垂直思考の戸惑い

*こちらは2017年2月発行同人誌[to tell a story-tell a tale]に収録済です。通販はBOOTHをご利用ください。

 これならば、勝てるかもしれない。冷静な性分しては珍しく、いささか興奮の面持ちで、サザは深呼吸を繰り返した。
 力を授けてくれたユンヌは、礼も言わせてはくれなかった。けれど、それも後でいいと思った。あの騎士に――ミカヤの危機に幾度となく駆けつけ、そして命を助けた漆黒の騎士、あの禍々しい鎧をまとう男に、勝ってからでいい。

 本来、勝負事などはできるはずもない自分が、けれどもこうして力を得た。
 戦場では物取りや撹乱、そういう正面からの戦いではないことを得手としているサザだったが、面子もあれば、それなりに誇りというものもあった。
 ミカヤの身を守るのは自分しかいないと頑なに思い続けているのは事実だったし、仲間と彼女の存在を天秤にかければ、迷わず後者を選ぶ。そういう信念の強さもあった。
 だが、折に触れ思ってもいた。自分という存在こそが、彼女に足枷になってはいないのかと。こと、自ら「暁の巫女」などと言う呼称を使い出したミカヤは、あまりにも遠い存在に思えた。
 ミカヤは、祖国とサザを天秤にかける選択を迫られ、サザを選んでしまったことを悔い続けていた。そして、自らを苦境に立たせることを望んだ。だが、その苦悩と痛みの先に、彼女は自分の居場所というものを見出してしまった。
 サザは、置いていかれる格好になった。
 置いていかれても、サザにはミカヤしかいなかった。ミカヤを守るという己に課した使命は、すっかりと空虚なものと成り果ててもなお、サザにはそういう言葉しか見つけられないでいた。

 そういう矢先に、手にしたもの。得た力。
 手にしたものは、デイン王家に伝わっているという毒の仕込まれた短剣。得た力とは、女神ユンヌが授けた力。前者はペレアス王から、後者はユンヌ本人から。
 だからサザは、自分はそれでいいのだと思った。他人の評価を行動の指針にするわけではないが、誰かにそういう風に認められることは、決して悪い心地ではなかった。


 黙っていても、気圧される。サザはそれでも、じっと、相手を見据えた。
 短剣を握るてのひらはじっとりと汗にまみれ、背は冷たいものが滴り落ちる。強くかんだ唇からは、鉄の味が広がる。
 風、砂嵐、定まらぬ視界と陽炎の中。青天の中そこだけが闇のごとく、その男は居た。
 漆黒の騎士。名などを、知らない。アイクの父の仇。アイクが仇と見据え、感情のすべてをぶつけた男。なぜ、アイクの名なのだ。団長。いや、団長は関係ない。ミカヤとは関係ない。俺と、団長。強くなった俺は、団長にだって……かなうのか。王家の由来あるという短剣、ユンヌの力、それは俺が、俺と認められた証。俺と団長。団長と、この騎士。団長とこの騎士は、因果に結ばれている気もする。では、俺は。ミカヤは。ミカヤは、この騎士とは。
 再び熱風が、サザと男との間に吹き込んだ。あおられる砂は、いっそう視界を遮った。
 足が動かない。
 動かないのは、足だけではなかった。

 じっと、男はサザを見ていた。漆黒の、面をすべて覆う兜。かつて、食って掛かったサザに、冷静に己を知れと諭した声。
 今ならば、己を知っているのだろうか。この動悸は、この、怯えは。
 敵だ。そう思っていた。何故そう思ったのか。アイクの敵だったからか。だが、この騎士はミカヤを助けた。助力した。今もそうだ。ミカヤのため戦うと、静かに騎士は言った。ミカヤのために。何故。

 言葉が、喉元までせりあがっているくせに、そこから先はまったく出てこない。何を言う気なのか。何を、言いたいのか。サザ自身がわからなくなっていた。
 第一、自分は何をしたいのだ。この、圧倒的な力を持つ男と、対峙して。

 言うべきことを探した。この男と長く対峙していることなど、耐えられない。そういう考え方を、サザはいつの間にかしていた。


 去り行く背を、サザは見ようともしない。敵の姿はなかった。あの騎士を恐れ、女神の使途どもは、近づいてはこなかった。
 唇を噛む。ただただ、風に吹かれ流れ行く砂を、睨んだ。手にしたままだった短剣を、強く握り締めた。汗で濡れ、すべる柄を、縋るように握り締めた。俯き、前髪で視界すら閉ざされる。

 結局、サザは漆黒の騎士に立ち向かうことも、そういう意図の言葉を発することすらも出来なかった。