だから、僕を殺してくれ。
それを、笑みを浮かべて言うのかとサザは思った。勿論自業自得だ、当然だと言う思いはあった。むしろ、そうして然るべきであるとも。顔にありありとそれらの、侮蔑の感情を浮かべていたであろうサザに、ペレアスは「迷惑をかけたね」と一言、謝った。
だからますます、腹が立ったし、同時に不愉快で、ほんの少し悔しかった。言うべき言葉は思いつかず、死ぬなら勝手に死ねばいいと思う。サザが唯一失えないのはミカヤだけで、ミカヤさえ無事ならば他の事などは、どうなろうと一向に構いはしないのだ。そういう生き方をしてきていて、他の生き方を知らない。
まして、ペレアスは、サザに言わせてみればろくろくまともな王ではない、そもそも、玉座にあるに相応しい人物になど、思えない。
だからここで、この場で、無様に取り乱しわめきちらせばいいのだ。己の失態を部下におしつけ、言い訳がましく泣き叫べばいいのだ。すれば完全に、見切りをつけられる。
だがペレアスは動じてはいなかった。どころか、静かに、けれどもどこか嬉しげに「自分の命を棄てれば呪いは解ける」などと、言う。
何故だ?
何故、そんな風に自分を軽んじることが、できる?
サザの無言の問いかけに、ただ、ペレアスは頷くのだけだった。
ミカヤは頑にそれを拒んだ。当然だ、ミカヤにとってのペレアスとは、デインそのもの。彼女が一時の夢のようにデインという国に光を見いだしたそのきっかけが、ペレアスの存在だった。それを知っているのに、ミカヤに「殺してくれ」などと頼むのは、言語道断だった。隣に立ち、いまだ俯いているミカヤの気持ちは、痛い程によくわかる。サザは決してペレアスを好いてはいないが、彼女の心は手に取るようにわかった。
だから、サザは、動けなかった。
ミカヤが頑に拒み、ペレアスがタウロニオに厳しい言葉を告げ、将はそれを拒めるわけもなくーーミカヤがけれどもその身を呈して、王をまもった、その瞬間にも。
「……怒ってるのね」
「別に」
ミカヤは力なく微笑む。傷は、ローラの癒しの杖の力で塞がった。だが、それでも元来体力に優れないミカヤが、その状態で戦場に立つなど、本当は止めたかった。
それでも、こうと決めたならば頑固なミカヤを、サザは止められなかった。ミカヤの微笑みに、先ほどのペレアスの表情が重なる。サザは目を閉じ、頭を左右に振った。何を重ねているのか。何故、今。
命を捨てることを厭わずに、ただ、それを捨てることで償える、ということを喜んでいたのか。
それを、国のため、などと言う連中の言葉を、サザは信じられない。綺麗ごとで、ばかばかしいと思う。ひどく抽象的で、実感のない、意味のないものだ。
だがある意味、そういう言い方をするペレアスはどこか正しいのだ、ということも、最近は感じてはいた。王などという存在も、サザは理解する気はなかったが、嫌でも目に入ってくれば、そのうちなんとなくそういうものだと思えるようにはなる。
「希望を失うわけにはいかないの」
ミカヤが、誰とはなしに呟いた。思わずその瞳を凝視するが、ミカヤの目はサザを見てはいなかった。
「デインの希望は、私じゃない。私は導くだけ。道を、つくるだけ。その先を、示すだけ」
うっとりと、ミカヤは呟く。その視線をサザが追えば、鉛色の空から、白いものがちらほらと舞い降りてくる。
厳しい冬が来るのだ。顔を刺すように吹き抜けて行く風は、確かに冬の到来を告げている。
それでもミカヤの瞳は、強い光を帯びていた。
サザはもう一度頭を左右に振る。余計な思考を、余計なものを、頭の中から追い出したかった。
なぜ、よりによって、あの情けない王と姉の姿が重なるのだろう。
それはどこか、純粋な恐怖に似ていた。
*こちらは2016年12月発行同人誌[Je t'aime, j'aimais]に収録済です。通販はBOOTHをご利用ください。