戦、のぞむもの−祈り/sample

▽こちらは2014年12月発行同人誌[戦、のぞむもの−祈り]サンプルです。通販はBOOTHをご利用ください。▽

 女神アスタルテとの戦いから約二年半。世界の情勢はまだ安定とはいえなかったが、各国はそれぞれ復興に力を注いでいた。中でもセリノスを中心として興った鳥翼連合王国はともすれば再び船尾を交えかねない鳥翼族の因縁を、白鷺一族が巧みに立ち回り抑えることで成立する事となった――とはいえ、周辺諸国、特にゴルドアやガリア、ベグニオンを始めとする国家の後押しがあったことは言うまでもない。
 後に女神戦争と呼ばれたこの戦は、各地に凄惨な爪痕を残していた。特に大規模な戦場となったデイン東部ノクスのノクス地方は先代のデイン王ペレアスが"禁呪"を使役したこともあり、未だ人の立ち入れぬ領域となってしまっていた。現在では土地の番人と呼ばれる守護者が一人、ノクス聖堂に住まっているのみだ。その番人とは、"禁呪"を施したペレアス本人である。現在はデイン王の立場をミカヤに譲り、ノクスの決壊の中一人で日々精霊の動きを監視していた――精霊の動きが未だに乱れ続けているノクス一帯では、それが番人の役目でもあったのだ。
 そしてベオク三国の中で最も被害が甚大だったデイン王国は、それでも首都ネヴァサを貫く交易路にはせわしなく行商人や旅人、僧侶たちが行き交い、路傍には露店が所狭しと並び、商品を売りさばく人々の威勢のよい声が響き渡りかつての賑わいを取り戻しつつあった。
 そんな中を、ノクスでの戦いで英雄的活躍をした少年が、そうとは思えぬような格好と素振りでぶらりぶらりと大通りをあてもなく歩いていた。隣を行く相棒の少年は金髪を靡かせて歩いている――デインでは金髪は貴族に多く、ゆえにかつてデインがベグニオン駐屯軍制圧下であった時分には決して見られなかった光景だ。この少年レオナルドもまた、当時はフードで金髪をひた隠しにする生活を送っていた時期もあったのだ。

「だからエディ。そんなふくれたって状況は変わらないよ。女王に直訴、だなんてもってのほかだってのもわかっているよね?だいたい…」
「知ってる。それが先代ペレアス王の意志で、義務で、だから、どうしようもない。むしろ、それを義務とすることで許されている。お前に何べんも聞かされてるし、お前以外にもノイスにもサザにも、それこそミカヤにもな!」

 エディは決してレオナルドの方を向くことはなく、語気だけはやたらと強めて鼻を鳴らしながら話す―不満な証拠だ。だが、親友のそんな愚痴はそれこそ何べんも聞かされているレオナルドにしても今更の話で、何度目かのため息と共に出てくるのは友人の憤りを流す言葉だった。

「だったらそれこそ今更な蒸し返しだよ」

 雑多な人ごみの中で交わされるような少年らの会話に敢えて耳を傾けるものは多いとはいえないが、聞くものが聞けばとんでもない内容を彼らは話している。その自覚があるからこそ、レオナルドはいささか小声で囁くのに対し、エディは普段からよく通る声そのままだった。それを諌めるレオナルドの眉間にも流石に皺が寄るのだが、エディとしてはお構いなしだった。

「俺が、納得してないからだよ」

 ぼそりと、流石に子供じみたことを言っている自覚があるのか、エディは視線を僅かにずらして呟いた。レオナルドは呆れたと言わんばかりに肩を竦めてみせる。

「…とりあえず、落ち着けるところにいこう。いつもの店でいいだろ。少なくとも、こんな往来でするような話じゃない」

 親友の言葉に異論はないのか、エディも素直にレオナルドについてゆき、馴染みの店へと向かう路地へと入り込んでいった。

 丁度昼を少し過ぎた時分という事もあり、店の中はそれなりに具合に混雑していたのだが、二人分の席を見つけるのは難しくはなかった。馴染みの店とあって決まった料理を店員に注文するや、二人は額をつき合わせて話を再開させる。

「あの、ノクスの戦いで勝てたのは、そもそも誰のおかげかって言うのを皆覚えてないのかよ」

 開口一番、エディの口調は挑戦的だった。それだけエディが先代の王ペレアスに肩入れしている理由をレオナルドとて知らないわけではない。むしろ、想いは同じといってもよかった。それでも、理想と現実は違うということをレオナルドはエディよりも幾分か弁えており、またエディ程感情的でもない。

「そういうわけじゃないよ、エディ。けれど、何度も言うようだけどつけなければならないけじめがある。そう仰ったのは他ならない先代だ。だからこそ民の意思で選ばれたミカヤを女王として政を任せ、自らはノクスに赴いて番人をしている。それの、どこが納得いかないっていうんだよ」
「わかるよ、お前の理屈くらい。けど、ペレアス王もペレアス王だ。俺たちの王はあの人だって、俺は本当にあの時に信じていたし、戦えたし、……今だって」 

 エディにしては珍しく、運ばれてきた食事にろくろく手もつけずに熱く語るところを見れば、レオナルドも親友の憤りに押され論理的に諭す言葉も尻すぼみになってしまい、告げられなくなる。何がきっかけかはわからないが、エディがここまで感情を吐露するのは、久しぶりだった。

「悔しいんだよ。なんだかさ。勿論、ミカヤが選ばれて王になった、それは、俺だって嬉しい。ミカヤは本当にデインのことを考えているし、それに今のミカヤは忙しそうだけれども前よりもずっといい顔だし、忙しいのと同じくらいに充実してそうだからな。けどさ…」

 エディは言葉をそこで切る。食事に手をつける気配もなかった。レオナルドもまた、折角運ばれてきた熱々の料理に手をつける気にはなれなかった。

「…そういうことなら、君の気持ちは少しわかるよ。けれど、ノクスには、誰かがいないと。…あそこは女神が復活すべき場所、女神のおわす場所。誰かが守り導かなければならない。そして結界術は消えてはいないから、普通の場所じゃない…誰かが抑えていなきゃならないんだ。それが出来るのが、先代だけで、僕や君は、もう迂闊に近づける場所じゃないってことは、承知しているだろう」

 ノクスの森には戦いの時分に張り巡らされた結界術の影響が色濃く残り、それがしてマンナズを寄せ付けぬ場所となってしまっていた。例外が結界術を張った張本人なのだ。その事は、かつてのセリノスが聖域であったことと等しくテリウス全土で認識されるに至っている。

「知ってるよ。もう、二度と会いにもいけないなんてな」

 ぽつりともらされたエディの言葉に、レオナルドは黙って頷くことしか出来ない。

「不浄の地、結界術、番人、女神の降り立つ土地…俺にはわからない事だらけだよ」

 続く言葉を耳にしながら、ようやく口にした料理の味はよくわからなかった。

「そうだな、俺にもよくわからん」

 聞き覚えのある声に、二人が驚いて同時に顔をあげると、そこには見慣れた長身の男が火酒を手に立っていた。

「久しぶりだな、二人とも。同席しても構わんな?…というより、場所が空いていない」
「なんだよ、妙に他人行儀なノイスは気持ち悪いな」
「気持ち悪いとは、また、随分だな。だがそうだな、そういう態度がエディ、お前だ。悲観してああでもないこうでもないと愚痴をさっきから零しているようだが、らしくないじゃないか」

 遠慮なく座り込みながら火酒の瓶を置くと、ノイスはエディの顔をじっと覗き込む。

「ノイス、つまりエディにとってはそれくらい深刻ってことなんだよ」

「おいレオ、お前な…茶化したいのか、真面目に話聞いてんのか、どっちなんよ」
「まあまあエディ。確かにお前の言いたいことも、レオナルドの言いたいこともわかる。だがな、少なくとも、俺にはあの誠実な青年が生きて義務を果たしている、果たそうとしているというだけで善い事だと思える」

 二人の肩を交互に叩きながらノイスは続ける。エディもレオナルドも、年かさの男の言葉にじっと耳を傾ける。

「それに、何よりも本人が選んだことだ。そうだろう」

 ノイスの言葉に少年二人はそれぞれの顔つきで黙り込んだ。エディは相変わらず少しばかりの不満を滲ませ、レオナルドはその通りだというように。

「俺たちだって、以前とは変わった。ミカヤも、サザも変わった。皆変わらざるをえないんだ。戦争はもう、終わったんだからな」