10Hの!ヨルハごはん

 バンカーが陥落し塔と呼ばれる建物が崩壊後、あれほど活発だった機械生命体たちの侵攻がなぜかぱたりとやんだ。  彼らのやる気を失わせたものが何であるかは調査対象になりえたが、目下生き残ったヨルハ機体たちはといえば、ここぞとばかりに好き勝手やっているのが現状だ。
 ある日2Bがイカを釣りたいと言い出して、それになぜかA2が加わり、さらには釣りを趣味にしていたアンドロイドたちがのっかり、なぜか漁船を作り出し(どうやら太平洋で沈没した空母の残骸を9Sと勝手に混ざってきた4Sとジャッカスがデータベースを元に小型化し漁船に改造したらしいが、詳細は説明されても10Hには理解できなかった)、その漁船での初水揚げが大量のイカだった。
 それも偶然ではなく、予め海流と水質、水深や海水温及び天候からある程度イカの群れの行動を弾き出していた9Sの予測が当たったからのようだったが、それもやはり聞いてもちんぷんかんぷんだった。予測が当たりすぎて処理に困ると9Sがぼやいてはいたが、そういう彼は実際は異様に楽しそうであまり困っているようには見えなかった。


 彼女の名は10H。元・月面基地の番人で、ひょんなことから地上に降りてしまったH型、つまりヒーラーだ。
 その、ヨルハ機体の生き残りの中でも貴重なヒーラーは現在、イカと格闘中だった。


■10Hと9S

「あきた」

 ぽつりと漏らされた一言に、答える声はない。おそらく無視されている。そもそもこの言葉を漏らすのはこれで十三回目。はじめは律儀に答えてくれていた006も相槌すら打ってくれない。

「ねえちょっとポッドなんかいってよこれ新手の拷問かな」
「回答:知らないわよ」
「……ですよねー……はあ……」

 そもそも、この作業をやりたいと言い出したのは10H本人なので、作業自体をどうこういうつもりはなかった――作業開始から五分までは。五分ほど経つと徐々にこの単純作業に飽きてきて、飽きてくると集中力が低下して、指先の動きも神経伝達も鈍くなる。そうなると作業効率が落ち、捗らない。次第に作業が面白くなくなり、結果が冒頭の発言に繋がっている。

「疑問:そもそもこれをやりたいって言い出したのはあなたでしょう?」
「んー、まあー、まあ、そうなんだけどさー、意外とむずかしいし、なんかつかれてきた」
「作業開始から7分24秒しか経ってないわよ」

 言いながら作業の手を止めて、右腕の肘を左手で支えるようにして上に伸びをしながら首をまわす。ゴキゴキといい音がした。あ、だいぶ肩凝ってる、そもそもアンドロイドが肩こりとかちょっと意味不明なんだけど、なんかおもしろい。内心でひとりごちながら10Hはこっそり笑う。

「ひとりでにやにやして気持ち悪い子ね」
「えー、気持ち悪くないもん、ちょっと気分転換してただけですー」

 首を何度かぐるぐる回して見上げた空は、いっそ透き通るほどに蒼い――つい先日まで、10Hはこの空の蒼さも知らなかったのだ。晴れ渡る空はどこまでも蒼くて、そよいでくる風は10Hの頬をやさしく撫でる。その風が若干生臭いのは気にしない。

「あーあー、お昼寝したいなー」
「推奨:はやくこれを終わらせることね。そうしたら好きなだけ寝れるわよ」

 006がアームで示す先にあるのは、大量のイカ。分類学上は軟体動物門頭足綱十腕形上目とされる海生軟体動物を、10Hは地上に降りて初めて見て、こんなものを食べようと思った人類を尊敬した。
 はっきりいおう、意味がわからない。
 なにゆえにこんな見るからにアレそうなものでも創意工夫して食べて自らの血肉にしていたのか。データベースを参照する限り、人類は地上におけるありとあらゆる生物を食そうとあらゆる手段を試みる歴史を繰り返してきている。その努力たるやいっそ健気で、人類にとっての「食」というものが生存する上で必要不可欠だったという知識が10Hの中でようやく理解を得るに至った。
 そして口にして、現金なものだが人類に感謝した。
 こんなにおいしいものを、おいしいと感じられるように作ってくれた彼らに幸あれ!そうしてならば自分でそのおいしさを引き出す料理なるものに挑戦しようという気になるのも、致し方ない。  致し方なかったのだが、現実はそう優しくはない。アンドロイドにも適性、というものがあった。
 そもそもヨルハ部隊所属の通称ヨルハと呼ばれる黒衣のアンドロイドたちは基本戦闘任務のために作られた自動歩兵人形。戦うための手段も機能も山ほど持ち合わせている一方で、いわゆる文化的活動や生産的な行動を得意とするものは決して多くはない。その中でS型やH型といった、どちらかといえばサポートが得意なヨルハ機体は、他に比べて手先が器用だったり知識が豊富だったり、或いはそうした作業に特化したような性格の持ち主だったりすることが多い――はずだった。

「これを、終わらせ……る……あー……」

 ごとりと乱暴に首を作業台の上になげだして、ため息とともに、10Hはつぶやく。
 目の前には、未だ処理されずに水揚げされ一時的に氷で保存されている大量のイカ。一方10Hの手元にある、皮を剥かれ腑を取り出し足を別にしたものは、ごくごく少数。そのどれもが等しく無残にひきさかれ、千切れ、あるいは原型をとどめてない。

「……提案:9Sに助けてもらう」
「うっ……それは……」

 それだけは、できれば、勘弁願いたい。なんというか、正直彼に合わせる顔がないのだ。

 ヨルハ機体9Sは、10Hがたまたま・偶然・半ば事故気味に地上に降下する前に地上に降りていたヨルハ機体で、S型であるからやはりというか当然器用で、10Hが地上に降りて初めて口にして感激のあまり悲鳴じみた歓声を上げた料理をこしらえた、張本人だ。
 あんまりに誉めそやした(感動のあまり語彙が乏しくなった)10Hに気をよくした9Sが、10Hもヒーラーならたぶん手先は器用だし少し勉強すれば料理くらいは出来るだろうと、嬉々としてさまざまな調理方法を教えてくれた。もちろん10Hも自分であんなおいしい料理が作れるならと、勇んで9Sに倣った、が。
 結果は、惨憺たるものだったのだ。
 9Sいわく、このあたりは経験やら技術やらもあるがそれは単純に回数をこなせばなんとかなるし、なんならある程度義体のカスタマイズでどうにでもなる。ただし根本的なセンスだけは、どうしようもない。こればかりは義体によるというか、義体の初期セッティングの問題のようで、そこを弄ると他の感覚やバランスまでおかしくなる可能性が高く、バンカーのバックアップデータもない今、下手に調節はしないほうがいいらしい。バックアップ自体はH型の10Hの仕事のようなものであるし、機体のメンテナンス・修復に特化した10Hであればその点問題ないように思えるが、そもそもその10H自身の義体の問題であればどこをどう弄ればいいのかもわからない――基地にいたときは、味覚や調理のためのカスタマイズなんて、したことがなかったからだ。
 ただ、幸いなことに、10Hの味覚分野そのものは非常に高性能というか高感度らしい。
 おいしいと感じる能力はあるのに、おいしいものを自らは作り出せない。
 そのことを知ったときは流石に人類を呪いたくなった。人類を、そして、こんな機体調節した技術部を。
 しかしそこは楽天家で深く考えない10Hだったから、まあだったらできることからやっていけばいいかな、くらいに思っていた。調理技術は致命的かもしれないが、味覚が大丈夫ならたぶんなんとかなるだろう、という根拠のない自信を元に、懐疑的な9Sに「私でもできることやりたい!」と強引に詰め寄った結果、彼にある程度調理も可能なようにカスタマイズしてもらい、そして与えられた仕事が、この大量のイカの皮むきだった。  まあ要するに調理作業できないなら下処理しててね、というやつである。ただし量が量なので見た瞬間に10Hの心は半ば折れていたのだが。

「……っていうかさ、なんでこんなに大量にイカだけがあるの。太平洋のイカ根こそぎとってきたの」

「回答:2BとA2と一部釣りと漁に目覚めちゃったアンドロイド有志が、9Sや4Sとデータベースにあったイカ釣り漁を船を作るところから始まり沖合いに出るようになって半年、ようやくそれなりになってきたところに偶然イカの大群が鉢合わせして笑えるくらいに獲れちゃってあと数ヶ月はイカ尽くしよ。三分の二は冷凍保存済み。よかったわね、あなたの大好物じゃない」 「イカはおいしいよね!どう調理してもイケるとか食材の王様!煮てよし、焼いてよし、刺身でもよし、フライもよし、てんぷらとかサイッコー、むっちゃおいしい!だーかーらー、私も2BさんやA2ちゃんみたく食べる専門がいい……」
「あら、2BもA2も食べるだけじゃなく自分で食べたいものを獲ってくるじゃない。A2は肉なら自分である程度解体しちゃうし。それにあなた、ヒーラーなんだから彼女たちよりは圧倒的に器用よ、私が保証するけど」
「……でもセンスないもん……」

 ちら、と自分の脇にあるかつてはイカだったものの残骸を見ると、いっそ惨めになる。9Sの調節が悪かったとは、流石に10Hも考えてはいない。これはもはや才能かもしれない。

「…………回答は控えるわ」

 随行支援ユニット006の回答は、情け容赦なかった。

「10H、そろそろ剥きおわ――」

 大量の金ザルを抱えながらやってきた9Sが、目の前のある意味大惨事を目にして10H以上のため息をついた。穴があったら入りたい、できればそこから出てきたくない、月面基地に戻れるなら戻りたいと10Hは一生分願った。合わせる顔がない相手が向こうからやってきてしまった時の、いたたまれないこの空気。

「これは手伝ったほうが早いね」

 一方、目の前の大惨事を目の当たりにした9Sの決断は早い。元からあまり期待もしてなかったのかもしれないが、それはそれでちょっと悲しいかなと現状を棚にあげ10Hは思った。

「うぐっ、そ、そのよう、ですね……??」
「じゃあポッド、そっちお願い。ええとあと、006もお願いできる?」
「了解:少なくともこの子よりは上手にやれると思うわ」
「ええええ、なにそれ聞いてないんだけど!」
「回答:だって、あなたそんな指示一回もしなかったじゃない」
「ちょっとー私の支援ポッドでしょー、その辺の空気読むとかさああ、気を使うとかさあ、あるじゃん!」
「まあ多少はね、支援対象の精神状態をチェックして推測から援護することもあるけれど、この程度の軽作業、命にかかわることじゃなし、第一これをやりたがったのは10H、あなたでしょう。随行支援ユニットは基本、支援対象の望みを優先するものよ」
「うー、それはそうだけどー」
「推奨:ヨルハ機体10Hは口より手を動かす」

 二人(?)のやりとりに痺れを切らしたのか、9Sの随行支援ユニット153が冷静に告げ、それを聞いた9Sがこらえきれずに噴出した。

「ポッドが他人に文句言うの、初めて聞いたよ」
「153に同意:あなたさっきから手が止まりっぱなしじゃない」

 確かに、飽きた発言から10Hの作業はこれっぽっちも進んではいない。一方、先ほどきたばかりの9Sの方はといえば153と共にさっさと腑分け作業をすすめている。その手際のよさときたら見事としかいいようがなく、ここまで圧倒的差を見せつけられてしまうといよいよ言葉を失う。

「腑の部分は傷つけないほうが好ましいけど、多少壊れてもそれはそれで使えるからあんまり気にしなくていいよ。特に問題はないから」
「あ、う、うん……」

 たしかに10Hの作業が遅々として進まなくなった理由が、この作業的には第一段階である腑を取り出して分別する、である。第二段階の皮むきに至っては説明もしたくないレベルなので、途中からあとでまとめてやろう、あとからやればなんとかなるという根拠不明の謎理論で後回しにしていた。

「えっと、これも食べるわけ?」

 今度はうまく袋を破らずに取り出せた腑をしみじみ見つめて思う。なんだかドロリとした粘着質な液体のようなものがこぼれおちてくる。これは食べ物なのだろうか。

「もちろん。というか、これがないと味がしないって怒るアンドロイドもいるくらいだから」
「ふーん……食べれるんだ……」

 おそるべきかな人類。なんかこの明らかに見た目もアレなものすら食べるのだというから、まったく食材に対する飽くなき情熱とすべてを無駄にしないその心意気はお見事としかいいようがない。
 ただ、考えてみると、10Hがレジスタンス・キャンプにお世話になるようになってからも、2Bが持ってくる正体不明の海生生物の中にはおおよそ食するには適さないような外観および形状をしているものもあるが、9Sはそれを戸惑うことなく調理したり口にしたりしているから、おおよその海生生物は摂取したところでアンドロイドに害があるわけではないのだろう。
 例外が「アジ」といわれる魚だが、「アジ」の件に触れると2Bと9Sの顔色が変わるので10Hの中で「アジ」は禁則事項化していた。


▼メモ
→イカの下処理
 イカの耳をとる。足を腑ごとぬく。軟骨をとる。それから薄皮を剥く。それだけ。なんだけど、薄皮が曲者だしイカの耳をとるときにたまに身までついてくるし腑は気をつけないと壊れるし意外と難しい。っていうかつかれる。むっちゃ神経つかう。腑も使うから捨てちゃだめ!



■10Hと2B

 それじゃあ倉庫に食材をとりにいくから、と9Sが残り作業を10Hおよび006に任せてから十分後くらいだろうか。行きがけに彼はちゃんと見張ってて、と言ったのだが、見張るとは何を見張るのだろう。よもやこのレジスタンス・キャンプが敵性機械生命体に襲われる可能性があるとは思えず、そもそも彼らがアンドロイドの食材を奪うというような話は聞いたことがない。だいたい機械生命体ってなんか食べるの?重油とか飲んでんじゃないの?

「イカの肝醤油……」
「ひえっ」
「報告:ヨルハ機体9Sは現在野菜保管庫に材料を取りにいっており、行動目的及び状況から、厨房には最短でも14分は戻らない計算」
「つまり私たちに残された時間は10分弱、ナインズが戻ってくればこの肝はだいたい塩漬けにされてしまうから、新鮮な肝醤油を食べられなくなる」
「同意:塩辛はアンドロイドたち大部分の好物であるため、彼らの期待値は既に高い。ただし、9Sは最近の2Bの行動に気づいている可能性が非常に高いため、常に周囲に注意を払う必要がある」
「了解。索敵は任せる。私は任務に集中する」

 まったく気配がなかったから気づかなかったが、作業を黙々と続けていた10Hの背後に、いつのまにかヨルハ機体2Bが立っており、この上なく真剣な表情でイカの腑を見つめている。その手には「醤油」と9Sがいっていた茶色の液体調味料を手にしていて、随行支援ユニットである042はご丁寧に皿も持参している。なんか食べる気満々なんですけど?!っていうか何で気配消してるんです?バトルタイプがガチで気配消すとヒーラーの私とかまったく気づけないからできればやめてほしいんですけどこわいんで?!びっくりするんで?ブラックボックス停止するかと思った!!心の中で散々叫ぶが、10Hは2Bとはあまり面識もなければ話す機会もなかった上、ぱっと見クール美人の彼女はどこかしら他人を寄せ付けないような雰囲気があると勝手に思い込んで勝手に苦手意識を持っていた、のだが。

「あ、えっと、2Bさん……?任務って?」
「状況報告:9Sの作業だとここまで腑が壊れることはないので、いつもよりも肝の割合が高い肝醤油が作れる」
「……塩辛を仕込む前の新鮮な肝を醤油で和えて、イカの刺身を食べるとおいしい。肝の割合が高ければより濃厚でおいしくなる」

 いいながら、すでに2Bの手には先ほどまで10Hが四苦八苦格闘した末無残にも引き裂かれたイカであったものの残骸がある。明らかに失敗に分類されるそれを、食べるつもりなのだろうか。ていうか任務ってなに。

「え、あ、えーと、でもこれ9Sは使うからちゃんと別にしておいてって」

 続けて彼女は、こちらもあらかじめ用意していたらしい生姜を見事な手際で摩り下ろしてゆく。B型なのになんでそんな手際がいいんだろう……カスタマイズしてもらったのかな……確かに彼女は釣りが趣味というか半ばライフワークと化しているから、B型にしては手先は器用というイメージは勝手に持っていたのだが、これで機械生命体相手にも戦えるのだとすると、なんだか不公平感すら感じてしまう。美人だし。

「わかってる。だからナインズには内緒。これは私の単独任務」
「は?」

 042が差し出した小皿に醤油をたらし、そこに袋の壊れた腑を無造作につっこんでかきまぜる。透明だった茶色の液体がなんだかどろどろしたよくわからないものになってしまったのだが、2Bはそこに摺り下ろしたばかりの生姜を混ぜ込んだ。これが肝醤油?なんか見た目むっちゃヤバそうなんだけど?おいしいの?疑問が顔に出ていたのだろう、2Bは10Hを見て真顔で頷く。

 あの、任務って大仰な言い方してるけど、それってば要するに、ただの、つまみぐいですよね?

 ツッコミたいのは山々なのだが、あんまりにも2Bが真剣すぎるのと、状況が状況なので10Hの口から言葉が出てこない――出ようがない、というのが正しい。

「怒られるから。あと」

 囁くように告げるや、2Bは徐に10Hのこしらえたイカの残骸を肝醤油につけて口にする。その一瞬だけ、鉄面皮だった彼女の表情が限りなく緩んだ。あ、これは、あれだ、まちがいなくおいしいやつだ、たぶん。10Hはその表情見て全てを察した。よくわからないけれど、2Bはこれがむちゃくちゃ食べたかったらしい、ということだけはよくわかる表情だった。バトルタイプである彼女が本来の力を無駄に発揮してまで食べたかったのだ。よっぽどおいしいに違いない。
 一瞬で表情を戻すと、そのまま、2Bじっと10Hを見つめる。うわあ、なんか真正面から見たの初めてだけど、ほんっとむちゃくちゃキレイなひとだなー。二号タイプって、私を助けてくれたA2ちゃんもそうだけど、美人さんだよなあ。うらやましいなあ。あんまりパっとしなくて子供っぽいと評される自分の外見を多少ではあるが気にしている10Hには、真正面から見つめあうにはいささか2Bの顔は整いすぎていた。

「私は食べたいものを食べられる、君の失態も誤魔化せる、つまりギブアンドテイク」
「あ、えーと」

 見つめあいに堪えきれず目を逸らそうとしていたのだが、2Bのとんちんかんな発言で10Hは一気に現実に引き戻された。
 そもそも9Sにはこの大惨事はバレてるし、むしろ了承済みだし、なるほど9Sが見張っててといったのはこのことか、と10Hは納得する。残骸でも別にいいってもしかしたらこれのこと?2Bがつまみ食いしにくるのわかってたから放っておいたのかな。ていうか、見張っててて。子供か。

「……君も食べる?おいしいよ」

 いやそうじゃない。そうじゃない、と言いたかったのだが、2Bが(バレてるとは思うが)ここまでして食べたがる肝醤油というものには大変興味をそそられた。そして、地上降下後こと食事の美味しさに感激しっぱなしだった10Hに、この魅力的かつちょっと背徳的(たぶんバレてるけど)な提案を断る理由など、なかった。
 10Hが神妙に頷くと、2Bは花が綻ぶような笑みを見せた。


▼メモ
→イカの肝醤油
 マジやばい。
 マジやばい、ぱない、おいしい、思わず語彙力消失する。やばい。あ、思考領域までおかしくなりだした。ちょっと自己メンテ。
 2Bさんが本気でつまみ食いしにくるわけがわかった。おろしたての生姜の香りと濃厚な肝が醤油本来の旨みと混ざってかつランクアップされて、そこに新鮮で甘みのあるイカが絡むことで絶妙なハーモニーが口の中で奏でられる。なにそれ、自分でメモっといてワケわかんない。えっととにかくこれはおいしい。これはおいしい。やめられない。あんまりおいしすぎてずっと食べてたら結局9Sが戻ってきちゃってバレたんだけど、案の定常習犯らしい2Bさんはまったく反省してないし9Sも半ばあきらめてるっぽい。なんなの。まあいいけど、おいしかったし!

※9Sいわく、イカの肝(腑)とか身には寄生虫がいるから人類は食べるときには気をつけていたらしい。目に見えるから除去もできるけども、イカの身の部分に関しては生食する(お刺身のことかな?)際はいったん冷凍(マイナス20度以下24時間)するか、それか糸状に切って殺す(寄生虫の体が傷つくと死ぬ)か茹で(60℃1分以上)てから食べてたみたい。肝の場合はもう目視処理しかないんだって。あ、生で食べる場合!  ようするにその寄生虫を取り除くかもしくは殺してから食べてたってことだけど、そこまでして食べたかったんだ、人類。食べないって選択肢ないんだ。むちゃくちゃ詳しいのはぜんぶ9Sに教えてもらいました私の知識でもデータアーカイブ参照でもありません。

wikipedia/アニサキスの項および厚生労働省ガイドライン(http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000042953.html)参照


■10Hと9S


 10Hは戦場にいた――厨房という名の、歪みなき戦場の真っ只中に。

「むーりーでーすーーー」

 先ほどから繰り返される10Hの叫びはいっそう悲痛さを増している。日焼けもしていない人工皮膚は細かい切り傷だらけでナノマシンの修復が追いつかないほどの量――結果あちこちに応急処置が施されている。おとといのひとさしゆびの切り傷はちょっと深かったので、耐水性補修用テープをきっちり巻いていた。

「そろそろ出汁もいい頃合だからそっちの処理もしないと味が落ちるよ」
「えっそんなのやってよー、私このなんとか切りまだできてないもん」

 10Hの目の前には九割九部九厘9Sが下処理した大量のイカと、イカの残骸のようなもの――正確にはイカの炒め物を作るために食べやすい大きさに加工していたのだが、さっさと見事な飾り切りをつくりあげていく9Sに興味を示した結果、やり方を教えてもらい挑戦した、その成れの果てである。

「……だから単純に切ればいいっていったのに」

 余計なことするな。言外にそういわれてぐうの音もでない。はい、毎度のことです。毎度のことです、ほんとうに申し訳ない。

「別に食べられないわけじゃないからもういいよ。それじゃあ僕とかわって炒め物する?」

 そういう9Sはいつものコンロとは違う場所で、直径40センチはあろうかという大きな片手鍋をひょいひょいと動かしながら手早く刻まれた野菜を煽っている。明らかに手つきは慣れているし、そもそも10Hは炒め物は未経験未知の領域だったし、だいたい普段のコンロの火力と明らかに違い、かつ鍋も見たことのない大きさ。そもそもあれを片手で持てるのか、なんで9Sはあんなに軽々しく扱ってるのか、っていうか一瞬鍋を随行支援ポッド153に渡して調味料を目分量で振ってはまた鍋を手にしてあおるその異様な手際の良さから察するにあれは素早く調理しなければならない類の料理だ。そういうところだけはささっと判断し、10Hはあっさり白旗をあげる。
 あっちのコンビには技術的にも経験的にも絶対に、かなわない。そもそも下処理すらろくにできない自分にできるわけがない。

「むり、もっと無理」
「わかってるって、言ってみただけだから。だから早く終わらせて。それはこれとは別に炒めるからいいけど、最終的にはこっちの合わせて味を調えてあんかけを作ったら完成だから」
「うう、わかった……」

 言われた工程をぼんやりとではあるが想像して、頭の中にたくさんの疑問符を浮かべながらも、たぶん9Sは割と単純かつ失敗しても影響のない作業を割り振ってくれてるのかな、という結論に至った。というか、自分はほとんど何もしていないに等しい。出汁の処理くらい自分でしろと言われなかっただけでもマシなのだ。10H自身できないできないとは言いながらも、一応作業は捗ってはいた。9Sに比べるとそのスピードに圧倒的な差があるけれど、たぶん比べてはいけない。

「推奨:こと料理関係における9Sのアドバイスは的確なんだから、ちゃんと言うことをききなさい。ほら、ほんとうに出汁の色が変わってきちゃってるわよ」

 そしてポッドの報告に、あらためて脳内がパニックになる。イカを刻んでいる場合じゃない。いや、刻まなきゃならないんだけど。まだ半分もおわってないんだけど。

「あわ、あわわわ……ポッド、そっち任せた!」
「……了解:ほんとうに世話の焼ける子だこと」

 こういう時は、自分の随行支援ユニットがおせっかいでほんとうによかった、と現金なことを考える10Hだった。



▼メモ

→鹿の子切り
 材料に対して、垂直に包丁をいれて縦横/斜めの格子に切り目をいれる切り方。ちゃんと等間隔に切るのは意外と難しい。イカは一口大の大きさ。一口大、けっこう細かい。

→イカと野菜のピリ辛炒め
 キャベツ、にんじん、たけのこ、きくらげ、ピーマン、イカ、乾燥ホタテ貝柱+鶏がら出汁、オイスターソース・豆板醤と塩少々、ゴマ油、唐辛子(いれすぎはダメ!)
 キャベツは一口大くらいにザク切り、にんじんとたけのこは短冊、ピーマンは千切りにする。イカは一口大鹿の子切り。きくらげは戻してからこっちも一口大にする。
 味付けおよびあんかけの中身は9Sがやったからわからない、たぶん出汁と調味料を適当にやったんだと思うけど見てるヒマがなかった、9Sのいう適当はぜんぜん適当じゃない!
 野菜は手早く炒める(どう考えても私にはむり!)、イカは下処理として出汁と塩をいれたものでさっとゆがえてから炒めて、野菜と合わせたらあんかけを混ぜて完成。ピリ辛風味は豆板醤かな?どっから仕入れたんだろ。ふふーん、私も少しは調味料くらいは覚えたのです。とりあえず、おいしかった!ごちそうさまでした!



■10HとA2


 9Sは先ほどからやたらと巨大なおにぎり(のようなもの)を作っている。彼がこしらえているおにぎりは他にもあり(おそらく森林地帯のレジスタンスへの差し入れだろう、数から察するに)、それら全て大きさも形もきっちりそろえられており、だからこそ今彼が握っているおにぎり(のようなもの)の違和感たるや尋常ではない。中に入れている具も、10Hが知る限り複数入っているし、拳どころかアンドロイドの頭部ひとつ分くらいある。あんなの誰が食べるんだ、と思いつつ、巨大おにぎりが出来上がってゆく様がなかなかに面白くてついつい10Hは見入ってしまっていたのだが。

「10H、手が空いてるだろうから、ちょっと4Sのところにいって収穫した米もらってきてもらえないかな」

 9Sに突然声をかけられて、10Hは思わず驚いたように声をあげてしまった。

「米?米って、重くない?」

 9Sのほうはといえば10Hの答えは想定内だったらしく、肩を竦めながら言葉を続けた。

「……そういうと思ってたのと、道中襲われたりしたら寝覚め悪いからA2に護衛を頼んであるから。はいこれA2の分のおにぎり。間違っても君、食べないでよね」

 言いながら例の巨大おにぎりを渡される。あ、これA2ちゃんのやつだったんだ。ていうかA2ちゃんこんなの食べるの?

「たっ、ちょ、さ、さすがにひとのごはん食べたりしないです9Sひどい!」
「まあ君の分もあるけど、こっちね。間違えてこれA2に渡すとかやめてね」

 念を押す9Sだが、どうがんばってもこれは間違わない。間違えようがない。片方は拳大、片方は頭一つ分。単純にデカイ。おにぎりのおおきさが。これを持てというのがだいぶ無茶だ。背負えってか。

「そこまで阿呆じゃないですーー!ていうかなんでこんなデッカイわけ、A2ちゃんのは」
「そのへんは、渡せばわかるから。じゃ、よろしく」

 そこまでいうと、9Sはやたらとそっけなく手を振って調理場へと戻ってゆく。

「よ、よろしくってちょと」
「警告:9Sはまだ作業が残ってるんだから邪魔しないの。ほら、とっとと自分の仕事なさい」
「うぅ、でもさあ、米運んできてって、このレジスタンスキャンプの全員分のじゃない?H型の私にはしんどくない?」
「何言ってるの、大丈夫だから頼んでるんでしょ。変なところでかよわいフリしないの。さっさといくわよ」
「ポッドひどーーい!フリじゃないってばー」
「はいはい、そういうことにしておいてあげるわ」
「恩着せがましいーー」


 レジスタンスキャンプをようやく出るや、目の前に巨大なイノシシの鼻面が鎮座(?)していた。

「え?え?え?なに?」
「遅かったな。結構待ったんだが、いったい何をしてたんだ」

 いかにも面倒ごとを押し付けられた、といった体のA2の声が、続けざまに振ってくる。思わず10Hは声の方を見上げると、なんともいえない表情をしているA2の表情とぶつかった――あ、これ、私を拾ったときのA2ちゃんの顔だ、命の恩人(?)の表情なので、当然よく覚えている。その時は何も考えずぼんやりきれいなひとだなあ、なんて、思ったものだけれども。

「あ、A2ちゃん、こそ、なに、やってるの……」
「見ればわかるだろう、9Sに頼まれてお前を迎えにきたんだ」
「いや、えっと、それはわかるんだけど、なんで先に頼まれててなんでイノシシにのってるの」
「面倒な説明ははぶく、とりあえずこの方が早いだろう。お前もさっさと乗れ。それから例のものだ」
「例…?のモノ?」
「お前が必死に持ってるソレだ。私のものだろう」
「あ、このばかでっかいおにぎり……」

 10Hがつぶやくように言うやいなや、A2がさっとイノシシから降りてきて10Hの手からおにぎりを奪い、ぱくりとだいぶ豪快な一口を口に含み、堪能する。もぐもぐとやたら健康的に口を動かしている様子とその表情が、先ほどつまみ食いにきた2Bと非常によく似ていてなんともいえない感情が10Hの中に生まれていた。美人もおいしいごはんには弱いんだ……そっか……とかなんとか、妙な納得をしながら。

「ふん、また妙な小細工をして……私は何の変哲もない塩むすびでいいといっているのに。鹿肉なんか入れられたら、断りようがないじゃないか、まったく……だいたい私の好みを把握していること自体がおかしいんだ、なんだって」
「A2ちゃん豪快……一気にそんな量食べちゃうのすごい……」

 一口で中の具がわかるところまで食べてしまうA2の食べ方もだが、なんだかんだ文句(?)を言いながらもおにぎりをほおばっている彼女の表情はほころんでいるというか、うれしそうだ。9Sが渡せばわかるといっていたのは、こういうことなんだろうか?よくわからないけれど。

「ほんとは9Sのおにぎり楽しみにしてるのよね、A2は。ただまあ色々あったからお互い素直になれないだけで」
「それは思った、A2ちゃん、なんかうれしそうだし」

 A2にぐいぐいと押し上げられて、ようやくイノシシの背に乗った10Hは、その背中の感触の独特さに目を白黒させながらもにこにこと素直な感想を口にした。

「はぁ?……なんだこのハコは?だいたい、どうして私たちのことを知っているんだ?お前は塔崩壊後地上に降りたんだろう?」
「あら、随行支援ユニット間での情報共有は常にしているわよ」
「……余計なことを……。ほら、さっさといくぞ」

 プイ、とそっぽを向いて促すA2の背中はなんだか照れ隠しのように見えてカワイイな、と10Hは思ったが、当然口には出さなかった。たぶん、これ以上余計なことを言ったのならば、即座にイノシシの背中から蹴落とされるだろうから。



■10Hと4S

「あ、うん、良くきたね、ナインズの頼みごとって基本的にむちゃくちゃだから大変だったでしょう。あ、イノシシに乗ってきたんだ、だったら少し楽だった?でも君たちに持っていってもらう米ってこれ全部なんだけど、まあ、なんとかなるか」

 何を一人で納得しているのかよくわからないのだが、そもそもこれを全部というのも何の冗談だろう。人類の文化遺産らしい米をまとめて保存しておく「米俵」を勝手に再現したこの目の前のヨルハ機体4Sとは何度かこうして会話をしたことはあるのだが、毎度毎度とにかくよくわからないことをしでかしている気がする。気がするというか、絶対にやってる。そもそも、自分の随行支援ユニットを勝手に改造したり義体をいじりまくってよくわからないチート機能をつけていたりと色々考えるだけ無駄な相手だ、というのは、その数回の対話で10Hも理解していたし、何よりあの9Sですらこの4Sには(悪い意味で)一目置いているので、つまり、そういうことだ。

「い、いやあ?ど、どうかなー……私とA2ちゃんとイノシシでぜんぶ、運べるのかな……?」
「なんだ、この程度も運べないのかお前は。本当にヨルハ機体か?」
「ってA2ちゃんなにその量?!おかしいよ?!米俵って結構重いよね?!えっと」
「俵の重量はその地方毎に違ってたみたいだけど、僕は適当にひとつ50キロくらいにまとめてはおいたよ。これはレジスタンス・キャンプのメンバーの人数と消費量から換算してだいたい二週間分くらいになるから」
「あ、解説はいいです。とりあえずちょう重いよね!?なんで一気に片手で10個とか持っちゃうのA2ちゃん?!」
「別に、この程度軽いだろう。お前だって自分の重量把握してるんだろう、なんならお前より軽いくらいだ、これは暴れないからな」
「ひどーーーい、A2ちゃんひどすぎる!!カヨワイ女子に向かってなんてことを!」
「まあまあ。とりあえず何回かに分けて持っていってもらえれば大丈夫だから。保存技術もね、森のレジスタンス・キャンプの彼と色々研究したから問題ないし、何なら俵の再現方法とか聞いていかない?どうせヒマだろうから」
「ひ、ヒマじゃないから!え、えっと、9Sに頼まれてきただけで、でもって私もお仕事の途中だったの!だからその話は今度ね!」
「え~、そうなんだ。折角わざわざこんな森の奥まで来てくれたんだし、米の育成の片手間にお茶栽培もやっててその成果もお披露目したかったんだけどなあ。そっかあ、忙しいんじゃあしょうがないかなあ……」
「え、お茶?お茶って、あの、ほら、こう~……人類が『ちょっとお茶しよっか』みたいなノリでやってた時に、飲んでたっていう伝説の……嗜好品!!」
「うん、それ。特にこの極東地域で親しまれていた不発発酵茶だね。鮮度的な問題もあってバンカーじゃ環境的に再現が難しいっていわれていたけど、地上なら特に問題もなく再現できたんだよ。一応他の半発酵茶とか発酵茶もあるけれど」
「ううん、私、その、不発発酵茶がのみたいの!月面基地でも本とかデータバンクでは眺めててそんなものあるんだあ位にしか思ってなくて、まさか目にして口にすることできるなんて想像してなかったから、の、飲みたいです!」

 思わず4Sの同じノリで答えてしまう10Hを、背後のA2と006はあきれたように眺めていた。

「あれは、うまいこと言いくるめられたんじゃないか?」
「そうね。あの子単純だから、食べたことないものや飲んだことないものチラつかせられると、食いついちゃうのよね」
「……オマエも大変だな」
「いえ、まあ、もう、慣れたわよ。だって、なんだかんだいって、付き合いも長いもの」
「そうか」

 二人(?)のやりとりを、律儀に待っているイノシシが不思議そうに眺めている間も、興奮した10Hとやたらと楽しげな4Sのお茶トークは続いていた。


▼メモ

 緑茶。分類的には4Sがいっていたとおり不発発酵茶になる、緑色のなんか草っぽい味。なんだけど、これ4Sが淹れるとすごくすごくおいしい。香りとすこしの甘みと、それからほんのすこ~しだけビターな苦味。ん~~~~これはおいしい。ほっとする。淹れ方も教わって、ちゃんとデータログも保存して、自分で試してみたんだけどなんかただのはっぱの味。
 あっ、ちがうの、私べつにはっぱ食べたことなんてないよ?9Sに試しに飲ませたら(試しにっていうとなんか人聞き悪いかもだけど、一緒に飲んだだけだから!休憩中に!)「はっぱの味がする」ってすごい変な顔された。はっぱの味がするって食べたことあるのって聞いたら真顔であるっていわれたし、なんでも食べられそうだと思ったらなんでも口にしてるとか言ってた。意味わからなすぎる。9Sがいうには2Bが変なものを食べて義体の調子が悪くなったら困るから先んじて食べてるとかいうけど、これ絶対現地調査任務とかのときにも色々食べてたやつだと思う。だって機械生命体型魚類も食べたとかいってるもん、信じられる?!

 あ、脱線した。えっとお茶するときは一緒に甘いものもほんとうはあるらしいんだけど。お砂糖がまだちょっと貴重なので、お砂糖を固めた角砂糖をちょっとずつ舐めながらお茶しました。9Sはよくわからないいろいろななにかも食べてたけどその件はもう触れないようにしよう。
 これでいいのかな?人類の「お茶する」って。


  「は~~~。今日も、平和でしたなあ」
「そうねえ。あなた、基本食べてばっかりだったけど」

 太陽がだいぶ傾いて、いわゆる『夜』の時刻になったレジスタンス・キャンプではかがり火が至る所で焚かれていた。それも、人類の行いに倣ったものだという。『夜』がないという知識はあったが、実際に時間的にかつては『夜』だった時刻でもうっすら明るく多少肌寒くなるぐらいなので変わりないのではないか、という10Hに対し、レジスタンスたちのリーダーのアネモネは苦笑しながら答えてくれた。
 いわくは、『夜』の時間帯になると活発化する機械生命体たちがふえているのだという。アンドロイドたちは基本的に『昼』の時刻に行動し、『夜』は休息に充てる。それもまた人類に倣う行為なのだが、基本機械生命体たちもそのリズムは同じだった。ところが、最近そうではない個体が増えてきた、とアネモネは続けた。
 それがいいことなのか悪いことなのかはわからないが、活動時間が違えば互いに争う理由もひとつ減るかもしれない、といったアネモネの言葉はなかなかに重たくて、10Hはただただ頷くことしかできなかった。  ともあれ、今はその休息時間だ。
 レジスタンスたちも、『夜』に食べる食事――晩御飯をたらふく食べて(10H達が運んできた米を炊いて、10Hが米を取りにいっている間に9Sが作っていたカレーという煮込み料理が献立だった。疲れた義体には非常においしい料理だった)、思い思いの時間をすごしている。9Sは2Bや支援ユニットたちと一緒に後片付けの最中だが、それはそれで楽しそうだった。なんだかんだ、10Hは疲れただろうから後片付けはやらなくてもよいといってくれた9Sのおかげで、今はこうしてゆっくりベッドに横になり、4Sから借りてきた創作小説をぼんやりと読んでいる。
 こういう時間も、たのしいなあ。なにもこわいこともなくて、めんどくさいこともなくて、戦わないでもよくて。
 私の仕事は誰かを治す事だけど、今日はなにもなくて、ほんとうによかった。

「ね~、こうしてゆっくりできるの、ほんとうにいいことだねえ」
「あら、どうしたの」
「ううん、なんとなくね。だって、地上ではさ、アンドロイドと機械生命体って、ずっとずっと戦ってるばっかりなのかなあって思ってたから」
「まあ、あたらずとも遠からず、ね……。場所によってはまだそういうところもあるんでしょうけれど」
「ふーん、そっか。そういうところも、こういう時間、すごせるようになるといいねえ」

 ぼんやり文字列を追っていると、なんだか少しずつ、少しずつ眠くなってきた。そろそろ休息モードにしたほうが、いいのかもしれない。

「そうね。そうなるなら、ほんとうにいいことね」
「ねー。私そろそろ眠くなってきちゃった。また明日ね」

 大きなあくびをひとつして、本はサイドボードにきちんと置いて、10Hは灯りを消した。そうすればもう真っ暗だ。

「おやすみなさい、10H。また明日」
「うん、おやすみ~~」

 006の声が、なんだかやさしい。そんなことを考えながら、10Hは眠りについた。