こんなに不安定な気分になるのは、初めてだったとハピは思う。嬉しい時もある、ふわふわと現実味がないときもあるし、なぜだか胸が詰まるときもある。そうかと思えば苦しくなったり、意味もなく泣きたくなったり、感情がぐちゃぐちゃと混じりあったりして理解できなくなることもあった。思わずなんどもため息をつきたくなるほどに、だ。そしてそのため息をつきたくなる理由も、よくわからないが、原因だけは、はっきりしていた。
故郷の村にいたときは当然、アビスに来てからだってこんな気分になったためしはない。そもそもハピはあまり他人に強い関心を寄せようとはしない――それは、自分の体質のせいもあるし、他人と強い結びつきを感じるのはなんとなく面倒くさいと感じるからだ。それでも、ユーリスやコンスタンツェ、バルタザールとの距離感は、好きだった。なんとなく一緒にいて、なんとなく過ごして、なんとなく話して、独りでいたければ放っておいてくれたから。
敢えて深い理由を問うこともなく、この場に居ることを許してくれるアビスという場所は、けっして過ごしやすい環境とはいえなかったが、それでも、村を出た直後に捕らえられたときのそれにくらべれば断然マシだ。ここの住人は特にハピの素性も気にしないし、何かしてくるわけでもない。この場所にいてよいのだ、というだけで、ハピは大分気が楽だった。
それが、このガルグ=マクにきて、アッシュ=デュランという少年と出会ってから、とにかくなんだかハピは調子が狂うのだ。彼は、騎士嫌いだと公言するハピの言動をはっきり否定するわけでなく、立派な騎士もいるのだ、と面白可笑しく語ってくれたり、ハピの言葉を肯定しそういう騎士もいるのだ、と言ってもくれた。そうして彼と会話しているうちに、不思議と彼ととりとめのない会話をすることが、ハピは楽しくなっていた。そして気づけば、彼に会いたい、と漠然と思うようなことが増えていた。彼はユーリスたちとは決定的に違うし、ハピとは考え方も全く違う、だというのになぜだか一緒に過ごしたいと思ってしまう。
アッシュは決して自分のことをハピに語ったことはない。けれども、恐らくは彼もまたハピのように、教会に逆らい投獄あるいは処刑されたような騎士を知っているのだろう、というのは、漠然とではあるが察していた。そのことを、ハピは敢えて問い詰めるつもりはなかった。
そうしてこんな、正体不明なもやもやとした想いを抱えたままに五年という月日が経過して、アッシュと再会したときに、ハピはなんとなくではあるが、この感情の正体が一般的にどういったものであるのかを理解したような気がした。
そうした、アッシュと会ったり話をしたりすると、自分はどこかおかしくなるのだ、ということを、仲の良いコンスタンツェに白状してみれば、彼女は大いに驚いた後に、感激しながらもこう告げた。
「まあ、まあ、まあ……それは、完全に恋ですわ!ハピ、あなたもそんな風に誰かに恋をすることがあったのですね!これはもう、ヌーヴェル家をあげてお祝いをしなければなりませんことよ!いえまあ、今は無理なのですが……せめて先生にかけあって、貴方の好きな料理をたくさんふるまっていただきましょう、何ならこの私自ら……」
「あー、うーん、ハピさあ、コニーとかユリーとかバルト以外とあんまり話もしないじゃん?だからよくわかんないんだよね。そもそも恋?とかそういうの、ハピ、縁もないだろうなあって思ってたしさ……だからさあ」
否定するのは、否定してほしいからではなくて、多分肯定してほしいのだ。一般的な感覚がよくわからないハピにとってみれば、まだコンスタンツェはそういった「一般的」な感覚に近しい人間だ。
「まあ!なんてことを!ハピ、あなたも一人の素敵な女性ですのよ?そのような哀しいこと、言わないでくださいまし!それで、貴方の心を射止めた殿方とはいったいどなたですの?」
彼女らしい優雅な動作でカップを置きながらも、その双眸は興味津々という風にハピを見つめている。
「えー。それ、聞いちゃう?ハピも、そうかもって思ってるだけで、よくわかってないんだよ?ただ、一緒にいると楽しいし、なんか、わざわざ修道院にまでいって探したいなってこともあるし、会いたいなーって思こともたまーにあって、なんか、急に、一緒に居たくなったりするし……ハピのこと、ばかみたいに信じてくれちゃう……バカなんだ」
そこまでを、いつもの口調で繰り返し話すハピの表情ときたら、それこそコンスタンツェが見たこともないほどに嬉しそうだ。これは、間違いがないだろう、とコンスタンツェに確信させるほどに。そもそも一緒にいるとなんだかぐちゃぐちゃになる、という意味不明の相談をしていきた時点で彼女はなんとなく察してはいたのだが。そもそも、ハピは基本的に自分のこと積極的に話すことは少ないのだ。
そして、カップに少しだけ口につけてから、言葉を続けた。
「えー、うーん、そのー」
「……急がなくとも、よいですわよ」
「せかせて聞いてきたのってばコニーなのに?あのね、一緒にいると楽しくて、なんだかぐちゃぐちゃになっちゃうの、アシュなんだ」
その名を聞き、コンスタンツェはやや意外と思いつつ、彼の人となりを思い出してなるほど、と納得した。
「……まあ……あの方は、それこそ貴方の嫌いな騎士を目指している殿方ではなくて?」
「うん、そだねえ。でも、アシュはそういうのと違うよ。ハピに優しいし、ほんとうに、ほんとうに物語に出てくる騎士みたいなんだ。あのさ、ハピが一回……修道院の魔物騒ぎで、疑われたことあったじゃん?」
「……そう、いうこともありましたわね……結局ハピの仕業ではありませんでしたけど」
「うん。そのときね、アシュ、ハピのことずっと信じてくれて。ハピが嘘をつくの嫌いなのわかってるから、嘘をつくわけないんだって、頑張っちゃって。思わず、笑っちゃったんだけど、ほんとは……うれしくて、なんか、胸のトコ痛くなって、泣きたくなった、のかな。頭、ぐちゃぐちゃだった。でもやっぱり、嬉しかったのかなあ」
「そうでしたのね……。それならば、それこそ即、行動ですわよハピ!」
「え、えー、そういうもの?」
「そうなのです!恋をしたのでしたら、そういうものです。しかも、貴方のお話を聞く限り、アッシュの方も貴方のことを憎からず思っているのではなくて?」
「どーかなあ。どうなのか、わかんないや。嫌われてはいないと思うけど」
「んもう!なんですの!いつもの貴方らしくないですわね!やはりここは即行動すべきですわ、断じて、行動すべきですわよハピ!」
「えー、ハピいつもこんなじゃん……?」
「つべこべいわずに、さ、行きますわよ!」
コンスタンツェは断固として譲らず、結局ハピは彼女のその強情さに押されて行動せざるを得なくなってしまったのだった。
「……ほんっとーにこんなんでいいのかなあ……。コニーもけっこうむちゃくちゃいうし……それに、コニー、ハピの体のことだって、ちゃんとしらないし……」
思わずため息をつきそうになりながら、それでもコンスタンツェの強引極まりない言動で無理矢理ハピはアッシュの部屋の前まで連れてこられたあげく「あとは頑張ってくださいまし、応援してますわよ」と背中を押されたのだった。
彼女の言う意味は、わかる。
つまり、勢いで一線を越えてしまえということなのだろう。一線、といっても彼女のことであるから、恐らくはキス程度だとは思うのだが。
しかも、アッシュはかなり真面目な青年で、それこそ婚前交渉などしないタイプではと、流石のハピでも想像はつく。だが同時に、彼とそういう関係になりたいという欲がハピの中で、コンスタンツェの言葉に刺激されて芽生えてしまったことは否めない。ましてハピは特異体質でもあり――ため息が魔物を呼ぶだけではなく、様々な魔法の実験台にされた副産物として、彼女の下半身には男性器めいたものが存在している。
それを見た魔導士たちは下卑な笑いをうかべ散々な侮辱の言葉とともに、ハピを嘲笑した。
あのニヤニヤとしたいやな笑みを、ことばを、ハピは今でも鮮明に思い出せる。
これを、アッシュに知られたらと思うとハピはこわくて仕方なくなる。だが一方で、きっとアッシュならばあの穏やかな笑顔で入れてくれるのではないかという期待もある。気持ちが矛盾しすぎて、自分でもわからなかった。
とにかくアッシュは優しいのだ。人を信じすぎて、馬鹿みたいにまっすぐで、ハピのように半ば人間不信になっているような者ですらも真っ直ぐにその言葉を信じてくれる。その真っ直ぐさがまぶしくて、ふと、また、ハピは胸がつかえそうな気分になってしまった。
そうしてハピがらしくなく戸惑っていると、目の前の扉が開いた。
「ハピ?こんな時間に、どうかしたの?君は日が落ちたら眠らないとダメだって言ってたのに」
「え、あー。えーと、キミに、用事あった?みたいな?」
なんとなく照れくさくなり、身体をぶらぶらと揺らしながらハピが告げると、アッシュは驚きながらも、そうなんだ、と少し嬉しそうにはにかむ。その表情を見て、ハピはまた正体不明の、ふわふわとした不思議な感覚を覚える。心の中があたたかくなるような、くすぐったくて、うれしいような。ハピにあまり実感はないものの、コンスタンツェがいう「恋」というのは、本当にその通りなのかもしれない。
「そうなんだ。だったらとりあえず中に入りなよ、外は寒いし……」
「んー、ありがと。はいるねー」
初めてではあるが遠慮なく入ったアッシュの部屋は、本が好きなのだという彼らしく何冊かの本が積み重ねられていたり、手紙の束が机の上に整頓されていたりした。本と、紙、と、それから少し甘い花のにおいがする。見れば、シンプルな花瓶に随分と可愛らしい花が活けてあった。なんだかそれが彼らしくて、ハピは小さくくすりと笑う。
「はー、キミ、ほんとうに本が好きなんだねえ」
「まあ、本といっても騎士道物語が、だけどね。それに僕は座学があんまり得意じゃなかったから、そういう本もあるけれど」
少し照れくさそうに笑うアッシュの顔を見て、ハピは心臓がどきりと跳ねる感覚を覚えた。「恋ですわよ」というコンスタンツェの言葉が蘇る。
アッシュのはにかんだ顔を見ていると、心臓のみならず、全身の皮膚がまるで敏感になったかのように、どきどきして熱くなってきた。アッシュに触りたい、と思う。こんな感覚はいまだかつて覚えたことがない。けれども、その衝撃は抗いがたく、気づけばハピはアッシュを勢いのまま寝台へと押し倒していた。
「ハ、ハピ?!」
何をされたのかわからない、という顔で若草色の瞳を見開く青年の無防備な顔が、ハピの中にある欲をひどく刺激した。触りたい。触りたい。触れあいたい。もっと、もっと、それこそ肌と肌を触れ合わせて、身体を重ねたい。どんどんと強くなる欲求が、ハピを突き動かす。
アッシュが言葉を続けることは、出来なかった。
アッシュの顔の脇に両手を置いたまま押し倒し、馬乗りになったハピが、その薄い唇に口づけを落としたからだ。ハピにとって初めての口づけは、とても甘かった。アッシュの唇はやわらかくて、あまくて、もっともっと味わいたいと思った。そのまま己の感覚に従い、ハピはアッシュの唇を割り開いて舌を捩じ込む。ねっとりと、それでいて熱いその舌をたっぷり味わいたくなり、ハピは無我夢中に舌を絡めた。当初こそ突然のハピの行動にされるがままだったアッシュも、彼女の意図を察したのか、ハピの頬に両手をやさしく添えると、深い口づけを返してくれる。それだけでハピの胸がいっぱいになって、思わず泣いてしまいそうになった。
そうして、何度口づけを交わしただろうか。二人とも息があがるほどに、飽きるほど唇を重ねてから離すと、互い瞳はすっかりと潤い紅潮して、荒い息を吐き出す。
「ハピ……君……」
「あのね。キミのこと、ハピは好きだよ。大好き。それで、キミのことが欲しい。すごく、すごくほしい。こういうの、初めてだからわからないけど、アシュ、ハピのこと、嫌いにならないでくれる……?」
ハピの不安そうな告白に、アッシュは不思議そうに瞬きをした。
この流れで、互いに憎からず想いあっている男女が抱き合うのに、何故そのような言葉がでてくるのだろうかとでも思っているのだろう。ハピは自分の頬を包み込んでくれているアッシュの手のひらに自分のものを重ねてから、口づけをすると、少しだけ哀しそうに目を伏せた。
「……ハピは、……ハピの身体、ふつうじゃないんだ。アシュには話してなかったかもだけど、村を出てから魔法使いのおばさんにつかまって、いろいろ……実験されて。だから…」
言いながら、ハピはアッシュの手を取って導くように己の下肢へと導く。
そこには、服の上からでもはっきりとわかる、女性であるハピには本来ないはずの男性器の兆しが在った。アッシュと口づけを交わし、彼に触れられて、それだけで初めてこうした行為をするハピは興奮してしまっていたのだ。
嫌われるかもしれない。気持ち悪いと思われるかもしれない。そういう不安よりも、アッシュに己のことを知ってほしい、そういう気持ちが、彼に触れたことで欲望と共にハピの中で勝ってしまった。
「そうなんだ」
アッシュは一瞬、ほんとうに一瞬だけ驚いたように言葉を漏らすものの、次の瞬間、ハピの背中に両腕を回して抱きしめてくる。
「……アシュ……?」
自分の置かれた状況が理解できなくて、ハピは呆然となった。
アッシュはハピを抱きしめ、その背を軽く何度か宥めるように叩く。それから、少しだけ身体を離すと甘く微笑んで、ハピの唇に己のそれをやわらかく重ねてきた。
「大丈夫、少し驚いたけど……君の、ため息で魔物を呼んじゃう体質のことを考えれば、たいしたことじゃないよ」
アッシュの、励ましているのか何なのかわからない言葉に、ハピは思わず笑ってしまう。
「あは、なにそれ、キミ、励ましてるつもり?笑えないよ、ばかみたい」
言葉とは裏腹に笑いながらも、ハピは胸がいっぱいで、しあわせだった。嬉しくて、涙がでそうになり、思わず指で目元を拭う。
「これ見てたいしたことない、とかいうの、きっとキミくらいだよ」
そういって、そのままアッシュに抱きついた。その、衣服越しとはいえ直に触れることのできる温もりが、胸が痛くなるくらいにいとおしかった。他人にこんなふうに触れられて、抱きしめられた経験など、ほんとうに久しぶりだったからだ。しかも、彼はハピのこの特異な身体をあっさりと、受け入れてくれた。だからもっともっと、彼に触れたい、触れ合いたい、という思いが、ハピの中で加速した。もう、我慢はできなかった。
「好きな人のことを否定するようなこと、僕がするとでも思った?」
はっきりと、アッシュはハピにそう告げる。少し恥ずかしそうに、けれども、堂々と。
「……アシュ、ほんとに?」
「僕も君が好きだよ。君と一緒にいると、楽しいし、君ともっと話がしたいと思うし、突然キスされて驚いたけど……嬉しかった」
「そう、……アシュも、うれしかったんだ」
「僕も、君が欲しくて、たまらない」
「うん。ハピも、……同じだよ」
肉厚の唇を緩めて、ハピはもう一度アッシュに口づけを落としながら、その衣服をゆっくりと脱がせてゆく。均整の取れた筋肉がついた、傷跡だらけのアッシュの肉体を、ハピは素直にきれいだなと思った。
アッシュもまた、彼女の衣服に手をかけて互いに肌を露わにしていった。そうして露わになった豊満なハピの下肢についているものに、アッシュは思わずごくりと喉をならす――可憐な女性である彼女には似つかわしくないほどに大きくグロテスクで赤黒いモノが、それは見事に屹立していたからだ。それはまるで獲物をこれから喰らい尽くすのだとばかりにどくどくと脈打っている。それを見たハピは苦笑して、そっとアッシュの胸元に顔を寄せた。
「あのさ、これ、挿れたい。アシュと、つながりたい。アシュがほしい。いっぱい、いっぱい、ほしいよ」
まるで子供がおねだりをするように豊かな胸を押し付けながら、ハピは幸せそうにうっとりと囁く。アッシュにしてみれば本来抱く立場であるはずなのに、そのあまりにも幸せそうな表情を見て何もいえなくなったのか、ハピの癖毛に手を伸ばしてゆるりとその髪を漉いてみせた。
「ふふ、いいよ。僕はそういう経験はないけど、ハピがそうしたいなら、頑張るから」
アッシュの、動じる事もなく、あっさりと受け入れる言葉に驚くのは、ハピの方だった。
「うそ?」
「うそ、って。君がそうしたいって、言ったんじゃないか」
「だって、ふつー、男の人そういうの、嫌がるもんじゃん?アシュ、おかしいの?」
そういって誤魔化してしまうのは、内心ハピもどこか怖いからなのだろう。そして同時に同じくらいうれしすぎて、どうしていいのか戸惑っていた。それを見抜いたのだろうか、アッシュは幼子にするようにハピの頭を、首筋を、そして肩を撫でて額を押し当ててくる。目の前に、やさしい若草色の瞳があった。
「おかしくなんてないよ。好きな人がやりたいっていって、それが僕にできる事なんだったら、僕は出来る限りのことをしたいよ」
もう一度全身を抱きしめられた。そうして全身で触れ合うと、アッシュの肌もだいぶ火照っており、彼のモノもまた兆しを見せている。ハピのそれよりは幾分か小さいが、抱き合った瞬間に性器同士が触れ合い、一瞬びくりと震えながら、二人は同時に小さく声を上げて、それから笑った。
「あはは、キミもちゃんと反応してるじゃん」
「それはそうだよ。僕だって、ハピのことは好きだもの。好きなひとと抱き合って反応しないなんて、ありえないよ」
「そっか。そうなんだ。アシュも、ハピのこと、好きで、触りたくて、一緒に居たいって、思ってくれてるんだね」
「そうだよ」
幸せだ。こういうことが、幸せなんだと、ハピは初めて知った。
とはいえ、アッシュに同性同士の経験があったわけではないから、まず問題はそこからだった。彼曰くは男性同士の場合後ろを使うのだといい、それをまずは解さなければならないらしい。アッシュは自分でやろうとしたのだが、ハピは断固としてそれを許さず、繊細な指先でアッシュの後穴にそうっと触れながら、中へと侵入していった。
「ぁ、う……ハピ……」
「大丈夫?痛くはない?」
「ん、痛くはないけど、なんだか、変な感じがする」
「そっか、なら、ちょっとうごかしてみるね」
ハピにもまた、後ろでするセックスの知識そのものはある。そして、後ろでも感じる部分があるということも、知っていた。まずはアッシュのそこを探さなければならない。ハピが容赦なくアッシュの胎内で指を動かすたび、アッシュは嬌声に似た甘い声をあげるものだから、ハピは自身のモノが更に大きく、苦しくなるのを感じていた。それでも、いきなりこれを挿れてアッシュに痛い思いをさせたり苦しませたくはなかったから、必死に我慢をする。我慢しながら、ひたすらアッシュの善い所を探った。
「ん、アアッ!なッ……そこ……ハ、ピ…!おかし……!」
「あー、アシュのいいとこ、みーっけ」
アッシュの甘い悲鳴に、にっこりと唇に笑みを浮かべると、ハピはアッシュの鎖骨に吸い付いて、跡を残す。それは、本能的な行動だったのかもしれない。これは、自分のものなのだという、もう誰にも渡さないのだという、独占欲からくるものだ。
「や、やめ、ほんっ、…に、おかしくな……ぁあ!」
「もう少し解したら、挿れるね。アシュ、なんかすごく感度いいし……、ね。前もそんなに触ってないのに、そんなに感じちゃうの。それに、ハピ、ちゃんと準備もしてきたから」
言うと、ハピは脱ぎ捨てていた衣服から小瓶を取り出すと、アッシュの後穴に数滴垂らす――いわゆる潤滑油と媚薬の混じったものなのだが、その感触の冷たさにアッシュが一瞬悲鳴をあげた。
「あ、ゴメン。でもこうしないと、キミが痛い思いしちゃうし、それは、やだからさ」
「んっ……大丈夫だ、よ……ちょっと、びっくりしただけ、だから」
そうして手を伸ばし、ハピの頬に触れて撫でてくるアッシュの顔もこの上なく幸せそうだ。たまらなくなり、ハピッシュの手を握る。そして、潤滑油で充分に慣らしたアッシュの後穴に、ハピは狂暴なほどに屹立したモノの先端を、押し当てた。
「アシュ……挿れるよ」
それでも、どこか不安が勝ってしまいハピの声はどこか震えていた。それに対してアッシュは甘く微笑んで頷くと、ハピの顔を両腕で柔らかく抱擁したあと、頷く。
「いいよ、ハピ。おいで」
「ん、うん……!」
ハピはしっかりとアッシュの顔を焼き付けるようにその顔をじっとりと見ながら、ぐっと腰を押し進めた。ハピのモノが入り込んだ瞬間、アッシュは悲鳴にも似た嬌声をあげる。その甘くて艶っぽい声に、ハピは躊躇うことができなくなり、強引に、腰を押し付け、抽出を繰り返していった。その都度肉と肉がぶつかる音がして、それすら欲を刺激する材料になり、ハピは止まれなかった。
「は、…ハピ、ハピ、まって……まっ……!」
そう強い媚薬ではないものの、初めてのアッシュに痛い思いをさせたくはないからと使ったものだが、想定外にアッシュの感度がよく、ハピが動くたびにアッシュの胎内はひくひくと蠢いてハピを離さない。
「ごめ、ゴメン、無理、無理じゃんこんなの……!キミの胎内、キモチよくて、ハピのこと…離さなくて……!」
「あ、ぅあ……あああ、ア!!」
「ホントに、初めて?すご、……すごいよ……!」
腰を押し進めたかと思えば引き、勢いをつけて胎内へと挿れる。濡れた音が淫らに響いて、アッシュの筋肉質ながらも薄い身体は弓なりにのけ反り、たまらないというふうに吐く息は荒く、ハピはただただ獣のようにその身体を貪った。
「アシュ、きもちい、中、すご……っ、こんなの、しらな……ッ、すごいよ、キミのナカ……!!」
「ィア、あ、ハ、ピ、……そん、な……ァアア!!」
何度挿れても絡みついてくる淫らな肉も、都度あがるいやらしく愛らしい甘やかな声も、初めての経験にとってはあまりにも甘美な毒で、抗いがたい誘惑だ。ハピは止まらない、否、止まれなかった。何度も、なんども腰を激しく振る。ハピのモノからあふれた白濁が潤滑油と混ざり、アッシュの胎内を汚し、その動きを滑らかにして、その勢いでどんどんとハピはアッシュの奥を攻め立てる。
その都度にアッシュがうわごとの様に無理だ、だめだ、と小さく吐き出す言葉すらも無視して、高まる欲を抑えることなく、ハピはその胎内に、たっぷりと己の欲を吐き出したのだった。
「あー、つかれちゃった……」
結局、ハピの欲は止まらずに、何度も交わったあげく、アッシュがもう無理だとかすれた声で告げるまでハピは止まらなかった。ふたりともぐったりとしたまま寝台に横たわり、ハピはアッシュの腕の中で猫のように丸まってその胸元に顔を寄せていた。
「僕こそ……疲れたよ。でも、……嬉しかったかな。本当はおかしいのかもしれないけど、君は、僕にちゃんと、君の全部をさらけ出してくれたから」
「ん。アシュはやさしいね……キミ、あんまりにも優しすぎて、真面目過ぎて、最初、バカだと思ってたけど」
ハピは甘えるように顔をあげて、アッシュの肩口に埋めながらくすくすと笑う。
「でも今は違う?」
アッシュはハピの癖毛を撫で、耳元に口づけを柔らかく落とした。ハピは首を傾げてから、この上なく幸せそうに笑った。
「んー、どうだろねー。ハピの身体のこと全然気にしてないから、やっぱバカかも。でも、そういうバカかもなとこ、すきだよ」
「そっか。嬉しいな」
アッシュに抱きしめられて、ハピは目を閉じる。あたたかくて、やさしくて、大好きなひとの体温だ。こんなふうに好きな人に抱きしめられることの幸福を、自分が経験できるとは、思っていなかった。アッシュは幼い子供にそうするように、ハピの髪を優しく何度も撫でている。頬を寄せ、身体を寄せ合い、幸福な温度を感じているうちに、ハピは安らかに寝息を立てていた。
「結局、私の言った通りだったのですわね!ハピも隅に置けないんですから!そのハピの分かりづらい恋心を察した私が流石というべきですか、ともかく、よかったですわ!」
「んもー、それコニーが威張るところじゃなくない?アシュに好きだっていったのハピだし、ハピのこと好きになってくれたのもアシュだよ」
コンスタンツェは秘蔵だというテフをわざわざハピのために再び淹れてくれ、その恋の成就を一応ではあるが祝福してくれているらしい。卓上に並んでいる菓子は、アッシュの手作りだ。ハピが友人とお茶をしたいのだと珍しいことを言い出したので、手塩にかけて作ってくれたもので、ハピとしては出来れば一人で食べたかったのだが、コンスタンツェはアッシュと同じくらいにハピにとっては大切なひとだから、そこは少しだけ、我慢をした。
「それでも、貴方たち、私の助言がなければどうともならなかったのではないですこと?」
「うーん、それはそうかもねえ。ハピ、ちょっとよくわかってなかったかもだし」
「……まったく貴方のそういうところ……放っておけないんですから……」
「まぁまあいいじゃん。コニーも美味しいお菓子食べれてるし、こうしてよくわかんないけどお茶もできてるしさ」
ハピのよくわからない理屈に、コンスタンツェははあ、とつややかな指先で額を抑えると、ため息をつく。
「そういうことに、しておきましょうか」
「そーそー。難しいことは考えない、考えない」
それでもハピの、見たこともない幸せそうな顔を見る事ができるのは、コンスタンツェとしても喜ばしいことだ。だから、彼女は特にそれ以上を追求せず、ただ幸せそうに菓子を頬張るハピを見守るのだった。