キミヘ ムカウ ヒカリ

 事の始まりはといえば、アッシュと再会したことだろうか。敵将の配下として姿を現したアッシュの姿を見てあまりにも衝撃を受け呆然自失となったシルヴァンを、ベレスは強引に戦線から離脱させてその後どうなったかは、目の前に満身創痍とはいえアッシュが立っていることで理解はしていた。けれども、目の前にいる青年がアッシュなのだと認識するまでまずシルヴァンはある程度の時間を要したし、それを受け入れるまでもまた一刻ほどの時間を要したのだった。
 そうしているうち、アッシュはかつて仲が良かったハピやカスパル、ドロテアといった面々と談笑しだしたのでシルヴァンは大いに後れを取ってしまったというわけだ。

「……で、後れを取ってお前はこんなところでグダグダとしているわけだ。あれだけ女癖が悪くて悪名を流していたゴーティエ嫡男の名が泣くな」
「ほんとうにね。アッシュと良い仲になってからは素行も改めてくれて、私としてはほっとしてはいるけど……ここまでシルヴァンがヘタレだったとはね」

 目下シルヴァンは幼馴染二人に呆れられ、いじられている最中である。彼らも戦闘中にシルヴァンの面倒を不承不承ながら見る羽目になってしまったために、これはある意味で彼ら二人には許されている権利だろう。

「ええと、お前ら、本当に言いたい放題いってくれますね……?」
「敵兵にアッシュの姿を認めたとたん呆然となって使い物にならなくなったのはどこの誰だ」
「止めに入ったハピがものすっごく怒ってたわよ。彼女がため息をつかないうちに謝ってきなさい」
「あとユーリスにもな。あの綺麗な顔が歪むくらいには、腹に据えかねてるぞ」

 そうなのだ。無様にも手にしていた槍を落とし、魔道を編むわけでもなく、アッシュの名を呆然と繰り返すシルヴァンを強引に撤退させたのは、その場にいたハピとユーリスの判断だ。それをベレスがそのまま後方待機させ、二人は再び前線に戻りアッシュを力づくで説き伏せた、という話は今目の前で渋面を揃えたフェリクスとイングリットから滾々と聞かされていた。

「……まあ、そうだな……あの二人は俺に説教する権利はあるからな……それよりもさあ」

 ため息を落とすように呟かれた幼馴染の声色に、二人の渋面は深くなる。

「あいつ、きれいになったな……」

 ぽつり、と友人たちと談笑するアッシュを眺めながら無意識にシルヴァンが落とした言葉に、フェリクスは舌打ちをし、イングリットは肩を落とした。そのあまりに気の抜けた表情といい、つける薬がない、とはこのことだろう。

「まったく、重症ね……」

 呆れたように呟くイングリットの声すらも耳にはいらないのか、それからもシルヴァンはしばらくアッシュを見つめ続けていた。



 一方のアッシュはといえば、その後は友人たちと談笑しながらガルグ=マクに戻り、そのままなし崩し的に食堂でドロテアとユーリスに囲まれていた。三人の前には教会の蓄えである葡萄酒と軽食の類がいつくつかがあり、完全にそういう雰囲気である。

「ねえねえアッシュくん、そういえば随分と大人びたなって思ったけど、そういうこともやっぱり色々経験済み?それとも……」

 殆どまだ酒も入ってはいないはずのドロテアが、愉しげに唇を葡萄酒で濡らしてアッシュに絡みだした。目が既に据わっているのだが、酒が原因ではないだろう。

「わぁああドロテア!え、ええと、そういう話は……」
「そういう話って、だって恋をしたら人間、綺麗になるじゃない?見違えたわよ、正直。ねえユーくん?」

 組んだ手の上で彼女が首を傾げて話をユーリスに振れば、ふむ、とユーリスはそれなりに同意を返した。アッシュはこの時点で既に頼れる味方がいなくなったことを悟る。これは、もう酒の肴にされるだけだろう。

「それは女の話な。でもな、前は可愛いかもしれねえけど垢ぬけない、て感じだったしな。俺様が化粧してやろうとしても逃げ惑うしよ。それがなんだ?今じゃあすっかりキレーになっちまって……」
「そういわれても……その……」

 アッシュはドロテアの言葉に目を白黒させたかとおもえば、唇を噛みしめて押し黙る。そのしろい頬がすっかり染まっている様子を見てドロテアとユーリスは顔を見合わせて肩を竦めた。

「あーあー、あのお嬢さん、果報者だよなあ。五年も一途に想われて操も立てられて。それであれかよ。ちょっと腹立ってきたな、ドロテア、今から襲いに行かねぇか」
「そうねえ、私もちょっと腹立ってきたわね。いきましょうかユーくん」

 二人がにんまりと剣呑な笑みで頷き立ち上がろうとするものだから、アッシュは慌てて二人を制する。

「ちょっと待って二人とも、何?襲うって何いって……!」
「だって私のアッシュくんがこんな顔してるのに、あのお嬢さんたらなっさけないにもほどがあるでしょう?」
「そうそう、俺様のアッシュが思い詰めてるのにあのお嬢さんはお前に何も言ってこないし何もしてこないんだろう?俺様ならすぐ手を出すぞ」
「二人とも落ち着いて!と、とにかく、もう、僕からシルヴァンには話にいくから……!!」
「だから、それがダメだっていってるのよ!」

 ダン!と拳を握りしめてテーブルにたたきつける歌姫の形相はまるで未だかつて見たことがないほどに強気で反論を許さぬ勢い。隣のユーリスもむすっとしたまま腕組みして一応腰は下ろしてはいるものの、納得はしていない様子だ。

「シルヴァンは、多分ショックを受けているだけだから……僕がきちんと話をしなきゃだめだと思うんだ。ただ……」
「……まあ、百歩譲ってお前の主張はわからなくもねえ。けどな、そういうのは」
「わかってるよ、ユーリス。君たちふたりが僕のために怒ってくれているのも。だけどこれは、やっぱり僕と彼がどうにかしなきゃいけないことだろうし」

 残った葡萄酒を一気に煽るとアッシュは二人をまっすぐに見つめて頷きながら告げる。二人はといえば、同時に小さなため息をついた。

「そういうことならいいけど。そうだ、アッシュくん、私からとっておきのアドバイス、してあげる。これをしてあげたら、彼、びっくりしてひっくりかえっちゃうかもよ?」

 にっこりと笑うドロテアの楽しそうな表情に、どこか嫌な予感を覚えつつも、アッシュは素直に頷くのだった。



 アッシュに部屋にこないかと誘われた。
 正直話しかける切欠を完全に失っていたので、渡りに船と二つ返事でその部屋を訪れたわけだが。
 最初こそ奇妙な雰囲気ではあったものの、互いに淡い想いを抱いている同士だ(シルヴァンに至っては五年という歳月で色々と拗らせてしまっていた)、自ずと二人は寝台の上に座り、そういう流れになるのか――とシルヴァンは少々胸を熱くさせていた、のだが。

「ええと、今日はちょっと……待っててください」

 やや恥ずかしそうに囁かれるその表情はとても甘く、すっかり綺麗に成長した顔をこくりと傾けられてしまえばシルヴァンはごくりと生唾を飲み込み頷くしかなかった――一体いつの間にこんなに自分は情けなくなったのかと、それこそかつて女性を泣かせすぎてベレスに苦言を直接言われたほどのシルヴァンは思う。それが、どうにもこの真っすぐであまりにうつくしく成長したアッシュを目の前にすると、手を出すことすらも禁忌のように思えてしまうのだから、自分も相当拗らせているな、という自嘲気味の自覚をして情けなくへらりと笑うのだった。

「……シルヴァン?どうかしましたか?」

 奇妙な笑顔を不審に思ったのか、アッシュはシルヴァンを導くように寝台に座らせそのまま手を繋いだ姿勢のままで問うてくる。

「い、いや、その……なんかお前、随分変わったなって思ってな。きれいになった」

 言いながら、その頬にするりと手を這わせる。ずっと触れたかった体温に触れただけで、シルヴァンは心の内が満たされてゆくのを感じていた。その肌はかさついてはいるが、元から色素の薄い頬は相変わらずで、その感触が嬉しかったのか若葉色の瞳が細められる。こんな言葉は本来であれば男性である彼に言うべきではないことはわかっていたが、無意識にこぼれてしまった。

「ほんとに綺麗になったな、お前」

 重ねされる言葉に、少しばかり苦笑ぎみではあるもののアッシュはどこか嬉しそうにも見えて、シルヴァンは胸の奥で鼓動が跳ねるのを感じた。こんなふうに胸を高鳴らせる経験は、いったいいつ振りだろう。今でも、この胸の内の鼓動がアッシュに聞こえているのではないかと戸惑ってさえいるのだ。

「シルヴァンも、男前になりまたよ。さっきはちょっとびっくりましたけど」

 こういう時だけは素直なんだがなあ、と思いつつ、戦闘時の失態を思い出させる言葉に相変わらずこいつは容赦がないんだよな、と苦笑しながらシルヴァンは顔を近づけた。細められた瞳がそのまますうっと閉じられて、くいと顎があげられる。その瞳の色を見つめられないのが少し惜しかったのだが、シルヴァンはそのままやわらかなくちびるに口づけを落とし、身体を寝台に押し倒そうとした、のだが――

「だから待ってください!」
「は?いや?え?」

 ところが、そこから思いのほか強い力で遮られた。そして、一瞬のうちにアッシュはシルヴァンを逆に押し倒し、馬乗りになる。力だけでいえば体格の差などもありシルヴァンの方が上なのだが、アッシュはアッシュであのカトリーヌやベレスに直接師事しているだけあってか体術や素早さはなかなかのもので、こうして不意をつかれればシルヴァンも組み敷かれてしまうことはままあるのだが、今日に限ってはあまり嬉しくはなかった。
 嬉しいわけはないだろう、これから五年ぶりに愛しいひとの肌を味わう気満々であったものを、何故だか逆に乗り上げられてしまっているのだ。直感的に何やら嫌な予感がして、シルヴァンは眉をしかめる



「今日は、僕がやります」  だがそんなシルヴァンの様子など意に介したふうもいなく、何やら謎の決意を固めたアッシュは、シルヴァンの太ももの上にがっちりと乗り上げると、そのまま顔を近づけてくるや、強気の色を瞳に宿して頷いた。

「なので、シルヴァンは何もしないでください。いいですか、絶対ですよ?何もしないでくださいね?」
「い、あ?あの……アッシュさん……?なんで俺、押し倒されてるかな……?」
「ドロテアに教えてもらったんです。なので、これから君を僕が気持ちよくさせます!」

 ドロテア、の名を聞いてシルヴァンの中の嫌な予感が確信に変じてため息をついた。
 あの歌姫様は色々と愉快極まりない知識を多方面に持っているので、面白半分にろくでもないことを吹き込んだのだろう。そういえば先ほど食堂でアッシュとドロテアとユーリスが飲んでいた。メンツを思い出してシルヴァンはもう一度深いため息をつく。状況としては、会いたくて会いたくてたまらなかった愛しい人に押し倒されているので(できれば押し倒したいが)悪い状況ではない。のだが、どうもあの二人が悪知恵をアッシュに吹き込んだであろうことを思うと、なんとなくこの先の展開が読めてしまい、なんともいえない微妙な気持ちになるのだ。

「いやあの……俺は出来れば、お前、抱きたいんだけど」
「駄目です。決めたんです。五年前は君に翻弄されっぱなしでしたけど、僕だって成長したってところを、見せたいので」

 言うなり、彼のしろい指先が器用にシルヴァンのベルトを一瞬で外し、どころか下肢を覆う履物までも剥ぎ取るや性器を露出させる。流石の早業というか器用さというか、呆れるほどに見事なそれをシルヴァンはあっけにとられたまま見つめていると、アッシュの男性にしては未だにどこか繊細な、けれども剣や弓を扱う指が反応しかけているシルヴァンのペニスを握り込んだ。

「うひぃっ?」

 シルヴァンが奇妙な声をあげその動きを制止しようと上半身を起こそうとするのだが、アッシュはきつい視線でシルヴァンを睨むとぐっと体重をおとしてくる。

「駄目です、動かないでください。今日は手だけでイってもらいます」
「……はぁ?」

 意味が分からない
。  そもそも、正直なことをいえばアッシュのてのひらの感触と、その体重と、体温だけで相当キツい。やばい。のだが、動きたくても動けない――否、無理矢理動けば動けなくはないのだが、アッシュの目がいけなかった。若草色の瞳は真っすぐにシルヴァンを射抜いていて、シルヴァンはその瞳の色が好きですきでたまらなく、同時に同じくらい苦手だった。この目に見つめられると、自分を暴かれてしまうようで、いろいろな後ろめたいものがごちゃごちゃと曖昧に重なってきて、感情がうまく制御できなくなると同時に、そのせいで巧みな話術もなにもかもが封じられてしまうのだ。そのくせとてもいとおしくて、欲しくなる。

「とにかく、決めたので。ヘタクソかもしれないですけど……」

 一瞬前の強気な目線はどこへやら、とたんにしゅん、となるその仕草と会話の間にもぐいぐい押し付けられてくるアッシュの体温、そしてあわい刺激にシルヴァンはさらに唸り、反論の言葉を完全に失った。
 気持ちがよくないのかといえばウソであり、アッシュの体温と重さを感じるたび下肢には重い熱がよどんでいる。触れたいし吸いたいし舐めたいし、もっともっと熱くその肌を、体温を感じたいと痛いほどに願うのは心だけではない。その証拠にシルヴァンのモノは徐々に首をもたげているのだ。

「あ、感じてますね……よかった」

 ふにゃ、と笑うその表情は反則だ、と思わずシルヴァンは自由になっている手で目を覆う。見たくないわけではないのだがあまりにも目に毒すぎる。昔のアッシュは、セックスのときといえばついてくるのに必死で可愛らしく泣いたり涙をこぼしながらシルヴァンの名を呼んでしがみついてきたもので、それはそれで大変可愛らしかったのだが、この積極的で謎の自信に満ちているアッシュも悪くはない。
 そして元から器用な彼の指を巧みに使った攻めはといえば、初めてとは思えないほどに見事だった。裏筋を爪先で刺激しつつ親指は括れを掻き、かとおもえば精嚢を揉みしだきながら根元をこすり、両手をつかってゆるやかに上り詰めるように竿を刺激しながら鈴口をつつかれてしまえば、シルヴァンめき声か嬌声かもわからない声をあげるしか術はない。今すぐ押し倒したいという衝動よりも、攻められ慣れていないシルヴァンはアッシュの技巧にすっかり参ってしまっていた。

「あれ、まだかな……うーん、でももう少し我慢、できますよね?」

 まったく邪気のないきれいな笑顔でそう告げられてしまうと、我慢せざるをえない。だが、それでも出したい、早く楽になってこのきれいになったアッシュを思う存分抱きつぶしたいという欲がぐるぐるととめどなく胸中をめぐっている。
 のだが、アッシュはそれを見透かしているのか、けっして決定打になるような刺激を与えてはくれないのだ。しかもシルヴァンが動こうとすると素早く太ももに力を入れて下肢を拘束してくるし、互いの皮膚が衣服越しではあるが触れ合う刺激すらも今のシルヴァンにとっては毒だった。五年経ち筋肉がつきしなやかになったアッシュの脚は、それは見事なのだろうと妄想すらしてしまう始末で、これは手に負えないな……と自嘲の笑みすら浮かんでくる。というかそもそも色々な意味で泣きそうだ。

「シルヴァン、何か別の事、考えてませんか?イかせませんよ」
「ちょ、ちょっとまてよ、お前の事!お前のこと考えてたの!早く抱きたいなあとか、どんな顔して鳴くかなあとか!」

 シルヴァンの正直すぎる返答に、アッシュの柳眉がしかめられる。これはまずいことをした――とシルヴァンが悟るよりも早く、アッシュはぱっと手を離してしまう。

「まったく、君って人は……」
「え?ちょっとまって、何?放置プレイ?」
「違います。いえ、違わないかもですけど……このままこうしたら、君、どうなるかなあって」

 しみじみと言われてしまった。本当に泣きたくなってきたがなんとなくこの流れは本当に放置されかねないので、必死の形相をつくって首を横に振る。

「やめて!それは後生だからやめてください!いやほんと!」

 律義に手を出すことを我慢しているシルヴァンなのだが、正直大真面目にシルヴァンのモノを刺激し続けているアッシュの指先だとか、シルヴァンのモノを見つめながら少しずつ上気してゆく頬や自ずと潤んでいる瞳を見ていると、今すぐ押し倒したくてたまらない。その欲がそのまま下半身に直結し、アッシュの指を押しのけるようにペニスは大きくなり、グロテスクなほどに怒張していた。それをアッシュがまた丁寧に、ゆっくりと刺激するのだからはっきり言ってたまらないし、よく我慢している、自分で自分をほめたいとシルヴァンは思っていた。同じくらい泣きたいのだが。

「……結構余裕ありますね……?」
「ないないないない!ない!ない!ない!」
「……まあ、どっちでもいいんですけど……」

 ぽつりと、まるで子供が本当にどうでもいのだ、と呟くように落とすと、アッシュは唐突にシルヴァンのペニスの根元を握り込んだ。

「ウヒァアア?!?なにしてらっしゃる?!?」
「こうすると長く楽しめるって、ユーリスが教えてくれました。どうです?」

 脳裏にやたらと綺麗な男の顔が浮かび、忌々しいほどに見惚れるような笑みで肩を竦めている幻覚すら見えた。

「あンのクソ……やろ……ッ、お前、自分も男なんだからわかんだろ?」
「そうですねえ、わからなくはないんですけど、今、結構楽しくて」

 邪気などはなく、ほんとうに純粋に(ある意味でとても残酷に)笑うアッシュの笑顔を、シルヴァンは初めて心底怖いと思った。もしかするとアッシュは怒っているのだろうか。心当たりがなんというかありすぎて、シルヴァンは半分引きつった顔でへらりと笑う。

「大丈夫です、ちゃんと我慢できたら、ちゃんと入れさせてあげますから」

 根元は握り込んだまま、指先で弾くようにペニスに触れられて、シルヴァンは努力してつくった笑顔すらも無駄になりそうだった。ああ、どうでもいいからこの天国のような地獄から解放されたい――整理しきれないごちゃごちゃになった感情の中で願うといえば、それだけだった。



――――そうして地獄のような拷問の時間は十数分くらいは続いたのだろうか。良くも悪くも真面目なアッシュはやたらと丁寧に両手でシルヴァンのものを刺激してみたり放置してみたりをまるで試行錯誤するがごとく繰り返し、散々焦らせたあげく最後はなぜか性急な手つきでもって根元から扱きあげ、そこでようやくシルヴァンは解放された。その後もアッシュは自分の顔や手にかかってしまったシルヴァンの精液をぬぐうでなくよりによって見せつける様に舐めだしてすべて飲み込んでしまうものだから、シルヴァンにしてみればそこでようやく地獄のような時間が終わりを告げたのだった。
 終わったらちゃんとするのだとことの最中繰り返しアッシュに告げられてはいたのだが、なんというか最早シルヴァンには殆ど余力は残っておらず、ぐったりとベッドにそのままの恰好で四肢を投げ出す始末だった。
 あれだけ夜遊びを繰り返していた五年前の悪行が嘘のように、アッシュに惚れてからはそれなりに節制していたのもよくなかったのだろう。本当に久しぶりの逢瀬でこのように情けない姿を見せたくはなかったのだが、初めてアッシュに翻弄されたという精神的な疲労も相まってか、シルヴァンは腰をあげることすら億劫になっていた。

「シルヴァン?大丈夫ですか?」
「あー……うーん、……あんまり大丈夫じゃないなこれ……?」
「え、どこか怪我とかしてたんですか?だったらその……ごめんなさい……」
「いや!いや、そうじゃなくて、なんつーか……そうじゃなくてなぁ」

 アッシュはといえば、相変わらずシルヴァンの下半身に乗り上げたままだったのだが、流石にそのまま放置するのも何だったのでシルヴァンはアッシュの腰に腕を伸ばしてそのまま自分の方へと押し倒す。アッシュも流石に悪いことをしたのかと抵抗せず、素直に凭れてきてくれた。
 そうして互いに触れ合い、いとしい体温を分かち合っていると、疲労と共に眠気が襲ってくる。そもそもが今日は色々とすぎて、本来であれば今ころ泥のように眠っていただろう。

「……はあ……アッシュのにおいがするなあ……」
「ええと、ほんとうに、大丈夫ですか?」
「……ったくかわんないなそういう悪態つくところ。でもま、大丈夫だよ。大丈夫だけど、お前の事抱えて寝ないとダメかも。むちゃくちゃ疲れた」

 顔を寄せるようにぐっと身体を寄せてきたアッシュの耳元で甘く囁くと、何を言っているのだとばかりに派手ではないものの整った顔がしかめられる。それでも温もりは離れてはゆかず、控えめにしなやかな腕が伸ばさたかと思えば、ゆっくりとシルヴァンの癖毛を混ぜだした。

「仕方ないですね。お疲れのようですから、特別にこうして抱かれて寝てあげますよ」
「へいへい、ありがとな。……アッシュ」

 くしゃり、と以前よりも癖のなくなった線の細い髪の毛をこちらも指先でもてあそびながら、アッシュの鼻先に軽く口づけを落として、シルヴァンは至近距離にある双眸をじっと見つめた。少しばかり声のトーンを落とすと、アッシュはシルヴァンがこれから何か彼なりに真剣なことを伝えようとしているのだと、どういうときでも察してくれるのだ。そういう関係を築けたあの一年間の自分の行動に感謝しながらも、シルヴァンはもう一度、さらりと灰色の髪の毛の感触を愉しんで目を細めた。

「……よかったよ、お前とこうして、また一緒にいることができてさ、お前はさ……頑固だから」

 口調があまりにも柔らかすぎたのか、アッシュは一瞬あっけにとられたような表情をしてから、ふてくされたようにシルヴァンの胸に頭をぎゅうぎゅうと押し付けてくる。先ほどまであれほど人の上で好き勝手していたとは思えない子供のような行動に、シルヴァンの胸中はほのかに暖かくなり、満たされる。ほんとうにそれだけで満たされてしまうのだと、シルヴァンは知ってしまった。

「なあアッシュ。お前さ、……お前さえよければ」
「だめですよ。もう、疲れてるんですから、寝ましょう」

 けれども告げようと思った決定的な言葉を、アッシュは告げさせてはくれなかった。シルヴァンは下唇を思わず噛みしめる。それでも、腕の中のぬくもりは愛おしい。持て余した、言葉にはできない複雑な感情を手のひらに込めて、シルヴァンはアッシュを強く抱き寄せると瞼を閉じた。
 そうしていれば、感じるのはアッシュの体温と呼吸だけで、他にはなにもないのだ。せめて今だけは、それくらい許されてもいいじゃないか。誰とはなく零れた吐息は、そのまま宵闇に消えていった。



 そして夜半過ぎたころだろうか。ふいにシルヴァンは目が覚めてしまった。考えてみれば、アッシュが部屋にやってきたのはまだ夜としては早い時間帯だった。ということは、彼は早々に友人たちとの語らいを切り上げてわざわざシルヴァンのもとを訪れてくれたのだ――そのことを思うと、腕の中の存在がたまらなくいとおしくなり、頬の筋肉が緩むのを抑えることが出来ない。アッシュが傍にいると思うだけで、嬉しくてたまらないのだ。我ながら純で情けないと思うが、仕方がない。  そうして少しばかり元気を取り戻してくると、今度はその体温や匂いにくらりときてしまう。先ほどは疲れて落ちてしまったが、半端な状態だったといえばそうなのだ。実際、シルヴァンの下肢はその意志を汲んだがごとく首をもたげかけていた。
 それを誤魔化すように、シルヴァンは上体を起こす。衣服は結局そのまま寝入ってしまったために身につけっぱなしでそう肌寒くはないのだが、眼下では静かに寝息を立てて穏やかに眠るアッシュがいる。安心しきって、シルヴァンの腕を枕にするように眠る姿は愛おしさと同時に欲を異様に掻き立ててきた――先ほどまで遠慮していた反動もあるのだろうが、薄く開いた唇から漏れる吐息の音と温度ですら鼓動を跳ねさせ、欲を刺激する。まるで恋を覚えて初めて誰かを抱く少年のような心地に、シルヴァンは一人自嘲の笑みを浮かべてから、そっとアッシュの乱れた前髪に口づけを落とした。

「……ん………」

 すると、むずがるようにアッシュが身動きをして、閉じられていた目が開かれる。ゆっくりとしろい目蓋がもちあがり、若草の瞳が顔を覗かせるさまに、シルヴァンは無意識に見入ってしまっていた。

「シルヴァン……?起きてたんですか……?」

 どこかはっきりしない口調で目をしばたたかせ、アッシュはシルヴァンを見上げてくる。こうしていると、五年前と何も変わらない幼さのほうが強調されるのだが、顔立ちだけははっきりと成長してしかもすっかりときれいに(シルヴァンにしてみればそうとしか言いようがない)なっているのだから、まるで心臓が掴まれたような心地と同時にごくりと喉が鳴る。本当ならば返事をするつもりだったのだが、シルヴァンの中で衝動が勝った――そのまま噛みつくようにアッシュに口づけをして、身体を組み敷いた。

「シ、ルヴァン……?急に、どうしたんですか……!」
「わかんねぇ。なんか、我慢できなくなった」
「え、とちょっと待ってください」
「待てない。無理。お前の事眺めてたらほしくなった」
「自分で何いってるかわかってます……?」
「わかってるよ。よぉくわかってる、俺、お前の事、抱きたい」

 起き抜けに、とは思うのだが、シルヴァンの下半身はすっかりともう反応していたし、アッシュの目がまだどこかとろんとしているので半分くらいは寝ているのかもしれないのだが、それも欲を誘うのだ。もう一度強引に唇を重ね、舌を絡める。最初は寝ぼけていたのかおずおず、といった調子だったアッシュも、流されるようにシルヴァンの舌をとらえ、追うように水音を立てて舌を絡めてきた。気づけば節くれだっているはもののほそい指先がシルヴァンの頬に添えられており、シルヴァンもそれをよいことに角度を変えてその薄い唇を、口腔内を味わってゆく。

「んっ……シル、ヴぁ……」

 はあ、と熱い吐息をアッシュが漏らすと、その双眸はすっかりと欲に潤っていた。眦には生理的な涙がこぼれおちそうになっており、頬もすっかり上気していて、それだけでもずきりと下肢が熱く痛くなるようだ。五年前より成長したその顔も、身体も、ほんとうにシルヴァンを狂わせてくれる。荒っぽい仕草でアッシュの着衣を脱がせてゆけば、アッシュもまた同様にシルヴァンの服に手をかけた。そうして互いに肌を晒すまでは一瞬で、久しぶりに見た色素の薄い肌のあちらこちらには打ち身や傷跡が無数にあることに、シルヴァンの心の昏いところが疼いた。その傷跡の醜さにすら、劣情を刺激されてしまうのだ。
 しなやかに筋肉のついた肢体は素直にうつくしくて、男の身体についている無数の傷跡すら情欲の対象になるだなんて、アッシュに惚れる前の自分に告げたところで一笑に付していたに違いない。

「お前、ほんとうにきれいになったな……」

 そっと、胸元に走る生々しい傷跡を指でたどりながらつぶやくと、アッシュは困ったような、うれしいような、感情のまざった表情をしてくしゃりと笑った。

「莫迦なこといわないでください、傷だらけで、見れたものじゃないですよ」

 苦笑しながらも肌を隠さないのは、それが彼にとって勲章だからなのだろう。それは彼の生きてきた軌跡であって、醜いわけがないのだ。シルヴァンは組み敷いた身体に散る傷跡を指先でひとつひとつ、丁寧になぞってゆく。小さいものも、大きいものも、深いものも、浅いものも、肩や胸元や、腰、あろうことか腹筋のあたりにまである傷跡は、彼が歩んできた五年間という時間の長さと決して穏やかではなかった歩みを物語っており、その彼の時間を理解はできずもとこうして触れさせてもらえるというだけで、シルヴァンは空白の五年間のうちに抱いていた空虚な感覚がみるみるうちに満たされてゆくのを感じた。
 それをアッシュはどこかうれしそうに、幸せそうに目を細めて享受していた。傷の中にはあたらしいものも、ふるいものもたくさんある。無数の傷跡に塗れた目の前の青年はほんとうにきれいだった。いくら傷に塗れようと、困難を目の前にしようと、きっと彼の真っ直ぐなところは変わらないからなのだろう。だからこそアッシュという存在はシルヴァンにとってひどくまぶしくて、たまらない。その身体を自分のものにできるのだと、たとえそれが今だけなのだとしても、この胸の内に溢れる想いだけはウソではないのだと思える。

「ほとんどは……この五年間で、色々な場所を渡り歩いてついたものです。でも……僕は生きてますから」
「そうだな。そうして今、こうして俺といっしょにこれからセックスする」

 この上なく幸せだ、と思いながらシルヴァンは笑みを浮かべてみせれば、アッシュも呆れたように微笑みを返してきて、腕を伸ばしてきた。伸ばされた腕に捕らえられることもこの上なく幸福で、シルヴァンは腕に導かれるままに再び口づけを交わす。軽く、深く、まるで五年という欠落していた時間を埋めあうように、二人は口づけを、肌を、重ねてゆくのだった。



 触れて、触れられて、何度互いに上り詰めたかわからない。シルヴァンは久しぶりにアッシュの胎内に入り込むと、それだけでも感極まり泣きそうになってしまった。暖かく迎え入れてくれるその胎内の熱と、締め付けてくる圧に、胸が一杯になり快楽よりも感情が先走ってしまう。流石にそれは情けないと歯を食いしばるが、快楽は理性で得ようもなく、あえなく一瞬で果ててしまう。なさけないな、とちいさくぽつりと言葉を落とすと、逆にあやされるようにアッシュに微笑まれ、それが悔しくて噛みつくように口づけをしてからもう一度腰を深く落とすのだ。

「しる、……あ!おく、とどいて……ッ!」

 ぐいぐいと腰を乱暴におしつければ、アッシュは悲鳴のような甘い声を上げて奥へとシルヴァンを誘う。彼もまた、五年という月日をひとりで過ごしてきたのだろうか、以前よりもずっと貪欲にシルヴァンを求めてきた。

「アッシュ、アッシュ、おれの……アッシュ、俺をみて、アッシュ……」

 アッシュの若草色の眼差しはずっとシルヴァンに注がれているのに、それでも不安になってシルヴァンは幼子のように繰り返す。都度アッシュはその言葉を拾うようにシルヴァンの手をきつく握り、言葉にならない声を紡ぐのだ。

「は、……はい、あ、……ぁあ!あ!
」 「アッシュ、アッシュ、アッシュ……!

」  シルヴァンはもう我武者羅に、ひたすらに腰を打ち付けてその胎内の熱を、感触を己に刻み込み、またアッシュに自分の欲を刻み込もうとした。そうしなければだめだと、アッシュが離れてしまうという恐怖心から握り合った手に力を籠め、腰を容赦なく打ち付ける。アッシュもまた離れまいと両足をシルヴァンの腰に回し、その熱と欲を必死に受け入れてくれる。

  ――ああ、もう、死んでもいい。こんな幸福の最中に死ぬことが出来たら、最高なのに。

 刹那的に思い描いた言葉をシルヴァンは決して自分自身で笑えなかった。それほどまでに、アッシュと身体を繋げているこの瞬間が、幸せでたまらなかった。



 互いに欲を吐き出し、荒い息を落ち着かせるまで肌を合わせて抱き合い、どれほど経ったろうか――ちゅ、とつむじにキスを落として、シルヴァンはその存在を確かめるため、もう一度アッシュを強く抱え込んだ。汗っぽさの中に彼特有のやわらかな太陽みたいな匂いを感じて、やはり彼は変わってはいないのだなと安堵する。彼は五年間で成長したかもしれないけれども、それでも、多分根っこの部分は変わっていないのだ。だから。
 そこまでを想像して、ふと日中の戦闘を思い出してシルヴァンの心が一気に冷えた。取り乱した無様さもさることながら、シルヴァンを見るアッシュの目の鋭さとつめたさ――あんな目を、アッシュのあんな目をみたことはなかった。見たくはなかった。

「……シルヴァン?また、何か変な事考えてませんか」

 抱きしめていた腕が緩くなっていたのか。腕の中からアッシュは腕をのばし、シルヴァンの癖毛をゆるゆると撫でている。困ったように首を傾げて問う表情は、シルヴァンが思い詰めるたび彼が見せるものだ。ずっとその淡いやわらかな視線におぼれていたいと思う、シルヴァンが昔から恋焦がれてずっとずっと手に入れられなかった、なにもかも受け入れてゆるしてくれそうな目の色だ。
 シルヴァンは歯の奥を無意識に噛みしめていた。そう、だから、シルヴァンはアッシュに恋をした。好きになってしまって、欲してしまった。自分でも気が付かないうち、この年下の青年に夢中になっていた。
 ずっと焦がれていた、ひたすらに優しさで、甘さで包み込んでくれる存在。アッシュは決してシルヴァンに対して甘いだけではないし、どころか手厳しい面もたくさんある。それでもなお、シルヴァンの傍らに立ち、シルヴァンの手をとってくれるし、こうして褥すら共にしてくれる。
 だからこそ得難い存在で、何があっても離したくはなくて、絶対に無くしたくはなくて、何が何でも手に入れたくて、仕方なくて。
 そのくせいざ手にしようとするとどこか怖くて、手を伸ばせない。そんなことを繰り返しているうちに五年前の別れがあった。
 シルヴァンの心が急速に冷えてゆく。あの時の痛みと喪失感は、もう二度と、経験したくはないものだった

。 「シルヴァン。僕は、ここにいますから」

 いつの間にか上体ごとぬけだしていたアッシュの胸がシルヴァンの目の前にあった。
 筋肉はつきしなやかになった、けれどシルヴァンよりもずっと厚みのない薄い肉体が、シルヴァンを守るように頭ごと抱きしめてくる。
 やわらかな抱擁と、髪の毛越しに感じるやさしいアッシュの呼吸と、耳元から聞こえる彼の鼓動は甘くて静かで、シルヴァンは唇を強く、つよく噛みしめていた。
 そうしていないと堪えきれない感情があふれてしまいそうで、ぎゅっと目の前の身体にしがみつく。

「アッシュ……」

 掠れるような声で名を呼べば、アッシュはいたわるようにシルヴァンの癖毛を指先でなぞり、てのひらでつつみこむ。かさついた、あたたかな手の温もりを感じた。シルヴァンはもう一度唇を噛み占める。今度こそ、堪えきれなくなった。

「もう君に、あんな顔はさせたくないですから……僕は、ここにいますよ

」  さわさわと髪の毛をなでてくれるぬくもりと、全身で感じる体温と、アッシュの匂いにつつまれて、やわらかい音が耳に届くと、シルヴァンはその昂ってしまった感情を零してしまうった。
 一度零れたものは、とめどなくシルヴァンの頬を濡らしてゆく。胸の奥があつい。頬もあつくて、何も見えない。見えなくてもよかった、それでも、アッシュは傍らにいるのだから。
 気づいているであろうアッシュは何も言わず、ただシルヴァンを抱えて子供にそうするように、ゆっくりと頭を、背中を、肩を、撫でてゆく。その感触が甘やかで愛おしくて、嬉しくて、シルヴァンは静かに泣いた。
 感情声にすることもできなくて、告げることもできずに、ただ静かに、涙を流し続けるのだった。