オーヴァーワールド

*こちらは2009年6月発行同人誌[オーヴァーワールド]に加筆収録しており、オーヴァーワールド本文を収録した[Re: -FE暁デインサイド再録集-]通販はBOOTHをご利用ください。

 デイン王国とベグニオン帝国の国境は、山脈一つを越えるだけだった。けれども、その山脈を一つ越えるとまるで空気が違う。吹き付けるような地吹雪も、身の芯まで凍りつくような寒さも、山岳地帯を過ぎれば皆無に等しい。
 皇帝軍の真の敵はノクスの森の地形と冬場という季節、そうタウロニオと共にペレアスが何故断言していたのか、わかる気がした。
 ミカヤを中心とした第一部隊は、ベグニオン帝国領内の村落へと辿り着き、ようやく一息ついたところだった。今のところ、ユンヌは「危険」を知らせてはこない。ここはしばらく大丈夫だという「彼女」の言葉に、その場に集った全員が従った。
 村とはいえ、山岳地帯を越えたばかりの鄙びた村だ。物言わぬ石像の群れにうっすらと降り積もる雪はデインほどではない。家屋に入り込むよりは、と中央広場らしき場所に、互いの姿を確認出来る程度の距離を持って散会し、各々がようやく休息らしい休息を得ていた。
 一度、女神の使徒たる存在と刃を交えてから、二日ほどは歩いていただろうか。皆ようやく安堵の心地といったところか、時折話し声が風に乗り聞こえてきた。
 中央広場にミカヤと共に焚き火を囲むのは、よく見知った顔ばかりだった。けれど、その顔は記憶とは少しだけ違っている、とミカヤは思った。
 思えば、こうして皆で焚き火を囲むのも、こんなにも落ち着いた――状況を考えればとても落ち着いていられるものではないのだが――雰囲気の中談笑するのも、久しぶりだった。逆にこうした方が落ち着く、そう年長者らしく言ったノイスの笑顔に、ミカヤは例えようもなく安堵した。事実、見知らぬ父親というものは、こういう男であればよい、とミカヤは思っている。

「ミカヤ、変わったか?」

 単刀直入にそう言うのは、そう言う張本人こそ顔つきも背丈も変わってしまったエディだ。
 その、以前とは大分違う、幾分か精悍さが備わってきている少年のまなざしを、ミカヤは懐かしげに目を細めながら眺めた。彼と出会ってからの時間は、季節をようやく一つと半分めぐったほどだが、まるで何年も生活を共にしているように思える。それは、他の暁の団の面子でも同じ事だった。

「あら、どうしてエディはそう思うの?」
「うーん、俺、馬鹿だからうまくいえないんだけどな」

 ぼりぼりと後頭部を掻きながらそうつぶやいてエディはいったん考えるように言葉を切った。よく喋る、けれども最近のエディは時折こうして自分自身の言葉の意味を、考えるようになっていた。
 それは、間違いなく怪訝そうな表情でため息をついている彼の隣にいる友人のおかげだと、ここにいる誰もが皆知ることだった。

「ノクス砦で、ほら、皇帝軍と戦っただろ。あの時から、なんとなく、かな」
「なんとなく、だって。こないだ言ってたことと違うじゃないか」
「う、るさいな!あれはっ…、まあ、なんだ、顔つき、とか、態度、とかさ。前はミカヤ、無理してただろ」

 当たり前のように、エディは簡単に言う。
 ミカヤが少し驚いたような表情をすると、彼は真剣な眼差しのまま頷いた。
 隣のレオナルドも、エディよりやや深刻そうに――これは彼の悲観的な性格ゆえのものだ――小さくこくりと頷く。ノイスはいつもの落ち着いた様子で会話に耳を傾けながら焚き火を弄り、サザはやや離れた場所で短剣の手入れをしている。ツイハークから譲り受けたのだという道具を使い、刃を研ぐ音が、静寂の冬の夜に響いていた。
 時折、薪のはじける音。ノイスが火をかき回す音、そしてサザが刃を研ぐ音。懐かしい仲間たち。
 まるですっかり過去に戻ったかのような光景が、そこにあった。
 けれども過去とすべてが同じなわけではないのだ。
 どんなに絶望的な状況であれ、決して快活さを失わなかったエディ。「デインを守ることが、僕の誇りなんだ」王から賜った宝弓を手渡したときに、きっぱりとそう言い切ったレオナルド。時に苦言を呈しながらも、変わらぬ佇まいでミカヤに助言をくれるノイス。
 彼らは、何があってもミカヤを裏切ることはなかった。例えすべての事情を話さずとも、ミカヤを信じついてきてくれた彼ら――ミカヤの周りにいた人々は、サザだけではなかった。
 そして、彼らは彼らなりにミカヤを心配し、ミカヤという存在を認め、共にあろうとしてくれている。
 改めてミカヤは「仲間」という言葉を実感した。信じることのできる仲間。彼らとともに、戦い、生きてゆくこと。
 いつの間にか、当たり前のようにミカヤは彼らをそういう存在だと見ていた。
 すべてが通い合うわけではなく、けれども絆というようなものが確実に、芽生えている。家族、という言葉をミカヤは思い浮かべた。

「ええ、そう、ね…多分、無理もしていたし、嘘もついていた」
 嘘、という言葉に、サザの背中がぴくりと動く。けれども弟は、それ以上の反応をしない。以前の彼なら、ミカヤの意図を悟った瞬間に苦言を呈してきていた――彼もまた、おそらくは、変わったのだ。

「嘘って?」

 そう問うのは、エディだ。だから最初は、エディに向けてミカヤは微笑んだ。そしてレオナルドに。ノイスに。そう、せめて彼らには、言わなければならない。
 そもそも、何故彼らに黙っていたのだろう。
 ハタリの客人を、時間をかけながらではあるけれども理解しようとしてくれた。
 ラグズ奴隷解放軍の存在を、頼もしいと受け入れてくれた。
 唐突に来訪したゴルドアの竜王子を、戦神だと喜んだ――そう、三者は三様に、ラグズという存在を知り、認め、仲間だと言った。
 彼らはきっと。いや、彼らが受け入れる受け入れないではないのだ。
 彼らにこそ、真実を自ら告げねばならない。
 そう――気づかせてくれた人は、きっとそれを望むだろう。そしてミカヤ自身が、彼らにこそ、真実を告げたいと切実に思い、願うのだ。

「ねえエディ、あなたと出会ったときのことを覚えてる?」
「ああ。うん、覚えてるよな、レオナルド」
「覚えてるよな、って…忘れたくても忘れられないだろ。君が、死に掛けてたんだもの」
「あはは!そりゃそうか!あの時、ミカヤが俺の脚の傷治してくれなかったら、俺今ここにいないもんな」
「別に、傷見せなくていいから。名誉の負傷だ!とかって、……ホントウに君って」

 レオナルドがため息交じりに止めなければ、エディはそのまま衣服を脱ぎだしていただろう。相棒の言葉にへらへらと笑いながらも、エディはちらちらとミカヤの真意を気にするような目を向けてくる。それも、以前の彼にはなかったものだ。

「あの時、不思議に思わなかった?」

 その、ミカヤの声に、常ならぬものを感じたのだろう。ノイスが焚き火をかき回す手を止めた。
 ついでエディが改まったようにミカヤに体を向ける。レオナルドは、ミカヤの言葉を聴くいつもの生真面目な表情を浮かべていた。

「私の力。私の占い。予知のこと。すべて、…普通ではない力」

 三人のまなざしが、ミカヤにしっかりと向いている。ミカヤの言葉一言一言に、耳を傾けている。
 以前なら、こんな状況を自分で作り出したりはしなかった。そして、何かの間違いでこんな状況になってしまったら、怯え涙をこぼしていたのではないだろうか。自分自身という存在を厭い続けていた、だからこそ。
 焚き火に、手をかざした。ひとならざるものの証の刻まれた手の甲。サザ以外には見せたこともなかったそれ――触れさせたこともなかった。「美しい、可能性の証」「ベオクとラグズを結ぶ絆になりえる」そう、評されたのは初めてだった。ミカヤの頬が自然と緩み、脳裏は記憶した言葉を反芻する。さしのべられた手の大きさと、包み込む温かさを思い出していた。人を、誰かを、あんなふうに近く感じたことは、ミカヤの生涯にはなかった。

―――互いに怨嗟の声ばかりを響かせ憎悪を募らせる、ベオクとラグズ。
―――そんな中、二つの血を交えながら生まれて来たものは、女神が示したひとつの可能性かもしれない。

―――そんな君がこの国に生まれ、この国を愛してくれたことを、この国に住まう一人の人間として、誇りに思うよ。ありがとう。

 あの笑顔、あの声、あの言葉を聞いた瞬間に、ミカヤの世界は変わった。
 それはまさに女神が大地の子らに向けもたらす福音に等しく、ミカヤという一人の存在すべてを認め、そして包み込む得がたい喜びを一瞬でもたらしてくれるもの。
 すべてが、違う色と音を持っているように思えた。
 恐れる必要などはなかった。世界がとたんに呼吸を始め色付いた。
 内から高揚する心は、寒さすらものともせず、雪に閉ざされる森を見つめながら火照りを醒ます必要があったほどだ。

   かざした手を覆う布を外し、大地が凍りつく闇の中、赤々と燃える焚き火に、紋様の刻まれた白い素肌がはっきりと映し出される。
 すべてがあらわになるや、エディはじっとそれに見入り、レオナルドは息を呑み、ノイスは肩の力を抜いた。三者三様に、「それ」が何であるかを、理解したのだろう。ミカヤは彼らの心を読む必要性を、感じなかった。

「私、あなたたちが言う『印付き』なの。…私自身も、最初は知らなかった。けれど、この手を…見て」

 言い、三人に見えるようにミカヤはそれを示す。自然手の甲に浮かび上がる美しい紋様は、確かにひとならざるものの証だ。

「これは、私に生まれつきあるもので……私を育ててくれたお婆さまは、決してこれをひとに見せてはいけないと言った」
「…でも、ミカヤは、サザと…」

 最初に口を開いたのは、レオナルドだった。神妙ないつもの顔つきが、どこか違う。それを、ミカヤは初めて目の当たりにする「印付き」の存在がしてであると思った。

「サザは知ってるの。だから私は、サザと共にしか生きられない、そう思っていた」

 エディがあからさまに顔をしかめた。ノイスは思慮する際の常――眉をわずかに動かし、顎鬚に手をあてじっとその思慮の先を見つめている。
 サザは、何もいわない。刃がまだ研ぎ終わらぬのか、金属をこする音が聞こえてくるだけだ。弟の態度に、ミカヤは内心で感謝していた。
 最初に言葉を発したレオナルドが、ふう、と大きなため息をつく。目蓋は閉じられて、幾分か男らしくなった顔立ちに影を落としていた。

「ミカヤ。それって、僕たちに怒られるってわかっていっているんだよね」

 そのわずかに震えている声は、レオナルドにしては感情が透けて見える珍しく、そして低いものだったた。強いものを含んでいる。その強さに、ミカヤは目を見開いた。

「レオナルド?」

 そして思わず名を呼ぶと、少年はきつい眼差しをひたとミカヤに向ける。まっすぐな、燃えるような瞳をしている。

「僕は、知ってた、っていう言い方はちょっと正しくないけれど、多分そうじゃないかって、思ってた」

 いつもならば相棒の言葉に茶々を入れるエディは、黙っていた。サザが手を止めた。

「この前、ミカヤに王家のものだって弓をもらったよね。やっぱり、ちゃんとお礼を言いたくて、タウロニオ将軍に取次いで貰えるように頼んだ。王は、とても僕たちに会いたがっている、という話も聞いていたから。そしてその時に、……聞いたんだ。ミカヤのこと」

 レオナルドの言葉は、ミカヤの心に直接突き刺さった。戴冠式の前後、王が皆と会いたいと願っていたことを、ミカヤやサザもまた知っていたのだ。けれども、その王の願いを叶えず、そしてレオナルドたちに伝えなかったのは自分らだ。その事が王を孤独にし、道を違えさせた――ミカヤははっきりと、そう感じている。

「王は僕の話をきっちり最後まで聞いて下さった」

 この三人の中で、まっさきにそういう行動を取るとしたら、エディだ。ミカヤはそう思っていたし、サザも同様だった。レオナルドが、そこまで行動していたということ自体が、二人にとっては衝撃的でもあった。
 そもそもレオナルドは貴族の出である、というエディの言葉が真実であるような立ち居振る舞いが見える、どこかで貧民窟という場に馴染めぬ存在だった。読み書きが十分に出来ることや、文官じみた仕事を黙々とこなす様などを見ても、そう思える。だからこそ、実際に王に対する畏敬の気持ちが最も暁の団の中では強いのが、レオナルドという少年だった。だからこそ、王に拝謁するという大胆な行動をするなどとは、想像できなかったのだ。

「その上で、本当にそう思うのならミカヤに直接聞け、っておっしゃられて。ミカヤはずっと、疲れて休んでいただろ。だから、その後に、今度はラフィエルさんに聞いてみた」
「レオナルド、何故」
「セリノスの鷺は真実を伝える口のみを持つ種族。そう、僕たちに教えてくれたのはサザじゃないか」

 サザがすべてを言う前に、レオナルドが鋭い語気で言葉をかぶせる。レオナルドが怒っている、と言った言葉は嘘ではないのだ。声色こそ淡々としている、だからこそ、彼の怒りの程がこの場にいる全員に理解出来た。

「ラフィエルさんは、ただ一言だけ、そうだって言った」

 ぱちん、と薪の爆ぜる音がした。
 自分でも驚くほどに、ミカヤの心のうちは不思議と冷静だった。むしろ、サザの方が動転しているようにも見える。いつの間にか短剣の手入れも忘れ、レオナルドの言葉にじっと耳をかたむけるごとく、こちらに体ごと向き直っている。その眼差しはせわしなく動き、ミカヤが見ていて気の毒になるほどだ。

「その時、すごくショックだった。ミカヤが印付きだったことじゃなくて……ミカヤが、その事を僕たちに黙ってた、ってことが。サザの言葉の理由もわかったよ。けれど、だからもっと腹が立った」

 言葉とともに吐き出された溜息は、何度目になるか。レオナルドがぐっと腹に力をこめるのが、見て取れる。再び落とされた目蓋の震え、いつのまにかぐっと握られている拳。

「だって、そうだろう!!」

 次の瞬間、レオナルドの口から飛び出たものは叫びだった。
 決して周囲の安眠を妨害するほどではなく、けれども心に確かな跡を残すような、ありったけの感情を込めた声。悲痛さに、胸が切り裂けたとのではという錯覚をミカヤは一瞬覚え、ぐっと胸元を押さえる。動こうとするサザを、レオナルドに劣らぬ鋭い眼差しでミカヤは制した。

「僕たち一緒に戦ってきて…!一緒に、国を取り戻そうって、国を、皆を、守ろうって…戦ってきていたのに!それなのに!」

 そこで一度大きなため息を吐き出すと、言葉を呑み込むように唇を噛み、レオナルドはじっと焚き火を睨み付ける。
 澄んだ空の瞳が炎を映し出す光が、今までにないほどに強く輝いていた。はっきりとした怒りをレオナルドが露にするのを、ミカヤは見たことがなかったかもしれない。ましてこのように、感情を感情のまま言葉としてすることなどは、皆無だった。
 隣のエディですら、友人のあまりの剣幕に呆然となっているのだ。

「ミカヤもサザも、結局僕たちのこと信用してなかったんじゃないかって……思った」

 改められた声は、驚くほど静かなものだった。けれども吐き出される音の中には、はっきりと悲憤といえるようなものが感じられる。心を読む、そういう力がなくとも、それは感じられるものだった。そしてミカヤは、意図してそれを封じる事をラフィエルより教わり、会得している。そうでなければ、この少年の怒りでミカヤの心は引き裂かれていたかもしれない。

「でも、レオナルド、あなたは…戦ってくれていたのね」

 努めて冷静な声だった。言葉ひとつひとつをかみ締めるように言うミカヤに、レオナルドはすっと目をすぼめてみせる。頬に、朱が差した。

「当たり前だよ!だって、文句のひとつもいってやりたかったし、……僕は、二人のこと、…ほんとうに、仲間だと思うから」
「……レオナルド」
「二人がどう思ってるかなんか、僕は知らない」

 レオナルドは、一度そこで視線を落とした。けれどすぐさまレオナルドは顔を上げ、サザを、エディを、ノイスを、そして最後にミカヤにじっと視線を向けた。

「けど、…エディも、ノイスも、サザもミカヤも、…僕にとっては、ほんとうにようやく、…ようやく見つけた、仲間って言えるような存在なんだ」

 仲間。レオナルドからそういう言葉を聞くのも、初めてだった。彼は努めてそういう言葉を避けていたように思える。それもまた、彼が辿った悲壮な運命から来るものであることを、皆が承知していた。それは、あの貧民窟に流れ着く多くの人間が辿るものであった。

「家族、なんだ」

 家族。
 一拍おいて、その言葉がレオナルドの口から出てきた瞬間、ミカヤの心の中にぽうっと灯りが点るような感覚を覚えた。
 ペレアスに言葉を受けた時の、あの唐突で、それでいて奔流のような強さはない。自らの存在を認める瞬間にも似た、強い衝動と突き動かされ揺れ動くものはない。
 けれどもそれは暖かくて、明るくて、そっと寄り添いたい――そう思えるような感覚だった。小さくささやかで日常的な、当たり前の明るさ。
 ミカヤ自身が多くのデイン人に見出してきていたぬくもりというもの。それが、家族という言葉に象徴される存在だった。
 徐々に語気を失う声が、不明瞭なものになっていた。けれどもレオナルドは、こらえた感情をすべて露にすることはなかった。ただ、きつく唇を噛み締め眉根を寄せている。
 じっと焚き火のみを見つめる様は、泣き喚きたい衝動をこらえている子供のように、ミカヤには見えた。
 エディもレオナルドも、いつしかミカヤにとってはサザほどは近しくはないにせよ、限りなくそれに近い存在になっていたのだ。エディも、レオナルドも、ノイスも。彼らだけではない。今側にはいないが、ローラやブラッド、共に戦ったデインの仲間たち。皆、かけがえのない家族のようなものだ。

「印付き、って、ラグズとベオクの子供だろ?フツウは、生まれないっていう…だったらそれって、すごいってことだよな?」

 友人の肩を当たり前のようにぽん、と叩きながら、エディは言う。レオナルドが伺うように顔を向けると、エディはいつもの子供じみた笑顔を親友に一度見せてから、ミカヤにも同じものを向けた。

「エディ、お前は本当に何も知らんのか?」
「なっ、なんだよノイス、馬鹿にしてんだろ!俺だって、ムワリムさんからちゃんと聞いたんだからな!」

 次の瞬間、ノイスに向けて憤る表情は幼い子供じみたもの。肩をわざとらしくすくめて見せるノイスに、荒い鼻息を立て抗議する。
 エディという少年は、時に驚くほどの洞察力を秘めているくせに、普段はまったく幼い、単純な言動をする少年だ。

「フツウじゃないから怖がられるとかいうのは、俺よくわかんないし。ラグズって言葉をの知ったのだって、結局解放軍として戦うようになってからだしさ、だから、…知らないうちから怖いとか怖くないとか言うのって、違うだろ?」

 エディのその言い分に、ミカヤは思わずくすりと笑ってしまった。エディはそれに気分を害した風はなかったが、わずかに顔をしかめる。

「そうね、その通りだわ」

 笑ってしまったのは、エディの言葉があのノクス砦でのペレアスの言葉とすっかり同じ意味のものだったからだ。ペレアスのそれは、ミカヤ自身を最大限に気遣いながらも相手に納得させようという意思のあるものだったが、エディのそれはまた違う。
 それは、エディという少年の生来の性根から来る、まったく飾り気のない言葉だった。
 そして余程衝撃を受けたのだろうか、サザが、目を見張るようにエディを見ている。ミカヤが視線を向けていることに気づいたのか、どこか恥じ入るようにサザは視線をわずかに逸らした。弟が何を考えていたかはわかる。彼が崇拝するクリミアの英雄アイクは、エディが今言ったような言葉を当然のように言う人であったと、弟の口から憧憬と共に何度も聞いていたのだ。恐らくは、そういうアイクの言うような言葉がエディの口から出てきたことに、驚いたのだろう。

「それに、ミカヤは別に怖くないし、俺の怪我だって治してくれたし、いいヤツだしさ!」

 そうして、エディは何時もの満面の笑みを浮かべ、膝を叩いた。場の空気が一気に和む。そういうところもまた、この少年の得がたい才能の一つだった。この明るさに、何度救われただろう。

「まあ、俺が言いたいことは、だいたいコイツらが言ってくれたしな」

 どこかではしゃぐようなエディの頭を、いささかいさめる様に小突きながらノイスもまた、笑みを浮かべた。彼が笑みを浮かべるのは、久しぶりだとミカヤは記憶している。その頭の中には些かの智略と呼ばれるものが存在しているこの男は、エディやレオナルド、サザとはまったく違った意味でミカヤにとってかけがえのない存在だった。
 ミカヤに多くの言葉とそれ以上のものをもたらしてくれた。王と言葉をかわせ。そう助言をくれたのもノイスだ。

「ミカヤが言いづらかったってのも、わかる」

 片目を瞑って見せるが、彫りの深い目元の奥にある青い瞳は真剣だった。ノイスは、常にそうなのだ。飄々としているようで、しっかりと真実を見極める目を持っている。言いづらい言葉でもはっきりと口にする、それでいて懐が驚くほどに深く、己を多く語ることはない。そういうノイスという男の性質をいち早く知り得がたいと感じればこそ、ミカヤも無意識にノイスの言葉には重みを感じていたのだ。
 ラグズという種に対しても、間違いなく弟サザよりも知識としてはある筈だった。ペレアス王その人直接に、王宮の書庫にまで出入りの許可を得ていたし、王やタウロニオがその博識ぶりに舌を巻いていた。レオナルドのように言葉にはしないが、真っ先に真実に勘付いていたとすれば、ノイスだろう。

「だが、俺たちに真実を自ら告げた。素直にそれを嬉しいと思うぞ」
「ノイス、ありがとう」
「なあに」

 精悍そのものの顔に、柔らかな表情をする。一見して粗野にも見えるノイスだが、粗雑な格好をしていてもどこかで心を許せる、信頼出来る風の男――それが、ミカヤのノイスに対する第一印象だった。そしてそれは、信頼を深めこそすれ今でも変わらない。

「しかしミカヤ、お前さんは本当に変わったな」
「え?」

 ノイスの言葉に、エディが首がもげてしまいそうな勢いで頷いている。レオナルドも、先ほどの感極まった様子はどこへやら、エディを諌めるような素振りをしながらもノイスの言葉を態度で肯定していた。

「心配じゃあないのか」

 ノイスは皆までを言わない。わかりきったことだからだ。その、真摯な視線に含みなどはない。ミカヤは露にした手の甲を自らそうっと撫でながら自ずと微笑んでいた。

「ペレアス様のことなら、私が懸念しても仕方がないわ」

 手の甲に触れる。すると、あの情景が浮かんでくる。触れた温もりを思い出すことが出来る。あの時だけは、ペレアスの言葉は全てミカヤ一人に向けられていた。

「あの方は、ああ見えて…ずっとお一人で生きてこられている方だから、誰の助けも必要としてはいない」

 淋しさともう一つの感情が声に滲んでしまうことを、ミカヤは止められなかった。彼らの前で、それを止めるつもりもなかった。

「それに私よりも、タウロニオ将軍やツイハークたちの方が、王のことはご存知だもの。彼らが側にいる限り、きっと大丈夫」

 彼らこそが、真実ペレアスの精神的支柱たりえた。それは、ミカヤ自身がよく理解していた。常に静かに王を守り続けた老将、信念と共にかつての仲間と戦うことを選んだ騎士、自ら事象を見定め剣を捧げた傭兵、其々が其々の理由で王の側に仕えることを望んだ。
 重用されながらも、常にその心を知ろうとしなかったミカヤと彼らは、存在の意味からしてあの王の中では違う。それは、ミカヤ自身が選んでしまった結果でしかない。
 そしてミカヤの側に居る存在というのは、ここで今焚き火を囲んでいる仲間たちなのだ。それは、比べられるような、秤にかけることが出来るようなものではない。
 どちらも得がたく、そしてかけがえのないもの。選びたくなどはないし、選ぶ必要もないのだ。

「それ以上を、今の私は、あの方に求めてはいけないの」
「そうか」
「あぁ、きっと大丈夫だって」

 ミカヤが頷くと同時に、エディが身を乗り出してきた。焚き火を囲む位置的には、丁度ミカヤの反対側にいるエディは、爆ぜた火の粉をまともに食らい、小さな声を上げて慌ててそれを払う。静かな笑いが、焚き火の周囲を包んだ。

「ミカヤは知らないだろうけど、あの時のペレアス王はすごかったんだからな」

 火の粉をそれは鬱陶しそうに払いながら、エディはどこか不機嫌そうな勢いで続けた。レオナルドの表情が一瞬にして友人をいぶかしむそれに変わる。

「竜王子と協力してさ、皇帝軍をビックリさせただけじゃなく、フェニキスの鷹だっておっぱらったんだ!」
「て、エディ、君あの場所にいなかったじゃないか。それ、僕やローラが話した事だろう」
「なんだよレオナルド。見てなかったけど俺だって知ってんだぞ」

 サザが肩をすくめノイスと目配せを交わすと、再び短剣に意識を戻した。ノイスの手が再び火掻き棒に伸ばされる。薪は大分燃えていたが、勢いよくというわけではない。それでも、こうしてこの寒空の中十分に暖をとる事は出来る。
 この薪を調達してきたのは、レオナルドだった。あのネヴァサで暮らしていたころからのことなのだが、レオナルドは良くこういうところに気がつく少年だ。

「俺だってさすがにあの時はちょっと、やばい、かなーとか思っててさ、そしたら急にでっかいなんかの声聞こえてきて、軽くびびってたら撤退命令だって言うし、そういうのってだいたいペレアス王が、したってのはわかったんだけど、まあ、そんなでさ!」
「…知ってるって、そりゃあ、あの時ノクスにいたデイン人なら皆知ってることだろう、何そんな、たいそうなことみたいに、適当なことばっかり言ってるし」
「だってミカヤは知らないじゃないか!」

 再び上半身を乗り出すようにするも、先ほどの記憶にエディは伸ばしかけた腕を引っ込める。そのかわりのように、言葉を繰り返した。

「知らないよな!ミカヤあの時、いなかったんだろ。だから、知らないよな!」
「知ってるわ」

 間髪入れず帰ってくるミカヤの声に、エディは苦虫を噛み潰したような顔をした。隣でレオナルドが笑いを押し殺している。

「知ってるの。ペレアス王がなさったことも、あの戦いで、どういう思いをされていたのかも」
「何だよ、そういうのもやっぱり、ユンヌが教えてくれるのか?」

 エディは完全に拗ねてしまったようで、ノイスから火掻き棒を奪い、ぐりぐりと焚き火を掻きまわしている。炎が一瞬だけ膨れ上がり、けれどもすぐさま沈静化してしまったことが加えて面白くなかったようで、表情がさらに険しくなった。

「どうかしら」

 はぐらかすようなミカヤの答えは、エディの期待したようなものではなかったらしく――どう答えたところで、同じ反応をしたとも思えたのだが、一度ミカヤの顔をまじまじと眺めてから、無言でレオナルドに向き直りその顔色を確かめ、ノイスにも同様のことをした後、はぁ、と大袈裟なため息をついて最後の砦と言わんばかりにサザに身体ごと向き直り、じいっと視線を向ける。
 すっかりと得物の手入れを終えて、背中で仲間のやりとりを聞いていたサザは、しばらく明後日の方向を向いたまま動かなかった。
 だが、エディはそう簡単には諦めない。幼子のようになおもじっと、ただ視線だけを向けるのだ。

「あの人に関しちゃ心配いらないっていうのは、多分、その通りだ」

 結局こうなると、先に根負けするのはいつもサザだった。ネヴァサの隠れ家にいた頃からである。兎に角エディは強情で、こうと決めたらそうでなければ気が済まない。その行動ときたら誰よりも幼くて単純で、けれども誰よりも行動力に優れている。
 お手上げの合図に、サザは肩を竦めて見せた。

「だからせいぜい俺たちは、俺たちの心配してればいい」
「だから、せいぜい、俺たち、は、俺たちの、心配を、してれば、いい?」
「何だよエディ」
「い、いや、……サザが、そんな風に言うとか…すげえ気味悪いな」

 言うエディは真顔だった。真剣そのものの表情で、ひとしきり頷く。

「あの、金色かぶったみたいな女神の使徒より気持ち悪い。なんか悪いモンでも食ったのか?ユンヌに変なことでも、吹き込まれたのか?」
「お前、……おい、レオナルドまで何だ、ひどい顔だ」
「それくらいサザの言ってる言葉がおかしいってことだよ」
「あのな、お前ら」
「仕方あるまい、以前の自分の言動を考えてみろ、サザ」

 二の句が告げられず不機嫌そうに表情を顰めるサザに、ノイスが軽い冗談でも言うような調子で追い討ちをかけるような事を言う。サザが睨むと、人の悪い笑みを浮かべた口髭が揺れていた。

「あんなやつ、王でもなんでもない…!ミカヤのことを何だと思ってる!」
「うわっ、そっくりすぎて気持ち悪い」
「だいたい、最初っから胡散臭かったじゃないか。ミカヤがいなければ…」
「わかったわかった、わかったから、もう、やめろお前ら」

 尚もサザの物真似を続けようとするエディに二度目の敗北宣言を、せざるをえなかった。項垂れ、勘弁してくれと両手を挙げるサザに、笑いが起きる。ミカヤも、小さく笑っていた。

「ほんと、よく殺されなかったよなあサザ!俺さ、いつサザが反逆罪で捕らえられるかって心配で心配で」
「よく言うよエディ……勝手に王宮に忍び込んでアムリタ様に見つかって大騒ぎになって、何でか知らないけれどペレアス王に本を貰ってきたって喜んでたのはどこの誰だよ」
「い、いいだろ、俺にも、ちゃんと読めたし、おかげで字だって書けるようになったろ!」
「君が覚えたのって、その剣にわざわざ名前書くため?」
「うるっさいな!コレは、俺が貰ったもんだから、あと失くしたら困るだろ、だから名前書いておいたんだ」
「いいけどね…でも、剣に名前を書き込む剣士なんて、聞いたことないよ……」

 わずかに誇らしげに言うエディにレオナルドが溜息をつく。それでも、そのエディが自ら名を書いたという剣は、レオナルドがエディに贈ったものなのだ。だからなのか、レオナルドの表情はどこかで嬉しそうにも見える。

「そんな事があったの?」

 突然会話に加わったミカヤに、逆に気圧されたのかエディの表情が変わった。何故か、親兄弟に問い詰められる子供のような表情をして、急に態度までおかしくなる。

「い、あ、いや、だってさ、お城に招かれてるのにミカヤは行こうともしなかったし、それにほら、お城とか、俺も一度きっちり見ておきたかったしさ、滅多に無いだろ、そういうのって」
「なら普通に正門から王に招かれたってちゃんと伝えればよかったじゃないか」

 さらりと言うレオナルドを、まじまじと、それは不思議そうにエディは見つめる。本人は、真剣かつ大真面目である。

「え?そうなのか?」
「……一応、聞いておくけれど、エディ、あなた一体何処から入ったの?」
「そりゃあ……俺城とか行ったことなかったからさぁ、よくわかんなくてウロウロしてたら入り口っぽいところ見つけて、そこから入り込んだはいいんだけどさぁ、そもそもペレアス王って普段どこにいるのかさっぱりわからないからお城の人に聞いても、皆言うこと違うし。しょうがないからやっぱり適当にうろうろしてたら」
「皇太后様に見つかった、か。エディ、お前は運がいいのか悪いのかよくわからんやつだな」
「そもそもさ、よく捕まらなかったよね。僕はそっちの方が不思議だよ」
「はははは!あ、でも、結果的にはちゃんと会えたし!だから、俺は自分では結構運はいい方だと思ってるけどな!」
「運はいいかもしれないけど、後先考えないその馬鹿な行動で全部帳消しにしてるよね」
「おい、いくらお前だからってレオナルド、言っていい事と悪いことがあるからな!」

 これには流石にミカヤも呆れて言葉が出なかった。確かに、ペレアスは一所に落ち着いているということがなかったようで、その所在を常に把握しているのはタウロニオぐらいだった。それにしてもレオナルドといい、大胆な行動をとっていたエディといい、何度も城を訪れツイハークらと顔を合わせていたノイスといい、自分以外の皆それぞれが、疑問を感じながらも自分に出来る事を探り、行動を起こしていたということが嬉しかった。
 同時に、何もしないでいた自分が恥ずかしかった。

「本当、エディは相変わらず、怖いもの知らずね」
「怖いのは、小言ばっかり言ってるレオナルドが静かで黙っている時と、ノイスの寝言と、素直な態度のサザだな」

 わざわざひとつ、ふたつと指を立ててゆき、エディは三本指を立ててミカヤにずいっと見せる。

「少なくとも、三つは怖いものがあるぞ」
「おいおい、俺の寝言が何で怖いんだ」
「もれなくこの世のものとは思えないような歯軋りがついてくるからだよ」

 最初に噴出したのは、レオナルドだった。見れば、サザもうつむいて肩を震わせている。

「こらこの坊主」
「うわぁああああ、やめろ、やめてくれよ!」

 ノイスが憤慨するように鼻を鳴らしエディの頭を腕と腋で羽交い絞めにし、ぐりぐりとその頬やら脳天やらをノイスが小突き出すや、エディはエディで大げさに嫌がりじたばたと暴れ出す。それを見てレオナルドがついに声を立てて笑い出し、ミカヤとサザもつられて笑った。
 久しぶりに、笑いが五人を包み込む。
 ようやく羽交い絞めから解放されたエディは咳き込みながらぼんやりと脇に置いてある剣を手に取り、眺めた。レオナルドが手渡したものではない、王家の紋章が描かれたもの――エディが後生大事に身に着けている二振りの剣の片割れ、ペレアス王より賜った品だ。この二振りの剣を、エディはまるで己の体の一部だと言わんばかりに抱えて眠っている。こと、戦のあった夜はそうなのだ、とレオナルドがどこかで切なげに呟いていたことをミカヤは思い出した。

「………心配はないかもしれないけど、やっぱり、会いたいなあ」
「エディ?」
「だって、俺、考えてみたんだけど、俺たちがあんな大軍相手に戦えたのってさ、武器とか食べ物とか、困らなかったからだろ?食べ物は、大事じゃないか。いや、戦うために武器だって大事だけど」

 剣を手に持ち、刀身を炎にかざしては眺めながら、彼にしては珍しい神妙な声と顔つきでエディは続ける。

「それに俺が戦えたのは、レオナルドにもらった剣と、…王に貰った剣が、あったからだし」

 エディはそこでくるりと背を向け、周囲を見渡した。視界には、いくつかの焚き火や灯りが認められる。風に乗って時折聞こえる言葉は、聴きなれぬものがいくつかあった。

「なんかさ。こういう風に、他の国の人と一緒にいると、…俺、無性にペレアス王のこと、思い出すんだ」

 ネヴァサに生まれネヴァサで育ち、ネヴァサの街以外を殆ど知らないエディは、異国の言葉やラグズが当然のように使う古代語などは、非日常的な音なのだろう。少年が、らしくなく感傷的になるのも無理はなかった。
 そして、そういう時に拠り所となれるのはやはり、自分ではない。エディの口からそういう言葉が出てきて、ミカヤはどこかでほっとしていた。

「別に話すこととか、ないかもしれないけど」
「…うん、僕も、エディの言いたいことはわかるよ」

 続けるレオナルドの声があまりにも神妙すぎたのか、そこで言葉が途切れてしまう。薪が燃え、爆ぜる。ゆっくりとゆらめく炎の明るさは、ともすれば不安になりがちな心を緩やかに包み込み、暖めてくれるようだ。ミカヤはもう一度、「印」の刻まれた己の手をじっと眺める。あたたかな炎の輝きに照らされ浮き上がる紋様は、確かに美しくも見える。初めてミカヤはそれを美しいと感じていることに気づき、表情を緩めた。

「そう。なら、生き延びて、そしてお会いすればいいじゃない。沢山、言葉を交わすといいわ。ねえノイス」
「そうだな。お前らのこと、気にかけて下さっている王だ。お前らが強くなったところをきっちり、見せてやればいい」

 ミカヤとノイスのやりとりに、エディの表情はみるみるうちに明るくなる。レオナルドはエディほどではないが、物憂げであった表情がわずかに緩んだように見えた。

「そうだよな!俺、絶対ツイハークには負けないって、決めてたんだ!」
「よおし、その意気だ。まぁ、実現するかどうかはさておくとしてな」
「あ、ひっでーなノイス、こないだ俺の剣、誉めてくれたのはどこの誰だよ!」
「俺はお前とツイハークを比べて見たことはないからな。なんともいえん」
「うわ、うわ、うわ、おい聞いたかレオナルド、ノイスったら、ひでえよな」
「君の出鱈目で無茶な剣筋と、ツイハークの無駄がない剣筋って、比べられるようなものじゃないっていう所に同意かな」
「裏切り者ー!」

 日常の光景が、どこかで戻ってきていた。戦いが終わったわけではない。けれども、あれほどの戦いを経てもなお、こうして仲間はミカヤの周囲に変わらずにいてくれる。
 当たり前のように笑い、言葉を交わし、ミカヤという存在を認めてくれている。
 怯えなくてもよい、大丈夫だと耳元に囁かれた声を思い出すと、心はわずかに強くなる。周囲を見渡せば、いつもの仲間たちがいる。誰一人欠けることなく生き延びて、こうして焚き火を囲み言葉を交わしている。
 それはとても幸せなことなのだと、ミカヤは思った。