ねがい せかい 未来2/sample

 「おはな、うえる」
「お花、うえる、お花、咲くヨ」
「これはお花じゃなくて種、お花のもとだよ」
「お花のモト!」
「お花のモト、うえる」
「お花のモト、ホシイ」
「わかったわかった、わかったから、ちょっとまって。落としたら、探すのが大変なんだから…って、ちょっと!」
「お花のモト、うえタイ」
「お花のモト、たくさん」
「ジュンバン、ジュンバン」
「チョウダイ、いっぱい、チョウダイ」
「た、たすけて2B」
「そんなこといわれたって、私にはどうしようもない」

 機械生命体の子供たちに囲まれて9Sが四苦八苦している。私を助けを求めるように見るけれど、助力のしようがない。彼らは面倒見のいい9Sに懐いているし、彼らの関心は、今9Sが手にしている花の種だ。私も9Sにいくつか渡され、断る間もなく一緒に種を植えることになってしまった。
 森の国で見つけた珍しい(らしい)植物の種を採取した9Sが大喜びでオペレーター21Oに報告して、数分後、21Oから該当の植物を育てるのならばパスカルの村の地質が適当だと聞いて、その話を聞いたパスカルが勉強のために子供たちと一緒に植えたらどうかと提案してきた。座学だけでは飽きっぽい子供たちも、日々変化する植物の観察ならば楽しんでやるかもしれない。それに応じたのは9Sで、なぜか私も巻き込まれていた。
 そもそも私は植物の種を植えたことなんてないし、関心を持ったこともない。任務に関係のないことは、殆ど知らなかった。地球の生態系が以前よりもずっと豊かになっていたことも、水の中では機械生命体と元々棲んでいた魚たちが共存していることも、食事を楽しむことも、音楽を聴くことも、歌が美しいということも、知らなかった。アンドロイドの肌があたたかい理由も、痛みだけを感じる心が存在している理由も、なにも、知らなかった。
 それを教えてくれたのは、君だから、9S。
 君がいなければ、私は世界のことを知ることはなかった。
 君がいなければ、私は、願うことはなかった。
 私は兵士だ。戦うための、兵士でしかない。感情を持たない、戦場の道具だ。
 戦うための兵士の手は、種を植えることはない。命をはぐくむことはない。命の糧を作ることもないし、命を繋ぐこともない。人類のようには、なれない。
 命には、なれない。
 それでも私たちは繰り返している。正と死を、戦いと戦いの中の平穏を、命のまねごとを、どこまでも続く螺旋の中で、愚かしく、繰り返している。

「お花のモト、うえた」
「デキタ、オワッタ!」
「終わったら、ちゃんとまた土をかぶせて寝かせるんだよ。そうしたら、種は土の中の栄養を食べて、ゆっくり根を張って、顔を出してくれるからね」
「土、食べるノ?」
「ごはん、食べるノ?」
「うん、土の中に、大きくなるのに必要なものが沢山あって、それを食べて育つんだ。ごはんの他に、水も必要だから、毎日ちゃんとあげること。でも、あげすぎても駄目だから……一日一回、時間を決めてやるといいかもね」
「オッキクナル、オッキクナレル」
「ボクたちも、ごはん食べタラ、大きくなれル?」
「う~~~ん、どうなんだろ……機械生命体って進化はするけど成長はするのかな……ここはネットワークから切り離されてるから無理かな……いやでも例外もあるわけだし、今度オペレーターさんに聞いてみよう」
「お水、アゲルヨ」
「ごはん、食べたイ」
「お花のモト、大きくナル」
「あ、2B!2Bも早く種、植えちゃってください。そうしないと土が水でぐちゃぐちゃに…」
「お水、オミズ」

 見れば、一体の機械生命体の子供が自分の身体の半分はあるだろうブリキのバケツにたっぷりの水を運んできている。確かに、あれをぶちまけたらせっかパスカルと9Sが作った土が台無しだ。
 私は、自分の手の中にある硬い外皮にくるまれた命のもとを眺める。ここには、そうは見えないけれど命が既に存在している。
 それが、殺す為に使う私の手の中に在る。ひどい矛盾だ。まるで、心を殺し続けた代償に綻びだらけとなった私の自我データを象徴しているようだ。
 この命のもとは、きっと。
 視線を9Sに移すと、彼は不思議そうに私を見返した。子供たちが、それに倣うように揃って私に敵意のない視線を向ける。

「2B、どうかしましたか?」
「いや……」

 なんとなくいたたまれなくなり、私は、足元の地面を掘り出した。掘るといっても、指先で触れるとやわらかな土はすぐさま崩れる。こんな細かなものを植えたことなどなくて、感覚が掴めずにどんどん掘ってゆく私の手を止めたのは、機械生命体の子供だった。

「だめダヨ、あんまり、いっぱい掘っちゃ、だめダヨ」
「おねえチャンも、おにいちゃんのイウコト、聞かなきゃ、だめダヨ」
「いうこときかなきゃ、だめダヨ」
「オシエテモラウンダヨ!」

 気がつけば、私は、緑色の目をきらきら輝かせている子供たちに、囲まれていた。そして彼らは、私に、9Sの言うことを正しく実践するように、教えてくれている。

「あのね、こうするノ」

 私の手を止めた子供が、私の指先を導くように、別の箇所へと持ってゆく。機械生命体に触れられているのに、私は反抗もせず、されるがままに手を、指を、動かした。

「ゆっくりネ……やさしくネ……」

 まるで手本を見せるかのように、素朴なつくりの機械生命体の手が、土を搔き分けてゆく。そして小さな穴ができると、私に同じことをするように、透明な緑色の目を向けてきた。

「……わかった」

 私は、繊細な作業は得意ではない。指先の感覚だって、戦うためにはカスタマイズしているが、それ以外の細やかな作業などにはおおよそ適してはいない。当然だ、必要がないからだ。

「こんなこと、私には必要ないし得意じゃないのに……」
「大丈夫ですよ、2B」

 私のぼやきを聞いた9Sが小さく笑う。
 その時私は、言葉とは裏腹に、自分に出来る限界の繊細さでもって、このやわらかな畑の土と格闘していた。機械生命体のパスカルと、ヨルハ部隊の9Sが一緒につくった畑の土はやわらかく、指先ですら私の力ではすぐ崩れてしまう。けれど、私はあきらめずにもう一度土を戻して、もう一度ちいさな穴を掘る。寄り添っている機械生命体の子供は、ときどき私にアドバイスをくれるけれど決して手は出さなかった。まるで、私のこの行為を見守ってくれているみたいに。そして、それは9Sも一緒だった。

「ポッド、随行支援ユニットなら何らかのサポートができるだろう」
「否定:原因は2B自身の指先の感覚と力の調節が適切な数値ではないことだが、このような軽作業はヨルハ機体であれば自己メンテナンスの範疇である」
「肝心なときに、役に立たないんだから…」
「否定:本来であれば、このような行動はヨルハ機体特にB型やD型といった純戦闘タイプには不必要」
「それは、そうだけど」

 こんなとき、目を覆うゴーグルがうらめしい。視界に問題はないけれど、種を植えるときのサポートなんかしてくれない。結局は、私は私自身の限界と戦うしかなかった。
 たかだか、ちいさな種ひとつぶなのに。
 何度も失敗して、その度になおしたものだから私の触った場所はひどくでこぼこになってしまって、根本から直さなければならなくなりそうだった矢先、ようやくちょうどいい深さの穴が出来た。

「おねえチャン、デキタ!」
「やりましたね、2B!」

 まだ種を植えていないのに、寄り添ってくれた子供と9Sが歓声をあげる。私は少しの達成感とともに、肝心の種をようやくその場所に収めて、丁寧に土を被せた。

「……できた」
「お水、アゲル、おねえチャン、あげて」

 水を運んできていた子供が、私に、大きめの葉を器のように利用して適切な量の水を、両手で差し出してくる。
v 「ありがとう」

 私は水を受け取ると、ひどく緊張して葉の器を傾けた。水滴が落ちて、土に染み込む。染み込んだ水は土の中でやがて種に届くのだろう。そして、種は水を吸い、いつの日か自ら殻を破って芽生えようとする。それが、命だ。私たちアンドロイドが、どれだけ望んでも、望んでも手に入れられない生命の循環だ。

「2Bさん、種を…植えてくれたんですね」

 声をかけられて、初めて気がついた。私の背後にはパスカルが立っていて、子供たちと戯れている。

「その畑の土は、機械生命体の私と、ヨルハ部隊の9Sさんで、種を発見した土壌と同じような成分にしました。それから、太陽の当たりかたも同じようにしました。少し特殊な植物だったんです。でも、そこに、あなたが子供たちと一緒に種を植えてくれました。機械生命体とアンドロイド、敵対している我々ですが、この畑はきっと、そのふたつの架け橋になるでしょう。それは、平和への道になります。子供たちにも、そのことを教えたかったんです。私たちは、異なることはたくさんあります。ですが、きっといつか…わかりあえると。私は、そう思ってます」
「…パスカル、私は…」
「2B」

 9Sがそっと声をかけてくれなかったら、私はパスカルの言葉をとっさに拒否していただろう。私自身が行った行為を、自ら否定しただろう。それは、私が兵士で、戦いの道具でしかないから。私は、私だけでは、結局何も変わらないのだ。光を知ることはなく、世界を知ることはなく、命を知ることはなく、種の頼りない小ささも、それをはぐくむ土のあたたかさも、機械生命体の考えも、なにも、理解しようとはしなかっただろう。  けれど私は知ってしまった。彼と、9Sと出会うことで、行動を共にすることで、見てしまった。
 光のあたたかさを、青い空の美しさを、食べることの楽しみを、音楽の繊細さを、触れ合うやさしさを、そして、命というものを、認識してしまったのだ。
 私は否定しかできない。私は今を生きることで精一杯だ。それなのに。それなのに。

「ここは私が責任を持って子供たちと世話をします。芽が出たら、お知らせしますね」

 ああ、どうしてだろう。いのちというものは、こんなにも。9S、君が。君が見せてくれたものは、とても。
 私は私を縛り付ける私の呪いから、解き放たれたいと、ほんのわずかに、願ってしまった。私は、見てはいけない世界を、見るはずのない未来を、見てしまった。どうしていいのか、わからない。