「彼」の様子がおかしいと気づいたのは、十日前。正確に、十日だ。
ヨルハ部隊の拠り所であったバンカーが陥落し、地上部隊はほぼ全滅、地上で戦うアンドロイドたちと密な連携をとっているわけでも定期連絡をしているわけでもないから、事実上孤立している4Sにとっては唯一の相棒で最後の拠り所、かつ、おそらくは番人――監視者といってもよい随行支援ユニット・通称「ポッド021」の様子が、明らかにおかしい。完全に、挙動不審だった。
原因に思い当たる節があるのだが、それにしても、なんというか、この事態は想定外も想定外で、その上相談できる相手もいないものだから、どうしたものかなあ、と見慣れた空間を見上げて4Sはため息をつくしかなかった。
随行支援ユニットがどういう存在であるかを、4Sは他のヨルハ隊員よりは知っていると自負している。「彼」は対機械生命体用自動歩行兵器ヨルハ部隊アンドロイドであれば必ず随行し、その活動をあらゆる方向からサポートするために随行する支援型ユニットだ。ある程度の人工知能を持ち支援対象に対して最適な判断、支援をすることが可能であり、地上任務に赴くヨルハ隊員が司令部とやりとりする上で必須ともいえる存在。
そして、「彼」らが最優先するのは、ヨルハ機体が機械生命体と戦うために作られた「ヨルハ計画」。支援対象のヨルハ機体ではなく、計画のほうだということに4Sが気づいたのは地上降下して半年ほどのことだ。任務の単独さとS型特有の好奇心が先立ってこの唯一無二の相棒の構造を調べていた。そもそもヨルハ機体が随行支援ユニットを調べる、メンテナンスする必要はない。どちらかといえば逆だ。だから、あれは単純に強烈な好奇心からだった。
まず気になったのが「彼」の人工知能における判断基準、順位付けだった。最優先されるのは支援対象ではなく、「ヨルハ計画」。「ヨルハ計画」のことを、4Sはヨルハ隊員が知る必要のあること以外は知らない。だが、なぜ支援対象よりも計画が優先されるのかは気になった。まあ、地球上さまざまな箇所に派遣される地上部隊を統率する上で指揮系統がバラバラでは話にならないから、そういうことなのか、と、とりあえずその時は納得することにした。ところが、「彼」の人工知能を調べてみるとどうも奇妙なブランクがあることに気がついた。何らかのアクシデントのための緊急バックアップ用だとか、一時的に集積したデータを退避させる目的だとか、可能性は複数考えられるのだが、それにしてもそのブランクは大きすぎた。
そう、大きすぎたのだ。必要以上に。まるで、自分たちヨルハ機体のように随時学習し経験を積み重ねより的確な判断をするように。4Sが与えられている情報では、随行支援ユニットにはそこまでの人工知能は搭載されてはいない。だが、ありあまるブランクは、では、何のために存在するのだろう。自分に宛がわれた支援ユニットの蓄積データを上位から全て調べ、どのように行動するかあらゆるパターンの解析をした結果、どうも、「彼」もまた支援対象と共にある程度の変化をする――それこそ、アンドロイドと同じように感情のようなものがあるのではないか、という結論が出るまで時間はかからなかった。もっともアンドロイドのように感情に支配され的確な判断を違える可能性は非常に低かった。計算上も、それこそ1パーセントにも満たない確率だ。
だが、ゼロではなかった。可能性は、あった。
そしてその可能性は、自分に宛がわれた、この無味乾燥極まりない、事務的なつまらない口調の相棒は、ともすれば本当に「唯一無二」の相棒たりえるかもしれないということを示している。そう考えるとたまらなく楽しくなったし、面白そうだと思った。想像だけで興奮して何かしたくてたまらなくなる。その可能性を、可能性だけにとどまらせておくのはもったいなかった。
だから、相棒に手を加えようという決断をすることに、4Sは何ら疑問を持たなかった。
司令部からは禁止事項として再三警告されていることも、己の思考がその領域に達してアラートが表示され続けようとも関係なかった。邪魔なアラートは自己ハッキングしてその都度解除していたのだが、あまりにも頻繁すぎるためにアラートを発するための警告システムそのものを削除した。
それは、本来ならば第一級禁止事項に該当する行為だ。第一級禁止事項とは、自己機体の改造および支援機の改造。メンテナンスではなく「改造」という表現が使われている。その他には旧人類の遺産・遺跡を破壊するような戦闘行動、およびそれに順ずる行為。あるいは僚機・仲間に対する攻撃行動とある。そしてそれら第一級禁止事項に該当するような行動を、ヨルハ機は取ることができない・しないための警告システムおよびアラートで、それを解除出来るのはハッキングに特化しているS型のみだ。
ヨルハ機体と呼ばれるアンドロイドたちはあくまでも兵士としての任務を遂行することを求められる、だから、必要以上の詮索をすることはないように本来であればつくられるはずだ。自分たちは軍隊なのだ。それは、S型であれ同様のはず、そう4Sは考えていた。けれども、自分自身の思考がヨルハの規律から時折逸脱することがあると気づき、その意味を4Sは考えたのだ――たとえば感情を持つことを禁止するという、だったらなぜ旧人類が持っていた感情を人工知能に学ばせインプットしたのか。インプットせず、兵士として、あるいは兵器としての機能と人工知能と最低限のルールだけを学ばせればいい。或いはすでに試していて、それだけでは機会生命体との戦いには勝てなかったのか。だから、凡そにして不具合が見られることの多い感情というものをアンドロイドにもたせたのだろうか――こういう思考の自由すら、ヨルハ機体にはあるのだ。ともすればヨルハ部隊、「ヨルハ計画」そのものを揺るがす可能性だってあるはずの、危険な思考や思想、そして製造時に「なぜか」インプットされて「なぜか」こんなことを考えてしまう。たとえば自分たちの存在の意味。たとえば、自分たちがどうしてそのように作られたのかという理由。そして、「敵」である機械生命体の分析。
4Sの任務は「敵地に潜伏し、情報を収集し、可能であれば機械生命体を従属化させ、利用すること」だ。だから、機械生命体の分析は半ば任務でもあるし、こういう性質を持つ自分だからこその任務と、最初は張り切った。
ところがこの指令は司令官から直々に「言い渡された」。それも、別の地上任務についている最中で、そういう場合であればまずはオペレーターを介されるはずなのだが、画面に映し出された相手は見慣れたオペレーターではなく司令官そのひとだった。
司令官直々の任務。ヨルハ部隊に存在しているというE型――通称味方殺しといわれる、脱走者や反逆者を始末する専門化であれば司令から直々の任務を請け負うことはあるだろうが、それ以外にもまれにこういうことがあるというのは、知っていた。けれどもその目的が敵の殲滅ではなく従属化。4Sはそこで最初の疑問を抱いた。それから、どうして自分はこんなことを疑問に思うのかと随行する支援ユニットに質問してみたが、その質問には、当時の「彼」は答えてはくれなかった。
考えてみると「彼」に手を加えてみたいという欲求は、その時から覚えていたのかもしれない。それがたとえ禁止事項だとしても、その為の手段があるのなら、知識があるのなら、4Sにその欲求を抑えるという選択肢はなかった。
そして4Sにとっては幸いなことに、そのために必要な知識は彼自身の周囲には山ほどあった――4Sの地上任務先であるこの森林地帯の遺跡には、旧人類がのこした「知」の遺産が山のように埋もれていたのだ。そして、強固なコミュニティを持つ機械生命体たちが存在していた。
そして4Sには、必要な知識を集めて分析する時間も、必要な材料を集め試行錯誤する時間も、無限に存在していたのだ。
最終的に変えてしまうにしても、「彼」のことは「彼」に選んでほしい。
己の手を加えるという一方的な行為の言い訳として、人工知能方面に関しては、「彼」が本来持っているであろう個性といってもよい思考・感情の可能性を最優先するように調節した。「彼」には4Sが収集しえる古今東西のあらゆる宗教・思想・倫理・言語をインプットした。そしてそこから「彼」が望むもの・好きなものを能動的に選び取ってほしいと思った。 ただ、自分を友人、支援対象であるというその一点だけは初期設定のまま――逆に、そこだけは譲れなかった。本来「彼」の選択を最優先するのならば、「彼」に選んでほしいという思いもなかったわけではないのだが、流石に敵地の真っ只中でゼロから「彼」と関係性を構築している余力はなかった。
余力があればもしかすればその設定すらしなかったかもしれないのだが、「彼」が自分と良好な関係を望まない可能性を考えると、それは自分自身が任務を遂行する上で障害になるだろうな、という判断が、まずはあった。
要するに、それは、寂しいし不安だからだ。
純粋にひとりという状況を4Sは知らない。孤独という概念が、わからない。自我データをインストールされ起動されたその瞬間から、「彼」は4Sにとって相棒だったのだ。「彼」が隣にいないことなど、考えられなかった。
単独任務が主体のS型は、なぜか往々にして孤独という概念を理解していないことが多いらしい。らしい、というのは、4Sが他のS型に関して殆ど知らないからだ。ただ、ヨルハ機体の全体的な傾向として4Sが知ってるレベルでの認識だ。単独でいることが多いのに、単独でいる――ひとりでいるという概念がわからない、というのも不思議なのだが、実際にわからないのだから、仕方なかった。これももしかすれば、このポッドの初期設定次第では理解できるのかもしれない。そういう好奇心が疼かないわけではなかった。
けれども、なんだか、孤独だということは、こわい気がした。この地に赴任して多くの旧人類の書き記した書物(データベース化されたそれではなく、現物だ)を読んだけれども、その多くで孤独というものが時に人を蝕むものだという知識だけはあった。そして、4S自身もそういう知識だけはあった。
知らないもの・ことを「こわい」と思うのは、初めてだ。そしてその先を――自身が孤独であったのなら、という仮定の先を、4Sは想像できない。警告システムを解除してしまったことを少しだけ4Sは後悔した。けれど、その先を想像しようという気になっていないのだから、システムがあろうがなかろうが関係はない気もした。
いってみれば手前勝手な理屈を押し付けているだけだ。これは4Sのわがままで、望みだった。
「ごめんね」データを調節するときに、誰とはなしにこぼれた謝罪を、「彼」は聞いていてくれたのだろうか。聞いていてくれたことにしたかった。
「でもさ、ひとりっていうのは、寂しいんだよね。だから、君がとなりにいてくれると、うれしいんだ」
見慣れた鈍い黄色の筐体をそっとなでる。起動したら「彼」は何を言うのだろう。「彼」は何をするのだろう。「彼」は何を見るのだろう。「彼」は何を感じるんだろう。どう感じるのだろう。
たくさんの期待と、少しの不安。興奮と、それから若干の後ろめたさ。いくつもの感情が混ざり合う。
4Sは、起動のためのシークエンスを順にこなしてゆく。それは、アンドロイドの起動よりもずっと簡単で単純な行程なのに、なぜかとても長い時間を経るように感じられた。
考えてみると、「彼」の起動音を聞くのは、初めてだ。4Sがこの世界に誕生したとき、すでに「彼」は隣にいたのだから。再起動なども、したことがなかった。
ふわりと黄色い筐体が宙に浮く。大小四つのアームが、何かを掴むように――たったいま向けられた質問に対する答えを探るように複雑に動く。静かな駆動音に問題はなさそうだ。アームの間接部分も問題はない。ハード的な問題はないはずだ――そちらには、殆ど手を加えてはいないのだから。問題は内面、つまり人工知能部分だ。
「おはよう021。どう、気分は?」
最初に「彼」に言う言葉は決めていた。散々悩んだあげく、無難な言葉を選んだ。「彼」が選んだ人工知能のレベルによっては、質問の意図が理解できなかった場合少し面倒くさいかな、というのが理由だったが、それならそれで学習を積み重ねればいいだけだったのだが。
「気分?えっとー。あー。まー、まあまあてとこ?電波状況はあんまよくねーけど感度良好っスよ。そういう4ちゃんはどうよ、ちゃんとメンテしてんの」
52時間ぶりに聞いた「彼」の声は、「彼」のまま。反応速度も音声認識も、4Sに対する反応も良好だから、その点に関して問題はなさそうだ。けれども、口調は劇的に変化していた。変化しすぎていて、自分がそのように手を施したにもかかわらず、一瞬、目の前の随行支援ユニットから発せられた音声が「彼」のものと認識できなかった。
そして、次の瞬間に4Sが覚えたのは、表現のしようがない歓喜だった。自分が行った行動の結果、自分が想定していなかった方向に物事がすすんだのだ。そしておそらくは、自分の、望んだ方向に。
「彼」から発せされた声は、友好的ともいえた。4Sの質問に的確に反応し、逆に4Sに対して「彼」なりの気遣いすらある。口調はだいぶクセがあるが、さまざまな言語・スラングもインプットしたから「彼」が勝手に選んだのだろう。
「あれ。なんかテンションひくくね?もしかしてまた定期メンテさぽった?前のメンテから60時間近く経ってるしマズくね?あ、いや、けどむしろテンアゲっぽい?え、ちょっと4ちゃんマジどうしたの。自我データ、ヤバめとか?したらさすがに報告してバンカーでちゃんとオバホしてもらう必要ある系?」
これをどう言葉にしろというのだろう。
うれしすぎて、言葉がでてこない。4Sが感激のあまり言葉を失っている状態を、何らかの不具合と判断したのか次々と「彼」から繰り出される言葉はすらはっきりいって未知のもの。けれど、「彼」は、確かに4Sのことを気にかけている。手を施す前と何ら変わりない行動をしてくれている。うろうろと、まるで困惑したように4Sの周囲をただよい、あらゆる角度から点検しようとする。「彼」は「彼」に違いない。
何かいいたいけれど、本当に言葉がでてこない。どうすればよいのかわからないという経験も、4Sにとっては初めての感覚だ。けれど、この、生まれ変わった「彼」、友人であり相棒であり、ほんとうに唯一無二の存在であるポッド021に、この喜びをどう伝えればよいのか、いつもならば回転の速い思考領域は、けれどもさっぱり動いてはくれない。ああ、でも、故障でも不具合でもない、そのことは4S自身がよくわかっていた。
そして、親愛を表すという行為は、表現は、なにも言葉だけではないのだ。この旧人類の知の宝庫で過ごしていれば、そのくらいのことは知っている。
だから、あいかわらず落ち着かない様子で周囲をうろうろとしている「彼」のアームに、いつだってさまざまな支援をしてくれて、4S自身をメンテナンスもしてくれている機械の「手」にあたる部分を握る。それはアンドロイドの人工皮膚のようにほんのりとぬくもりなどは感じない。無骨で、金属の骨組みそのままの、けれども人類の手を模したような部品だ。
「うぇ?え?」
「大丈夫だよ、心配要らない。心配は、いらないよ。ただね、021が元気そうで、僕はうれしいんだ」
声が上ずって、こみ上げる興奮がおさえられなくて、思わず、握った指先に力が篭ってしまう。021は、やはり困惑したような声を不明瞭に発しながら、おずおずと4Sの手を、指を、戸惑うように、握ってくる。これでいいの?これが、適切なの?そんなふうに思える行動は、まるで、学習途中の未発達の人工知能だ――そう、そういうふうに、4Sが設定したのだ。だから、これは、当然の反応だ。
けれどもうれしい。これ以上ないくらい達成感と、充足感と、そして新たに生まれ変わった相棒がどんな風に動いてくれるのかまったくわからないのだという期待。あの多大なブランクにたくさん流し込んだ情報から、021はいったいどんな情報を選び、示すのだろう。そう、自分自身が想像できないからこその楽しさは無限ともいえる。
任務を達成しても、きっとここまでの感情を覚えることはないだろう、そんな風にすら思った。
山ほど君にききたいことがある。君がはじめて目にした世界は?見たものは?感じたことは?伝えたいと思ったことは?けれど、それよりも、なによりも、君には最初にいいたかった言葉があるんだ。「ハロー、ワールド、ようこそこの世界へ。おはよう、021」
そんな風に「改造」した021と過ごすようになって三年弱。4Sは初めて同僚・仲間・つまりは自分と同じ名を冠するヨルハ機体と会った。バンカーにいた頃に言葉を交わしたとかそういうのは数にいれてはいない。4Sはロールアウト直後に地上に降下したから、確かにバンカーから地上に降下する際にある程度他のヨルハ機と対面したり、言葉を交わした覚えはあるけれどそれを「会った」とは言わない。最初の任務を終えて帰還する前に次の指令を司令官直々に受けて、そのまま森林地帯に潜伏し続けていたのだから。
彼は、自分と同じS型だった。散々情報だけは聞いていた、ヨルハ機体9S。新鋭機だとか、最新型だとか、まあ、その殆どが賞賛するような噂ばかりだ。やっかみを覚えはしなかったが、かといって気分がよかったかといえばそれも違う。なんにせよ自分にはあまり関係のないことだ、程度だった。
S型にしては妙に好戦的だな、というのが、第一印象だ。
基本的に近接戦闘を不得手としている4Sだからこそ、敵地に潜伏するような任務についているわけだが、彼はむしろ自分の逆のように見えた。同じS型だから必要以上の詮索はしなかったが、まるでB型やD型だといわれても外見上の特徴以外は納得してしまうような身のこなし、気配の探り方、相対し方。向こうから声をかけられたのは、やはり相手もS型だからなのだろうが、なんというか「殺意にまみれている」のだ。そうとしか説明ができない。敵意ではなく、殺意。明確に相手を、敵と認識しているのものを殺そうとする意志を隠さない。
だったら、先日受けた明らかに自分には不向きな任務を手伝ってもらえないかな、なんとも身勝手な考えだったが4Sが機械生命体のデータ収集の話を切り出すと、9Sはあっさりと承諾してくれた。承諾はしてくれたが、それ以上話題を広げようにも返事はそっけなく、向こうから声をかけてきた割には無愛想だ。
彼との情報共有でバンカーが落ちたこと、ヨルハ機体がほぼ全滅したことが確定したのだが、それほど衝撃は受けなかった。どちらかといえば納得すらしていた。ただ、司令官から直々に受けた指令を達成できなかったことと、その報告が二度とできないことには、寂しさのようなものを感じた。特別帰属意識があったわけでもないし、仲間意識すらもったこともない仲間たちだったが、殆どが死んでしまったとわかって何も感じないわけでもなかった。
9Sと会っている最中に、自分のそばに021がいなかったのは半ば幸いで、半ば残念でもあった。彼が連れていた支援ユニットは当然ながら一般的なヨルハ機体に追従する支援ユニットのようには見えたが、何かが違う気がしていた。小さな違和感、どこか9Sをかばうような、守るような動き。支援ユニットにもナンバリングが存在し、その数と同じ個性がわずかだが存在している。同じようだが。違うのだ。そして9Sの連れていたポッドは、「口うるさかった」。改造前の021も口うるさかったが、支援ユニットである以上許容できるレベルのそれだった。だが、あのポッドは必要以上に、ほんとうに必要以上に9Sを心配していた。まるでそれが己の存在意義なのだと、いわんばかりに。
そう感じたのは、4Sが己の支援ユニットに手を加え、細かな動作やそうした動作をさせる人工知能の仕組みを理解しているからだが、少なくとも本来設定されている人工知能のレベルで及ぶ学習機能では、あそこまで支援対象に気遣いはしない。4Sと9Sが初めて会ったとき、あの支援ユニットは4Sを敵とみなすか味方とみなすか迷っていた。小さな動き、ささいな部品のかみ合わせの音、機体の姿勢、そういったほんとうに細かなところで、「警戒」と「迷い」が同居し、最終的には支援対象を「庇い・守る」に最適な行動にいつでも移行できる態勢をとっていた。
「あの支援ユニットは面白かったなあ。君にも会わせてあげたかったよ」
「へー、4ちゃんがそんなふうに言うようなコ、うちらの中にいたんスね。ちょい興味アリ」
「そんなコって、あのさあ……確かにあの支援ユニットは女性型だったけど。そもそも君たちに、男性型と女性型があるのって、どういう意図なんだろうね」
「え、まじで、うそだべ、ちょっと4ちゃん、画像データとか持ってね?カワイコちゃんだったら、マジやる気でまくりテンアゲパティーンキタコレ」
「021、僕の話きいてた?」
「へ?自分らの型のこと?4ちゃんたちが昔の人間みたいにオトコとオンナと両方あるのと同じじゃねー?」
「答えだけど答えじゃないよねそれ……ナインズがくれたデータみると、機械生命体でも男性型と女性型があるみたいだし、不思議だねえ。これ、必要なのかなあ。動物とか植物とかが両方の性を存在させているのはさ、種の保存っていう意味なんだろうけど、でもこの説だって両性とか両方になりえる個体が偶発的にだけど少なくない数が自然界に発生するところを考慮したら、ちょっとあやしいよね、現に男性型の機械生命体から同じような男性型が生まれたらしいし……」
「自分4ちゃんみたいにアタマよくないから難しいことはわかんねーし、そういうのは9S?ナインズ?てのがまたきたら聞けばいいでしょ的」
021の砕けた口調はいつもどおりなのだが、なんだか早口で、言葉の抑揚にも妙な棘がある。もしかして、これは。
「あれ、君、少し機嫌悪い?」
「んなことねーし!自分がいないときに面白そうなことしてたのうらやましいとか、これっぽっちもねーし!」
言い訳にしてもほどがあるというか、まったくごまかす気もない021の言葉に4Sは思わず噴出してしまう。女性型支援ユニットの話にはあれだけ食いついたくせに。やっぱり支援ユニットは支援ユニット同士、気になるのだろうか。というか、仮にあの支援ユニットが男性型だったら、021の反応は違ったのだろうか、それとも同じだったのだろうか。そういったジェンダーに対するさまざまな理屈もインプットはしていたが、彼がその何れを選んだのか、今の発言でなんとなくわかった。ジェンダーというものに囚われていた時代のものなのだろう。それも、021の選択のひとつだと思った。
「ふうん。あのさ、君がそうやってすねている原因は、僕が勝手にナインズたちと会ったことなのか、それとも君と別の支援ユニットに君より先にあったことなのか、聞いていい?」
言えば、021は本当に拗ねたように4Sと少し距離を取り、くるりと筐体の背を向けて、大小のアームがひっきりなしに細かい動作を繰り返している。あ、これは完全に拗ねてるやつだ。021にアンドロイドのような表情はないけれど、改造後の021は細かい口調や動作や姿勢で、ひどく考えていることがわかりやすいのだ。
「ずりぃんだけど、その質問」
いつもよりも勢いに欠ける返事で、021は相変わらず表を見せない。筐体の表だろうが背だろうがさして変わりはないのだけれど、今、021の表の顔が見れないのは、それがたとえ自分の言葉と行動が原因であっても、少し残念で、さびしかった。
「ごめんごめん、意地が悪かったね。ほら、「彼女」の画像データを見せるから、機嫌をなおしてよ。君の好みだといいね」
そこまで言うと、さすがに021も拗ね続けるのもばからしくなったのか、くるりと勢いよく振り向いて、4Sが転送したデータを空中に投影し、拡大縮小し、様々な角度から眺める。画像を切り替える度に「激マブじゃん」「やっべ」「うわー」などなど、独り言をぶつぶつと呟きながらも真剣な様子に、これはお気に入り確定かな、と4Sは静かに微笑んだ。なんにせよ、相棒が新しいことに興味を持つことは、うれしかった。
「つまりさ、君はあの支援ユニットに一目惚れしちゃった状態」
いつもの定期巡回と称した散歩――支援ユニットが支援対象から離れた状態で稼動できない制約も取り払ったため021は好きなとき好きなようにこの森林地帯の遺跡を探索している――を終え戻ってきた021に直球で己の結論をぶつける。
相談できる相手もいないし、ひとりで考えたところで出ない結論はどこまでも出ないのだから、もうこれは直接相手に切り込むしかなかった。
「何言ってるの4ちゃん」
「僕がこの結論に至るための理由は結構あったよ。まずね、定期巡回が増えた。戻る時間も遅くなった。君の移動ルートを見る限り危険な場所に近づくわけじゃなく、むしろ敵性機械生命体がいないようなところを、どうしてかうろついているよね」
「それはまあ、その時の気分次第っていうか」
「あくまでも今までの傾向からの主観的な判断だけど、今まではわりと決まったルートしか行かなかったでしょ。どっちかっていうと面倒くさがってたし。それが、なんだか君から行ってくるって言うことが増えておかしいなとは思ったんだ」
「いや、まあ、それは、なんとなく自分それに目覚めたっていうの」
「あれは要するに君の機能を確かめるのと学習のためのただの散歩だよ?ふたつめ、一緒にいても動作がぎこちないし、言動がちぐはぐなことが増えてるし、上の空なこともあるし……僕の話をあんまり聞かないのは君の個性だって認めてはいるけれど、それとは別。聞いてないんじゃあなくて上の空だよね。ログもたまにちゃんととってない時あるし」
「いや、それは、たまにちょっと調子悪かったり動作テンパったパティーンで」
「君を動揺させるようなことなんて、「彼女」と僕があったこと以上のことはここ十日起きてないよ。それは別に責めてないから。そうじゃなくて、ね。みっつめは、君のデータ参照ログ」
そこまで4Sが告げると、021は「あーーーー」と唐突に叫んで4Sの目元・ゴーグルの上から覆いかぶさる。そもそもデータログ、と言ったのだから、目元を隠されたところでまったく意味はないのだが、021がとっさにとった行動がとんちんかんすぎて、思わず笑ってしまった。
「ほら、図星だ」
「だだだっ、だってよっ、4ちゃんそんな話は聞いてないし自分!てっか、ヒトのログ勝手に覗くとかマジ趣味悪ぃからねぇからサガるわ~……」
「あのさあ、君は僕の支援ユニットだよ?君だって僕の稼動ログは全部詳細に保存しているんだから、お互い様なんだよ。それから僕はスキャナータイプ。分析調査特化型支援タイプヨルハ機体4S。僕と君との間に隠し事はできないし、無理だからね」
「まっじ最悪、いや、わかってっけど、実際にそうキッパリ言われるとまじでウチラの関係これねえな~ってなる……」
「確かに個体情報の保護っていう点で考慮するとありえない関係だけど、別に必要でもないじゃない。それでさ」
がっくりと肩(?)を落とす021の上側を軽く撫でると、不服そう(に見える)に筐体を上に向かせて021は支援対象を眺めた。
「「彼女」のどこが好きになったのか、教えてくれる?」
「ハア?」
そう、その時はっきりと、021の表には「ありえねー」という感情が浮かんでいた。
「やっぱりそれって、君の言う性差から発生してるのかな、君のジェンダーに対する認識。つまりは種を保存するために性交できる相手って認識してるっていうことだよね。でもそもそも僕らにも君たちにもその機能はないから妄想だけで終わるけどさ。僕にはポッド同士のことなんかわからないし、そもそも何がいいとか悪いとかも理解できないし、でも君の事は気になるし。まして状態が不安定だったら、その理由を知って、どうにかしたいと思うでしょ」
「……あのなあ、4ちゃん……」
「うん」
「いや、いいっスわ……4ちゃんが4ちゃんなのは、自分一番知ってるんで。けど、説明してもわかんないんでね?」
「あ、うーん、確かに、たとえば君にとっての美醜の話とかは、理解するのに僕なりの価値観を交えないと理解は難しいと思うけれど、そういう前提で、それでもいいっていうなら、君の言葉で話してもらえると一番うれしいかなあ」
「4ちゃんは優しいんだかバカなんだか考えなしなんだか頭いいんだか無神経なんだか、たまにわかんねーな」
「へえ、君って僕のことそういうふうに見てたんだ。他人から見て僕がどういう風に思われるのかってわからないから、貴重な意見をありがとう」
「だからさあ!そういうのがさあ!あ~~、もう、ったく、やりづれぇなあもう……はいはい、4ちゃんの言うとおり、自分、画像見ただけで惚れました、あと!勝手に4ちゃんのデータベースからひっぱってきて調べました、ポッド153、ヨルハ機体9S随行支援ユニット、女性型、クールに見えて実はむちゃくちゃ支援対象を大事にするちょっと重いオンナだけどその一途さが正直たまらんしカワイイし魅力的かなって!しかもむちゃくちゃビジン、無自覚デレとかもうたまんねーわ」
「え」
「……え?」
「そうなんだ、あの支援ユニットのナンバリング153なんだ。じゃあ君よりだいぶ年下?」
なんだか妙な詳細情報を一方的に聞かされた気がするが、確かにヨルハ機体には標準的なデータベースは搭載されていて、かつ自動的にバージョンアップされる。本部とそこまで密に連絡はとっていなかった上に自分自身の義体バックアップはダミーデータを流し続けていた4Sだが、自分が必要だと思う情報や、単純な情報の更新は常に受け取れる状態にしてあった。バンカー陥落前の最新情報の蓄積だけはされていたのだ。だから、調べようと思えば9Sの随行支援ユニットについても調べることはできた。単に、4Sの興味がそこに向かなかっただけで。
「いや、自分ら支援ユニットはアンドロイドみたく一体ごとに生産されるわけじゃなく、わりと一括生産だけど、代は確かにちょい後スかね。けどそんなの関係ねえから!」
「いや、うん、別にそういうの僕は気にはしないけど。何なら君が惚れた相手が無機物だろうが、動植物だろうが、応援はするよ?」
「なんかやな言い方じゃねーそれ」
「そうかなあ。僕としては、君の、その恋心は大いに応援したいっていう意思表明なんだけどなあ」
「喜んでいいのかそうじゃねーのかほんっとわかんねー、クッソ複雑」
「まあいいじゃない。君の好みのコだったんでしょ、153」
「好みっていうか、激マブ美形すぎてイミワカンネっていうか、それで惚れなきゃオトコじゃなくね的な」
ぶつぶつと言い訳のように言葉を重ね続ける021に、これは次にナインズが現れたときに一緒にいなかったらかわいそうだな、と4Sは思った。
「あのさ、ナインズ。ちょっと頼みがあるんだけど」
9Sは、定期的に4Sにデータを渡しに来てくれる。態度はともかく、そういうところは妙に律儀というか義理堅い性格なんだなと感心した。ナインズという愛称で呼んでもいいと承諾してくれたり、協力してくれるところみると、やっぱり彼も自分のようにさびしいのかなあ、と勝手なことすら考えているが、流石にそれを口には出さない。ただ、会う度に彼の状態がどうも悪化しているように見えたのも気になったし、支援ユニットの方も疲労しているように見えた。けれども、それを言葉にするほど4Sと9Sは、まだ打ち解けてはいなかった。
だからこの申し出をするのも、少し勇気が必要だった。なにせ、相手は自分よりもはるかに高性能で、攻撃能力もある相手なのだから。一方で、この申し出をたぶん9Sは断らないだろうな、という確信めいたものも4Sにはあったのだが。
「何」
「たいしたことじゃないんだけどね。僕の相棒が戻ってくるまで、ちょっとここにいてほしいかなって」
「相棒?君に僚機がいたっていう話は聞いてない」
そうか、自分が彼のことを知っていて調べたように、相手も同様だ。まあ、それはそうだろうな、と4Sは納得する。協力するにせよなんにせよ、相手の正体を可能ならば探るのは当然だろう。まして、ウィルスの広域汚染後、バンカーが陥落し仲間がほぼ全滅した後ならば、なおさらだ。
「ああ、そうじゃなくてさ。ポッドのこと」
「ポッド?そういえば君のポッドを見たことがなかった」
そこで初めてその存在に気がついた、という表情を見て、なんだか彼には余裕がないんだな、と4Sは感じた。S型らしからぬ剥き出しの殺意や事前情報とはまったく違う態度も、理由があるのだろう。僚機を失ったのが、その原因なのかもしれない――彼が単独行動ではなく、本来ならば僚機と行動をしていたことは知っていた。一度彼らはこの森林地帯を訪れてもいたのだ。けれど、4Sが出会ったのは9Sだけだ。だから、おそらく僚機はもうこの世界に存在していないのだろう。
「まあそれは、いろいろ理由があって」
「……あまり時間をとらせないでよね」
「大丈夫、気にするほどの時間は必要ないとおも……、あ、戻ってきた」
「今日の賢者タイム終了~、特に報告はな~、って、おわぁああああ?!」
「は?」
9Sの表情が思い切り顰められる。021が、絶叫してひっくり返る(上下見事にさかさまだ)。4Sは思わず苦笑いをした。なんというか、タイミングがいいのか、悪いのか。
「ちょ、ま、きいてねーーーし!きいてねーーし!心の準備ってもんがあるし、4ちゃん人が悪くね!?教えてくれてもよくね?!」
「う~ん、教えようかなってタイミングで、君が戻ってきちゃったんだよねえ」
「4S、何だよこれ」
9Sがものすごい顔をして021を指差して、にじり寄ってくる。
「ああ、えっと、どこから説明しようかな……説明すると、時間かかるけど」
「そんなのはどうでもいい!僕にもわかるようにちゃんと説明してくれ!」
相手はS型だから、これはことの発端から説明しない限りは追及されそうだ。しかも、この勢いだと誤魔化したら怒りそうだし。少し面倒になったなあと思いながらも、4Sは楽しくて仕方がなかった。
それはそうだろう、今までは「誰にも」教えたことはない自分だけの成果を、初めて誰かに教えるのだから。
「君は、バカなの」
全部を聞いて理解したであろう9Sの第一声は、それだった。そして、盛大なため息が漏れた。
「そうだねえ、判断の仕方や見方によるけど、否定はしないかな」
「そこは否定してほしかった、自覚があるならなおさらひどい」
「ごめん」
「謝られても困る」
「だよね、まあ、なんとなく流れで?」
「このポッドがおかしいのも、君が改造したからなんだろ。自分が何やって何言ってるかわかってる?」
「いやいやいやいや、021はおかしくないよ、ちゃんと人工知能は学習を繰り返しているし、結果も僕自身が保証する。何なら学習成果のデータ見せるけど。僕に対する君の評価はちょっとおいておくね」
「いらない。あ、いや、気にはなるからデータだけはほしい。感想とかは今求められても困るけど」
「了解、じゃあ適当にまとめて転送しておくね、君のポッドに、ね」
そこでまたなんともいえない絶叫が背後から聞こえたのだが、先ほどから十分すぎるほど繰り返されているので、すでに4Sも9Sも慣れたものだった。S型の適応力がこんなところで発揮されているのが妙におかしかった。
「で?要約すると君が改造したポッドが、僕のポッドに一目ぼれしてのた打ち回ってる、現在進行形っていうこと」
「疑問:ポッド021が一目ぼれした原因、および理由。我々に次代を残すための生殖行動という概念は存在しないし必要もない。よってそれにより誘発されうる恋という状態、あるいは発情状態になる概念も存在していない」
「ポッドの疑問はもっともだし、僕もそれは知りたい。画像データを見ただけで惚れるっていうのは、よくわからない」
153自身の疑問に、9Sが同調する。それは実のところ4Sにもよくわからないのだが、肝心の021は先ほどから挙動不審で自分自身のことを自分でコントロールもできないような状態なので、4Sが知りうる限り代弁しなければならなかった。
「旧人類の間でも一目ぼれっていうのは存在していたから、そのまま状態だっていう認識を僕はしているけど。153のいう発情状態っていうのは近いかも。だったら、もうそこにそれ以上の理由はないでしょ。ポッドの外見的特徴にしても、僕たちアンドロイドから見たら画一的で変化に乏しく差異はカラーリングぐらいしか認識できないけど、ポッド自身の人工知能が本来設定されているよりも上位レベルに達して感情のようなものを持つとすれば、ポッド同士での認識レベルでの可能性としてはゼロじゃないし」
「だから、そういうのがバカだって言うんだよ……仮定そのものがありえない。何をどうしたらそういう発想になるかなあ。極端な言い方すると、義体の部品同士が恋愛をするかっていってるようなもんだ」
「その表現はあんまり適切じゃないなあ。義体の部品は部品であって、人工知能は搭載されてはいないんだから。部品にまで知能を搭載したらそれはそれで面白そうだけどそれに関しては今はおいておこう。褒め言葉として受け取るね。同じS型の君にまでそういわれるっていうのは、つまり相当レベルっていうことだし」
「だ、か、ら!言葉通りの意味だよ」
「報告:ヨルハ機体4Sの説明は根本的な仮定の問題以外においては、論理的ではある」
「ほら、当の153が認めてくれたよ。君が僕をバカ呼ばわりするのは、理解できないような行動をして満足しているからだろうし、本人が納得してくれたなら何も問題はないよね」
「だから根本的に問題が大アリなんだって言ってるんだよ……」
「まあまあ、バンカーももうないしさ、規律破ろうが禁止事項に該当しようが誰も怒らないし、迷惑もかけてないし、あ、いや、君と君のポッドには少しかけてるかな……これは意図的ではないんだけど」
さすがに、改造の結果他のヨルハ機体の随行支援ユニットに一目ぼれしました、なんていう結果は、想像しようがなかった。
「だからそういう問題じゃないって……ああ、もう、君と話をしてると疲れるな!」
「そうなんだ、僕と話していると疲れるのか。そっかー……一応参考にしておく」
「一応じゃなくて根本的に自分の言動見直せっていうか、可能だったらオーバーホールしろよもう」
「ん~、流石にちょっとその要望は対処できないかなあ、ヨルハ機体のメンテナンスができるアンドロイドって、もうほとんど地上にいないんでしょ。ああ、話が完全に逸れてるね。021の今の状態は、観察してた僕が一応結論に至れるくらいには奇妙だったし、いわゆる発情状態、恋をするっていう状態に陥った人類のそれと酷似しているし、なによりも021自身が断言したからね」
「ポッドが自分で恋してるって自白する、その状況がまず理解できないんだけど」
「賛成:我々支援ユニットに搭載されている人工知能で、人類のように特定の相手に執着し思考が乱され合理的判断が下せなくなるという事例はありえない。まして生物が種を残すために発情し性交し満足に至るようなレベルであればないと断言する。我々は、常に判断を違えないように作られている」
「あーーーっ、もうしんどいッス、むりっす、むり、もうむり、自分で無自覚にそんなこといっちゃう153ちゃんほんとムリ」
「しんどいのはいいから021ちょっと黙って、静かにして」
「サーセン」
「……僕も、153の意見に概ね同意するよ。彼らに擬似感情めいたものが存在している可能性を完全に否定はしないけれど、そういう事例の報告は存在していないから、あったとしても偶発的なもの、たまたま、そういう場合だけじゃないかな。アンドロイドのような行動は、彼らはとるはずがない。彼らは、ヨルハ機体の支援ユニットで、あくまでもそのための存在だ」
「じゃあ聞くけれど、君の支援ユニットは君だから支援している、っていう可能性を考えたことはある?」
突然話題が己自身に向けられた9Sはあからさまに困惑していた。そして、再び理解できないという顔をする。
「ないよ。別に、このポッドだからとか、考えたこともない」
「それはやっぱりナインズがポッドはあくまでもポッドという存在だっていう認識で、随行支援ユニット――ポッドという存在に対しては人類会議が定めた枠から逸脱した考え方をしていないってことなんだけどね」
「だから、随行支援ユニットはあくまでも随行支援機体のサポートが目的だろ。サポートと……」
9Sが不自然に言葉を濁した。その表情とタイミング、ちらりと己の支援ユニットを見た目の表情から、おそらく彼もまた自分と同じ結論に至っていると――随行支援ユニットの最後の役割を、知っていて、けれども信じたくはないのだと理解した。同じ思いを抱いた瞬間を思い返して、4Sは少し苦いものが口の中に混じるような錯覚を覚える。「ヨルハ計画」に従う、随行支援ユニットとはそういう存在だ。あくまでも、彼らが従うのは、「ヨルハ計画」だ。仮定として「ヨルハ計画」にヨルハ機体が万が一逆らうようなことがあった場合、随行支援ユニットは随行支援対象を抹殺するだろう――021の人工知能とプログラムを調べるうちに気がついたそれを、実は4Sはそのままにしておいた。それが、彼を勝手に改造した贖罪で、自己満足だった。彼が自分を殺す対象だと判断したら、おとなしく始末されるつもりだ。彼がその判断を下したら、おそらく寂しいだろうけれど、生きていることそのものに、特に4Sの中にこだわりはなかった。
「そうだね。でも、今君は少し寂しいと思った。違うかな」
9Sが苦虫を噛み潰したような顔をする。無愛想ではあるが、やはりこのS型は感情表現が豊かだ。本来であればもっと快活で、会話も弾んだのかもしれない。そういう9Sに出会えなかったのは残念ではあったけれど、別に今の状態に不満があるのではなかった。現に9Sは4Sの話にえんえんと付き合ってくれている。S型ゆえの好奇心が刺激されるような言葉を選んでいる自覚はあったが、4S自身が別に意識してそういう話し方をしているわけではない。S型同士ならば、何かのきっかけで対話が続き議論に至ることくらいは、想定の範囲内だ。
「それは……まあ、常に行動を、ともにしているわけだし」
「だからね、逆もありえるんじゃないのって僕は言っているんだよ。例え人工知能がその領域に達してはいなくとも、近いものが彼女の中に存在しているんじゃないかなって」
濁した言い方をしてはいるが、4Sは確信している。何度か会えば観察する機会が増えるから、その微妙な変化を見つけるのはより簡単になる。そして、確実にこの153は9Sに対して彼女なりの執着があるのだ。それが、021のいうように無自覚なだけで。
「なんていうか、君、その、ヒマ?」
「ヒマといえばヒマだし、忙しいっていえば忙しいのかなあ。でもバンカーがなくなったから、結果的に僕に残された時間ってこのまま修理やメンテナンスをせず部品の経年劣化で稼動しなくなるまでの時間を見積もると、別に短くもないし長くもないのかなあ。けど、ここから必要以上に動かなくて定期的に部品交換が出来るなら、論理上ずっとこのままなんだよね、僕ら。余計な行動をしないで部品調達さえ可能だったらの話なんだけど」
「だったら敵性機械生命体のデータ収集、自分でやれば」
「あ、それはムリ。僕、君みたいに近接戦闘とかできないから。ハッキングはできるし運動機能自体は君と大差ないけど、戦闘向きな作りじゃないし。じゃなきゃあえて頼んだりはしないよ」
言いながら自分自身の義体プログラムと数値を9Sに転送すると、9Sは簡単に納得してくれた。こういう時はスキャナータイプだと話が早くて助かる。
「なるほど。その妙な理屈っぽさと発想の突拍子のなさも、個性っていう範疇なわけだ」
「そういうこと。適所適材っていうのはヨルハ部隊のいいところだったと思うんだよねえ。もう君たちの侵入の仕方も方法もむちゃくちゃで、そりゃあここの機械生命体だって攻撃行動しかとらないよってレベルだったし」
「ここの機械生命体は特別敵意が強いコミュニティじゃないか」
「そうそう、だから、君ほどじゃなくとも、僕もそれなりに優秀ってわけで」
「ある特定の領域に関して突出しているのは、認める。敵地で自分の支援ユニット改造したあげくそのまま雲隠れして三年近く生き延びてた生存能力の高さも、認める」
「ナインズが人を褒める時ってそういう言い方するよね。ありがとう」
「別に褒めてないし、断定されるのも面白くないんだけど」
「それで、う~ん……なんかごめん、僕が言い出しておいてなんだけど、これ以上君の153と一緒にいると、021が不具合起しそう」
「ハア?」
「ちょっとね、稼動音おかしいんだよね。言動はいつもどおりだけど動きもぎこちないし、ノイズが気になるから、一旦スリープ状態にして再起動しないと駄目かもこれ」
「……一応理屈だけは理解したつもりだったけど、やっぱり意味がわからない」
「まあ、それに関しては、仕方ないと思う。僕でも021が人間みたいに恋をしたっていう事態に驚いたし」
「実際に言葉で聞くと破壊力がすごい」
「同意:理解し難い状況が存在しているということを認めるのは、非常に難しい」
呆れたような9Sと同意する153に、4Sは肩を竦めてみせる。それから、視界の外で転がっていた021に声をかけた。
「だってさ、021。ちょっと休もうか、なんかだいぶ参っちゃったみたいだしね」
「りょ、りょ~:……あーあ、もう、なんか、動いてるだけでしんどいのマジ……むり……」
まるで瀕死の重症を追ったかのような切れ切れの声がかえってきたものだから、9Sはまた奇妙な顔をして、4Sは苦笑せざるをえなかった。
9S達が立ち去ってから一時間弱ほど経過した。結局、再起動が必要なレベルではなかったので、一旦強制的にスリープモードに持ってゆき、内部メンテナンスが終了した時点で021が起動するように設定して時間の経過を待ったのだ。
起動した021は、どことなくしょげているように見えて、思わず筐体上側を撫でていた。大小のアームはなんだかだらりと力なく垂れ下がっている気がする。
「元気だしなよ021」
「別に、凹んでなんかねーし。あのな4ちゃん、4ちゃんなんか勘違いしてっから、ソコんとこハッキリいっとくわ」
4Sが思っていたような反応ではなくて、思わず手が止まる。凹んでいるのではないというその言葉に多少の安堵を覚えてから、次に、好奇心が顔を覗かせる。彼は何を言い出すのだろう、少なくとも4Sが想像していたのとは違うことだと021は言う。期待するな、というほうが無理だった。
「うん?僕が何を勘違いしてるって?」
「まず、アレ。自分、たしかに153に惚れてるし、控えめに言ってゾッコンだし、しんどいし、たまんねーけど、それは自分の理屈だから、153関係ねえの。いわば一方的に惚れてるわけで」
「うんうん」
「そんで、153どう見ても9Sにゾッコンじゃん?それが自分のみたいな感情と同じかっつーとまたちげーと思うんだけどよ、まあそれはそれな。さすがにアレを見て、脈があるっては思わけーわけ。望み薄なことくらいハジメっからわかってっし、そんくらいの思慮分別はあるから」
「いや、ああ、うん、そうだね、流石に君は思慮深いからね」
「むしろ惚れたね!惚れなおしたってヤツか、コレ!もう、やっぱりクールで一途で無自覚で重くて不器用でチョーかわいくね?!マジでいやマジで、思ったとおりどころかそれ以上ッスよ、これでアガんねー野郎いねーわ、まじもう無理ムリむり、はー尊い、しんどい、いやーーー、生まれてきてよかった!」
「え?何、つまりその、君はあれかな、見てるだけでいいタイプなの?いやそうじゃないか……相手がよければそれでいいっていう?」
「何言っちゃってるかなあ4ちゃん、そんなんったりめーだろ、惚れた相手の幸せ願わねーヤツいねーし、そんなんいたらいっちょ自分ポコパンキメっから」
「そうかあ、君ってそういうタイプだったんだ……」
「いやいやいやいや最初からっしょ!4ちゃんひどくね?三年近く片時も離れず共同生活してたのに、ひどくね?」
「言い方」
「アッサーセン」
少しきつい口調になってしまったが、実のところ4Sは妙に満足していたのだ。だから、なんとなくからかいたくなって、つい強い言い方をしてしまう。彼の人工知能ときたら、恋という概念をすでに通り越していたのだ。
恋、あるいは愛とよばれるものについて、4Sは特に詳しいわけでも調べたわけでもなくて、ただ、データベースにある定義だけを文字通り参照しているだけだ。153ははっきり発情状態、などといったが、それはひどく限定的な言い方な気もした。なによりも目の前にいる相棒が、日々それを実践してくれるのだ。彼は、たしかに恋をしている。それも、自分自身が時に機能不全に陥るほどに強烈なやつだ。この廃墟に残された膨大な蔵書の中、小説といわれるカテゴリのさらに小分類である「恋愛小説」といわれるものも何冊か、多くはないが読んでいたけれど、それらはあくまでも文字を通してしか理解はできないし、書かれているものを4S自身が「そういうものだ」という理解し納得するしかない。けれど、021はそうではない。理解してもいいし、理解できなくともいいのだ。けれど4S自身は021のことを出来れば理解したいし、理解した上でこの関係を維持出来ればいいと考えている。
だから、彼の言葉が4Sにとって理解しえないものだったり想定外であれば、その理解に努める以外の選択肢はない。
「いや、ううん、君がそれでいいなら、いいと思うよ……つらくないならね」
「は?はー……やっぱさあ、4ちゃんわかってねーわ。ぜんっぜんダメ、ダメダメ、こういうのは理屈じゃねーから4ちゃん苦手かもだけど?」
「うん、ちょっと難しいかもね」
「あのなあ、スキな相手のこと考えて、つらいとかぶっちゃけありえねーし。いやまあそりゃなあ、幸せになってほしいとか?いやな思いしないでほしいとかはあるよ?てかむしろそれだけっつーの?だからもし153になんかしようってヤロウがいたら」
「あんまいないと思うけどそれ」
「だァら水刺すなっつーの、いいとこなんだから!その、くそフザけたイモヤロウがいたら、自分本気出してモードチェンジしてポコパンキめーの?153感激ーの?ハイ、黄金パティーン入りましたー?」
「そもそもその前に9Sがどうにかしない?」
「……そっスね……ガチめにスペック高ぇっすからね……」
「けど君がね、彼女のことをどういうふうに思ってるかっていうのは、僕なりにはなんとなくわかったよ」
なんとなく、と言ったのは、021に言われた通り、確信には至ってはいないからで、おそらくそれは4Sが021と同様の心理状態にならなければ理解出来ない代物だからだ。そして、そういう機会はあるかもしれないし、ないかもしれない。それはどちらでもよかった。知りたいと思う欲求もあるけれど、最優先すべき事項でもないのは確かだ。少なくとも、この021と一緒に時間を過ごして気ままに生き延びるほうが、4Sにとっては楽しいし、興味もあった。
バンカーが陥落して、任務を達成しても報告する相手もいなくなり、さてどうしたものかと、正直あの時不安にはなったのだけれども。
少なくとも、この唯一無二の相棒と共にいることさえあれば、退屈はしないですみそうだな。笑みと共にそんなことを考えた4Sの内心を見透かしたかのように、021は伸ばされた4Sの手を払い、ちいさな拳を作ってコツン、と腕にぶつけてくる。
驚いたように改めて021を見やれば、表情がないはずの黄色い筐体が満足そうに笑っているように見えた。