私の一つの望みに至るワールド・エンド

*こちらは2009年6月発行同人誌[オーヴァーワールド]に加筆収録しており、オーヴァーワールド本文を収録した[Re: -FE暁デインサイド再録集-]通販はBOOTHをご利用ください。

 私に、世界なんていうものは必要ないのだ、と思っていた。
 私はひとりで、そして私はサザという存在を知っていた。それだけで、私の世界の果てはお仕舞いで、それでよいのだと思っていた。それくらい、私は、私とサザという二人だけの安寧を愛していたし、それが壊れることを恐れてもいた。心で語らうことなどは望まず、ただ、私を必要としてくれる小さな手が、いつだって私のそばにあることだけが、私のただひとつの望みだった。
 私の世界はそれで完結していた。歩いてゆけば、そこに見える世界の果て。それは、とてもささやかで、とても小さくて、やさしかった。だから、私はこのままでよいのだ、と思っていた。サザも、そうだった。一時離れていた私を、再び探し出した弟は、もう二度と離れない、そう言った。私を守るのだと言ったサザは、幼い少年ではなかった。だから、私にとってその言葉は、唯一無二のもの。
 けれども、変化というものは、ある日突然、傲慢に始まるもの。
 私は、私を知らなかった。私の心に落ちたもの、それがやがて私というひとつの存在を全て覆い、変えてしまうような、抗いがたい力持つものであったことを、知らなかったのだ。

 あなたとの出逢いは、まばゆい光だった。


 触れなければ、知らなければ。
 そういう無意味な過程を、繰り返し繰り返して、それでも私は想うことを止められなかった。あなたの言葉は、あまりにも無色で透明で、そして穏やかだった。
 はらりと、音もなく舞い降りる儚いもの。ただそれだけの、心の中にふと生じた、淡く儚い陽炎のような想い。
 最初は、そういうものがひとひら、私の心に落ちていただけだった。
 私に向けられるあなたの表情があまりにも優しかった。私に対する言葉も、態度も、微笑みも、私が望むものではないのだと知りながらも、私は心の中に淡く降り積もってゆく想いを、止めることも、否定することも出来なかった。
 あなたがくれる言葉は私が渇望するものなのに、あなたは私を見ているのに、私は、私の心をあなたに伝えることは出来ない。それは、あなたが私に向けるものが、慈愛に満ちながらも、決して私だけに向けられるものではないと、知ってしまっているから。私は、女神に与えられたこの不可思議な力を、恨んだ。恨みながら、あなたが決して言葉にしない想いを、私は密やかに知っている事を、どこかで喜んでいた。あなたが私の力を知っている、そういうことを、私は忘れていたのかもしれない。

 私の血の事を告げると、あなたはただ微笑んで頷いた。「そうかもしれないと思っていた」いつものように穏やかな声と表情で、あなたは頷くだけだった。
 ただ、それだけのことが、私にとっては女神の奇跡に等しいこと。あなたはそういうことを知って、そして私に手を差し伸べた。私の名前と、私の存在が必要だ。そういう言い方をした。
 全てのことを知りながら私は、あなたが差し伸べた手を取った。そしてあなたは私の手を取った。私の血の示すもの、呪われた紋様、それをあなたは綺麗なものなのだと言った。これは、女神が地上に示した最後の希望なのだと、言った。私にその意味はよくわからなかった。ただ、私は、この世界にもう一度生まれたのだ、そういうことだけを感じていた。

 私が暁の巫女という名を厭わなくなったのは、あなたのお陰。
 あなたは私に光と同時に生き方を教えてくれた。
 そして私は、世界を知った。それが、もう一度生まれたということなのだと思った。
 私は今まで、下ばかりを向いて歩いていた。怯えに身体を縮こまらせ、変化を恐れ、周囲の温もりを享受するにせよ感謝など、そう多くはしていなかった。サザとただ二人だけ、生きてゆければ、それでいいと思っていた。
 けれども、改めて見る世界というものは、驚くほどに広かった。驚きは、恐怖よりも喜びに満ちているものだ、と思えた。

 私の世界には当たり前のようにあなたがいた。あなたがいて、私が大切に思う人たちがいた。サザ、ノイス、エディ、レオナルド――私が見た夢を、現実なのだと信じてくれた人たちが、当たり前のように生きていた。彼らは、当然のように、私に笑みを向ける。私も、彼らに笑みを向けることが出来る。
 生きることに怯えることがなく、当たり前のように生きることの出来る世界。それが、正しい世界の姿なのだと、あなたは沢山の言葉を重ねることで、そして、目の当たりにさせてくれることで私に教えてくれた。

 だから私は自然に願うようになっていた。あなたが夢見る世界こそが、正しいものなのだと。
 ベオクもラグズも、印付きと呼ばれる人々も、皆同様に生きてゆく世界。それは別に、ひとつの国の中に実現しなくてもよい。その為に、国というものがある。そうして、多くの存在と思想が同居しながら、時に反目しあいながらも、それでも、生きてゆく。それが、当たり前の姿なのだと。
 そういうことも、あなたは多くの言葉で、態度で、私に教えてくれた。
 あの戦いの後も、何も知らなかった私に、ほんとうに沢山の言葉を、世界の姿を、あなたは教えてくれた。だから、私はあなたがデインというこの国に、あなたが何よりも愛する祖国に戻ってくる日を心待ちにするようになっていた。
 こうして、淡くゆっくりと、けれども確実に、重なり合うように想いは募っていった。最初のひとひらの儚さなどは、もうとっくに失せていた。
 理想を語る時こそ情熱に溢れるその目が、けれど言葉少なに己のことを語る時、悲しみに満ちていたことを、私は敢えて言うことはしなかった。それでも、その悲しみに少しだけ寄り添うことが出来るのならと願っていた。私の願いは、いつしか、あなたの傍に立ちたい、そんな些細なものまでを含んでしまっていた。
 私に、世界を与えてくれたひと。光差すほうに目を向ければ、自ら望むことで、道は開けるのだと。かつて己の運命を呪い、怯えたあなたはそこにはいなかった。私に言葉をくれたあなたは、私の知らないところで、たった独りで苦悩し、そしてとっくに自分の道を見つけてしまっていた。再び私の前に現れたあなたは、静かに佇む智者の面差しで、いっそう深まった物悲しい色で、私に向かって微笑んだ。私は、ただただ、その背中を追うことだけに、必死だった。
 そこに、光と奇跡をただ待つだけの、昔の私の姿はなかった。私はあなたという存在を願うことで、私の道を見つけていた。


 私の手をとり、けれども私の腕を、身体を抱くことをあなたは望まなかった。望みもしなかった。それでも、私を必要なのだという残酷なあなた。
 私は、あなたを愛していた。
 かけがえのない、ただひとりのひととして、私はあなたを愛していた。
 私はあなたの手をとり、あなたの腕を、身体を、抱きしめたかった。心に独り抱えた孤独と闇ごと、抱きしめたかった。私にくれた、重なり続けた淡く柔らかな言葉をくれたあなたを、ただ、愛したかった。
 けれど、あなたは、たったそれだけのことを許してはくれなかった。
 だから私は、あなたのたどる道を、あなたが夢見たものを追い続けるしかなかった。そこにある夢が現実なのだと、そういう確信を追うしかなかった。
 それでよいのだ、と常に自分に言い訳をしていた。すると、いつしかその想いが、私自身のものになっていた。
 私は決して強くはない。
 世界は、光と影で成り立つもの。だから決して、やさしいだけではない。けれども、光は必ずそこにある。多くのものを失い、それでもそう私に呟いたあなたは、あなたがいうほどに弱くはない。そして、私はあなたが言うほどに強くはない。
 弱さとは否定し拒絶するものではなく、寄り添い、認め、そしてそこから前に進むためのもの。そう教えてくれた人は、あなたしかいなかった。。
 だから、未だに記憶のなかのあなたの姿に縋る。記憶の中のあなたに抱きしめて欲しいと願う。願いながら、私はあなたの残した沢山の世界の断片の中で生きている。

 私の心は、あなたがいなくても生きていた。
 私は、生きていた。もう私は、周囲に怯えることなどはない。私は、私という存在を認め、私を慕う人々は私の存在を知っている。
 私が王になることを、誰よりも望んでくれたあなたが残してくれたもの。あなたが生涯をかけて慈しみ、育み、そして夢見ていたもの。
 私が、それを託されたということ。
 だから私はこれからも、生きてゆく。玉座を離れてもなお、あの王城も王都も、懐かしくそして暖かい場所として私の心の中に、温もりを与えてくれる。あなたのくれた私の居場所は、あなたという存在がこの世界から旅立ってしまってからも、変わらずにそこに在る。
 そういうものを、あなたは私に与えてくれた。
 あなたへの募る想いは、私が生きてゆく限りさらに折り重なり、そしていつしか私という存在があなたを想うものになるのかもしれない。あなたが愛したこの祖国を私が愛する限り、私という存在は限りなくあなたに近づける。私にとってあなたはこの国そのもので、この国が、この国に住まう人々の姿が、あなたという存在の上に成り立つものなのだと、私の記憶はそう告げている。

 だから、私は、この想いを抱えて生きてゆく。
 一生、募り続ける想いと共に、重なり合うように私は私の光を目指す。
 私がある限り、デインという国が安寧であるというのならば、私はその生涯を祖国に捧げよう。それは、あなたの願いではなく私の願いなのだから。