つかず、はなれず。
はなれず、けれども、つかず。
何かあれば、必ず必死な顔で、それから手に杖を携えて、走って来てくれる。
どこでも。どこへでも。騎竜の動きについてこれる馬なんて、いないのに。ジルはくすりと笑った。
「ミスト」
ぽつりと、無意識にその名を口にしていた。可愛らしい、と思う。敵軍に投降したジルを、真っ先に歓迎してくれた少女。
悲しみを、けれども決して誰にも悟らせまいと、小さな努力を怠らない少女。
すぐ泣いて、すぐ笑って、すぐ怒る、幸せを振りまいてくれる少女。
「もうっ、ジルは歩くのはやいよ!」
少し後ろ。早春のこの季節に、ぴったりの幼さの残る声。
そうやって怒るのも可愛い。頬を膨らますミストの愛らしさに、ふっと心が軽くなる、それはきっと錯覚ではない。
「ごめんごめん」
きびすをかえして、笑いかければ、もう一度膨れっ面を拝む事になるんだけど。
それでも、この早春のクリミアの地を、恐れずに踏めたのはこの少女がいたからだ。
「あのねミスト」
両手にたくさんの食料品…ふさぎ込むミストを元気づけたくて町に出たのに、彼女ときたら買うものは補給物資ばかり。もう正式な軍隊となって久しいクリミア軍の為の正規の補給部隊は整えられている。いらぬ気遣い。彼女なりの、精神安定方法。
急に名前を呼ばれて、その場に立ち止まる。ミストを眺める両の目が、少しだけ哀し気に細められたことに、気がつかない少女ではない。
「……どうしたの?ジル?」
声色に労るような響き。ジルは首を横に振る。
「ううん」
眉をひそめるミスト。
「あのねミスト」
紅の髪が、早春の風を孕む。冷たくはないけれど、暖かくもない午後の風。ミストのやわらかい髪が、ゆっくりと空に遊んでいる。
「いつもそこに、いてくれるね」
にこりと、微笑んでいる自分を、ジルは少し誇らしく思えた。
そのことに、喜びを見いだせていた。