しろきひと

こちらは2017年2月発行同人誌[to tell a story-tell a tale]に収録済です。通販はBOOTHをご利用ください。

 心地よい感覚に身を委ねていた白鷺王子は、突如その平穏を乱すかのような空気に、苛立ちを露に美麗な羽を広げ、視界の端に認めた姿を忌々しいとばかりに睨みつける。そのセリノス王子の棘のような視線を知ってか知らずか、かの麗しき白鷺の苛立ちなどという稀有な感情を及び起こしている張本人・デイン王ペレアスは言葉少なに何かを猫の青年に語っていた。
 先にリュシオンの視線に気づいたのはガリアのライの方で、小さく肩をすくめ何かを囁くと、彼は足早に立ち去る。ちらと投げられた視線に、リュシオンの苛立ちは更に募ることとなった。
 まったく無粋にばさばさと、わざとらしい羽音と共にリュシオンは凍れる大地に足をつけると、ようやくその張本人がリュシオンの存在を認めた風である。リュシオンの柳眉がさらに歪んだ。

 「デイン王、話がしたい」

 傲慢不遜、という形容が正しいであろう荒い語気で、けれどもその流れる音のような言葉は実に流麗――声の主を振り仰ぎながらペレアスは違和感と不快感を隠しようがなかった。
 慣れる慣れないという以前に、そもそも存在そのものに嫌悪を自ずと抱いてしまう、半獣・ラグズという存在。理屈では納得し、一部とは言葉を交わし、信頼していると言える仲になろうとも、その感情をあらかた拭い去ることなどは出来ない。それは理屈ではないし、ベオクと似た姿かたちをしながら異質な存在というのは、だからこそ不気味だと思う。
 そういうラグズという存在の中でも、ベグニオンはセリノスの地にのみ生息していたという鷺の民というのは、特殊だと思う。知識的なものだけではなく、感覚としてそう理解している。
 虚勢を張ることも叶わなくる――だからこそ、ペレアスは殊更この鷺の王子であるリュシオンを意識して避け続けていた。にも関わらず、あのラフィエルに良く似ながらも異質な存在であるリュシオンは、けれどもどういうわけか積極的にペレアスに接触してくるのだ。
 リュシオンの背後、やや遅れてついてくるヤナフは、ペレアスに申し訳なさそうな表情をしていた。

「あなたは何故戦う。見たところ、あなたに戦うべき理由などは存在しないはずだ」

 唐突にぶつけられた言葉は、まるで心そのものを抉り取るように不快な響きと重苦しさをペレアスに与えた。
 リュシオンというその存在からして美麗なものを、忌々しげな眼差しで見ながらペレアスは言葉を探っていた。どのような虚言なども、意味はない。だが、王として在った経験は自ずとそのような真似をペレアスにさせるようになっていた。

「王とは、民のための責務を持つものです。何れに思惑があろうと、静寂に世界が包まれていようと、そのことに変わりなどはありません」
「命を代償に戦うことの根拠が、偽りであったとしても?」

 リュシオンの率直な言葉は、まぎれもなく刃だ。加えて眼差しの強さと言葉に篭るものがして、それは問いというよりは尋問じみたものに聞こえる。
 言葉を呑み込むペレアスに、リュシオンは沈黙することで猶予を与えてきた。きっかりと結ばれた唇に備わる意志の強さは、言い訳やごまかしをまったく許してはいない。
 「そのこと」を知っているのは、この第三部隊中では隊長であるティバーンのみのはずだった。なるほど鷹の王であれば、他国の王に対しても表面上は兎も角それなりの態度を保つことの出来る人物だった。豪放さ転じて傲慢さばかりが目立つが、決してそれだけの男ではない。ペレアスの真実を吐き捨てるように語った小男を、暴走と紙一重まで高めた魔力で根絶したその場所にいたのは、鷹王以外にはいなかった。あるいはこのヤナフと、それからウルキ、側近の両名は既知であるかもしれないが、無為な放言を好む輩には少なくとも思えない。口が軽いように見えるヤナフだが、余計なことは一切口にしないのだ。
 いずれの手段で聞き出したのか口を割らせたのかは兎も角、ペレアスにとっては至極迷惑な話だった。
 しかしこの場はどうにも切り抜けようがないようにも、思えた。あのガリアの側近は実に聡く気を遣う。この場合はどちらに気を遣ったのかは知れぬが、賢い選択を彼はしたのだ。リュシオンの癇癪ときたら、ティバーン程の剛の者でも手こずる有様だ。既に機嫌を損ねているであろうこの美しき民の王族を、更に無視などしようものならどうなるか、決して長い間共にいたわけではなくともペレアスは把握していた。
 虚勢も嘘も許されないのならば真実を吐くしかない。けれどもその真実は、全てである必要はない。

「僕に、ほかに理由などは、ないのです」
「あなたは、他に何も知らないというのか」
「白き鷺の王は、自らの民の為に呪歌を歌うことを第一の責務としておられると聞きます。同じことではありませんか」
「……知ったような口を」

「白の王子、いい加減お止め下さいって。どうせ、口じゃこのベオクには適わないって、わかりきってるじゃあないですか」

 見かねたのかはたまた呆れたのか、助け舟を出してきたヤナフにすら、リュシオンは一瞥もくれない。ペレアスその人から、納得の行く言葉を得るまでは、この王子はこの場を動かないに違いない。

「いいや、そういうことではない。私はただ、この者は」
「デイン王が呪術遣いだからですか?それともニンゲンらしい賢しい知恵を巡らせるからですか?まったく、ウチの王といい、そもそも興味があるなら素直にそう言えばいいだけなのに」
「馬鹿を言うなヤナフ!私はただ、この者が戦う覚悟があるのか、それを問うていただけだ!」
「はぁ?いや、そんなの、見りゃわかるっつーか」

 同意を求めるようにヤナフはペレアスを伺い、首を傾げた。見ればわかる、フェニキスの生粋の戦士にそういう言葉を言わせることが出来たということは嬉しく思えたが、だからといって目の前の問題が解決するわけでもない。ペレアスは、表情を動かさなかった。

「…お前は何もわかってはいない!」

 ヤナフの言葉を封じるように吐くリュシオンの語気は、苛立っている。小刻みに背の白翼を動かしているのは、その証拠だ。
 再びリュシオンが何かをいうべく口を開きかけたそこに、甲高い――切羽詰った女の声が届く。ペレアスの表情が一変し、その視線は声の方へと即座に向けられた。
 あの神経質で傲慢なデイン皇太后の我侭ぶりは、リュシオンのそれと同程度にティバーン隊での頭痛の種である。
「デイン王、俺たちに構わず行ってやれ。あの皇太后殿を黙らせられんのは、あんたしかいねぇしな」
 ヤナフの口ぶりと顔色は如何にもわかっている、と言わんばかりだ。ここ数日、確かに彼と言葉を交わした場面は多い。一度治癒術でその傷を癒した時から、彼はペレアスに興味本位でちょっかいを出すようになってきていた、という言い方が正しいかもしれない。

「申し訳ありません。この話は、いずれ」
 どちらかというとリュシオンにペレアスは断りをいれたつもりであったが、当の本人といえばわざとらしく視線をはずし、不機嫌そうな面持ちのままだ。

「悪ぃな、リュシオン王子は、ちょっとこう、面倒な性格っつーか」
「いいえ、僕らベオクがセリノスの住人に為した事を思えば、当然でしょう」
「巧妙に本心を隠す言葉をいくら取り繕ったところで、白の王子には無駄なんだがなぁ。ベオクてのも難儀なもんだ」

 リュシオンが二人の言葉に耳を傾けているのは、良くわかった。だからヤナフは苦笑いしたままなのだ。

「常に本心を曝け出すことが、すべからく物事を円滑に進めることになる」

 リュシオンのほっそりとした耳が、ぴくりと動く。はためく翼は落ち着いているようにも、見えた。ペレアスは言葉を続ける。母も心配なのだが、母の側にはクリミア女王が付いていてくれた。母もまた、エリンシアと共にいることで心が安らぐ事も多いようで、以前ならば間断なく息子の名を呼んでいたものが、ここ最近は収まっていた。

「そのような理想論こそ女神が望まれるものであるならば、セリノスの民はあのような森の中にのみ住まう必要などはなかったのです」

 リュシオンは、相変わらず視線は避けていた。けれども握り締めている拳が震えている。そういうことなどは、わかっているのだ。無言で白翼の王子は主張しているようだった。

「ですが、こうして僕たちが同じ場所に在ることが女神の導きであるというのなら、何れにせよ争いは起き、悲劇と憎悪に果てなどは、ないのかもしれません」

 ようやくにこちらを見た美しき双眸は、怒りに燃えているようにも見え、同時に深い悲しみと悔しさが滲み出ているものだった。強く唇をかみ締め、リュシオンは挑むようにペレアスを睨む。そういう態度を隠すわけでもないリュシオン王子に対する嫌悪感のようなものが、ペレアスの中で少しだけ薄れた。

「…あんたの本心を、初めて聞いたような気がするよ」

 ヤナフの皮肉めいた笑みにすらも、この若き王は素直に頷くそぶりをみせる。ヤナフは肩をすくめた。

「あぁ、ペレアス王、ここにいらっしゃったのですね!」

 具足の音を立てながら駆けてくる黒髪の女騎士ステラの声と姿を認め、ヤナフはペレアスに頷いてみせる。
 騎士の後に続いて駆け出すペレアスの背を眺めながら、ヤナフは頭をぐるりとめぐらせた。それよりも白の王子だ。
 実際リュシオンは、遠ざかる背をじっと睨み難しい顔をしたままだった。

「……諦めが悪いのは、今に始まったことじゃあないけどなあ」

 ヤナフの呟きに、リュシオンは反応しない。これはどうも本気だな。あんなとこを言われれば仕方ないか。あれほど痛烈に鷺の民の存在を批判したベオクというのは、ヤナフも久しぶりだった。だからティバーンも、あのデイン王には一目置いているのだ。

「けど、三人目は、今までとはタイプが全然違いますよ、王子」

 揶揄るようなヤナフにすら、リュシオンはしばらく答えなかった。ようやくリュシオンが口を開くまで、だいぶ呼吸を繰り返した。

「アイクやトパックのように、わかりやすい言葉が欲しいわけではない」
「…はぁ、まあ、…別に止める気も、ないんですけどね」
「お前の気遣いくらい気づかないと思っているのか。そういうことではない!」

 リュシオンの苛立ちは、暫く続くだろう。それでも、その苛立ちをリュシオンが持ったということは、鷺の生き残りとしてリュシオンが生きてゆく上ではいつか必要になることなのだ。鷺という、ラグズの中でも存在が異質でそして多くを語られない民の、最後の王族なのだ。それを見越してティバーンはリュシオンの好きにさせているのだろう。

「まったく、…面倒なことは全部、俺にやらせるんだからなぁ」

 ヤナフの疲れきった呟きを、リュシオンが咎めることはなかった。そうでなければ口にしていない。その面倒さを、ヤナフも億劫だとは思っていなかった。