※こちらのテキストには成人向け表現があります
たまに、どこか知らない土地に行きたい。
久しぶりに帰ってきた故郷の土を踏み、長らく手紙のやりとりだけであったペレアスと馴染みだという酒場で歓談していると、彼がふと、そんなことをつぶやいた。
普段粉骨砕身し祖国のために働いている――だからこそ、同性ながら恋仲であるツイハークとはガリアとデインという国をも別にして普段は仕事をしている彼がそんなことを言うのはらしくなく、珍しい。そのらしくなさと、遠くを見るような瞳にツイハークの胸中はざわついた。
寂しい思いをさせていたという自覚はある。手紙をいかにやりとりしようと、埋まらないものはある。それでも、互いに顔を合わせる機会というのは多くなく、またベオクのラグズの国が以前よりは交流が増えたとはいえ、その関係はまだまだ発展途上中だ。その橋渡したる役割を互いに背負ってるとはいえ、立場も違えばすれ違うことの方が多かった。
ただ、理由は本当にそれだけなのか。過去にさまざまなものを抱えているペレアスのことだから、何かのトラブルに巻き込まれたのではないか。そう告げると、ペレアスはゆっくりと首を横に振る。どこか諦めたような――昔よく見ていた、あのさびしげな笑顔だ。いったいどうしたのか。けれども、おそらく問うても答えてはくれないのだろう。その先を問いたい想いを胸のうちにしまいこみ、ツイハークはならばそうしようか、と努めて明るく告げた。
「俺はもともと傭兵として各地を転々としてきていた。そういう時に都合のよさそうな場所は、いくらでも知っているよ」
そういえば、ペレアスは少し控え目にうなずいてみせる。だから、旅立ちはそれで決まりだった。
見知らぬ場所とはいえ、通常の宿では気がひける――そう思い、いわゆる娼館などがいくつか立ち並ぶ、同性でも何も言われないような宿を取った。
確かに久しぶりに会う恋人で、触れ合いたい、抱きたい、そうした想いがないわけではない。とはいえ目的があからさますぎやしないかとツイハークはやや懸念したが、ペレアスは特に何も抵抗もせずについてきたから、少しばかり安堵も覚えていた。
ネヴァサほどではないものの、交通の要衝でもあるこの街は一夜のぬくもりを求めるものも少なくはなく、建物自体は豪華とはいえない作りだが流石に目的が目的だからなのか、一度足を踏み入れれば、人の気配はするものの余計な音などはしなかった。
妙にこざっばりとしていて、目的があからさまな作りに二人で顔を合わせて苦笑してから、大きめの寝台に座らせたペレアスの衣服をゆっくりとくつろげさせてゆくと、むずがるように細い肢体が動き、それがまるで男を誘うようでツイハークは思わず瞠目した。彼の――ペレアスのいざこうなると無意識な行動に、どちらかといえば性衝動に積極的ではなかったツイハークは幾たびも驚かされ、刺激されてしまうのだが、またしてもか、と続けて若干の苦い思いとともに嘆息する。それは、己の欲と感情を自覚した思い出でもあり、同時に決して愉快ではない出来事も、思い出してしまうからだ。彼がベグニオン元老院の老人どもに好きにされていたという、ひどく、不愉快でざわつく、一種殺意すら覚えるような怒りが腹の中で膨れ上がってしまう。
「……ツイハーク?どうか、したのか?」
怪訝そうにこちらを覗き込んでくるペレアスの濃紺の瞳が不安そうに揺れている。ああ、そうじゃない。そうじゃないんだ。まったくどうもうまくいかないものだ、こと、彼を相手にすると、普段は落ち着き払っているツイハークもすっかり形無しになってしまう。当人には、その自覚はないのだろうから余計に始末が悪い。それでも、ペレアスを大切に思う、いとおしいという気持ちはうそではないのだが。
「もし、その、……嫌なら……」
「いや、そうじゃない。大丈夫だ、君が不安になるようなことじゃなく、なんというか、いろいろと……俺の不甲斐なさが情けなくてね」
ペレアスが感じている不安を否定するように、けれど自分にだけわかるようにそう告げると、やはり納得はしきれないのか心もとない表情をしているペレアスの唇にそっと己のものをそっと重ね、そして離した。
「ペレアス。俺はずっと考えていたんだ」
言って、ツイハークは徐に懐からガリア銀の質素な指輪を取り出す。ほっそりとした、ささやかな銀細工が施され小さな宝石の嵌った指輪だ。
そして、状況をまったく飲み込めていないペレアスの手にそっと握らせた。ガリア銀製の小さな指輪に施した彫刻はツイハークがガリアの職人から教えられて自ら彫り込んだものであり、ペレアスの瞳と同じ深い海色の宝石を磨き上げたのもまたツイハーク自身だった。それの意味するところを、ペレアスはどうも悟りきれていないらしい。
「本当はずっと、考えていた。ガリアに赴任したころからだ。だいぶ遅くなってしまったけれど、俺と、一緒になってほしい」
苦笑しながら言葉で示し、自らも今しがたペレアスに身につけさせたものと同じ指輪を見せる――左手の、薬指。その意味を悟り、いまさらの様にペレアスは瞠目した。
「一緒になろう、ペレアス」
ほっそりとした肩に両の手を置き、深い海色の瞳をまっすぐに覗き込む。けれど、幾たびか瞬きをするばかりで、肝心の返事はない。驚きのあまり言葉を失っているのか。
それでも、ツイハークは待った。己のこの蓄積してきた想いはともかくとして、今の行動が唐突だという自覚があるからだ。
そう、本当はデインを発つ前に告げて渡すつもりだった。
けれども結局渡せずに、今の今までずるずるときてしまっていた。最初に衝動的に抱いてしまってから、覚悟は決めていたのだ。けれども、それを伝える機会が今の今までついぞなかった。
なかったおかげで、おそらくペレアスには不安や寂しい思いをさせてしまっていたのだろう、と考えると、己の不甲斐なさがほんとうに情けない。彼が旅に出たいと言い出したのも、或いは日常から離れたいという思いもあったのだろが、もしかすれば様々なしがらみから逃れたいのではないか、とツイハークは考えたのだ。
彼が、デインという国のために尽くす理由はよくわかっている、その根底にあるのは、罪の意識だ。だからこそ何よりも強く彼を縛り付けている。もともと祖国思いであったペレアスは、それがゆえにがんじがらめになっているのではないか。そうした懸念は、彼の傍を離れる以前よりツイハークが持っていたものだ。
そうでなくとも、ツイハーク自身の静かに蓄積されていたペレアスへの思慕は、距離が離れてみれば思いの外強く、ガリアで遠い故郷のことを、ペレアスのことを考えない日などなかった。それを告げることのできる器用さがあったのなら、手紙にそう記すことができるほどに器用であれば、よかったのかもしれないが。
ややあってペレアスの双眸がゆがみ、潤んだかと思うと、ぽろりと涙がこぼれてしろい頬を濡らす。ふ、と小さな吐息が漏れ、きゅっと両目を瞑ると長い睫が震え、あふれた涙が更に頬に筋をつくり零れ落ちた。細い肩が上下して、感情が昂ぶったのかみるみるうちに首筋が朱に染まる。
その反応は、決してツイハークの言葉に否定的なわけではないのだろう。そう確信したツイハークは、意を決し細い腰を抱き寄せた。すると、若干の抵抗とともにあきらめたようなペレアスの声が、重なる。
「……ツイハーク、は、……ずるい……」
「それは、その、どういう……」
「……こんな、ときに、そんなこと、いう、なんて……」
いやいやをする子供のように首を横に何度も振るが、零れ落ちる涙と声の甘さはペレアスの心境を隠しはしない。声が上擦っているのは、感情を抑えきれないからなのか、彼にしてはひどく珍しかった。やがて少し落ち着いたのか、何度か瞬きをしてからペレアスは目を開く。
潤み熱を持った瞳にツイハークは思わずごくりと喉を鳴らしてしまうほどの、甘い熱が篭もった視線だ。
「うれ、しいよ……ありがとう。僕は、こんな身体で……きっと、君には、迷惑しかかけない、でも……」
こんな身体、と下腹部をさすりながらペレアスはつぶやく。そこには、かつて元老院議員たちの一時の快楽の為にいいようにされ、その為だけに淫紋が印されていた――それは月日を経ても効力を失うことはないのだと、自らもそうした闇魔道に通じているペレアス自身が断言していた。
その上で、いいように、或いはそれ以上のことをペレアスがされていることを、彼を一度ならず抱いたことのあるツイハークは知っている。それでも、共に在りたいと想う感情は、数年を経ても変わらなかった。
「しっ、それは、言わない約束だろう」
その唇に人差し指を押し当てて、ツイハークはやわらかく囁く。わずかにおびえるような眼差しがじっとツイハークを眺め、やがてそれは緩やかに孤を描いた。
「うん……そう、だったね……ごめん、僕は、君に……甘えすぎている」
「いいんだ。それくらいのほうが俺も嬉しい」
またしても、そっと顎をとりくいと上を向けての淡い口付け。それはこの場で押し倒したいという欲を抑えるためのものでもあるし、何度でもこのやわらかな感触を味わいたいという想いからの行動でもあった。
なによりペレアスはツイハークと口付けを交わすのが好きだった。
身体を重ねる最中も何度も口付けをねだり、手をつないで欲しいと繰り返す、そうした言動から恐らくは心底寂しい思いを常々しているのだと思っているし、事実そうなのだろう。そうしたことは、いまだに鮮明に記憶に在る。
「ありがとう、ツイハーク……嬉しいよ……ほんとうに、嬉しい。僕でもこんな……」
そこまでを口にしてから、ペレアスは口を閉ざして苦笑する。それから小さくごめん、と続けると、握らされたガリア銀の彫刻の施された指輪を細指で触れ、ふ、っと嬉しそうに目を細め、自らゆっくりと、大切そうに左手のに嵌めようとする。けれどもツイハークはそれをおしとどめ、囁くように「俺にさせてくれないか」と告げると、恥らうようにペレアスはこくりと頷いた。
「ありがとう、本当に、……嬉しい。嬉しいよ、ツイハーク」
ツイハークが己の指に指輪を嵌めてゆく様を嬉しそうに眺めていたペレアスは、嵌められた指輪に小さく口付けを落としてから、今度はツイハークの首に再び腕を回して抱き寄せると、深い深い口付けを交わすのだった。
「んっ……」
急に重ねられたそれに、けれども驚くことはなくペレアスは素直に眼を瞑り主導権をツイハークに預けてきた。
求めるぬくもりが欲しかったのだとばかりにふっと身体の力が抜けるその順応さが愛おしい反面不安になり、ツイハークは衣服を腰元まで脱がせた状態でその痩身をやわらかく抱きしめる。
するとペレアスは縋るように体を委ね、うっとりと舌を絡めてきた。その積極さに下半身にじわりと熱が溜まる。愛おしいと、やさしくしたいと思うのに、数年ぶりに覚醒した欲はどろどろと加速して目の前の身体を乱暴に組み敷き、暴きたいとさえ願うのだ。そんな相反した己の内心を押し込めるように、ツイハークはペレアスの口腔内を犯してゆく。絡まる舌をねっとりと味わい、歯列をゆっくりと舐め、交わった唾をごくりと飲み込む。
そうしている間に右手はやせ細った腰から臀部へと移動して淡い肉付きの尻を混ぜるように揉み解し、左手は薄い胸に這わせて男性にしては目立つ、しっかりと立ち上がっている乳首を愛撫する。
するとペレアスもツイハークの首に腕を回してやわらかく抱擁を返し、薄い胸をより感じさせるように押し付けてきた。
そうしてそのまま二人は角度を何度も変えて抱き合い、互いに口付けを交わす。ぎゅっと縋るようなペレアスの抱擁は久しぶりで、それだけ寂しい思いをさせていたのだという罪悪感から、ツイハークもまた積極的に彼を求めるように衣服の上から愛おしい肢体を愛撫した。剣士の無骨な手にペレアスはいちいちぴくりと身体を動かして反応させ、胸や下肢を押し付けてくるように動かしてくる。ああ、そうだ、俺だって早く君を抱きたいんだ。言葉にならない言葉を飲み込むように、ツイハークは更に口付けを深くし、そして名残惜しそうに唇を離した。
「は、あ……ッ」
「……ペレアス、……いいか?」
いまだに腰元と胸を愛撫する手は止めずに、我ながらなんとも甘い声だと自負できる声で囁くと、ペレアスは瞠目する。
「あ、……そ、れは、……」
どこか躊躇うようなのは、恥ずかしさからなのか。珍しくわかりやすいほどに顔を高潮させて小さく息をついているペレアスに、またしてもずくりと欲がうずいた。けれどもその獰猛な欲は、まだ押し込めたい。
怖がらせたくはない。そういう理性がツイハークは強すぎる男なのだ。
「来て、ツイハーク」
けれどもその理性を暴力的に揺るがすように、ゆるく両手を広げ、蕩けるような笑みで誘われて、観念するようにツイハークは痩身をそのままベッドに押し倒した。
押し倒した身体はやはり変わらずにどこか未成熟な少年か少女のような裸体だ。相変わらず――それでも幾分か肉付きはよくなったように思えるものの、数年前の戦争中に無体を強いられた傷跡はうっすらとはしているものの、白い肌に刻印のように刻み込まれ、ひどく痛々しい。
もう存在しないかの元老院副議長、名をルカンとかいった老人の悦楽のために下腹部に刻まれた忌々しい魔道の紋様は当時のまま不気味に紅く光り、男の欲を誘う。実際そのために施されたもので、男が欲を注ぎ込みその身体を支配するための魔道だ。子を孕む可能性こそないらしいものの、限りなく便利な女性の代用品の出来上がりというわけだ。
それを聞いてから、ツイハークは極力ペレアスを抱くことを避けていた。彼に望まれていると、抱いて欲しいと思われていると知っていても、だ。抱いてしまえば恐らくは我慢が利かないであろうからだ。もちろん、彼を抱きたいとは思う。欲を注ぎ込み乱れる姿を目に焼き付けたいとも思う。だが、乱暴にだけはしたくなかったのだ。
考えてみれば、彼と離れて暮らすことを選んだ理由のひとつに、それもまた数えられるかもしれなかった。
ひとはツイハークのことを理性的で落ち着いているというが、実態はそうではない。かつての恋人を何年も忘れられず思い続けるほどには情熱的だし、欲もあり、己の信念と違うとなれば祖国であれど捨てることはできるくらいには感情的にもなる。
「ペレアス、ほんとうに、いいのか?」
抱く都度にそう尋ねてしまうのも、ペレアスのためというよりか、己のためだ。己を制するために、どうしても問うてしまう。ペレアスはくすりと笑うと、そっとツイハークの頬に手を寄せてゆるくなではじめた。
「ツイハークはいつも僕を抱く時にそれを聞くけれど、僕はいつだって君にすべてを……さらけ出して、捧げたいと思っているんだよ。君になら、僕は何をされてもいい」
そしてペレアスはその都度律儀にそう返すのだ。今回も、同じだった。少し苦笑するように、愛おしそうに、そしてうれしそうにツイハークを胸元に抱き寄せて、囁くように告げる。そうすると彼の鼓動とやわらかな声が降ってきて、ツイハークもひどく和らいだ気持ちになれるのだ。同時に愛おしさと欲が飽和して、衝動が加速する――今回もまた同じで、薄い胸元に顔を寄せられたのをいいことに、その素肌を味わってゆく。舌で、唇で、隅から隅まで余すところなく感じるように、丁寧に愛撫していった。
「あぁ、ツイハーク……もっ、と……!」
「ペレアス……」
ペレアスはきゅっと目を瞑り懸命に両腕に力を込めてツイハークにしがみつきながら無意識に腰を揺らしている。露になった下腹部の紋様は怪しく明滅し、彼の性器はゆるく起ち上がってはいるものの、どちらかといえば疼くのは後ろのようだというのは、腰の切なげな動きから判断できた。そうでなくとも、男を銜え込む術を叩き込まれているのだ。そういう考え方はあまりしたくはなかったが、事実であることは否めない。また、その手管があったからこそ、特に男に欲を抱く性質ではなかったツイハークが、ペレアスにだけは欲を刺激され抱きたいと強く思えたのだ。そのこともまた、否定はできなかった。
だからこそせめて抱くときは精一杯愛して、気持ちよくして、ドロドロにしてやりたい。常にそう願ってはいるのだが、現実問題ツイハークは男を抱いた経験などはないから、結局はペレアスに主導権を持っていかれる方が多かった。
けれども数年越しなのだ、今回こそは、という思いもあり、ツイハークは常になく獰猛な牡になり、目の前の肢体を食らうように口付けを繰り返した。そしてツイハークの薄い唇が肌に触れるたび、歓喜の甘い声がペレアスの口から漏れる。
互いに荒い息で熱くなり、いったんツイハークが身体を離すと、ペレアスの瞳が不安げにツイハークを追う。その不安を否定するように、ツイハークはペレアスの耳元に手を差し込み、癖のある髪ごとゆるく撫でると、淫紋の施されている下腹部に口付けを落とした。
「あっ、そこ、ッ」
更に不安げになるペレアスに、ツイハークはにこりと笑うと、今度はそっとペレアスの唇に己のそれを重ね、そして抱き寄せてから耳元で深く静かに囁いた。
「俺のすべてを、ここで、受け止めて欲しい」
「……それ、は……」
戸惑うペレアスに、ツイハークは笑みを深くした。常に押されてしまってばかりだったから、これくらいの仕返しは許してもらおう。少々意地が悪いがそう考えると、ツイハークはペレアスの後穴へと手を伸ばす。意味を悟ったペレアスが慌てて身体を捩り、少し待って欲しいとばかりに首を振る。
「いやか……?」
「そ、んなことは!」
急に俯き申し訳なさそうに告げるその押し倒した肢体を抱き寄せて、顔と顔の触れる距離で頭部に手を回して乱れた髪を混ぜるように撫でる。
「ああ、君の都合もわかるから、無理に、とはいわない。けれど、俺は……そのつもりだから、そういうつもりで、君を抱きたい」
それは単純に、征服欲じみた雄の衝動だ。胎内に精を吐き出し己のモノだと思うための、儀式のようなものだ。
かつて恋人を喪い悲嘆にくれたあの日から、まさか自分がこんな風に貪欲になるなど、考えたこともなかったけれども。
「いや、その、そうじゃないな。……すまない。なんというか、俺はその……。ペレアス、君が俺のものなのだという、何かが……、自覚が、欲しいんだ」
そこまでを言うと、自分自身の言葉選びの安直さに思わずため息が漏れる。こういう場は、勢いというものが大事なのだといつだって痛感しているにも関わらず、だ。すると、今までの緊張が少し解れたのか、ペレアスが小さくくすりと笑う。
「離れたのは俺からなのに、ひどく身勝手で、我侭だろう」
「ううん。君はとても優しいひとで……僕には出来すぎたひとだよ、ツイハーク。ありがとう。君の気持ちも、言葉も、その……全部、嬉しいんだ」
「ペレアス……君は……」
「君の与えてくれるものは、言葉は、いつだって優しいよ……ありがとう……」
喜びを噛み締めるように、言葉ひとつひとつをゆっくりと告げて身体を無防備に寄せてくるペレアスがあまりにも愛しい。だからこそ、ゆっくり優しく愛してやりたい。大切に、どこまでも丁寧に、悦びを感じさせてやりたい。
「……君になら……すべてを捧げたい。ツイハーク。お願いだ、君の全部が、ほしい」
「……ああ、そのつもりだよ。ペレアス、君はもう、俺のものだ」
ぐっと強く痩身を抱きしめると、小さく甘い返事が喉からあがった。それが、契機になった。
「あっ、あ、ああっ、深い、ツイハークのッ、奥まで、あああッ」
散々甘やかした後だったからなのか、あるいは魔道により作り変えられたからなのか。ペレアスの秘所は驚くほど素直にツイハークのものを飲み込み、奥へ、奥へと誘った――まるでその奥に子を宿す器官があるのだと言わんばかりに、淫らに、積極的に蠢き熱と蜜を持って男の欲を煽るのだ。おのずと濡れてくるのも、おそらくそうした魔道の力だろう。
だからなのか、そのトロトロに解れた内壁に己の一物をねじ込んだ瞬間に、ツイハークもまた軽く意識を飛ばしてしまいそうになった――身体を重ねるのが久々とはいえ、流石にそれは情けないと己を奮い立たせ、ペレアスの薄い身体へと愛撫を繰り返しながら何度も、何度もその身体に欲を突き入れる。
「もっと、おく、あっ、アアッ」
その都度甘い声が唇から漏れ、身体が軽く痙攣して、細い足がツイハークの腰に絡まり逃すまいと力を込めてくる。それが、彼が言う通りすべてを捧げたい、抱かれたいという言葉の通りの行動で、だからこそツイハークもあえて理性という枠を意図的に飛ばした。
求められているのに遠慮するのは、逆に相手に対して不義理なのだと痛感しているからだ。それに、まだ互いの言葉でだけだが、もうお互いがお互いのものなのだ、遠慮する必要はない。そう思うと、今の今まで長い間、それこそ何年も我慢してきた欲は堰を切ったようにあふれ出す。目の前の存在を食らい尽くしたいという雄の衝動が、露になるのだ。
「もっと、ほし、奥、もっと……ほしっ……」
「は、ペレアス、ペレアス、ペレアス……ッ!」
繰り返し名を呼び、都度いささか乱暴に腰を打ち付けると肉と肉がぶつかる音がカン高く響く。細い腰をぐっと掴んで腰を押し付け、繰り返し熱を打ち付けてもなおもペレアスは強請るように叫び、腸壁もまたその言葉の通り熱く、積極的に絡みついて来た。
それに煽られるように、ツイハークの腰の動きも徐々に容赦がなくなってきたが、それでも、捨てたと思っていても尚ツイハークの中に僅かに理性が存在するのか、ペレアスが望むように乱暴に、無茶苦茶にというわけにはいかなかった。酷く乱暴に暴かれ、犯された記憶が根強くあるペレアスに、無体を強いたくはない。やさしく、愛したい。それは、ツイハークが全身全霊を持ってでも示したいものでもあった。
「んっ、あはアッ、あっ、あっ、アッ」
それでも、そんな僅かに残っているツイハークの理性に揺さぶりをかけるように、ペレアスもまた淫らな声で鳴き、熱の楔を望むように腰を揺さぶるのだ。抱きしめた腰から手を上体に移動して胸元を弄り膨らんだ乳首をきゅっと摘めば、きゅっと中が収縮し更に熱い欲を誘う。
「はァっ、んっ、乳首ァ!アァアっ、やめ、やっ」
「……ナカは、ずいぶん喜んでいるみたいだな……?」
熟れた乳首を刺激するたびに切なげに締め付けてくる肉が、熱い。このまま欲を中に散らしてしまいそうになるのを、ツイハークは懸命に抑えた。
「や、そんな、そんなこと、言わな、ア……ッ!」
淫紋の影響なのか、以前に抱いたときよりも胸というよりか乳輪が膨らみ、乳首も大きくなっている気がしなくもない。ぷっくり立ち上がった乳首を指先で弄れば以前よりも反応が大きく、締め付ける反応も顕著に思えた。
「も、っと、もっと、強く、強くッ」
「ペレアス……なんだか、前よりもずっと……」
ずっと素直でかわいらしい、そう告げようとしたがいささか口にするのは恥ずかしくなり、かわりに背後から汗に塗れた項に噛む様な口付けを何度も何度も落とす。
「や、胸だけじゃなく……ナカに、君の、ほし、……ンァッ」
「ペレアス……いい、のか?」
予めそう告げていて、自らも意を決しているにも関わらず、やはり負担になるのはペレアスなのだという思いから、ついツイハークはたずねてしまう。
「……ツイ、ハ、……ク?」
覚束ない子供のように振り向きながら首を傾げるペレアスは己の言葉を忘れているのだろうか、らしくはない幼い仕草はそれほどまでに理性が飛んでいるのだろうか、それでも思わず問うてしまうのがツイハークの性質なのだ。そんな己の臆病さに内心で苦笑しながら、ツイハークは首を振ってほとんど蕩けているペレアスに背後からキスをして、改めて腰を掴むと抽出の速度を速めた。
「ア、あ、あ、アッ、イ、イイッ、ツイハ、く、ん、あぁっ、あっ、アッ」
パン、パン、と乱暴に肉がぶつかりあう音が重なり、少しずつ加速して行く。ツイハークは再びペレアスの腰を離さぬよう強く掴み、動きを早めた。都度あがるペレアスの声は完全に甘くとろけるような嬌声になり、お陰で熱にも拍車がかかる。そして高まる熱と欲の末に、その胎内に欲望を全て吐き出した。
「すまない……ペレアス、まだ、……君が、……欲しいんだ」
たっぷりとその中に欲を注いでも尚、ツイハークの欲は鎮まる気配はなかった。熱く蕩けた肌に触れてしまえば即熱を持ち、犯したいという思考で頭がいっぱいになってしまう。
恥じ入るようにそう告げて肩口に口付けを落とせば、ペレアスはといえば全身で息をしながらも、にこりと微笑むと小さく頷くいてみせた。その僅かな身体の動きに、後穴からとろりと白濁が零れ落ちる。その様があまりにも淫らで、ツイハークは間髪置かずにもう一度その身体を抱え込み、欲を打ち込んだ。
それから、何度その身体に欲望を注ぎ込んだのか。もっと、もっと、とうわごとのようにペレアスは繰り返し、都度誘うように腰を動かし、或いは汗にまみれた肢体すべてでツイハークを奮い立たせてきた。久しぶりであるということを差し引いてもペレアスはツイハークの想像以上に積極的で、本当にこのまま子を孕むのではないかと思えるほどに、ツイハークもまた己の精をペレアスの中に注ぎ込む。ほとんど理性など飛んでしまった時分には、もう互いに言葉もなく、ひたすらにお互いを貪り味わう行為に耽っていた。
「ペレアス……大丈夫か?」
しっとりと濡れた髪を指先に絡めながら、ツイハークは小さな声でうかがう。互いに同意だとはいえ、だいぶ無体を強いてしまった自覚はあった。
「ん、……つい、は……く……」
たどたどしい口調とすっかりと掠れてしまった声は、けれどもしっかりとツイハークの問いに応え、胸元に頬を寄せて僅かに頷いた。
その素直なさまがあまりにもいとおしく、ツイハークは腕に抱えているペレアスの頭を抱き寄せて、乱れ切った髪に口付けを落とす。
「……愛している。誰よりも、今まで君が知る、誰よりもね」
「……ん、……」
声がうまく出ないのだろう、けれども懸命にはくはくと口を動かそうとして、声が出ずに少しばかり悲しげに笑うさまを見て、ツイハークもだいたい彼が何を言いたいのかを察した。
「ああ、もう、離さない。そばにいてほしい。君となら、どこにでもいける。だから、共に、生きよう……」
具体的にどうするか、そういうことは今は考えられない。
けれどもこの腕の中にある、あまりにもいとおしい温もりは確かに存在していて、ツイハークの言葉を喜んで受け入れてくれるようになったのだ。ツイハークもまた少しばかり感極まり、喉を鳴らす。ここで涙を見せてしまうのはあまりにも情けないので必死に堪えるように、そのいとしさをしっかりと確かめるように、ツイハークは合わせている肌を強く、抱きしめた。