうことなら俺もヒマだし付き合うぜ」
「え?」
今までは殊更何かをするつもりもなく、のんびり過ごそうと思っていたが予定変更だ。アッシュは状況が理解できないのかきょとんと大きな瞳を見開いているが、シルヴァンはアッシュの背後に立ち手中にあるメモをぱっと奪うとさっと内容を確認した。
「げ、結構これ量あるじゃないか。お前ひとりで持てるのか?てか、先生何考えてアッシュ一人に任せたんだよ……ドゥドゥーあたりも一緒につけてやればいいのに」
「ドゥドゥーは今温室で植物の世話をしてますし、フェリクスとイングリットは殿下と一緒に訓練中。まさかメルセデスやアネットに荷物持ちをさせるわけにもいかないですし……」
「なら、俺がいてちょうどよかった、ってことだな」
「あ、そういうことにもなりますね。ありがとうございます、助かります!」
まだ何もしてないんだけどな、とアッシュの満面の笑みにどこか後ろめたいものを感じてシルヴァンは後頭部に手をあてて「あー、そんじゃ、早く済ませちまうか」と小さく呟いた。
休息日の街は案の定ごったがえしていた。それぞれ露店や飲食店で食事を楽んだり武器や道具を物色している生徒たちも見かける。それに商人たちも休息日とあってここぞとばかりに売り出しをしているようで、特に今日は人通りが多いように見えた。
そんな中でもアッシュは迷うこともなく目的の買い物をてきぱきと済ませてゆく。しかもかわいらしい(と本人に言えば怒ってしまうのだが)少年のような外見とは裏腹になかなかの遣り手で、値段交渉ときたらお手の物だからシルヴァンは感心してしまった。今度武器を新調するならアッシュと共にくるのも良いかもしれないな、と、それは純粋に下心などはなく思ったものだ。それほどにアッシュの手際はよくて、メモに書かれた大量の買い物も小一時間ほどで済んでしまった。
「シルヴァンが来てくれて助かりました。確かにこの荷物じゃあ、僕一人じゃ持って帰れなかったです、しかもおまけまでつけてくれたし……」
「しかしお前、すごいな。どこで覚えたんだよ、その交渉術」
シルヴァンが他意もなく問えば、アッシュは一瞬困ったような顔をしてから小さく笑う。
「僕は下町の出身で、決して裕福な家庭で育ったわけではないんです、だから、こういうことも得意なんですよ」
そうは言うが、その言葉の裏に卑下の感情は見られない。どころか、どこか誇らしげですらある。なんとなくその顔を見てシルヴァンは呆けてしまっていたのか、アッシュが怪訝そうにシルヴァンの名を呼んできた。
「あ、ああ。何でもねえよ。いや、今度武器でも新調するときは、お前に付き合って貰おうかなと思ってさ」
「そういうことなら任せてください!いくらでもお付き合いしますよ」
少年は満面の笑みを浮かべて応える。その笑みがひどく眩しくて、シルヴァンは目が離せなかった。
□ DAY4 戦闘
「殿下!」
ディミトリが槍を振るっている。周囲には兵の姿はまばらだった。突出しすぎたディミトリが無防備になった瞬間を、帝国の兵士が狙っている。目の前の出来事に、気が付いたら身体が動いていた。
「アッシュ…!!」
ディミトリの叫び声と、肩から胸のあたりに鋭い痛みが走るのは、同時だった。
「将の君がそんなでどうする。真っ先にまず周囲の状況を考えて。まして君は今回は後方支援だったはず。とはいえ、今回は私の采配も悪かったから、お説教はここまで。あとは治療に専念して」
ベレスの厳しい顔は決して珍しいわけではない。後方援護が任務だったはずのアッシュが、何故か前線で戦っていたディミトリを庇って負傷した。アッシュ曰くはディミトリの死角から敵が攻撃してきたからとっさに身体が動いたのだ、という。その時は純粋に何も考えられなかったし、アッシュは弓兵ということもあり目がすこぶる良いからとっさの判断でそうしたのだろうということもわかる。だが、兵を預かる将としての行動としては如何なものか、とベレスは諭していたのだ。それに、とっさの敵に対応できないディミトリでもない筈なのだ。だが、アッシュという青年はそれを見過ごせなかった。
「すみません……殿下も、僕、余計な事しちゃいましたかね」
「いや、助かった。俺も前方の総大将ばかりを見ていて後方に意識が向いてなかったからな。俺の驕りが招いた結果だ、助かったよ、アッシュ。それから、俺の不注意で怪我をさせてしまってすまない」
ディミトリがベッドに横たわるアッシュに向かい頭を下げるものだから、アッシュはあわてて上半身を起こして首を横に振った。
「で、殿下!おやめ下さい!その……僕のことを心配してくださるのは、とてもありがたいんですけど……そんな、頭をさげるなんて……当たり前のことを、しただけです」
アッシュの何気ない言葉に、ディミトリは少しだけ傷ついたような顔をする。
「当たり前、か……確かに俺はこの軍の総大将だ。だが、お前もまた大切な将兵のひとりなんだ。あまり自分を蔑ろにするな、それに……」
ベレスが去り、ディミトリと二人だった室内に近づいてくるガチャガチャと煩い金属音。大きな音と共に扉が開かれて、そこには今にも死ぬのではないかというような形相のシルヴァンが立っていた。
「アッシュ……!!怪我をしたって聞いたから、俺……!」
まだ戦装束を解かないままのシルヴァンが、全身で息をして部屋に入ってくる。まるで、そこにディミトリがいることにも気づいてない様子だ。
「大丈夫なのか?後遺症はないのか?なあ、腕は動くのか?」
「シ、シルヴァン落ち着いてください!メルセデスの治療で殆ど傷は癒えてますし、あとは少し安静にしてれば大丈夫ですよ。それにその……殿下もいらっしゃるんですが……」
途中から声を落とし、アッシュの肩に優しく触れつつも血相を変えているシルヴァンをなだめる様に、アッシュはシルヴァンの手の甲に自らの手のひらを重ねる。
「へ?殿下?あ、こ、これは見苦しいところを……」
アッシュの言葉に初めてシルヴァンはディミトリの存在に気付いたようだった。ぽかんと間抜けな顔をさらしてしまっていて、アッシュは傷のことも忘れ思わず苦笑してしまう。
「はは、いや、シルヴァンはよほどアッシュが大切らしいな。それなら邪魔者はさっさと退散するとしよう」
まるで二人の関係を察しているかのようににこにこと人の悪い笑みを浮かべて立ち去るディミトリは、実に楽しそうだった。
「なんだか殿下、少し雰囲気が変わりましたね……」
「ああ、なんか、良かったのか悪かったのか……先生の影響かな。それより本当にお前、大丈夫なんだな?食欲はあるのか?」
なおも縋るように、今度はアッシュの頬にてのひらを添えてシルヴァンはじっとアッシュの瞳を覗き込む。嘘でもついていようものなら、怒られることは必至だろうと思わせるような真剣な表情だ。
「だから、大丈夫ですって。君がそこまで心配する必要はないですよ」
だからアッシュは精一杯の笑みでもって返した。本当に痛みも殆どないし、傷は残るがそれだけなのだ。流石メルセデスの治癒の腕のお陰というか、対処が早かったのも功を奏したのだろう。
「これが心配せずにはいられるか!お前が殿下を庇って怪我をしたって聞いた瞬間、本当に心臓が止まるかと思ったんだからな」
シルヴァンは怒っているようだった。それは、当たり前だろう。けれども、もう本当に大丈夫なのだし、アッシュはベレスにはああは言われたが、自分の判断を後悔はしていない。ディミトリにもしものことがあるほうが大事なのだと本気で思っている。
「でも、この程度で済んでよかったんですよ。怪我をしたのは僕がとっさに対処できなかった所為ですし……」
「あのなあ!」
シルヴァンの大声に、アッシュは一瞬びくりとなる。シルヴァンは本当に怒っていた。怒っているその証拠に、ぎゅっと身体を強く抱きしめられて少しだけ傷のあたりが痛む。
「シルヴァン、痛い、です……」
「ああ、そうだろうさ、痛むだろうよ。でも、俺の心はもっと痛んだんだ、わかれよ、それくらい……」
「シルヴァン……」
アッシュはとっさに言葉を失い、どうしていいのかもわからずに彷徨わせていた腕をそっとシルヴァンの背中にまわすと、シルヴァンの身体がぴくりと跳ねた。
「ごめん、なさい。決して君のことを……考えなかった……、いえ、考えてませんでした。僕はあの時は本当に精一杯で、君がこんな顔をするなんて、考えなかった薄情者です、ごめんなさい」
シルヴァンの胸に顔をうずめて、アッシュは小さく呟くように告げた。あの時は、本当にそれ以外の事など頭になかったのは事実だからだ。すると、シルヴァンの拘束が少しだけ緩くなった。そして、アッシュの頬に手が回り、指先が顎に伝ってゆき顔をあげさせられる。
口づけをされる、と思った瞬間に、小さなリップ音がした。
「……謝らなくていい……。俺も、……少し、感情的になりすぎた。お前が、もしも、って思ったら……心臓が鷲掴みにされた感じがして、冷や汗が止まらなくなって、どうにもならなくなった。面倒だよな、こういうの」
シルヴァンはそれは辛そうに顔をくしゃりとゆがめて無理やり笑顔を作っているように見えた。だから、アッシュはきっぱりと首を横に振り、今度は自らシルヴァンのそれに唇を重ねる。
「いえ、面倒とか、そういうことはないですよ。君が僕のことを心配してくれたのは、純粋に嬉しかったです、だから、心配をかけてごめんなさい、のごめんなさいなんです。本当に君には心配ばかりかけて、僕の方こそ」
「ストップ。これじゃあお互い謝ってばかりだ。それよりさ、傷の調子が少しよくなったら、食堂にでも行こうぜ。今日はドゥドゥーが調理担当だから、きっと旨い料理を食える」
互いに気まずくなる空気を変えたのはシルヴァンだった。自らの先ほどの無様な行動に責任を感じてもいたのかもしれない。けれどもそれでも空気を変えてくれたことはアッシュにとってもありがたかった。
「そうなんですね。そしたら、もう少し休んだら行きましょうか。その間君は手持無沙汰になってしまうから、訓練にいくとか……」
「いーや、お前のところにいるよ。ここで一緒に居る。お前が生きてて、本当によかった」
言いながらシルヴァンは椅子を引っ張り出してきて居座るつもりのようだった。それでもアッシュの指に自らのそれを絡ませて、離そうとはしない。シルヴァンとこういう仲になったのは、皆と再会してからだった――シルヴァンから告白されて、アッシュも最初は戸惑ったのだが自然と受け入れていた。それくらい、アッシュも無意識にシルヴァンに好意を寄せていたのだろう。
けれども二人きりでいるときのこういう甘い空気には未だに慣れない。その所為か、若干赤くなっている頬を見てシルヴァンの笑みが深まる。
「アッシュ、いい加減慣れてくれよ。俺たち以外、誰もいないんだからさ」
「……慣れられないです……僕、こういうの、初めてですし……」
ぽつりと落とされた言葉に、シルヴァンの笑みが一層深まり、絡められた指に力が籠った。
□ DAY5 戦後
「ごめんなさい、一緒にはいけないです」
予測していた言葉だったが、実際に聞くとやはり心は重たくなり痛みを伴った。渡そうと準備していたものも、結局渡せないままにシルヴァンはただそこに呆然としていた。
「そ、そうだよな……俺もお前も、やることが山積みだし」
やっと紡ぎだした声は掠れていて不自然で、アッシュは怪訝そうに顔をしかめる。だが、すぐ切り替えたのか不安そうなシルヴァンを安心させるように柔らかに告げてきた。
「そうですね。でも、前みたいにお互い所在がわからないわけじゃないですし……今度は会おうと思えば会えますよ、きっと」
アッシュとて事情がそう簡単でないことくらいはわかっているのだろう。将来ゴーティエ辺境伯となるであろうシルヴァンにしても、新たに騎士に叙任されてガスパール領を立て直していかなければならないアッシュにしても、共に居るという選択肢がないことくらいはわかっていた。だが、それでもシルヴァンは諦めきれないでいた。それほどにアッシュという存在に自らが執着している自覚もあったし、彼なしの人生などは考えられない。
「それに、会えなくても手紙を書きますよ。ガスパールとゴーティエじゃ遠いですから、互いの近況を確かめたりするのも、悪くはないですし、それにお互いのためにもなると思うんです」
アッシュの提案は有難かったし、シルヴァンもそうするつもりでいた。旧帝国領と隣接しているガスパールの状況を知っておいて損をすることはないだろう。だが、それだけではなかった。知りたいのはアッシュのことだし、できれば隣にいて欲しいのだ。けれど何度そう告げたところでアッシュが首を縦に振らないであろうことくらいは、シルヴァンも痛いほどに理解していた。だが、それでも、これからゴーティエ辺境伯として向き合っていかなくてはならない数多の試練において、恐らく隣にアッシュがいればと思うことは多々あるであろうことは予測できた。そうでなくとも、戦争が始まってからの五年間も同じ思いをし、そしてその辛さときたら思い出すだけでも我慢が出来ないほどだったのだから。
「なあ、アッシュ、どうしてもだめか?」
縋るように告げる言葉は悪あがきだった。アッシュが首を縦に振らないとわかっていても、言わずにはいられなかったのだ。
「……君と共にいたいのは……僕も一緒です。ほんとうは、一緒に……いられるのなら、そうしたいです。でも、……まずは、僕は故郷をどうにかしたいんです。ロナート様に報いるためにも、まず故郷を立て直してからじゃないと」
その言葉を聞いた瞬間、シルヴァンには一瞬の光明が見えた。回転の速い頭が即座に回りだし、幾多の案を思いつく。アッシュが必ずしもこの地にこだわっているわけではないらしい、というその一点だけで、シルヴァンは救われるような気がした。
「それならさ、アッシュ。故郷を立て直したらゴーティエに来ないか?」
「え?そ、それは……」
「俺もガスパールのこと、協力できることは協力する。それにガスパールはファーガスにとっても旧帝国領に接している要衝だからそれなりに早く復興しなきゃいけないだろう?だからさ、そういう意味でも協力したいんだ。そうして、ガスパールが復興した暁には、俺のところに来てほしい。俺にはどうしたってお前が必要なんだ……お前なしの人生なんて、考えられない……」
必死だった。断られるとわかっていても、無様でも、なんでもよかった。それにアッシュには兄弟がいて、後のことを任せられる人材もいる。けれども決めるのはアッシュ自身だ、だからシルヴァンは願うしかなかった。
「何年でも待つよ、お前が納得するまで。だから、いつか、俺のところに来てほしいんだ……そうしたら俺、きっと頑張れる。お前が来てくれるんだっていう希望があるだけで、何でもできるからさ」
いつの間にか言葉と共に瘦身を抱きしめていた。アッシュは答えず、けれどもシルヴァンの背中にはアッシュの腕が回されている。アッシュが離れたくない、というのも、嘘ではないのだろう。
「アッシュ」
「……わかりました」
「……アッシュ?」
ぽつり、と落とされた言葉に、シルヴァン自身が驚愕してしまう。望んでいた言葉を得たというのに、その実感がない。抱きしめていた腕を離してアッシュの顔を見ると、真剣な表情で見つめられていた。若草色の輝く瞳は透明で、そこに嘘の欠片などは微塵もない。
「君がそこまでいうのなら……というより、僕も、それは、考えていたんです。戦時中何もできなかった僕よりも、弟たちのほうが領主にはふさわしいだろうって。今は戦後のごたごたの最中ですから臨時的に僕が上に立ってますけど、本当は弟たちの方がガスパールのことには詳しいのも、皆のことを理解しているのも……悔しいんですけど、わかってるんです」
その声は本当に悔しそうで、けれどもどこか吹っ切れているようだった。シルヴァンの強引な後押しのお陰なのだろうか。アッシュはにこやかに笑い、シルヴァンの胸に頬を寄せる。
「それに、そんなに熱烈に求められたら、断れないですよ……君は本当にもの好きですね。僕なんて、何のとりえもないのに」
「そんなことはない」
「シルヴァン?」
「お前にとりえがないなんてことは、絶対にない。お前は、絶対にこれからの俺に必要なんだ。スレンとうまく和睦を結んでくためにも、ゴーティエでやっていくためにも、絶対にお前の力が欲しい。これは、俺がお前に惚れているからとかじゃない、ずっとお前を見てきたから言っているんだ」
再び抱きしめる腕に力を込めて、シルヴァンは告げる。その言葉は嘘ではない。誰よりも努力家で、真摯で、真面目なアッシュだからこそ任せられる仕事は山ほどある。むしろ彼でなければ駄目だろう。
事実、この戦争が終わるまでの彼の成長ときたら目覚ましく、特に戦争が始まってからの活躍には目を見張るものがあった。それは彼が学生時代にコツコツと努力し続けた結果花開いたのだろうが、それをずっと目の当たりにしていたシルヴァンには、確信があったのだ。彼がいれば多分スレンとの交渉も自分たちだけでやるよりもずっとずっと楽になるだろうと。アッシュの価値観は、貴族のそれではなく平民のそれで、良い意味で区別するということがない。だからこそ、あれだけファーガスで意味疎まれていたはずのダスカー人のドゥドゥーにすら簡単に懐き、慕うことができたのだ。それはアッシュ自身の素質だし財産だと思う。
そして、そんなアッシュだからこそ、シルヴァンは彼をこよなく愛しているのだ。誰にでも分け隔てなく接することが出来るアッシュだからこそ、シルヴァンは強く彼に惹かれた。今までは大貴族という色眼鏡で見られる中で生きてきたシルヴァンにしてみれば、アッシュという存在は、それだけであまりにも眩しかった。気さくに接してくれ、時に怒り、時に笑う彼と共にいる時間は本当に心地よかったし心が安らいだ。そんな感情など、幼馴染たちと過ごした時間以外シルヴァンは知らない――否、それ以上のものをアッシュはそこにいるだけでシルヴァンにもたらしてくれていた。
「シルヴァン……、本当に?」
「ああ、本当だともさ。公私ともにお前が必要なんだよ、俺には」
そこまで告げると、アッシュの瞳からぽろりと涙が零れ落ちた。シルヴァンは慌てるが、アッシュは苦笑してそうじゃないのだ、と続ける。
「そんなこと、言われたのが初めてで、その……とても、嬉しくて……。ありがとうございます、シルヴァン」
そう言って笑うアッシュは本当に綺麗だった。だから、シルヴァンは先ほどまでは絶対に手渡せないであろうそれを、今の今まで懐に隠し持っていたものを取り出した。
「じゃあアッシュ、約束の印にこれを受け取ってくれ。これを受け取ってくれたら、俺も安心して故郷に帰ることができるからさ」
取り出した小箱をアッシュに手渡して、シルヴァンも笑みを作る。アッシュが小箱を開けば、そこにはスミレを象った銀細工に宝石を嵌めた指輪が小さく輝いていた。
「シルヴァン、その、これって……」
「あー、……その、なんだ、あんまり深く考えなくて……とは、言えないんだけどさ。とにかく、約束の印だ。俺が安心したいだけの、自己満足なんだけど、受け取ってくれよ」
「でも、それじゃあ僕だけが貰ってて、僕が君に渡せるものがないのは不公平じゃないですか……君はいつだって、急すぎるんですよ」
むくれたように言うと、シルヴァンはそれが面白かったのか笑みを深めてそっとアッシュの頭を子供にするように撫でた。
「いいよ、お前がいつかゴーティエに来てくれるっていう約束だけで」
「この年になって子ども扱いはやめてください!それなら、君にはこれを預けます」
シルヴァンの悪戯めいた行動が逆にアッシュをムキにさせたのだろう。アッシュは腰元に携えていた短剣を手渡してきた。
「これ、君に学生時代に貰ったやつですけど……僕はずっと大切にしてきたんです。それこそ、この短剣で何回も命を救われました。僕の、命みたいなものです。だから、これとその指輪を交換っていうことで話をつけてください」
「お前なあ……」
ここまで頑固だとは、とシルヴァンが溜息を落とすのだが、アッシュは真剣だった。何事も融通が利かないというか、だがここまで言い出したのならば頷かなければアッシュはテコでも動かないだろう。
「わかった、わかったよ、受け取るよ。もとは俺が渡したものでも、お前がそこまで使い込んでくれたってのは嬉しいしな」
そこまで言って、ようやくアッシュは納得したようだった。やれやれ、約束一つでこれだ、とシルヴァンはもう一度溜息を落とすのだが、それもアッシュの良いところというか、惚れた欲目というやつなのか、もはやかわいらしいとすら思え、怒る気にもなれなかった。
それに、もう戦争は終わったのだ。これからは未来がある。ましてアッシュがシルヴァンの提案を受け入れてくれたというだけでも僥倖なのだ。そう思えば未来は明るい。そう思いながら、シルヴァンはアッシュに小さく口づけを落とすと、アッシュは驚いたように顔を赤くさせ、シルヴァンの名を呼ぶ。シルヴァンは悪戯が成功したとばかりに軽く笑い、アッシュの髪をくしゃりと撫でた。
□ DAY6 花
「花の栽培の仕方を、教えて欲しい?」
友人の突然の頼みごとに、ドゥドゥーは一瞬面食らったように普段はほとんど動かないその表情を動かした。それもその筈で、花の栽培、などという趣味からは程遠い相手からの頼みだったからだ。
「ああ、どうしても!頼れるのはお前くらいしかいないんだよ、ドゥドゥー……!頼む!」
顔の前で両手を合わせられて頭も下げられ、さてどうしたものか、とドゥドゥーは溜息を落とした。別に、彼の頼み事を断りたいだとか迷惑だとかそういう理由ではなく、果たして彼にできるのだろうか、という別方向の疑問からだった。存外器用な彼のことだからあっさりと咲かせてしまう気もするのだが、こればかりは自然任せのことなのでわからない。
「試しに聞くがシルヴァン、植物を育てた経験は?」
「ない、これっぽっちも」
「だろうな……」
想定通りの答えが返ってきて、逆にほっとした。経験豊富ならそもそもドゥドゥーを頼ることなどないはずだし、なんとなくそれは彼らしかったからだ。
「それで、何を育てたいんだ?そんなに育成が難しい花なのか?」
「いやあ、そうでもないと思うんだが……先生はよく失敗するとかいってたから、どうなんだろうな……」
はあ、と大仰な溜息を落としながら彼――シルヴァンは手を膝に落として地面と向き合う。
「スミレの花、なんだけどさ」
ああ、とそこでドゥドゥーは合点がいった。スミレの花といえばアッシュが好んでいる花だ。そしてシルヴァンがアッシュに懸想しているのはもう学内では有名な話だ――それまでの女遊びを悉く断ってアッシュ一筋になったのだから、否が応でも周囲は察してしまう。それほどにシルヴァンはアッシュについて回っていたのだ。何が彼をそうさせたのかはわからないが、アッシュとは友人でもあるドゥドゥーにしてみれば、シルヴァンがアッシュに惹かれるのはなんとなくわかるのだ。ダスカー人である己にも分け隔てなく一人の人間として接してきたアッシュは、きっとシルヴァンのように多くの悩みを抱えている大貴族のような人間にとっても得難い存在なのだろう。それに何といってもアッシュは人が好い。その無垢さを守ってやりたくなるように思えるくせに強情で頑固なところもある。そういう側面に、強く惹かれたのかもしれない。
「そうか。まず必要なのは、スミレの花が咲く紫色の花の咲く種だ。だが、市場で売られているものには色々な種が混ざっているから本当にスミレの花が咲くかどうかは、ある程度育ってみなければわからん」
「ふむふむ。とりあえずその花の種を買ってくればいいんだな」
「……そうだな。栽培方法といっても、特に何かする必要はない。普通に定期的に水をやれば咲いてくる、スミレはもともとは野草で、強い花だ」
「そうなのか……あんなに小さくて可憐なのに、強いなんて、まるでアッシュみたいだな」
小声だがハッキリとドゥドゥーの耳には届いていた――敢えてそうしたのかはわからないが、シルヴァンは己の考えに没頭しているようだから恐らくは無意識なのだろう。
「よし!じゃあとりあえず、ちょっくら市場に行って種を買ってくるぜ!そしたら色々教えてくれよ」
すべてを言い終える前にシルヴァンは駆け出し、ドゥドゥーは背中に向かって小さく微笑みながら頷いた。
「……で。植えて水をやったのはいいんだが……これは、どれくらいで芽が出てくるものなんだ?」
「一週間もすれば出るだろう。そうすればだいたい何の花が咲くか想像がつく」
「一週間かあ……そこから花が咲くまで、また時間がかかるだろ?」
「まあ、それは。だがそこまでの時間はかからん。お前が心配しているアッシュの誕生日には、間に合うんじゃないのか?」
ドゥドゥーの何気ない返事に、シルヴァンの顔色がさっと変じた。
「ドゥドゥー、お前、気づいてたのか?!」
大仰な驚き方に、今度こそこちらが大きなため息をつく番だった。あれで気づかれないとでも思っていたのか。
「お前がアッシュに懸想していることくらい、皆知っている。第一お前は隠してすらいないだろう、アッシュは隠したがっているようだが」
「いやまあ、そうなんだけどさ……なんていうか、こうも真正面から言われるとなんつうか、恥ずかしいっつーか、大の男が花を育てて贈るなんてって、思わねえ?」
「いや、思わんな。それはお前がアッシュが喜ぶ顔を見たいと思って考えた末の行動だろう?」
「……お前のそういうとこ、ほんっと様になるよな……同じ男として悔しい」
「何がだ?お前ほどの男に悔しがられるようなことでもないぞ」
「そういうところだよ……」
他愛ない会話をしながらも、シルヴァンは土の一点を見つめ続けていた――花の種を、植えた場所だ。水をやり管理人に頼んで魔力を注いで貰ってから特にすることはないとドゥドゥーには言われたのだが、どうにもそこから動く気になれなれないのか、芽が出るまではこれは動かないのではないかといった真剣さそのもので、その行動が彼のアッシュへの想いがそれほどのものなのだとドゥドゥーにも察せられた。
「シルヴァン、そうしていても芽は出てこん。適当に訓練するなり、他のことをしてこい。芽が出たらおれが教えてやる」
「本当か?いや、でも、やっぱり芽が出る瞬間や育つところを確認しないとなんだか不安なんだよな……こんなこと、したこともないからな」
「だからおれがついているといっているだろう」
「ま、まあ、そうなんだけどな……こう……どうも、な……。あいつのこととなると、俺もなんだか頭がうまく回らないというか、どう行動していいかよくわからなくなっちまって」
「天下の女泣かせも形無しだな」
「はー、お前も結構キツいな。まあ、否定は出来ないから仕方ねえんだけどさ」
シルヴァンは苦笑しながらも、地面の一点を見続けるのだった。
やがて種が芽吹くと、シルヴァンはそれこそ温室に毎日——否、大袈裟にではなく時間があれば通うようになった。そして芽吹いた種が育つ様に一喜一憂するのだ。無論、ああいったからにはドゥドゥーもシルヴァンに付き合って花が育つのを見守っていたのだが、この行動力は尋常ではないなと、そして本当にシルヴァンはアッシュのことが好きなのだと痛感した。あれだけ女性を泣かせていたシルヴァンが、小さな花ひとつで一喜一憂するなど誰が想像しただろうか。
そして女神の祝福を受けたのか、種は見事に可憐なスミレの花を咲かせた――その小さな紫色の花を見たときのシルヴァンの喜びようときたら尋常ではなくて、ドゥドゥーは肩を抱かれ共に喜びを分かち合った。
「それをそのまま贈るのか?」
「いや、ちょーっと加工しようと思ってな。金鹿の学級のヒルダに手伝ってもらって、ちょいと、な?」
にっこりと笑う笑みときたらまるで少年のようで、ドゥドゥーは珍しいものが見れたなと小さく笑うのだった。
「おお~、シルヴァン君、流石だね!なんでも出来ちゃうんだ」
ヒルダに教わり、シルヴァンはスミレの花の加工をしていた。蝋と硝子を使い、ペンダントの中にスミレの花を閉じ込めたのだ。周囲は銀細工で飾り、同じ銀の鎖をつけて首飾りのようにした。これならいつでも持ち歩けるだろう。
「まあ、これくらいはな。それに教える先生が巧かったってのもあるぜ」
「またまた~、ヒルダさん、流石に本命がいる男子には何を言われたって靡かないですよ~?あ、でも、お礼に今度掃除当番変わってくれるっていうのなら大歓迎!」
「あーはいはい、なんでも変わって差し上げます、お姫様」
「わ、シルヴァン君話わっかる~!そしたらそしたらさ、ついでに馬小屋の当番も変わってくれたら、ヒルダちゃんちょっと奮発しちゃおっかな~と思ってるんだけど、どうでしょう?」
「ん?何かこれ以上してくれるのか?」
「ふっふ~ん、任せなさい!」
言うなりヒルダは器用にペンダントの裏側に文字を掘り出す。その文字を途中まで見つめていたシルヴァンは、途中から慌ててヒルダの手を止めた。
「ちょ、ちょっと待て!それは流石に俺でも恥ずかしい!やめてくれ!」
「なんで~?アッシュ君が大好きな本からの引用の文章だよ?何も恥ずかしくないじゃない」
「いや、だってそれ……その……婚姻を申し込む時のセリフだぞ……」
「別にいいと思うけどなあ」
言い合いをしている隙に、ヒルダはさっさと加工を終えてしまっていた。そしてペンダントの裏には、シルヴァンのいうようにアッシュの好きな騎士道物語の文章から抜粋した愛の言葉がはっきりと記されてしまったのだ。
「大事な大事な恋人への誕生日プレゼントなんでしょう?これくらいしなきゃ」
「いやそりゃ俺だって……考えなかったっていえばウソになるけどさ……流石にそこまでは……」
「へええ~」
しどろもどろになるシルヴァンに、ヒルダは人の悪い笑みを浮かべてニコニコとしている。
「な、なんだよ」
「シルヴァン君でも、そんな風になっちゃうんだなって。面白いな~って思ってただけ!」
「あのなあ……俺だって真剣に悩んで色々考えてたんだぜ」
「それはわかってるわよ。だから皆に頼ったんでしょう?苦手なことまでして」
全部見抜かれている。彼女にはかなわない。とっさにシルヴァンはそう思った。恐る恐るもう一度彼女の顔を見れば、やはりニコニコと笑みを浮かべてこちらを伺っているのだった。
□ DAY7 贈り物
その後ヒルダはアクセサリーを入れる小箱まで準備してくれて、まさに至れり尽くせりだった。これは掃除当番や馬小屋当番どころの騒ぎでは済まないだろうと思いつつ、彼女の気遣いには感謝もしていた。それにしてもまるで婚約指輪を渡すみたいだな、とここまできてシルヴァンは怖気づいてしまう。それはヒルダが勝手に掘ってしまったメッセージもあるのだが、他人への贈り物を最初から自分の手で、他人の手を借りたとはいえ作り上げたことなどシルヴァンにはなかったからだ――そんなことをするのはせいぜい恋をしている女の子のすることだ、と思ってもいた。それがまさか自分がする羽目になるなど、一年前の自分に告げたら大笑いするだろう。だが、今のシルヴァンは真剣だ。それほどにアッシュを想っているし、共に居たいとも思う。この士官学校を卒業してからもずっと、できれば傍にいて欲しい――アッシュの性格を考えれば叶うわけもない望みなのだが、本気でそう考えていた。
そして、アッシュの誕生日当日の朝を迎えたのだった。
「アッシュ、おはよう。その、渡したいものがあるんだが」
翌朝早々にシルヴァンはアッシュを訪ねた。いてもたってもいられず、前日の夜はよく眠れなかったのだ。ならば早く渡してしまおうと、彼の部屋を訪れたのだ。
「シルヴァン?随分はやいですね、おはようございます。それで……渡したいものって?」
早い時間だったが、アッシュはすでにきっちり制服に着替え終わってシルヴァンを迎えてくれた。
「あー……お前、今日、誕生日だろ?だからさ、これ、お前に」
いざ意を決してみても、アッシュの顔を見た瞬間どうしても歯切れが悪くなってしまうのも致し方ない。
そもそもシルヴァンはこんな経験は初めてなのだ。本当に好きな相手に、手作りの贈り物を贈ったことなどはない。だからどのようにすればいいのか皆目見当がつかないのだ。いつものように女の子にスマートに贈り物を贈るようになど、何故か出来なかった。過去の自分はどれだけ器用だったのかと、恨めしくすらある。
「覚えててくれたんですか!嬉しいです。あの、立ち話もなんですから部屋に入りませんか?」
アッシュの顔に笑みがぱあっと広がる。よほど嬉しかったのか、ほんのりと頬が上気しているのは気のせいだろうか。シルヴァンは渡すだけ渡して立ち去ろうと思っていたのだが、このアッシュの反応を見て立ち去る事はできなかった。
何よりも花の咲いたような笑顔をもっと見ていたい。贈り物を見た瞬間の表情を、見てみたい。どんな反応をしてくれるのか、確認をしたくなった。だが同時に怖かった。アッシュのことだから喜ばないということはないだろうが、何故か不安が拭えないのはひとえにシルヴァン自身に自信がないからだった。ヒルダが余計なことをしたのもあるのだが、結果的にそれを許容したのはシルヴァンだったし、少なからずそういう気持ちがなかったわけでもない。アッシュとは、出来れば将来を共にする前提で付き合いたいと大真面目に思っている。家や紋章のことを抜きにしてまでも、だ。
言われるがまま部屋に誘われ、出された椅子に座る前にシルヴァンは懐から小箱を取り出してアッシュに手渡す。
「誕生日、おめでとうアッシュ。たいしたもんじゃないけど、受け取ってくれると嬉しい」
真っ直ぐにアッシュの目を見て言うと、アッシュはありがとうございます、と再び顔を綻ばせて小箱を受け取り、さっそく開けてよいかを確認してきた。そこでシルヴァンは再び一瞬不安になるが、ああ、と小さく頷いた。ここまで来てじたばたしても仕方ないし、何より男らしくない。そう自分に言い聞かせた。
「わあ……!これ、スミレの花のペンダントですか?この花って……生の花ですよね?凄いです!こんなのどうやって……」
「あ、あー……その、な、金鹿の学級のヒルダに教わって作ってみたんだよ」
「シルヴァンが、ですか?!」
アッシュの驚いた顔に、シルヴァンは真顔で頷く。
「花も俺が育てたんだ。大の男が何してんだって思うかもしれないけど、ちゃんと花が咲いてくれてよかったよ……お前の誕生日にも間に合ったし」
「花から育ててくれたんですか?!そんな……そこまでしてくれたなんて……僕、本当に嬉しいです……」
驚くと同時に広がるぱあっと花が咲くような笑顔、そう、ああ、この笑顔が見たかったんだ。シルヴァンは心底思った。この笑顔のためなら、何だってできる。
「でもシルヴァン、どうしてここまで……?僕は君に、何もできてないのに」
「いいんだよ、俺が渡したかっただけだから。ちゃんとしたものじゃなくてごめんな」
「そんなことないです!君がこんなに心を込めて作ってくれたもの、もう、僕の宝物ですよ!」
宝物、という言葉に思わず心の中でにやけてしまうのは致し方なかった。実際頬が緩んでしまう。昔よく貰った女性からの手作りの贈り物など、面倒なものだとばかり思っていたが、過去の自分を罵倒したい。作る側からすれば、それこそ心を込めて、必死に作っているのだ。それを受け取って貰えなかった時の気分を考えると、シルヴァンは心底心が冷える思いがした。
それでもアッシュは嬉しそうに受け取ってくれた。それだけで、本当に充分すぎるくらい十分だった。
「あれ?これ、裏側に何か……」
シルヴァンが感激している間にペンダントを手にしたアッシュがその裏側に掘られたものに気づく。シルヴァンが声を上げる前に、アッシュはそこに込められたメッセージを理解したのか、目を瞬かせてから声にならない声をあげ、頬を赤くする。
「シ、シルヴァン……あの、これ……」
「あーーーー、その、な……。……それ、俺の、本心だから。俺はお前のことが心の底から好きなんだ。ずっとそばにいて欲しいと思ってる。理屈じゃないんだよ、離れたくない」
途中まではしどろもどろになりながらも、意を決してかシルヴァンはアッシュの肩を掴み、その目を見つめて告げた。それは、嘘偽りのないシルヴァンの本心だ。
「もちろんお前が嫌じゃなければ、だけどさ」
そこで弱気が顔を出してしまうのは、やはりこういうことに慣れていないからだった。女性をあれだけ泣かせてきたシルヴァンだが、恋というものにはてんで臆病なのだ。そもそもまともに恋など、したことがなかったのだから。
「……いやか?」
「いやじゃ、……ないです、けど……」
「けど?」
「僕は……君の隣にいて、いいんですか?」
アッシュは不安そうに若草色の瞳を揺らしながら問うてくる。その意図が一瞬掴めず、シルヴァンは返答に詰まった。
「君は大貴族です。今でこそ士官学校という場所だから、平民出の僕とこうして対等に話もできますけど……将来は……」
「アッシュ、それ以上言わないでくれ。俺には、お前以外考えられないんだ」
言いながら、いつの間にかシルヴァンは無意識にアッシュを抱きしめていた。アッシュは一瞬むずがるように動くが、反抗するようなことはなく、大人しく腕の中に納まっている。
「……でも……」
「俺が何か考える。なんとかなるよう努力する。だから、お前には、俺の隣に立っていて欲しいんだ」
シルヴァンはシルヴァンで必死に言葉を紡ぐのだが、その言葉にアッシュが少しシルヴァンの胸元で動き、顔を上げた。
「そんな一方的な話だったら御免です。僕だって、君のことが好きです。だから、僕も、君の隣に立つのに相応しいような人間になるよう、努力しないと」
「アッシュ……」
その言葉が、何よりの返事で、そして愛おしかった。ただ守られるだけではなく共に立ちたいと、傍にいたいとアッシュは言ってくれた。本当に、十分すぎるくらいの答えだ。
「アッシュ、ありがとうな……。誕生日、おめでとう」
もう一度同じ言葉を告げてから、薄い唇に軽く口づけをする。アッシュは拒否することもなく、甘んじてそれを受け入れてくれた。
「ありがとうございます。本当に、嬉しいです、シルヴァン。僕、頑張りますね、君にふさわしい人間になれるように」
そしてアッシュもシルヴァンの背に腕を回し、お返しとばかりに口づけを返すのだった。
□ インターバル(書下ろし)
あの時落成式の五年後に集まろう、と言い出したのはディミトリだったように思う。今はそのディミトリはすっかり様変わりしてしまい、生きているのか死んでいるのかすらわからないような状況だが、それでも生きてくれていたことにシルヴァンは感謝していたと同時に、主君を守れなかったということを、己の領地を守らねばならなかったということそ差し引いても後悔していた。だが、それはもう済んでしまったことで先に進むしかない。なにせディミトリはまだ生きているのだから。
ディミトリを庇って死んでしまった、というドゥドゥーを除いた青獅子の学級の生徒たちは、この戦の最中だというのに煌びやかに成長してガルグ=マク修道院跡地に集合した。最も最初にやらねばならなかったことは、修道院を荒らす賊たちの討伐で、決して華々しい再会ではなかったのだけれども。
それでも、恩師ベレスが生きていたということだけで、青獅子の学級の生徒たちは嬉しかった。あの時彼女は崖に飲まれて死んでしまったのだと、誰しもが思っていたからだ。
修道院に救う賊どもを討伐し、まずは修道院の修繕からだな、と合流したセイロス教団のセテスが提案し、皆それぞれの作業につくことになった。
そんな中、シルヴァンはどうしても忘れられない顔があった。フェリクスにはとっとと挨拶にでもいってこいとせっつかれていたのだが、なかなか機会がなかった――といえば、嘘になる。再会は嬉しかった、だが、同時にどこか怖かったのだ。学生時代に思い切った贈り物をしてしまい、迷惑ではなかったのかと未だに思っている。あの時は喜んでくれたが、アッシュのあの性格だ、何を贈ったところで喜ぶ以外の選択肢などはなかっただろう。それに、あの言葉——シルヴァンと共に並んで立てるように、という言葉がシルヴァンにとってはひどく嬉しかったのだが、五年という月日は人をいとも簡単に変えてしまう。アッシュは未だに自分のことをそのように想っていてくれているのか、不安でしかたなかった。
所在なく夜の修道院を歩いていると、崩壊した箇所が目立ち、どこか肌寒い。やがてたどり着いたのは大修道院跡だった。かつては美しかった大修道院跡も、天井が崩れ今や見る影もない。そしてその中央部にはディミトリが不気味な存在感と共に死者に祈りをささげているものだから、好んで近づくものはいなかった。
だが、今宵は違った。ディミトリから離れた箇所、壊れかけた椅子に座っているアッシュの姿を見つけたのだ。アッシュは何やら祈っているようで――学生時代にロナート卿を討った時を思い出すような、今にも泣きだしそうな表情をしていた。そこで、シルヴァンは思い出す。アッシュはドゥドゥーと特別親しかったのだ。ダスカー人ということを全く気にしないアッシュが最初は一方的に纏わりついていてまるで子犬のようだと思ったものだが、やがてそれは友情へと昇華し、二人はよく厨房でお喋りに花を咲かせていた――といってもドゥドゥーは無口な方だから、アッシュが倍以上喋っていたようなものなのだが、そうした二人の光景は見ているだけでも楽しげで、正直アッシュに懸想しているシルヴァンにとっては妬ましくもあったのだ。
どう声をかけようか、シルヴァンが迷っているうちにアッシュが顔をあげる。その両目は腫れていて、泣いていたのがわかった。
「シルヴァン……?どうしたんですか、こんな時間に」
「それはお前、こっちのセリフだよ……こんなに泣き腫らした目をして」
自然に近づきながら、腫れぼったくなったアッシュの目元を拭うように触れると、あたたかな感触が指を伝って落ちていった。
「ドゥドゥーが死んだっていうのが、まだ、信じられなくて……どうしても、心の整理がつかなくて、祈ってたんです」
「誰に?」
「……さあ、誰でしょう。女神様なんでしょうか、わからないです……」
心細げなアッシュの声に、シルヴァンはアッシュの隣に座ると思わずその身体を抱き寄せていた。
「シルヴァン?」
「お前、冷え切ってるじゃないか……。そんな軽装で、殿下の寝ずの番でもするつもりか?いいから部屋に戻れよ」
「でも、僕はまだ……」
「四の五の言わずに来い」
シルヴァンは若干強引にアッシュの手をとると、大聖堂を去る。そしてアッシュの部屋の前に来ると、勝手に扉を開けてアッシュを寝台へと押し倒した。
「……シルヴァン?どうしたんですか?」
「アッシュ……お前の気持はわかる。俺だって、あいつが死んだなんて信じられない。だけど、俺たちは前に進まなきゃならないいんだ、わかるだろう」
頭の中はごちゃごちゃで、はっきりいってシルヴァンは自分が何を言っているのかわからなかった。ただ、目の前の薄い唇に噛みつくように口づけをして、こじ開ける。
「んっ………シル、ヴぁ……」
角度を変え、唇の裏をゆっくりと舐めとり、熱っぽい舌を何度も何度も絡めると、アッシュは戸惑うように唇を震わせ、舌先を絡めてきた。それが、合図だったかのようにシルヴァンはアッシュの衣服の中に手を伸ばしその素肌に直接触れる。五年前よりも確実に成長した身体は少し大人っぽくなり筋肉もついていたが、相変わらず華奢だ。そのまま上衣を取り払い、上半身を露わにすると、白い素肌のあちこちに見たことのない傷跡が沢山できていた。
「アッシュ、これ、お前……」
「……僕は一年間、ローベ伯のところで傭兵のような仕事をしていました。ローベ伯が帝国についた時に下野しましたが、その後運よくギルベルト殿に会えるまでは身体ひとつで弟たちを食べさせなければなかったので……」
言い訳をするようにアッシュは目線を逸らし、俯く。それでシルヴァンはある程度のことを察してしまった。おそらく人には言えないような手段にも手を出したのだろう。このご時世だ、まともに一夜を過ごすことすら難しい。学生時代に見た白く綺麗だった肌がこんな風になってしまっていることに怒りにも似た感情を覚えてしまい、無意識にシルヴァンはアッシュの傷跡に舌を這わしていた。大きなものにも、小さなものにも、所かまわずすべてにだ。
「や、やめて……ください、……そんなことしても……!」
「いやだ、止めない。これはお前の勲章だろ。お前が兄弟たちを守った勲章で、誇っていいものだ。決して醜くなんかない。むしろ……綺麗で、とんでもなくそそられる」
事実シルヴァンの下腹部はアッシュの上半身を見ただけで疼き、解放を求めていた。外気に晒されたことでぷくりと立ち上がっている乳首に吸い付くように唇をよせると、アッシュの口から甘い声が漏れる。乳輪をたっぷりとしつこく舌で愛撫し、決して立ち上がっている乳首には刺激を与えない。するとアッシュは腰を浮かせてまるで泣きそうな顔でシルヴァンの名を繰り返し呼ぶのだ。
「シルヴァン……シル、ヴァン……もう、そこだけ、……やめて、ください……」
「お前、……初めてじゃないな……?こんなに感度がいいなんて……」
ぽつりと落とした言葉が、さっとアッシュの表情を失わせた。しまったと思ったが、もう遅い。
「あ、アッシュ!違うんだ、そんなお前が嫌だとか、そういうわけじゃない!ただ……!!」
「……ローベ伯のところにいたときに、少し……そういうことを、させられました。……僕は幼かったですし、身の守り方もわからなかった。でも……」
「アッシュ……いいんだ、アッシュ、すまない。俺が悪かった……」
ぎゅうっとアッシュの背に腕を回してシルヴァンはアッシュを世界のすべてから守るように抱きしめる。事実、そうしたかったのだ。だが、出来なかった。できなかったのだ。あれほどに懸想して、五年間思い出さなかったことなどなかったアッシュのことを、何一つ、守れなかった。
「ごめんなさい……こんな僕は……君の隣に立つのは、相応しくはないですよね……」
アッシュが上体をあげてシルヴァンから離れようとするのを、シルヴァンは力任せに抱きしめることで防ぐ。そして、噛みつくように口づけを落とした。ぬるりと侵入した舌はアッシュの小さな舌を絡めとり、何度も愛撫する。同時に背中を支えながら立ち上がり刺激を待っているかのような乳首をもみほぐすように、何度も押しつぶし、こねくり回して刺激を与えた。アッシュは必死に鼻で息をして白い胸が上下している。シルヴァンは唇を離すと、もう片方の乳首にも噛みつくように触れて、下でねっとりと舐めまわした。
「や、やめ……あ、ん……ッ!」
「アッシュ、お前は綺麗だよ……誰よりもきれいだ……。それに、それ、……ペンダント、ずっとつけてくれていたんだな」
裸の胸にかけられている少し年季の入ったペンダントは、学生時代にシルヴァンがアッシュにと贈ったものだ。あの頃は平和で、まさかこんな再開になるとは思ってはいなかったが。
「……これは、……君に貰った、宝物でしたから……何があっても、守り通しました……」
その言葉が何よりも嬉しかったと同時に、涙目になりながらも無理矢理微笑むような表情が痛ましく、シルヴァンはアッシュの濡れた髪がへばりついた額に口づけを落とす。そして、ゆるゆると下肢に手を伸ばし、うっすらと反応している性器に触れると案の定そこは熱を持ち、刺激を待っていた。
「ま、待ってください!シルヴァン、そこは……!」
「待たない。お前だってこのままじゃ苦しいだけだろう。少し抜いてやるからさ、我慢しろよ」
言いながらシルヴァンは器用にアッシュの衣服を脱がしてゆき、あっという間に裸にさせてしまう。一方のシルヴァンはまだ衣服を着こんだままだ。それを不服に思ったのかアッシュが突如シルヴァンの衣服に手をかけて乱してきた。
「僕だけが脱がされているのは、ずるいです。君の身体も、ちゃんと見せてください。君の五年間を……見せてください」
どこか懇願するような口調に逆らえず、シルヴァンはアッシュの性器に手を掛けるのも止めてその目元に魅入っていた。まっすぐで、きれいで、透明な、シルヴァンがこの世で一番好きな色だ――それは闇の中でも決して光を失うことはない。
「ああ、……わかった」
シルヴァンは答えながら自らも衣服を脱ぎ捨てる。その完成された肉体を見てアッシュはほう、と溜息をついた。
「……本当に、どうして君が僕の事を好きなのか、未だにわかりません……君みたいに何でもできて、格好良くて、女性好きなところを抜かせば完璧なのに」
冗談めいてアッシュが目じりに涙を見せながらも笑うと、シルヴァンにも悪戯心が湧いてきた。アッシュの立ち上がりかけている性器に触れ、ゆるゆるとしごいてゆく。
「ちょ、ちょっと、急に……」
「急にも何も、お前がおかしなことをいうからだ」
自分のものよりも小柄で綺麗な性器をゆったりとしごきながら、亀頭に口づけを落とし、そこから口に含んでゆく。アッシュの悲鳴じみた嬌声が聞こえたが無視してシルヴァンは必死に愛らしい性器をこの上なく丁寧に愛撫していった。アッシュはシルヴァンを引き離そうとシルヴァンの頭に手を伸ばして離そうとするのだが急所を握られているので力がでないのか、かわいらしい抵抗しかできない。やがて我慢しきれなくなったアッシュの身体がふるりと震え、シルヴァンの口の中にアッシュの精の味が広がった。シルヴァンは一部を飲み込み、一部は指に絡めて、アッシュの後孔へと塗りたくる。
「し、シルヴァン……君……」
「……いいか?……俺さ、五年間、ずっとお前の事考えながら頑張ってきた。スレンの連中との闘いも、帝国軍のとの戦いも、お前が隣にいたらって思いながら、ずっと戦ってきて……だから、生き延びられてここにいる。お前が好きなんだ、好きなんだよ、アッシュ。俺はもう、お前がいないと駄目なんだ。お前に惚れちまって、どうしようもない」
「……でも、僕は……。綺麗な身体じゃありません。君に触れてもらえるような資格なんて……身体もこんなに傷だらけですし、ローベ伯のところでも……」
「そんなの関係ないさ。その傷は勲章だっていったろ。それに、誰がお前のことを抱いてようが、関係ない。お前を道具のようになんて抱かない、優しくする、大切にする……だから、頼むよ。アッシュ、頷いてくれ」
無様な懇願だと思った。ただ一人を抱くのに、こんなにも本心をさらけ出して、何度も言葉を変えて頼み込んで、それでも触れたい。愛したい。身体を繋げたい。五年という月日は、シルヴァンの中でアッシュに対する思いを熟成させるには十分すぎるほどに十分だったのだ。
「……わかりました。だから、そんな風に泣きそうな顔をしないでください。僕も、君になら……いえ、君だったら、きっと……」
また、アッシュは無理矢理笑みをつくって笑おうとする。その笑みにシルヴァンは何度も口づけをした。大切なのだといわんばかりに、飽きるほどに口づけを落とした。そうすると自然とアッシュの腕がシルヴァンの背に回り、アッシュの方からシルヴァンの鼻先に口づけを落とされる。シルヴァンが驚くと、アッシュは悪戯が成功したかのように涙目で笑っていた。
「いいですよ、来てください、シルヴァン……こんな僕でよければ、……愛してください」
「アッシュ……!!」
そこからは、もう無我夢中だったように思う。アッシュの後孔にアッシュの精液と自らの唾液を混ぜ合わせてゆっくりとほぐしてゆき、何度も何度も指を入れて丁寧に胎内もほぐしていった。やがて二本ほど指を入れてから、胎内でアッシュのいいところを探すように動かすと、一瞬アッシュの裸体が跳ねて嬌声が上がる。
「ここが、いいんだな?」
それはもう獲物を見つけた牡の顔だった。シルヴァンは何度も前立腺を刺激し、都度アッシュは汗ばんだ身体を跳ねさせ、つま先でシーツに皺が寄るほどに耐えている。それでもまだシルヴァンは決定的な挿入はしなかった。ゆっくりと、ゆっくりと、この綺麗な身体を抱きたかった。
やがて指が三本入るようになり、アッシュの声も少しずつではあるが甘いものになってくると、いよいよシルヴァンは自らのペニスを取り出す。アッシュはそれを見て一瞬真顔になるが、シルヴァンの顔を見てすぐさま安堵したように甘く微笑んだ。それが、限界だった。
散々解された後孔に、シルヴァンは自らの亀頭を宛がう。その熱だけでも欲望が昇華されそうで、胸が一杯になった。だが、本番はこれからだ。ぐい、と押し込むと、アッシュの口からこれまでとは違う悲鳴じみた声が上がる。
「アッシュ、大丈夫か……?」
「だ、大丈夫です……その、君の……とても、熱くて……」
アッシュの言葉にシルヴァンは大きなため息をついた。まるで煽られている。そのまま男にしては細い腰を掴んでぐい、ぐい、とペニスを推し進めていった。アッシュの熱い胎内はその侵入に反発するように――けれどどこか歓迎するように淫らに蠢き、熱を絡めてくる。正直それだけでもイってしまいそうだとシルヴァンは歯を食いしばった。
「ああっ、熱い……シルヴァン……、シルヴァン……ッ」
「俺もだ……アッシュ……愛してる……アッシュ……」
ペニスを入れたままアッシュの汗と涙にまみれた顔じゅうに口づけを落としながらシルヴァンは腰を動かした。ぱちゅ、ぱちゅんと淫らな水音が響き渡り、アッシュの腰が何度も跳ねる。
「もっと……奥に……シルヴァン、君が、ほし……です……」
涙を流しながらアッシュが訴える様にシルヴァンに告げた言葉に、シルヴァンの腰の動きは更に加速した。ギリギリまでペニスを抜いて一気に力任せに押し付けると、アッシュの口からは一層高い嬌声が響き渡る。甘く淫らで、愛らしい声だ。シルヴァンの動きはどんどんと容赦がなくなり、アッシュはその動きに合わせるかのように白い身体を揺らしていた。アッシュは振り落とされないようにとシルヴァンの背に必死にしがみつき、裸の背に爪痕が残るほどの力だったが、シルヴァンにしてみればなんてことはなかった。ただ、愛しい人のつけた傷なのだから、いとおしいだけだ。そう思いながらアッシュの首元に、鎖骨に、きつい口づけを落としてゆく。雪のように白い肌に紅が落とされたように目立つそれは、所有の証だ。これは俺のものなのだという、証明だった。そこでシルヴァンは自分がこんなにも独占欲が強かったのだと改めて気づく。女性とセックスをしているときにこんなものをつけようと思ったことなどはなかった。だが、アッシュにはいたるところにつけてしまいたい。
「シル、ヴァン……」
動きがおざなりになっていたのか、甘い声で懇願するようなアッシュの蕩けた目と目が合う。すまない、と小さく呟くと、カリ、と乳首を嚙みながらシルヴァンは再び腰を動かした。いよいよ欲望も溜まってきてギリギリだ。はっきりいえば胎内に出してしまいたい。だが、アッシュの身体のことを考えればそれはとれない選択肢だと思い、シルヴァンはペニスを抜こうとした。
だが、それをアッシュは許さなかった。
「……愛して、くれるんですよね?……君の全部を、僕にください……」
蕩けるような声と、もはや理性の欠片も残っていないような若草色の、けれどもどこまでも透明な瞳。首の後ろに回された腕には力が籠り、決してシルヴァンを離さないのだという意思を感じる。
「……ほんとうに、いいのか?」
「……君が、欲しいです」
五年も懸想していた相手ににっこりと微笑まれて、断れる男がいるだろうか。シルヴァンはそのまま腰の動きをより激しく高める様に動かしていった。その都度振り子のように揺れるアッシュの裸体が、月の光に照らされてひどくうつくしい、と思った。その瞬間に、シルヴァンはアッシュの胎内に大量の精を吐き出していたのだった。
「シルヴァン、ありがとうございます……」
掠れた声で、アッシュがシルヴァンの胸に抱かれたままに呟く。
「どうしたんだ?急に」
「……さっき、君が来てくれて……本当は、ほっとしたんです。一人で祈るのは、寂しいですから……」
「……そうだな」
「殿下も、きっと……寂しいんじゃないでしょうかね」
胸の中で小さく呟く声は少し悲しげだ。シルヴァンはアッシュの頭部をぐっと抱き寄せて、旋毛に口づけを落としてから答える。
「どうなんだろうな……あの人の悲しみは、俺たちには計り知れない……けど、きっと、いつか俺たちのことを見てくれるって信じてるけどな」
アッシュの濡れた細い髪を梳きながらシルヴァンは落ち着いた声で告げると、アッシュは顔をあげてまた泣き笑いのような表情をした。
「そうですね。きっと、殿下なら……戻ってくれますよね。優しい方ですから……」
「それよりお前、身体は大丈夫なのか?」
少し抱きしめる腕の力をシルヴァンが弱めると、逆にアッシュはすり寄るようにシルヴァンに寄り添い、背に腕を回して力を込めてきた。
「大丈夫です、優しく……抱いてくれましたから。セックスって、本当はこんなに幸せな気持ちになれるものなんだって、初めて知りました。ありがとうございます」
「……当たり前だろ、俺はお前のことが大事だし、愛してるんだから」
「五年前は、好きだ、じゃなかったでしたっけ」
「……五年間で色々拗らせちまったんだよ……。お前に会えない日々、どれだけ辛かったか、一晩中語ってやろうか?」
冗談めいて告げれば、アッシュは小さく笑って首を横に振る。
「それは遠慮しておきます……眠れなく、なりそうですし……」
そういうアッシュは少し眠そうだった。
「アッシュ、眠っていいぞ。ここには俺しかいないし、俺がお前の事、守ってやるから」
「……だめ、です……僕だって、君の事……まもれ……」
アッシュの言葉は言葉にならずに零れ落ちた。瞼が閉じられて、長い睫毛がやたらと目立つな、とシルヴァンは思う。すぅすぅと安らかに寝息を立てているアッシュの雀斑の散った鼻先にキスを落とすと、シルヴァンもアッシュのぬくもりにまどろみながら目を閉じるのだった。
□ バースデイ
少し肌寒くなってくる季節、北方ゴーティエ領はファーガスの中でも特に早く雪が降る。実際山岳部ではもう雪の便りが届く頃だろう。
白色の冠を頂いた山肌を眺めながらアッシュがぼんやりと窓の外を眺めていると、扉をノックする音が響く。返事をすれば、そこには現ゴーティエ辺境伯シルヴァンが立っていた。
「誕生日おめでとう、アッシュ。お前、忘れてたんじゃないか?」
「シルヴァン……そんなわけありませんよ。だって毎年、君はしつこい程に祝ってくれますから」
憎まれ口を叩きながらも毎年忘れずに贈り物をくれるシルヴァンに感謝しているアッシュは、とびきりの笑みを作って屋敷の主の元へと駆け寄った。
近づけば、そのまま抱き寄せられ、軽く口づけをされる。
「シルヴァン!もう、僕たち若くないんですから……」
「年を取ったって、俺がお前のことを誰よりも愛していることに変わりはないからな。今年の贈り物はこれだ」
悪びれずに告げながらアッシュの後頭部をひと撫でしてからアッシュの身体を離すと、シルヴァンは小箱を懐から取り出す。
「開けて、いいですか?」
「ああ」
にこやかに頷くシルヴァンに、アッシュははい、と返事をして小箱を開けた。するとそこには見覚えのあるペンダントが鎮座していたのだ。
「……シルヴァン、これって」
「覚えていたか。俺が、学生時代にお前に送ったものと同じものを作ったんだ。お前、あれからずっと大切に持っていていい加減草臥れてきただろうと思ってさ。今回もちゃんと俺の手作りだぜ」
「シルヴァン……」
アッシュの中に、様々な思いが去来する。学生時代に初めてシルヴァンから贈られた贈り物が、彼自らの手作りのペンダントだったのだ。そういった贈り物には縁遠そうな彼が必死に級友たちに作り方を教わり、試行錯誤して作り上げたペンダントは、今でもアッシュの宝物で肌身離さず身に着けている――ただし、長年の時間経過とともに劣化してきているのも事実だった。当時は鮮やかだった中に閉じ込められていたスミレの花もすっかりと色を失っていたし、美しかった銀細工もところどころ剥げ落ちている。それでもアッシュにしてみればもっとも大切な思い出の品だ。何より、その意図はなかったと渡された時には言い訳がましく言っていたシルヴァンだったが、アッシュにとっては求婚されたも同然の品だった――それは当時の学友であり現在はその界隈では名の知れた細工職人のヒルダが勝手に彫ったメッセージが、アッシュがよく知りそして好んでいた騎士道物語の求婚の言葉だったからだ。
これを渡された時は驚いたと同時に、とても嬉しかったのだ。自分とは縁のないような貴族の御曹司のシルヴァンが、本気で自分のような存在を求めてくれているのだと実感して震えた。嬉しくて、泣きそうになった。だから、自分もシルヴァンの隣に立つに相応しい人間にならねばと、あの時に決意したのだ――考えてみれば、騎士になる夢と同じくらい、否、もっとそれは過酷な夢だったかもしれないし事実それを実現するには相応の努力と年月が必要だった。
それでも、今、アッシュはこうしてシルヴァンの隣に立っている。それも、ゴーティエ家の人間としてだ。
「……ありがとうございます……僕は、いつも君に貰ってばかりですね」
「んなことたぁないさ。俺は、アッシュがいてくれるだけで幸せなんだ。なんだってできるし、何だって頑張れる気になる。実際スレンとの和睦が巧くいったのだって、お前がいてくれたからだしな」
「それは言い過ぎですよ、僕はたいしたことはしてません……一番頑張ったのは、君自身じゃないですか」
「否定はしないが、肯定もできないな。お前がいなきゃ俺はあそこまで努力できたか、わからねえし」
そして再びアッシュの腰をシルヴァンは抱き寄せて、口づけを落とす。それはいとおしそうに、何度も、何度も、頬や雀斑が未だ残る鼻先や、額に、それはまるで宝物に触れるように優しく、何度も、口づけをするのだった。