希望の集束

*こちらは2017年2月発行同人誌[to tell a story-tell a tale]に収録済です。通販はBOOTHをご利用ください。

 勢いある風が、陽光に輝く細い髪を煽る。付き従う少女を気遣いながら、細身の女は、天を仰いだ。
 飛び込んでくる、抜けるような青空と、熱気に歪む視界と、容赦のない日差し。フードを取ることは出来なかった。雪国デインで育った彼女には、想像の出来ぬ酷暑と乾燥した空気。だが、こんな過酷な場所でも、確かに生きているものはいる。
 彼らはかつて、テリウス大陸中から忌み嫌われ、闇に住まうを余儀なくされたもの――そして、そんな彼らを、丹念に探し出し、呼びかけ、集め、一つの偉業を成し遂げた男が住まう、ここはグラーヌ砂漠。その、唯一生物が生存を許されるオアシスを目指し、二人の女は、再び歩みだした。


「久方ぶりだな、デインの娘」
「あなたも、息災なようですね」
「二十と、三年ぶりだな」
 相変わらず淡白な言い方だが、そこに、わずかに情がにじみ出ている事はよくわかる。

「ソーンバルケ。あなたの国は相変わらず、美しいわ」

 差し出された味よりも香りの独特さが特徴的な香草茶で口をしめらせ、感慨深げに女は呟く。砂と土と水だけで作られた建物は、外気を見事に遮断し、快適な空間をつくりあげていた。ベオクの文明を適度に利用し、ラグズの性質を邪魔せぬよう配慮された建物は、造詣や技法などではなく、純粋に美しい集落を形成する、ひとつの要因だ、と感じた。女に付き従っていた娘は、「友人」に会いにゆきたいという希望を汲み、つれてきた。今頃は、久方ぶりの再会を、満喫しているのだろう。

「うらやむか」

 男の静かな声に、だが、女は目を伏せ首を横に振った。

「いいえ。私の王の目指したものもまた、変わらぬほど美しい。この国の美しさと、それとは、違います」

 この女が言う王を、男は直接的には知らない。話題に上ることはそれこそ数知れず、間接的には、或いは、幾度か関わっていたかもしれない。だが、寿命の短いベオクの中でも、殊更にその命を短く散らせたものと、男の長い時を生きる宿命では、その邂逅は、殆ど一瞬のそれに等しかった。

「……それほど強き導きに出会えた、お前を、私は羨んでいる、かもしれぬな」
「あなたが?私を?」
「出会ったときから、お前は、われらと同じ宿命を持ちながら、だが、確実に違っていた」

「宿命の戒めより逃れたお前は、私に一つのことを、思わせた。無論、それは、お前のみに起因する、それではないがな」

 男は言うと、この男にしては珍しい、柔らかい笑みに似たものを浮かべていた。
 鉄――剣を持たなくなって久しいその手は、長い指は、男が過ごしてきた時の、激しさを思わせる。そして男の表情は、それが、過去のことなのだといっている。

「国、というものだ」

 男は、女を見た。女は、その視線を、あるがままに受け止めた。

「長く生きていた。望みもあった。願いもあり、己がなにゆえ行動するか、それも理解していた。だが、それら全てを結論づけたことの、一つの要因は、お前との邂逅だ」

 無言で頷くと、女は、香草茶を一口含み、素朴な形の杯を、きれいな仕草で置いた。
 顔をあげる女の、金色の双眸の、その最奥に、男は深い闇色の夢が、垣間見えた気がして、目を凝らす。だが、二度は確認出来なかった。

「私に、国を教えたのは、私にとってただひとりの王」

 紡ぐ音は、女が、古の鷺の民の血をひくことを思わせる、流麗に奏でられる言葉となり、男の耳を楽しませた。
 女は、続ける。

「私に、世界の理を、ベオクとラグズと私のことを教えてくれたのは、慈愛と報復の心を持った、永遠の王」

 男は知っていた。女が「王」と呼ばわる存在は、たった一人しかいないことを。
 彼以外のものを、彼女は決して「王」と呼ばない。それは、とっくの昔にこの世を去った、女にその存在の全てを託した、ひとりのベオクだった。
 幾たびも話を聞き、記憶していたように思った。だが、名を、男は思い出せないでいた。

「私は、ベオクが好き。あなたが、ラグズを愛するように。私を慕ってくれた子供と、私を理解してくれた人は、何れも、ベオクだった」

 女はにこりと笑った。相変わらず、透き通る笑いをする娘だ、と男は思う。だが、かつてほのかに感じられた、不安定さ、弱弱しさは、その何れも見つけられない。真に、一つの国の、その象徴としての姿が、そこにある。
 デインという、この砂漠より離れた、北の地、冬の国。その国の事を、男はよくは知らない。ただ、熱き血を持つベオク民と、二つの種の血をひく王がいる、男にとって「可能性」を感じさせる国だ。

「それがお前か、ミカヤ。デインの娘よ」
「ええ。それが私よ、ソーンバルケ」