※こちらのテキストには成人向け性的暴力表現/軽度の肉体改造描写があります。ご注意ください
ことの始まりは、あの夜だ。
あの夜、あの時、あの場所に、どうして自分が居合わせてしまったのか。半ば後悔し、残り半分に関してはサザ自身よくわからない感情と感覚に満たされるので説明のしようがない。ともかくも、あの満月でやたらと明るかったあの晩、たまたま自分が居合わせてしまったことが不幸だったのかどうなのかすらも、判断が出来ないでいた。
何かよくない予感がするから、城の様子を見てきてほしい、とポツリとミカヤが零したのは、秋も深まった頃だろうか――暁の団は、それぞれが己の得意とする領域において復興作業に勤しんでおり、なかなか皆そろって顔を合わせるということもなかった。
その晩は偶然下町でばったりと出会ったノイスと一緒に、近況報告がてら三人で夕食を共にした。サザやミカヤたちとは別に、城にもよく顔を出していたノイスが渋い顔をしながらひとこと「最近どうもきな臭くてなあ」とボヤき、ミカヤが不安げな表情で詳細を問うものの、きな臭い、と感じる具体的な原因はないのだが、と言いながらノイスは続けた。人の出入りが妙に激しく、大量の武具が買い付けられている。まるでこれから戦争でもするようだ、と。しかも今の王宮にそこまでの金銭的余裕はないはずだ、とも言っていた。確かにノイスらしい意見だなとその時は思ったが、まさか復興の只中のこの国が戦争をするなんてことは、誰も想像しなかったから、その話はそれでおしまいになるはずだった。
ところが、ノイスと別れ家路につく途中で、ミカヤが冒頭の言葉を漏らしたのだ。今ではネヴァサで名も顔も知られている「銀の髪の乙女」では目立ちすぎる、ともミカヤはいっていたが、そもそもそういった潜入めいたことはサザの方が得手で、それにミカヤが城に近づくと妙な予感とともに息苦しくなると以前から言っていたこともあって、ならばとサザはその晩、城に潜入することにしたのだ。
街の外郭部と内部を区切る大門は夜半過ぎたこの刻限であるから当然閉じられている。
見張りは門に二人と城壁の上に全部で六人、これはデイン軍所属でもある暁の団であれば知っていて当然の情報だ。もっとも、馬鹿正直に門を開けてくれというつもりはなかった――暁の団所属であるサザの顔は、軍部である程度知られてはいたし「何かあれば名前を出してよい」と将軍であるタウロニオ直々に言われてはいたものの、かえって面倒なことになるのは目に見えていた。そうでなくとも、ノイスが言うような「きな臭さ」はサザも感じていた――大陸東部の交通の要所でもあるネヴァサであれば当然商人や旅人の出入りも多くなり様々なうわさが飛び交うものだが、ひとりふたりといった少人数の旅人の数が明らかに減っていた。かわりに商隊や傭兵と思しき連中が増えており、街全体の空気がどこかピリピリしていて、それゆえか夜間の巡回や警備は厳しくなっているのだ。いまやデイン軍副官でもあるミカヤの身内がこんな刻限に城に用事といえば、火急の事態と判断されかねない。「ただ様子を見てきてほしい」というミカヤの要求にそれでは反してしまうのだ。
そして今、サザはネヴァサ中に―ー正確にはおそらく大陸東部・デイン国内中に張り巡らされている地下通路を進んでいた。暁の団として単独で活動していた頃は大いに活用したこの通路だが、城内にも通じていると知ったのは、ここ最近だった。この地下通路そのものがデインの水脈ともつながっているため非常に足場が悪く、かつ複雑な構造ゆえにベグニオン駐屯軍はその存在を知りながらも殆ど有効利用することはなかった。
さすがにこの地下通路まで兵を配備する余力は今のデイン軍にはないようで、王城に近づいても足場が多少よくなる程度で人の気配はまるでない。不規則に灯されている魔道の灯りと記憶している地形を照らし合わせれば方角は合っているが、ここまで何もないと逆に不安を覚えなくもなかった。
やがて、足元を流れている水路があからさまに深くなる箇所にたどり着く。この水路はネヴァサ山脈の水源に直結しているから、つまりは王城に近づいているという証拠でもあった。そして、水かさが増した地点から暫く進めば城の内部に入り込める。入り込んだその瞬間に見回りの兵と鉢合わせすることのないよう祈りながら、サザは暗がりを進んでいった。
(中略)
「ほほう、なるほど副議長どのの仰られることはわかります、これは、一晩で将校ひとりを養えるような額が飛ぶ高級娼婦の価値がありますな……実に、……実に、巧みな舌使いだ……」
「その程度で、驚かれては、困ります、な……、こちらも相当な名器ですから」
小刻みに肉と肉同士がぶつかりあう音に、粘着質な水音が混ざる。
荒い吐息と欲に紅潮しにやにやと笑う下品な顔は、ああ、片方はどこかで見た顔だ。あれはたぶん戴冠式だ。
袈裟と長衣、それから指に嵌めた聖印もそのままに下半身を突き出すように動かしているのは、ベグニオン元老院副議長ルカン。なぜベグニオンの要人がこの時間、こんな場所に。そしてもう片方の、枯れ木みたいにやせ細っているくせに、むき出しの下半身と屹立する男根だけはやけに立派な老人はサザの知らない顔だったが、両者ともそれぞれ欲にまみれきった顔をしていた――部屋の奥、大きくとられた窓から入り込んでくる異様に明るい月の光のせいで、その見たくもない表情までもがサザの目にくっきりと写っていた。
そしてふたりの老人の男根を前と後ろで銜え込み、ろくに筋肉もついていない白い裸体を曝しながらうめき声とも嬌声ともつかぬ声を漏らしているのは、現国王ペレアス、その人だった。
先日戴冠したばかりの、国の希望を一身に背負っているその若き王が、ベグニオン要人である男どもに犯されている。
目の前で繰り広げられている光景を端的に言ってしまえば、そのようになる。
けれども、状況がまったく飲み込めない。理解しようという気がまったく起きないかわりに、異様な、悪い意味で記憶に残りそうなそれを、見たくはないと思いながらも、目を離すことができなかった。人間は異様な光景を目にした瞬間に、それに釘付けになってしまう――そういう話を聞いたことがあったのを、他人事のように思い出した。
痩せた体格にしては奇妙なほどに大きな肉棒を口に含み、成人男性にしては細い両の手でたどたどしさすら漂わせながら扱く一方、ガドゥス公のモノに何度も何度もえぐられ、乱暴に突き上げられてがくがくと腰が揺れている。
顔は既に老人の精を何度か吐き出されたのか白濁にまみれ、両の目はどこか胡乱で、時折垣間見える舌の根と唇がやけに紅く艶めいていて、明るすぎる月の光に照らされてまるで別の生き物のようにうごめく。白い肌全体はそこかしこが紅潮し、流れ落ちる汗や体液とここまで漂ってくる老人たちの精の強烈過ぎる臭いもあいまって、同性に欲を抱いたことのないサザですら思わず生唾を飲み込んでしまうほどに、本能と、欲を掻き立てるような淫靡さを全身にまとっていた。
「正直、これは、拾い物です、な……ガドゥス公……ウッ!」
老人が、びくびくと下半身を震わせて痙攣する。ペレアスの口腔内に精を吐き出したのか、受け止め切れなかったらしき白濁が口の端から零れ落ちた。
やや遅れて、ルカンの抽出が激しくなり、ペレアスの腰を掴む両の手に力が込められたかと思いきや、こちらもでっぷりとした腹肉を振るわせて精を吐き出したようだ。
だが、ふたりの老人の欲はそれで納まるようなものではなかった。一度精を放っても――あるいは、ペレアスの様子から察するに既に何度か精を吐き出していたのか、彼らの男根は衰えということを知らないのか、ルカンは肉棒を引き抜くことなく再び腰を動かしだし、一方の老人は何か言いたげだったが結局物申すこともなく、今度は勃起しかけているモノをペレアスの顔に押し付け、髪の毛に絡めるように動かしだした。
肝心のペレアスはといえば老人の意図を察したように、どこか事務的に老人の肉棒を片手で掴み、ひどく時間をかけてていねいに愛撫するように触れ、じっくりと舐めとるかのように舌を這わせている。
「もう一度出したら交代しましょうか、ヘッツェル殿」
にやりと下衆な笑みを浮かべ、舌なめずりをしながらルカンがささやくと、図星であったのか老人が一瞬ルカンを凝視し、やがて恥じ入るように「出来れば、お願いしたいものです」と囁いた。その弱気な態度とは裏腹に猛っている男根は再び硬さと太さを増し、両手でペレアスの頭を掴み乱暴に揺さぶる。
「その、男娼は久しぶりでして……今宵のことは、楽しみにしていたので」
「はっはっは、ヘッツェル殿は好きモノですからなあ!いえ、よいでしょう、元よりお誘いしたのは私めですから。存分に堪能して頂かねば」
「しかし、北方デイン人というのはほんとうに肌が白い……それにこの瞳は、まるで深海のように美しい。少年愛者を満足させることは無理な年齢でしょうが、この顔と技術と順応さ、男娼として正式に買取り稼がせれば、いっぱしのモノになりましょうなあ」
「貴殿のそういう抜け目のなさは、嫌いではありませんぞ。それにコレには少々特殊な術を先日施しましてな……」
「ほほう、それは楽しみです」
「何度犯したところで女のように孕む身体ではない、無限に欲を注げる玩具を本国で作ろうとすればあらゆる意味で面倒ですが、ここはベグニオンではありません」
(中略)
また欲を覚えた。初めは、だいたい十日おきだったように記憶している。それが、日を追うごとに間隔が短くなった。一週間、五日、四日、このごろは三日おきだ。サザはもともと性欲がそこまで強いわけではなかった。精通は早めだったが、想いを寄せる異性が多くはなかったこと、もっとも身近な異性であるミカヤを性欲の対象とは当然ながら認識できるわけもなく、ミカヤが傍にいるからこそサザは異性というものに特に強い興味を抱くことはなかった。彼女を性欲の対象とはしていないにも関わらず、だ。そして、常にミカヤに付き従う少年に、敢えて色目を使うのはせいぜいが商売女くらいのものだ。幸か不幸か、サザは人並みに欲はあるが、それを誰かに強く向けるという経験に乏しかった。
童貞ではない。時々衝動的に異性を抱くこともあった――その殆どが知り合いの娼婦で、彼女たちはサザのそういう「特性」を理解している女たちであったけれども。
それが、あの夜を境に決定的に変わってしまった。そもそも、自分の中の性欲がここまであからさまに反応を示したのも、初めてだった。生まれて初めて異性の外性器を見たときの興奮と同等か、それ以上の刺激が、良くも悪くもあの白い月が煌々と照らし出していた光景には、確かに存在していた。そして、強烈過ぎた刺激が未だサザの頭の中でその存在を繰り返し主張して、そしてより強いものを、より強い刺激を欲するのだ。
まるで怪物のような凶暴な欲は、何度抑えようとしても抑え切れなかった。
だから、その怪物が暴れだす夜は、決まってサザは住処を抜け出した。ミカヤにはギルドの会合だとか仕事だとか都度適当に誤魔化してはいたものの、彼女はそれが嘘だということはわかっているのだろう。けれども、ミカヤはサザの行動を黙認してくれた。
怪物と向き合う場所は、決まっていた。
サザが昔から好んでいた、ネヴァサの城壁の北端だ。そこは、街道に面していることもなく、場所によっては手の届く距離にネヴァサ山脈の岩肌があるために兵の巡回コースから外れている場所だった。ミカヤと出会う前からサザが密かに隠れ家と別称しているそこは、おざなりに用途に困った物資が時折投げ込まれる小さな塔がある。この城壁が作られてから、間違いなく一度も手を入れられていないであろう古びた石造りで、窓は半ば崩れていた。夜間、この場所に松明が焚かれているのは稀で、一度焚かれると松明が尽きるまで放置されていた。
そういう場所だったから、孤児が逃げ隠れする、あるいは雨風を凌ぐには最適の場所だった。
小さな塔に入り込み、半分壊れている閂を無理やりにはめればちょっとした密室の出来上がりだ。
冷たい壁に背を持たれかけ座り込んで、サザは事務的に欲を処理した。一昨日この場所に来たときは、月明かりがなかった。今日は、小雨が降っている。
思い浮かべるのは、いつものあの顔。いつものあの裸体と、いつもの声。その顔が、腕が、声が、サザに向かう。名を呼ぶ。すっかりと欲にまみれて、惜しみもなく裸体をさらけ出して、こちらへと、甘くささやく。そしてサザはその身体をいつだって強引に、有無をいわせることなく貫き、犯した。何度も、何度も、精を吐き出した。もう全て尽きてしまえといわんばかりに、その全身にぶちまけた。
さあさあときこえる静かな冷たい音を耳に流し、身体を冷やす空気の中で、脚の間で屹立している忌々しい熱を解く作業に、サザは没頭していった。
大陸全土を巻き込んだ大きな戦が終結して、各国それぞれが新しい道を歩みだし、三年を数えた頃だ。サザも義姉のミカヤが事実上デインの女王となり、それに準じた地位に着かざるを得なくなった。もっとも本人が一番要職という立場を望んではおらず、また義弟の性格をよくわかっているミカヤの要望もあり、立場的には高官といえるものの事実ほぼ飾りである役職に就けられた。だからつまり、サザには仕事らしい仕事というものが存在してはいなかった。
もっとも、この三年ただふらふらと遊んでいたわけではなく、もともと諜報活動に秀でていたこともあり、各国への繋ぎや交渉といった場面で働く機会は多かった。
そして、これも妙なめぐり合わせではあるのだが、あのペレアスも同様だったのだ。もっともこちらは公的に外交官という立場であり、特に鳥翼連合の要人と誼を通じていたこともあって頻繁にセリノスやベグニオンに滞在していたから、仕事を共にするということは殆どなかった。
結局その後王位を退いたペレアスではあったものの、既存の貴族や要人らと市民の後押しもあり役職に就くことになり、また国のために身を粉にするという当人の要望もあって、傍目から見ても彼はよく働いていた。いつ寝食しているのか、従士ですら把握していないほどに、極端なまでに。そういう情報を耳にする機会は多かったから、いつのまにかサザはペレアスの動向を常に探るようになっていた。
そして、それとは別にあの頃から密やかに抱き続けていた欲も、変わらずに、確かに、腹の底に淀み続けていた。まるでどろどろとした吐瀉物も毒も腐敗物も混ざり合った泥は、日々少しずつ、堆積していっていた。
(中略)
松明の灯りに照らされる、紅潮のはっきりとわかる白い頬と、アルコールの影響なのか潤んだようにすら見える瞳と、半ば開かれている唇からちらりと垣間見える紅い舌。
ああ、食らいたい。
ぜんぶ、食べてしまいたい。
中に、吐き出したい。
怪物が、拘束されていたばけものが、サザの中でおぞましく咆哮を上げて暴れだす。獲物を、見つけた。ばけものは、暗い悦びに全身を震わせた。
無理矢理に犯したらどうなるだろう。
どんな声をあげるだろう。
拒絶するのか、それともあの晩のように男の欲をひたすらに掻き立て刺激するような仕草と表情をするのだろうか。醜く脈打つばけものを見せ付けたら、それをどうするのだろう。黙って食われるか、あるいは逆に食うのか。想像するだけで、ぞくぞくと、言葉にならない快楽がサザの背中を上ってゆき、思考が痺れてあいまいになってゆく。
妄想で何度も、数え切れないほど何度も犯した唇は、まるでサザの欲を誘うかのように濡れている。
なんて、うまそうな色をしているんだろう。
「サザ、君は……」
言葉は、続かなかった。
続けさせなかった。サザは無言でペレアスに歩み寄ると、塔の中へとその手を強引に引いて連れ込み、扉を閉めて閂を閉める。そして力任せに肩と腰を抱き寄せてその唇に食らいついた。
恍惚に、おぞましいほどに全身が湧いた、なんて、あまい。
現実で初めて味わう甘美な果実の感触はたいそう柔らかくて、あまく、しっとりと濡れていた。熱の赴くままに舌を割り入れようとすると困惑したように一瞬拒絶されるが、やがてそれも緩み、やすやすと侵入を許す。唇を、唇の裏側を吸い、じっくり舐めてから、いよいよ口腔内をまさぐると、躊躇いがちに舌先が熱いものに触れた。
契機を見つけたサザが容赦なくそこに舌を絡めると、淡い息のような声が漏れて、やがて舌同士が絡みだす。初めて抱いた腰は想像以上に細く、これが同性のものなのかと思えるほどに頼りなかった。そのまま抱き寄せて下半身の猛る熱を押し付けると、流石に困惑したかのようにかき抱いた身体がビクリと震える。けれどもそれにかまうことなく、手は腰から少しずつ下をまさぐり始め、舌は相変わらず淫らな音を立てながら唇と口腔内を繰り返し、蹂躙した。
ああ、嗚呼、なんて甘美で、淫らで、熱いのか。
あつくて、そこからとろけてしまいそうになる。そこからとろけて、どろどろにまじわって、ひとつになる。
もっと熱を、もっと奥をと欲するサザの貪欲な口付けに、控えめではあるものの拒むことなくペレアスは応じる。やがて絡み合う舌先は互いに先を争うようになり、角度を変えて何度も交わる。口端から零れ落ちる、どちらのものともつかない唾液を零すことも許さないというように、サザはそれを舐め取り、もう一度唇を嘗め回した。既に下着には収まらないほどに勃起している性器をぐいぐいと太ももに押し付けながら、ペレアスの背を石壁に押し付けると、開け放しの窓から冷たい風が吹きつけた。風に煽られて、普段よりは若干緩められていたペレアスの首元があらわになる。
普段露出しないおかげで生来の白さがそのままの首筋は、まるで新雪のようにうつくしかった。あまりのうつくしさに、眩暈がした。これを、今から犯せるのだという昏い悦びに打ち震えるのは、自分の中の怪物なのか自分自身なのかもわからなかった。目の前のしろい肌は、蹂躙されることを待っているかのようだった。
ここに、あの、老人どもは何度も何度も食いついたのだ。何度も。そしてサザも妄想の中で繰り返し食いつき、噛み付き、舐めて犯した肌だ。それが今目の前に、現実に、曝されている。
「ァ、……んっ、サ、ザ……ァッ」
サザが文字通り噛み付くと、ペレアスは甘い声を漏らした――嫌がるように首をゆるく振るものの、その両腕はサザの両肩に申し訳程度に添えられているだけだ。そして拒絶するどころか、サザが噛み付く度に身をよじり、色のついた吐息と嬌声を漏らす。ひどい毒だ、まったく、これは、甘すぎる猛毒だ。暴きたい、そして、犯したい。ひどく単純でわかりやすい本能に支配されたサザは、中途半端に露わになっている肌をもっと味わいたくなり、ペレアスの衣服に手をかけた。重ねられている衣服を手際よく暴いてゆき、その柔肌を外気に曝す。
壁に据え付けられている松明に照らされた白い肌は、過去の蹂躙の痕をそのままに残していた。
具体的には胸元と鎖骨付近に特に多かったが、小さな傷跡や火傷痕のようなものが無数にあり、地肌が白い分爛れた箇所が痛々しく、そしてまるで浮かび上がるように紅潮している傷跡は鼓動に合わせて色を変え、あまりに扇情的だ。外気に曝されたからなのか、他の理由があるのかはわからないが衣服を寛げたぎりぎりの部分で存在を主張している乳首は、まるで女のそれのように勃起していてどこか痛々しかったが、甘い芳醇な果実のようにサザを誘っている。迷わずに、そこにしゃぶりついた。
「だ、……だ、めだ……そ、アア…ッ」
薄い胸板に不釣合いなほどに弾力と存在感を持った乳首を口に含んだ瞬間、堪えきれないと言わんばかりの、今までの押し殺したものとは別の、高い嬌声がペレアスの口から漏れた。続けざま全身が緊張し、ふるりと身体を震わせながら無意識にサザのほうへと身体を寄せてくる。
「や、あ、……」
「今のでイったのか……」
呆れ半分、嬉しさが半分といった心地で快楽にまどろんでいるまなざしに向けて低い声で呟けば、声に反応して我を取り戻したのか、恥らうようにペレアスの目が逸らされ、羞恥に目元がいっそう紅潮した。瞬間、頭を直接鈍器で殴られたような衝撃が走る。
そんな反応をされて、黙っていられるわけがなかった。
(中略)
サザの精液に顔中に塗れてその余韻と快楽と臭いに惚けているペレアスの肩を抑えると、いよいよサザは本能の赴くままに、最後の目的を果たそうと手をのばした。
ところが、それに気づいたペレアスは再び、いっそう強い拒絶をしめした。強引に身体を捩り、前を隠す。これまで、サザが想像していた以上に積極的な行動をしていたくせに、どうしてなのか。冷静であればそう考えたかもしれなかったが、いかんせん今のサザに理性はほとんど残ってなどいない。そして、思い通りに、欲望のとおりに動かない、許してはくれないペレアスに、怪物は憤りを覚えた。どうせ何度も犯されているのに、どうして今は、だめなのだ。あんな老人たちの、汚くておぞましい性器をくわえこんでいたくせに、俺はだめなのか。理不尽な怒りに支配されたサザは、ペレアスの明らかに本気の拒絶を、体格差で強引に捻じ伏せた。身長こそペレアスの方が高かったものの、膂力では比べ物にはならなかった。
なおも抵抗するようにもがくペレアスの下肢を自らの両足で抑えこみ、衣服を一気に剥ぎ取る。悲鳴があがった――甘い媚薬の嬌声ではない、ほんものの、絶望したかのような。
そこで、視線を下ろした先で、サザはペレアスがこうも抵抗してみせた理由を、目の当たりにした。
そこには、あるべきものが、存在していなかったのだ。
否、存在していないというのは、正しくなかった。外性器自体は、確かに在る。ただし、まるで子供の、年端もゆかぬような幼子のような、きれいな肉の色をしたそれは、存在しているだけだった。何よりも本来ならばあるはずの陰嚢がない。半陰陽、という言葉が脳裏を過ぎった。まれに生まれてくるという知識だけはあった。だが、それにしても精巣が存在していないということは、つまりは子種が存在していないということになる。この身体は、自らの命を次に繋ぐ機能がないということだ。
下腹部にあたる箇所には、どこかで見たような不自然な印が明滅している。肉体の働きとは明らかにことなるそれは、他者の存在をうかがわせた――つまりは、何者かが、意図的に、ペレアスの身体に、何らかの術を施したということだ。
絶句するサザを、今までの高揚が嘘のように、絶望に打ちひしがれた冷たい表情でペレアスが見上げてくる。あれほど火照り紅かった唇はすっかりと蒼白で、濃紺の瞳は光を失っていた。
「君にだけは……知られたく、なかった」
絶望のため息とともに、力なく視線がはずれ、一瞬脱力したサザの拘束から逃れた腕で目元を覆い隠した。
だったらなぜ。
だったらなぜ、こんな、誘うような真似をしたんだ。告げたかった身勝手な言葉は、入り込んできた冷たい空気に呑み込まれてしまった。
(中略)
結局何度交わったのか、数えるのも億劫になるほどに、サザはペレアスの中に、薄い腹にと胸に、口の中に、指と手のひらに、あらゆるところに精を吐き出した。
サザが理性を取り戻したのは東の空が白んでくる頃で、最後のほうは互いに声もあげることなく、ただただ交わりを繰り返すだけになっていた。だが、それでもサザの欲望は尽きなかった。そしてペレアスの身体はサザが熱を取り戻すたびにそれに応えた。
意識があるのかすらわからないのに、唇を寄せれば口付けを返し、肌に触れれば反応を示す。サザの欲を受け止める瞬間に反応し、既に枯れた喉から淡い吐息を堪えきれないというように吐き出し、サザに縋りついてくる。
その都度押し付けられる体温がひどくいとおしく、そして壊れ物のようで、欲望の赴くままに犯しながらも、サザはその肢体をその都度慈しむように愛撫し、熱を交わした。身体を合わせるということが、こんなにも満たされるものだとは思わなかった。精も根も尽き果てる程に抱きつくした疲労で身体はひどく重たかったが、心は満たされていた。何度夢見たかわからない相手をようやく自分のものにできたのだ、という達成感が、サザの思考を麻痺させていたのだ。
けれども、必ず、夢の終わりは訪れる。
ふわふわとした非現実的な時間は、東の空に太陽がいよいよ顔を出す頃に、唐突に終わりを告げた。
(後略)
*こちらは2017年10月発行同人誌[そしてまた君に、キスをする]サンプルになります。