7 kisses/唇以外に

 きらめく刃とゆれる銀糸が、同じ色で視界の中、美しく弧を描く。
 重なる金属音は胃の腑を締め付けるようだ、とペレアスは思った。それでも、眼前で戦っている剣士の動きは美しいとも感じる。
 不規則に、けれどもまるで優雅にワルツでも踊るような動きだ。ただしその手に抱くのは女の細腰ではなく、"敵"を切り刻む冷たい刃で、相対するのは貴族令嬢ではなく女神アスタルテの尖兵だ。
 肉を断つ、くぐもった、鈍い音。金属のこすれる耳障りな音。そして、何度目かのきらめき。断末魔の咆哮、それに続くのは金属と質量が地に倒れ伏す、重たい響きだった。
 周囲の様子を確認するや、弾かれたようにペレアスはその場から駆け出す。その足音を認めた傭兵男が疲労の色濃い顔をあげ、微笑もうとした。

「ツイハーク!!」

 だが、敵わずに膝をつきながら、柔和なそれが一瞬、苦悶の表情を浮かべる。
 とたん、冷たい悪寒が背筋を走り、胸の奥がぎゅっと縮こまる。動機と、それから苦しさを振り払うように駆け寄れば、ツイハークの足元、踏みしだかれた雪の上には、じわりと赤黒いものが滲んでいた。

「少し、無茶だったようです」

 言い訳の声も擦れていれば、悪寒は更に強まる。恐怖にも近いものが一気に膨れ上がり、頭の中をかき乱す。

「怪我を…!」

 ひきつるような声をあげながら、ペレアスは予め携えていた聖杖を取り出し、それでも懸命に意識を集中させ、祈りを込めた。
 聖杖の宝玉が魔力に呼応し、その光は少しずつ強く、大きくなる。飽和した光はやがてツイハークの全身を一瞬だけ包み込み、消失した。

「ペレアス王、ありがとう、ございます」

 治療の最中は、静かにじっとこちらを見ていたツイハークは、立ち上がるや慇懃に礼をしてくる。が、態度とは裏腹に、その言葉は妙に軽い気がした。なんともない、というようなその取り澄ました表情も、妙に感情を刺激する――己でもわかるほど理不尽に、ペレアスは珍しく怒っていた。

「俺としたことが、かすり傷程度と油断して」
「無茶はしないと、言ったじゃないか…」

 気づけば、ツイハークの言い訳に、強く、口早な言葉を重ねる。彼は自分よりもずっと戦場には馴染んでいる。間違いなどあるはずもない。だのに、"らしからぬ"失態を見てしまえば、何故という疑問よりは不思議と怒りが勝つ――それは、彼だからかもしれない。現に今も、不思議な怒りはペレアスの中に静かに存在しているのだ。

「祈りには、限度がある。まして、僕は司祭ではない、だから」
「申し訳ありません、油断してました」

 けろりと悪びれずに言うどころか、今度はペレアスの腕を取り、引き寄せるのだ。

「けれど」

 そして至近距離の笑顔は、不思議なくらいに甘く穏やかだ。

「傷つき戦うのは、俺でいい」

 一転、真剣なまなざしでツイハークは告げてきた。そのあまりの態度と声の落差に、ペレアスの思考が停止する。

「戦うのは、俺たちの仕事です」

 また、そんなことを。ペレアスが再び静かな怒りを込めた言葉を口にする前に、傭兵男はあまりにもらしい所作でもって膝をつき、ペレアスの右手を取った。
 まるで、叙勲を待つ騎士か、或いは忠誠を誓う儀式のように。
 そして、芝居がかった動作で、取った右手の甲へ、口付けをする。
 何をしているのか、そういう言葉も出なかった。突然何をしているのか、どういうつもりなのか、疑問だけがペレアスの頭の中で繰り替えされたお陰で、続けて立ち上がったツイハークが、今度は肩へと腕を回し抱き寄せて、耳元へ素早く口付けられたことも、一瞬、理解していなかった。

「君を一人になどしない。俺は、死にませんよ」

 ゆるりと握られたままの右手と、淡く囁かれた耳元が熱くて、間近に感じられるツイハークの体温は、ひどく温かかった。

「けれど、そんな風に怒るところは初めて見ました。悪くは、ない」

 続く言葉など、明らかな口説き文句だ。もはや子供染みた感情をあらわにするのも、馬鹿馬鹿しい。すっかりと丸め込まれてしまった感情の行き場もなく、先ほどまでの理不尽な怒りも収まりきらず、ペレアスは眼を閉じて、唇を噛んだ。


*こちらは2016年12月発行同人誌[Je t'aime, j'aimais]に収録済です。通販はBOOTHをご利用ください。