たとえ君の行く先が地獄だとしても

※時系列が本編後→FEHのアスク時空になってます


 気が付くと、知らない世界に居た。
 目の前にいる人物を、自分は知らない。人は良さそうだが、疑うことに越したことはない――取り返しのつかない失敗から、ペレアスはそう学んでいた。
 だが、そんなペレアスの懸念を吹き飛ばすように、目の前の人物は警戒心を解きほぐすような笑みと、いくつかペレアスの知った名を出してきた。

「僕はエクラ。この世界では召喚士と呼ばれているんだ。君はデインの元王だそうだね。ミカヤやサザたちがよく話してくれていたんだ。会えてうれしいよ。これから共に戦ってもらうことになるけれど、宜しく」

 口早に言うエクラの覇気と人を安堵させる声色に、ペレアスは面食らう。するとその背後から見知った人影が掛けてきた。

「ペレアス様!こちらの世界にいらしたのですね!サザがいつ来るのかと、何度もエクラに迫って、本当、大変だったんですよ」

 苦笑しながら女王の装いをしている彼女は、以前のように陰のある存在ではなく、明るく堂々としていた。まさしくデイン女王の風格を身に着けている。  見知った顔を見たことで安堵したペレアスは、漸く召喚士とやらの手を取る事ができた。

「僕は……かつてデインという国の王だった。事情は、ミカヤが話していると思うよ。こんな僕でも意味があるからこの世界に喚ばれたのだろう。よろしく頼むよ」
「成程、聞いていた通り見た目はともかく聡明な人みたいだね。よかったよ、事情を汲んでくれて助かる。魔道使いは特に少なくてね……重宝するよ。十分にその力を発揮してもらえるように存分に計らうから、まあ、楽に過ごしてくれると助かる」
「エクラさんは本当にすごい方なんですよ。私たちの事情をご存じで、でも今はどうしても私たちの力が必要で……ここでの戦いが終わったら元の世界に返してくれるそうです」

 それはどこか話が都合が良すぎはしないか、とは思ったが、ミカヤは人の心を読むことが出来る。そんな彼女が警戒していない様子からも、エクラという人物は少なくともそこまで食わせ物ではないだろう
。  すると、ぱたぱたと複数の足音が聞こえてきた。

「あーっ、エクラさんずるい!新しい英雄さんとお話してる!えっと私、シャロンっていいます!ここアスクの王族で、えっと、兄のアルフォンスが王子なんです。ほら、お兄様!」
「僕はアルフォンス。ここアスクの王族をしている。色々あって、戦うために僕たちは英雄の力が必要なんだ。都合のいい話だとは思うが、協力してくれると嬉しいよ」

 そうして差し出された手に他意はなかった。少なくとも、シャロンやアルフォンス、そしてエクラという人物に悪意はない。シャロンに至っては、早く話をしたくてうずうずしているようだった。

「僕はペレアス。デインの王をしていた。色々と迷惑をかけるかもしれないが、よろしく頼むよ」
「わ、ミカヤさんがよくお話してくれてたペレアスさんですね!私、早く会いたいなーって思ってたんですよ!ミカヤさんだけじゃなくサザさんやティバーンさんもお話してくれてました!」

 ミカヤやティバーンはわかる。だが、サザが?他人に自分の話をするのは珍しい彼が、自分の何を話していたのだろう。あまり他人のことに首を突っ込もうとは思わないペレアスだったが、流石にサザの名を聞いて平常心ではいられなくなった――逆にいえば、それほど自分はサザを意識していたということになる。
 顔色を変えたペレアスの様子を、ミカヤは微笑ましそうに、そしてシャロンとアルフォンスはどこか心配そうに見守りながら、エクラの案内のもと、このアスク王国の中を探索することとなった。



「……ペレアス。来てたのか。だからミカヤたちが騒いでたんだな」

 少し大人びた印象の衣装を身にまとった青年の声は、どこか嬉しそうだった。足早に近づいてくるや、ペレアスの手を取りぎゅっと握る様の幼さとは対照的だ。こういう行動が、どこか彼の内面の幼さを垣間見ているようで、ペレアスは微笑む。

「何か、可笑しかったか?」
「いや、そうじゃなくて、元気そうでよかったと思って。君はどこの世界でも逞しく生きていけるとは思うけど」
「一言余計だ」
 不貞腐れながらも手は放そうとはしない様が、愛おしい。心の奥があたたかくなると同時に、ぎゅっと胸が掴まれたように切なくもなる。彼を奪ってしまったのだという罪悪感は未だにペレアスの中にあり続けていたし、これからもなくなることはないだろう。

「なあ、ペレアス。あんた、まだ俺をミカヤから奪ったって考えてるだろう」

 胸中に抱えている想いを見抜かれて、ペレアスはぎょっとする。驚きその顔をまじまじと眺めると、不愛想な中にも少しばかり呆れたような表情が見えた。 「存外考えてることが分かり易いんだよ、あんた。公務中ならともかく、そうじゃないときはだいたい不安そうにしている。……だから俺も放っておけなかったんだ……」

 小さく付け加えられた言葉こそ聞き逃すことなどできず、ペレアスは怪訝そうに青年の瞳を覗き込んだ。

「君は、そういう理由で僕に近づいたのか?」
「人聞きの悪い言い方をするなよ……これでも、俺だって、心配してたんだ……あんたは無茶な戦い方をするし、実際見て居られなかった。俺がミカヤよりもあんたを優先するとしたら、あんたがそういう無茶をするからだ。ミカヤよりもな」

 そう言われてしまえばぐうの音も出ない。昔、似たようなことをティバーンやリュシオンからも散々言われたことがある。それはペレアスが闇の精霊と契約をしていることに由来していた。というよりかはその契約の方法が問題だったのだ。通常よりも強い力を望んだペレアスは、最も扱いづらい闇の精霊とより段階が上の契約を結んでいた。その契約はより強い魔導書を扱える代わりに、生命を精霊に与える。その事でより力を得て、戦えるようになるという仕組みだ。ペレアスの身体の弱さは元来の物だが、その契約により一層拍車がかかっていることを知るのは、デインでも数人だけだった。だからミカヤはサザはペレアスが戦うことには否定的で、出来れば力は使っては欲しくはないという姿勢だったはずだ。けれどもここではそもそも魔道の理そのものが違うのか、身体は随分と楽だった。精霊も静かなもので、何時もならば全力で押さえつけていなければならない程に手の施しようがないのに、まるで眠っているかのようだった。それでも、試しに魔力を解放してみると問題はない。不思議な感覚だが、自分のような人間が「英雄」などと呼ばれる世界なりの理は、そういうことなのだとペレアスは納得した。

「それにしても、君のその衣装は似合っているよ」
「そうか」

 言葉少なだが、照れているのだろう。ほんのりと頬を染めてそっぽを向く様は、子供じみていてそれでいて愛おしかった。彼に対する感情には結局未だ名前を付けられてはいないのだが、家族のように愛おしく思う、それならば自分の中の面倒な言い訳とも折り合いがつけらえるかもしれないとペレアスは考えていた。
 何もかもは、このアスクという国を覆うどこか優しく、穏やかな空気のお陰だろう。
 最初こそエクラという人物の胡散臭さにかつての家臣を思い起こして警戒はしたものの、いつの間にかそんな心の鎧は消え去っていた。

「あんたは……昔の服なんだな。……嫌いじゃ、ないが」

 照れ隠しに背を背けているが、サザの声色は決して硬くはない。彼がそういった好き嫌いを表立って言えるのは、二人きりだからだろう。
 決して甘い言葉を言うわけではないのだが、彼のそんな些細な変化がペレアスには嬉しく、そして心温まるものだった。
 面と向かって好いているとか、告白をされたわけではない。だがサザは以前よりもペレアスに対して態度を軟化させており、傍にいることも多くなった。共に仕事をすることも多くあればこそなのだろうが、その変化がペレアスには嬉しかった。
 それこそが、この青年に対するペレアスの正直な気持ちだった。
 愛している、という言葉にはまだ届かないかもしれないが、少なくとも家族のようにという想いを持っていることを否定は出来なかった。



「君たち二人は元の世界でも仲が良かったとミカヤから聞いているから、二人で旅に出て欲しいんだ」

 藪から棒にエクラがそう告げてきたのは、この世界にペレアスが少し慣れ親しんできた頃だった
。  その頃には、ここには様々な世界の人々が集っており、その中には王族や軍師、騎士や平民など様々なものが集っていて、ベオクとラグズという枠の中で争っていた自分たちがおろかに思えるほどに多種多様な人物たちが交流していた。
 中でもやはり傑出していると感じたのは未だ王子だというアリティアの王族マルスと、エレブ大陸のロイという若き嫡子だった。彼らは一見穏やかに見えるが、その背に負っているものは大きく、そして見事に軍勢を率いる姿は確かに英雄たりえる姿にペレアスには思えた。また、その雑多な軍勢を率いているアルフォンスもテリウスでは伝説的な勇者といわれるアイクをほうふつとさせ、事実彼はアイクとも仲良く話をしているところを何度も見かけている。矢張りその胆力は尋常ではない。翻って自分は……そう卑屈になってしまうのも、無理はなかった。

「……成程、確かにサザの言う通り、君はどこかで常に他人を意識する悪い癖があるみたいだね。けれども英雄として呼ばれたからには、理由がある。君の力、君という人間が必要だから君は今ここに呼ばれたんだ。そのことを、忘れないで欲しい」

 どこまでこの召喚士は見抜いているのだろう。
 にこにこと笑いながらも、的確にペレアスの内面を覗き込んでいるようで、どこか奇妙な気分になっていた。けれど、悪い気分はしないのはなぜだろう。ミカヤに対しても同等の思いを抱いていたが、誰かを救い導く人というのは、そういうものなのかもしれない。似たような雰囲気を纏う英雄と呼ばれる人物は、他にもルフレという軍師やカムイという王子、そして皆から先生と慕われるベレスという人物がいた。

「僕のことを、どこまで知っているんですか」
「そうだね、だいたいミカヤが知っていることは知っているつもりだよ。勿論根掘り葉掘り聞いたわけじゃない……英雄たちには、いろんな事情があるからね。でも、だからこそ、彼らは抱えきれない想いを吐き出したいときがある。そんな時に僕がそこにいた。ただそれだけだよ」

 成程、彼がどうしてここまで他人の心に立ち入れるのかなんとなくわかったような気がした。嫌な物言いではない。そしてどこか憎めない存在。彼は影となりアルフォンスたちを支えているのだろう――人心掌握の術に長けていたとて、不思議ではなかった。

「そうですか。サザやミカヤが心を許しているのなら、僕が警戒しても仕方ないですね。わかりました、ここではあなたの指示に従うのがよさそうです」
「そう考えてもらえると助かるよ。出発は明朝、特に難しい準備は必要はないけれど、最低限の準備を頼むよ。君たちがこの世界に慣れるためには、必要な経験と考えて欲しい。それに……」
「それに?」
「……いや。これ以上は余計な詮索になってしまうから、止めておくよ」

 そう言って笑うと、エクラはその場を後にした
。  詮索、と彼は言った。なるほど、個々の事情を把握している彼らしい。ペレアスは納得すると、割り当てられた部屋へと赴くことにした。
旅というからには野営の準備も必要だろう。相手は見知ったサザだとはいえ、何があるかはわからない。あらゆることを想定するのは、決して間違いではないだろうから。