じっと見つめてくるだけの眼差しに、気圧される。そう思ったことを、ペレアスは否定出来ない。だが、それは本当に一瞬の感覚だった。
「ああ、確かに、アシュナードを斃したのは、俺だ」
こともなげにそう言うが、その言葉や態度、何れにも、威圧するようなものなどは、片鱗も見当たらない。
ゆえにペレアスは己が未だデイン王である、ということを、すぐさま思い出す事が出来た。
「その時に、父は、なんと…」
「父」などというが、実際はまったく何の関係も無い赤の他人だ。だが、「アシュナード嫡子」であるはずのペレアスには、対外的に先君アシュナードは間違いなく、父という存在でなければならなかった。
「己の所業に何の疑いも無く、…満足して死んだな」
アイクの言葉は、この上なく簡潔だった。
ゆえに、ペレアスは真にそのようだったのだろう、と想像できた。タウロニオやジルから聞いている「アシュナード」という先代の王は、おおよそそのような事を望んでいた人物らしい、とは、ペレアス自身のアシュナード評でもある。
であるから、よもや「父王」が、国の未来に憂慮を抱き死んだなど、そのような言葉が聞けるなどとは当たり前だが思ってはいなかった。
けれど、納得しながらもどこかで落胆していた。
「…自ら国を、滅ぼすような野心を抱き」
ペレアスはそこで一度言葉を切り、目を閉じる。
まったく、理解しがたき行状だ。なにゆえ、そのような性急な手段で変革せしめようとしたのか。もし世の中の在り方自体に不満があるのなら、変えてゆけばよい。王という時に圧倒的独裁者になりうる立場ならば、可能なのだ。
アシュナードの望んだ、力なきものは等しく滅びよという世。それもまた、生まれながらに生くる道筋を定められる世の中ではないか。可能性があるように見える分、絶望するひとびとが多い分、不幸は増すのではないのか。安易に答えが導けるわけではない。だが、ペレアスはアシュナードの理想など、弱者である己には――例え己に力があった仮定しても、とうてい理解しえないものだ、と思った。
「満足し、死んだ。それが、デインという国を作り上げたものの、その末裔の、最期の、死だった、と」
「ああ」
「なんて…愚かな」小さく、吐き捨てるようにペレアスは呟く。アイクがそれを聞いたかどうかは、どうでもよかった。自身がとても聡明な王であったとは思わない。なしたことだけを見れば、アシュナードと大差などないだろう。だが、望んで自ら破滅を導く王など、ペレアスには理解出来なかった。人の営みを、喜んで破壊し、滅びの渦中に笑いながら死ぬなど、とてもではないが、したくもなかった。
「もう、いいのか」
忙しい、と言外に言うような素振りではなかった。むしろ、ここをあえて訪れた用向きは他にあるのではないか、とその表情は言っている。
なぜ、そのようなことまでこのアイクという青年はわかってしまうのだろう。初めて見えた時は、ひたすらに恐ろしい将だと思った。だが、あの時はペレアスは、頑なに己はデイン王だと思い込み、ゆえに、退くという発想すらしなかった。
ふと、表情を和らげたペレアスを、不審にも思ったアイクだが、あえてそれを問うことはなかった。
「ただ、確かめたかった。あれほどの求心力を持ち、死すとも民の心の拠り所となり得た、生来の強者であった……その父の、死の際を」
「そうか」
やはり、アイクは必要以上の事を問わなかった。あえて、何かを仄めかすような言い方をし、その反応を伺う。人を試すような真似を、一体何時自分が身に着けていたのかも、ペレアスは記憶していない。王という地位にそう長くいたわけではなかったが、そうならねばと願う一心から自ずと身についたものなのか。最早、どうでもよいことでもあった。
それでも、この男の、このぞんざい極まりない言葉遣いは、ひどく懐かしい。常に己のあり方を問い、問い続けてきていたペレアスにとっては、堅苦しくない言葉遣いは、かえって安堵を覚えるそれであった。
「言わなくともわかってるだろうが、明日は激戦だ。今のうちに十分休んでおくんだな。……顔色が、良くない」
どこまでも、ただ相手の立場を考慮し労わる言葉。アイクという将の本質が、垣間見えた気がする。
「アイク将軍、気遣いを、…感謝する」
ペレアスの言葉に、アイクは矢張り黙って頷くだけだった。