Silent Love

 今日は街から少し離れた迷宮探索をしよう、という話になり、旅人たちは二手に分かれてその広い迷宮の探索を行っていた。最寄りの街であるモンテワイズで集めた情報によれば、なんでも古代の遺跡だとか。遺跡群といえばストームヘイルの遺跡群が有名だが、こちらにもあったらしい。その探索とあってかオズバルドがやたらと張り切り、先頭を切って探索を開始していた。そんな中テメノスの護衛だと言って無理を言ってついきていたクリックもまた、テメノスやオズバルドとともに遺跡の探索をしていた、のだが。

「危ないです、テメノスさん!」
「ん?」

 どこか抜けていて危なっかしい、とは常日頃思っていたのだが、ここまでだとは。
 何やら明らかに怪しげな壁にテメノスが触れた瞬間、彼の姿が忽然と消えてしまったのだ。普段の冷静沈着な彼であればすぐさま見抜きそうな罠である。彼もまたこの太古の謎を目の前にして高揚していたのだろうか。いや、そうではない――護衛対象を見失ったとあっては、騎士の名折れ。クリックはテメノスが消え失せたあたりを必死に探してみたり、壁を押してみたり武器で切り付けてみたりと試行錯誤してみるも、何の反応もない。

「どうした」

 静かなバリトンが響く。

「オズバルドさん……その、テメノスさんが、この壁に触れたとたん消えてしまって……」
「ふむ。なるほどな、確かに周囲とは明らかに何かが違う……だが……」
「だが?」
「テメノスほどのものが、それに気づかないわけがない。何か策があるのでは?」

 オズバルドは冷静にそう告げてくる。そこから、テメノスに対する絶大な信頼がうかがえた。だが、クリックはそうではない。そうではないというのは、あの人のそうではない一面も知っているからだ。

「……あの人、時々びっくりするくらい抜けてるんですよね……」
「そうなのか。想像し難いが」

 まあそこが可愛いんですけどね、とはさすがに口には出せなかった。クリックとテメノスの仲は、友人とも恋人とも言い難いなんともいえないような関係だ。クリックは、テメノスのことを人として尊敬しているし好いているが、それがどういった感情を根源としてるものなのかはわからない。そしてテメノスもまたクリックを嫌ってはいないだろうが、だからといって何かを期待できるかというと、あの尻尾をつかませない性格だ、人生経験も何もかもまだまだ未熟なクリックにわかるわけもなかった。

「ともあれ、仮にそうだとすれば早く探さねばならんな。俺も手伝おうか?」

 オズバルドの申し出は有難かった。このようなところで、知識人の力というのは絶大だ。

「ありがとうございます……すみません、なんだか」
「いや、テメノスは俺にとっても、皆にとっても、大切な友人だ」

 オズバルドはとっつきにくい人物だと思っていたが、こうして言葉を交わしてみると、言葉少ななだけでなかなかに義理堅い人物のようだった。



 ところが、しばらく二人で探しても一向にテメノスの姿は見当たらなかった。そのうち、別動隊として遺跡を探索していたパルテティオ達が合流する。彼らのほうでは、財宝や古代文明の壁画らしきものが見つかったとのこと。特にパルテティオは商人として価値のあるものを見つけられて非常に嬉しそうだった。が、テメノスの件を聞くや表情に陰りが落ちる。

「うーん、俺たちのほうじゃあそんなトラップはなかったがなあ」
「てことは、本命はコッチ?」

 壁を指さしてソローネがひとりごちる。彼女は盗賊らしく不用心には近づかない。そうでなくともテメノスの一件があるからだ。

「わからん。だが、明らかにこの壁は怪しい。何らかの仕掛けがあるとみて間違いはないだろう」
「それはわかるんだけどね。どうにもこうにも……あ、そうだ、先生、魔術師の魔法を使ってみるとかは?」

 ソローネの提案に、けれどオズバルドは頭を振る。

「いいや、それならばすでに試した。何らかの関連性があるかもしれないとな。物理攻撃も、通常の魔法攻撃もすべて試してみたが、何れも無駄だった」
「先生がそう言うならそうか。騎士クン、何か思い当たることは?」

 ソローネに振られてクリックは当時の状況を克明に思い出そうとするも、テメノスが突如姿を消した、ということしか覚えてない。そもそもこんなことをしている間にもテメノスに何かあったら……そう思うと、クリックの心臓はきゅっと縮こまる。ぞっとしない。想像もしたくない。首をぶんぶんと横に振ると、クリックは顔をぱっと上げた。

「とにかく、この状況をどうにかしない限りテメノスさんは……」
「私がどうかしました?」
「ええ、ですからテメノスさんが……って、テメノスさん?!」
「はいはい、そう何度も呼ばないでください、私はここですよ、子羊君」

 しれっと姿を現したテメノスに、一行は警戒を露にする――それはそうだろう、いきなり姿を消したかと思えば、突如現れたのだ。魔物が姿を変えていると疑うのが筋だろう。

「……貴様、本当にテメノスさんか?」
「おや、私に剣を向けるの?私の神の剣だといってくれた君まで?というか皆さん、私は正真正銘テメノス・ミストラルですよ。何ならここで聖典でも暗唱しましょうか」
「みんな、ちゃんとテメノスのにおいおするよ。大丈夫、偽物じゃない」

 一行の中でそれまでは静かだったオーシュットがテメノスに真っ先に近づいてその服の裾を握る。そしてテメノスの肩にオーシュットの相棒でもあるマヒナが止まり、羽繕いをしだした。

「オーシュットとマヒナがいうのなら、間違いはあるまい」

 一番最初に剣を収めたのはヒカリだった。もともと彼はあまり疑ってはいなかったようだが、クリックは少しだけそのことにじりりとした不快感を覚えてしまう。僕だって。そう思う心を抑えられなかった。

「テメノス、いったい何があったのだ」
「はあ、それがですね……この壁に一瞬触れたとたん、別の場所に飛ばされたのですよ。それからここまで戻るのに手間取った、という訳です」
「え、ぇえええええ?それじゃあテメノスさん、ここまでおひとりで?」

 クリックが大仰に驚くと、テメノスはこともなげに頷く。

「はい、何かおかしなことでも?」
「い、いえ……そう、ですよね……」

 この辺の魔物なら、ふいうちを受けなければテメノスの実力ならば蹴散らしてしまえるだろう。それでも、自分がお守りしたかった、という言葉をクリックはぐっと飲みこんだ。
 それからは、結局めぼしい財宝やアイテムも見つからず、探索は打ち切りということになり、モンテワイズの街に戻ることにした。その際、テメノスの様子が若干おかしいことに、キャスティとオーシュットだけが気づいていた。



「テメノス、あなた、何かあの洞窟でおかしな呪いでも受けなかった?」

 唐突にキャスティに問われ、テメノスは鼻白む。ようやくたどり着いた酒場で、ようやくワインをたしなみ落ち着いたところだというのに。ちなみに他の仲間はといえば、買い出しであるとか情報収集であるとか、或いは目的のための散策であるとか夫々で、今この場にいるのはテメノス、キャスティ、そして干し肉を頬張っているオーシュットのみだ。

「藪から棒ですね。と、いいますと?」
「テメノス、なんかいつもとちょっとにおいが違うぞ~」

 もぐもぐと干し肉を咀嚼し終えたオーシュットがテメノスを見て目を瞬かせる。

「もしかして私、まだ疑われてます?」
「いいえ、そういうことじゃないの。ただ、そうね……少し何時もよりも落ち着きがないように見えて。何か、抱え込んでいるのではなくて?」

 テメノスは何も言わず、ただ目の前にあるワインを口に含む。それは肯定のようにキャスティには思えた。けれども、患者が何も言わないのでは、薬師は何もできない。

「ねえ、テメノス、もし私で力になれるのなら」
「いいえ、大丈夫ですよ、キャスティ。あなたが思っているようなものでは、ありませんから」

 テメノスの言い方にひっかかり、キャスティは柳眉をしかめる。オーシュットも怪訝な表情になり、すり、とテメノスにすり寄った。

「テメノス~、何か隠してるな。でも、いえないんだ」
「そうなの?テメノス」

 テメノスは大きくため息をつく。この二人には、どうやら黙っているのは至難の業のようだった。仕方なくテメノスは事と次第をつぶさに語りだした――あの遺跡で、何があったのかを。



 そもそもテメノスが忽然と姿を消して、そして訪れた先にはあの遺跡の肝とでもいえるものがあった。それはお宝や物資などではなく、情報だが。出来ればオズバルドにも共にいて欲しかったのだが、現状の結果を鑑みるにそれも微妙だ。結果的には飛ばされたのがテメノス一人でよかった、ともいえる。
 あの遺跡は、生命の誕生を祝福する聖堂だったらしい――らしい、というのは、そのことが書かれた文字を読んだのがテメノスだけだったからである。テメノスも教養として古代文字をある程度は読めるからだ――聖典の原本などは古代文字で記されているし、聖句も古代用語からなっていることが多い。とはいえ学術的であったり俗語などは専門外であるから、オズバルドほどは解読できない。それでも学者のライセンスをとってからは以前よりも読み解けるようになった――そのテメノス曰くは、かつてはここは夫婦の営みが行われる神聖な場所であったらしい。そして、子を宿したものがその命を産み出す場所でもあった。専門の祈祷師の介助によって生み出された子は神子に祝福され、ソリスティアの一員となったという。東大陸では古くから伝わる祭事のようなもので、聖火教が一般的に広まる以前の信仰の中心地でもあったようだ。

「それが、あなたの今の異常事態と何か関係が?」
「それでですね……祝福されてしまったんですよ。私が、その、古の神に」
「え?」
「……説明しづらいのですが……私は、今は、男であって男ではありません。子を宿すことが出来るのです」
「え……ええ、……ええええ?」

 流石のキャスティもこれには声をあげてしまい、オーシュットは事態を理解しているのかしてないのか、ぽかーんとしている。

「その、それはつまり、子宮を体内に授かった、ということなの?」
「はい、有体に言えばそうなりますね。男性器もなくなり、代わりに女性器があります」
「そ、そう……」

 冷静なテメノスとは対照的に、キャスティは絶句している。それはそうだろう、仲間の一人がいきなりとんでもないことを打ち明けてきたからだ。

「それはその……元に戻るの?」
「さあ、どうでしょうね、古の神様からの授かりものですから。すぐさま戻るかもしれませんし、一生このままかもしれません」

 淡々としているのは、自分自身でも誰かの力でも、どうしようもないとわかっているからなのだ、とキャスティは悟った。けれど、これは、あんまりにも。

「でも、あなた……その話、クリックにはしたの?」
「まさか。そこでどうして彼の名が?」

 キャスティは言葉を詰まらせる。そうだ、彼は自覚してはいないのだ。テメノスがクリックを呼ぶときに、どんな顔をしているか。どんな声で語りかけて、どんな風に笑っているのか。彼から声をかけられたときに、まるで少年のように顔を輝かせていることも、彼が隣にいるときはどこか気が抜けていることも(だからこそ今回このようなことになってしまったのだが)。

「い、いええ、あなたたち、……そうね、特別親しいように思えたから、かしら。宿も一緒にとるでしょう?」
「まあ、親しくないといえば嘘になりますが、特別な仲というわけではありませんから。このことは、何れ皆さんにはお話ししなければならないでしょうね。この奇妙な身体が元に戻らなければ、ですけど」
「そう、……そうよね……。身体の不調はそのせい?」
「不調とまではいかないのですが、突然変化してしまったので色々と理解が追い付いてないのですよ」
「それでもあなた、大分冷静に思えるわ」
「逆に冷静にもなりますよね、こんな事態」
「そういうもの?」
「ええ。今までいろいろな経験もしましたし、このくらいは驚く範疇ではありません」

 なんというか、逆に肝が据わっているというか。テメノスのこういうところは実に逞しいとキャスティは思う。繊細でたおやかな容姿とは裏腹に、テメノスにはこういう図太くて強かな側面もある――というか、でなければ彼の境遇は乗り越えてくることはできなかったのかもしれない。彼が覚えた悲しみや喪失は、確かに彼を強く育てた。その分聊か素直ではなくて、面倒ではあるけれど。

「なあなあテメノスー。雌になっちゃったのか?」
「うーん、どうなのかなあ、これは……オズバルドに知見を伺いますかね」
「ちょ、あなた、そんな打ち明け方は……」

 と、言葉にしてみてならばどんな打ち明け方ならばよいのだろう。先ほどのようにあけすけに言うのが一番なのか。それはそれで大混乱を巻き起こしそうであるし、かといって黙っているわけにもいかない。それに、子宮があるというのならば、それに付随する身体の変化もあるだろう――そう、例えば月の物であるとかも。

「そうはいっても、どう切り出していいのかもわかりませんし。まあ、二、三日様子を見て戻らないようであれば、皆さんに打ち明けますよ」

 結局終始テメノスはあっけらかんとしており、キャスティはため息を落とすのだった。



 結局数日たってもテメノスが元に戻ったという報告はなく、皆が集まったタイミングでテメノス自身から彼の変化を聞かされた――だが大仰に驚いたのはアグネアとクリックくらいで、あとはなるほどなあ、そりゃ大変だなあとわかったのかわかっていないのかもわからないパルテティオや、早速質問攻めにするオズバルド、興味があるのかないのかもわからないソローネになぜか納得しているヒカリと、思っていたよりも大騒ぎにはならず、キャスティはほっと胸をなでおろしていた。とはいえこの先、彼はどうするのだろう。先の見えない「祝福」とどう向き合ってゆくのだろう――それは彼個人の領分ではあるのだが、仲間の一人として、そしてなにより薬師として気が気ではない。ましてやテメノスには、懸想している相手(本人に自覚はないが)もいるのだ――それを考えると、頭が痛い。それらが全て余計なおせっかいだとはわかりつつ、何とももどかしい思いに囚われて、キャスティはやるせなくなるのだった。



「テメノスさん、そうとわかっていたら真っ先に僕に報告して下さいよ……!あなたの身を、お守りするのはこの僕なんですから」

 いつものように宿で二人部屋になり、てきぱきと旅道具一式を整理しているテメノスに後ろからクリックが声をかけてくる。この声色は、お説教が始まる合図だ。

「あれ、君、私が男であるか女であるかで、態度を変えるの?」

 くるりと顔だけを彼に向ければ、憤慨したように男らしい眉が吊り上がる。

「もう!そういうことではありません!女性であるのなら、女性であるなりの気遣いといいますか……その、気を付けなければいけないことがあるでしょう!」
「ふむ、女性であれば、ですか……ですが私は正式には女性ではありませんよ。ほら、胸だってありませんし、精神的には何も変わっていません。単純に下半身がちが」
「だからそういうところです!なんだってあなたは自分のことに関しては無頓着なんですか!単純に男性であった時だって危なっかしかったのに、女性のようなものであれば猶更です!特に、勝手に一人で行動しないで下さいね?僕だっていつもあなたのお傍にいられるわけじゃないんですから……」

 クリックの叫びのようなお説教も、テメノスにとっては右から左に流れるお小言のようなものだった。そも、この身体が正式にどういうものなのかはオズバルドをもってしても解明できず、ただその様な存在は稀に産まれてくることはあるのだという。彼らは得てしてその存在を秘匿し、ひっそりと生きているから表に出ては来ないだけで、珍しいものの決して不自然な存在ではない、とオズバルドは断言した――それは、恐らくは彼のやさしさからくる言葉であろうということはテメノス自身わかっていた。
 不安でないわけがない。なにせ、自分の身体が作り変えられたのだ――精神も心も、そのままに。筋力や身長などは変じてはいないから分かりづらいが、微妙な差異を感じることは多々ある。例えば、ふとした時に不安定になっていると感じる。感情というどうしようもないものに流されかけることがある。
 精神は男性のままであるはずなのだが、身体に引っ張られているのだろうか。或いはこれが子を授かる性だからということなのだろうか。そして何よりもとから自分は中性的な顔立ちで線が細いという自覚もあり、それを利用して異端審問をしてきた身であれば、女性性を持ったということの危機感はないわけではない。無論、ただやられるだけのか弱い存在であるつもりはなかったが、口や喉を塞がれてしまえば自分は無力だという自覚もある。ましてや孕む性になってしまったのであれば、猶更だ。けれども、だからといってでは大人しく守られていればよいといものでもない。
 そう、テメノス自身は何も変わってはいないのだ、だというのにクリックはやたらと気を遣うし、気にしをという。何を気にしろというのだ。私は何も変わってはいないというのに。

「クリックくん、君は何か勘違いをしていませんか?私は何処も変わってはいませんよ。私は私です」
「そ、……れは、そうなんです、けど……」

 年若い聖堂騎士は、何時もの彼と比べて非常に歯切れが悪い。こういう時は、何か言いづらいことを考えているのだ、この子羊は。

「何を考えているんです?事と次第によっては「審問」しますよ」
「や、やめてください!そんな大したことではないです、ただ……」
「ただ?」

 ずい、と顔を近づけると、びいどろのように透明な瞳が真ん丸になり、は、と大きな口から空気が漏れる。よくよく見れば耳まで真っ赤になっている。

「な、なんでもありません!」
「あ」

 そう叫ぶと、子羊はバタバタと慌ててその場を立ち去った。あ、これは逃げられたな、とテメノスが悟る前にバタンと部屋の扉が閉じられる。

「一体何だっていうんだ……まったく、クリックくんも、キャスティも。私は何も変わっていないというのに」

 ぽすん、と一人取り残されてテメノスは寝台に身体を投げる。それなりに良い値段のする宿の寝台はその身体を優しく受け止め、テメノスははあ、感情を込めて吐息を吐き出した。憤り、不満、理不尽さ、焦燥、理由のない不安、ばらばらの感情がそのため息一つに込められて、空に消える。ふと見た窓の外は燦々と日差しが降り注ぎ、あらゆるものを照らし出している。ああもう、このよくわからないもやもやとしたものの正体も、いっそ照らしてくれればよいのにと思いながら、テメノスは光に背を向けて瞼を閉じた。なんだか身体が先ほどからやたらと重いし、下腹部が変に不愉快だった。それもこれも、身体が変じてしまったからだ。
 じっとりとした暑さから外套を脱ぎ、そのまま身を投げる。外の喧騒が他人事のように思えてきて、テメノスは意識を閉ざした。



 一方なんとか審問官の「審問」から逃げてきたクリックはといえば、行くあてもなく書物の街をぶらぶらと歩いていたところをアグネアに捕まり、質問攻めにあっていた。

「クリックさんて、テメノスさんのこと好きでしょう?今回のこと、気にならないの?」
「え?は?え、ええと?」

 何とかごまかそうとするのだが、踊り子のきらきらとした瞳はそれを許さない。

「え、気づかれないと思っていた?たぶん気づいてないの、問題のテメノスさんくらいだよ。キャスティさんやオーシュットなんて、とっくにわかってるし。じゃなきゃ二人きりにしないもの」

 ああ、そういう……と考えて思い当たる節が大いにあり、そもそもテメノスの旅路に無理矢理同行させてもらっているのを誰も問いただしてこない時点で知られていて当然だった。だが、お互い聖職者同士であり、かつ、同性でもある――男色は決して推奨されているわけではなく、むしろ大っぴらではないものの聖職者同士ではままああることではあるし、ましてテメノスは中身は兎も角あの容姿だ。気取られない訳がないだろうとは思っていたのだが、そういえば彼は教皇の箱入りでもあったと思い出す。

「でも、テメノスさんが半分女の人になったんなら、クリックさんも心配だよね。誰かに奪われちゃうかもしれないし……」

 アグネアの言葉にギクリ、とする。まさにクリックが懸念しているのはそこで、万が一が今のテメノスにはあり得るから心配なのだ。そのことを説明しようにもうまいこと言葉を選ぶこともできず、結局ごまかして飛び出してきたけれど。

「そ、うなんですよね……でもテメノスさん、なんだか逆に頑なになってるみたいで……」
「うーん、確かになあ。逆にっていうか、仮に私が急に下半身男の子になっちゃった、って考えると……流石に不安になるもんなあ。そう考えると、テメノスさんはなんか妙に落ち着いちゃってるのよね。でも、なんか不自然だなって感じちゃう」
「アグネアさんから見ても、そうなんですか」
「うん。有体にいっちゃえば無理してるかなって見える。でもね、そういう時は、傍にいてあげるのが一番だよ。私から見ても、多分テメノスさんはクリックさんのことは特別に思っていると思うから」

 アグネアの言葉は彼女なりの精一杯の励ましだろう。そう考えてクリックが俯きそうになった瞬間、アグネアが目の前でくるりとターンをする。そして、突如華麗な脚捌きでステップを踏み出した。

「私はね!踊ることしか出来ないけど……でもね。踊ることは諦めたくないの。だって、あきらめた瞬間に、全部が嘘になっちゃうから。クリックさんも、そうじゃない?」

 彼女の真意を測りかねてクリックが言葉を探っている最中も、アグネアの華麗な踊りは続く。あたりに観衆が集まってきて、彼女はそのことに気を良くしたのか手を天に翳し、さらにステップを早める。

「クリックさんが守りたいのはテメノスさん。そのために、クリックさんは強くなってきたんでしょう?そのことは、嘘じゃないんでしょう?きっと、テメノスさんもわかってくれるよ」  タタン、と華麗にジャンプから着地を決めた彼女に、拍手喝さいが贈られる。アグネアは全身で息をしながらも、クリックに向けて満面の笑みを浮かべていた。ああ、そうだ。僕が強くなりたいと願ったのは、テメノスさんがいたから。彼を守ろうと、彼の剣になろうとしたからだ。
 たった、それだけのことを、つまらないことで見失うところだった。

「アグネアさん、ありがとうございます。それからこれは……僕からの気持ちです」

 そういってクリックは僅かばかりの財と捻挫によく効く薬をアグネアに手渡す。

「ん、ありがとう、クリックさん。でも、お代はいらないよ。だって、今の踊りは、友達に送る応援歌だから」

 そういって未来のスターは太陽のように笑う。彼女の晴れやかな笑顔と踊りで、クリックの曇っていたものは晴れた。もう一度感謝を伝えて、テメノスのもとへとクリックは駆けて行った。



「テメノスさん!……テメノスさん……?」

 いつもならば足音だけでクリックくん、と扉を開く審問官の姿がなく、そのことに肩透かしを食らいながらも、そういえば半ば喧嘩別れのような形で飛び出したんだったな、とクリックは頬を人知れず搔いていた。テメノスはそんなことで立腹していじけるような人間ではないとわかりつつも、何とも居心地が悪い思いをしながらももう一度ノックをする。だが、帰ってくるのは静寂のみだ。

「テメノスさん、入りますよ……?」

 そういって扉をそっと開けて目に入ってきた光景は、一瞬クリックの心臓を止めた。
 寝台にくたりと力なく横たわるテメノスの顔色が蒼白だったからだ。

「テメノスさん!テメノスさん、どうしたんですか?!一体、なに、が……」

 その身体を揺り起こそうとして、クリックは一瞬戸惑う。今のテメノスは半分は女性のようなものだ。もしかすると、と、知識だけのものがクリックの脳裏を過る。何よりもテメノスは下腹部を抑えて縮こまるようにして横たわっているのだ。

「テメノスさん、その……身体、大丈夫ですか……?」
「ぅ、……くりっく、くん……?」

 絞りだされるような声は苦しそうで、よく見れば脂汗が秀麗な額に浮いている。自ずと乱したのか、何時もはきっちりと整えられている襟元も開いており、どこからどう見ても苦しそうだ。眉間には皴が寄り、時折下腹部を抑えたまま小さく呻いている。これは、薬師でなくてもわかる。

「テメノスさん……そんな恰好じゃあ、よくなりませんよ。何か、お腹を暖めるものをもってこないと」
「なん、で……きみ、が……」
「なんでって、その位士官学校で習います。聖堂機関は女性も少なくないですから、いざという時のために知識として持ち合わせてます。とにかく、楽な姿勢になってください」
「そう、はいっても……わたし、こんなのは、……はじ、めて……」
「そりゃあそうでしょう、身体が変わったんですから、誰だって初めてです。僕、給仕場から暖かいものをもらってきますから、ほら、その間、毛布をきちんとかけてください」
「でも、やだ……暑い……」

 初めての生理痛に何時もの太々しさも冷静さも欠いてしまってどこか幼くなっているテメノスを抱きかかえると、クリックはその衣服に手をかける。

「やだって……ああもう、失礼します!」

 そういって法衣の下に履いているズボンを脱がし、強引に寝台に寝かせつけて下腹部に毛布をかぶせた。ズボンを見れば案の定、出血がある。はあ、とため息を落としてから、クリックは自分の荷物を探り、常備している痛み止めを取り出した。

「気休めですけどね、何も飲まないよりいいと思います。これを飲んだらそのまま休んでいてください。すぐ、戻りますから」
「クリック、くん……」

 ぎゅ、とマントの端を握られて、ぎくりとする。そうでなくとも弱り切っていて熱っぽく潤んだ翠の瞳で見られてぞくりとしたものがこみ上げているのを必死に我慢しているというのに。ああもうこの人は。

「いか、ないで」

 吐息のように囁かれたそれを振り切り、クリックは湯を沸かしに階下の給仕場へと向かった。



 ぐるぐると頭をよぎるのは、先ほどの熱に浮かされたようなテメノスの視線。とろりと微睡んでいて、だというのに他に縋れるものはないのだと訴える子供のように不安げで、男の庇護欲を掻き立てるには十分すぎて、同時に別の欲も覚えさせるそれに、クリックは頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。

「ああもう、テメノスさんはそういうつもりじゃないんだ。初めての痛みに不安で不安で仕方なくなってるだけなんだ。それで、たまたまそこにいたのが僕だっただけで、だから、別にアグネアさんでもソローネさんでもよくて……いや、よくは、ないか……」

 主に僕が。そこまでを一人で吐き出して、クリックは自己嫌悪に陥った。湯はまだ沸かない。幸い時間も半端だったから快く給仕場を借りられて湯を沸かすだけではなく、断片的に状況を伝えると宿の主人から少しでもと鎮痛効果があるという茶葉を渡された。

「……テメノスさん、なんだか不安そうで可愛かったな……いや、こんな時にそんなこと思うのは、不埒なのかもしれないけれど」

 何時もよりもずっと幼くて、たどたどしかった言葉。不安げに揺れていた瞳は、間違いなくクリックだけを映していた。あの場にいたのがキャスティや他の女性陣だったら、どうだったのだろう。素直に同じように縋ったのだろうか。だとすると、やっぱり、面白くはない。最初の結論と同じところに至り、クリックはまたため息を落とす。それに熱っぽいのかほんのりと染まっていた頬も、意外と長い睫毛も、マントを掴んできた弱弱しい力も、なんだかいつものテメノスとは大違いで、心が掻き乱されっぱなしだった。
 悶々とクリックが考え込んでいるうち、カタカタと薬缶の蓋が振動しだした。湯が沸いたのだ。それを機にクリックは思考を止め、薬缶と茶葉を持ち二階の部屋へと向かった。



 クリックが戻ると、テメノスは言われた通りに下腹部にだけ毛布をかぶせて横になっていた。

「テメノスさん、お茶、少し、飲めますか?」
「はい。君がくれた鎮痛剤で、大分痛みはマシになりました、ありがとう」

 先ほどより大分意識ははっきりとしているらしい。それでもまだ痛むのか、表情は優れなかった。月の物特有の痛みは、悲しいかな男には分からない。そして酷いものは動けなるくらいだというから、はっきり言えばクリックの想像を絶する。テメノスとてつい先日まではクリックと同じだったものが、突然そんな痛みに襲われているのだから、戸惑い不安になるのも当然だろう。

「キャスティさんが戻ったら、ちゃんと診てもらってくださいね。テメノスさんのそれは、多分人よりもずっとひどいものだと思いますから……」
「女性は、すごいですね……毎月このような痛みに耐えながら、子をはぐくみ育てるのですから……」

 それは今のテメノスさんも同じですよ、と言いかけて言葉を飲み込む。そのかわりに寝台のサイドテーブルに持ってきた薬缶と茶葉を置き、予め借りていた茶器類を揃えてハーブティーを淹れる準備をした。

「テメノスさん、もし、よろしければ、ですけど」
「何?」
「その……お嫌でしたら断っていただいて構わないです。ただ、その……」

  ハーブティーを蒸らしながら、クリックは精一杯の気力を振り絞って言葉を紡ぐ。ハーブティーの優しい甘さが香ってきて、脳が焼けそうだった。

「……ふふ、おかしな子羊くんですね。どうしたの」

 テメノスの声は先ほどの苦しさを感じさせるそれではなく、余裕すらある。どこまでも優しい、慈母のような声色だった。目の奥が痛む。僕は、今から僕の欲のために行動する。もう、自分を偽るのはおしまいだ。何より苦しんでいるテメノスを放ってはおけない――それはあくまでも建前であって、本音は違う。テメノスに触れたい、触れていたい、離したくない、それが今のクリックの本音だった。

「僕に、暖めさせてくれませんか」
「え」
「その、……よく、聖堂騎士の同僚が、……言っていたんです。お腹を暖めてもらえるのが一番だと。だから、その、毛布をかけたんですけど。でも、その方が言うには人肌が一番落ち着くって」

 それは、嘘ではない。同期であった女性の聖堂騎士も生理痛が酷い方で、何時もその時になると青い顔をして救護室に運び込まれていた。それでも生真面目な彼女は訓練をすると言ってきかなかったが、別の女性の同期に窘められ、それからは素直にその時期になると救護室で休むようになった。その彼女から聞いた話だ。特に寒さの厳しいストームヘイルでは暖炉の火でもあまり役に立たず、だから人肌が恋しくなって、同性ということをよいことに何時も同僚に腹を暖めてもらうのだという。それはそれでなんというか、何と答えてよいのかは当時はわからなかったが、今になればわかる。彼女は不安だったのだ。この、底知れない痛みに対して。そして、そんなものを抱えている己に対して。だから、誰かに触れていたい、触れていて欲しいと願ったのだろう。何より同期というと家族に近しい関係のものも多い。彼女らは年齢も近いこともあってか殊更に仲が良かった。

「それ、は……」

 テメノスは何かを迷っているようだった。彼にしては歯切れが悪い。けれど、クリックはじっと答えを待った。ハーブティーを注ぎ終えてテメノスの前に差し出すと、テメノスは一口だけをこくりと飲み込んでから、カップをサイドテーブルにおいて、沈黙する。その手は相変わらず下腹部にあり、しきりにさすっていた。痛むのだろうか。それとも、何か別のことを考えているのだろうか。

「……クリック、くん……」
「はい」
「……その、……お願い、できる?」
「……はい」

 やはり、テメノスも不安だったのだろう。はっきりと顔に書いてある。こんなに素直な彼も珍しいが、初めての事態に混乱しているのだろう。それに、今更取り繕うような仲でもない。確かに抱きしめて腹をさするというのはいささか友情の範疇を超えているような気もするのだが、クリックはもう気にしないことにした。

「あ、でも……」

 クリックがテメノスの身体を抱き起して抱えようとすると、テメノスが突然遮るように手を伸ばし、言葉を落とす。

「テメノスさん?」
「このままじゃ、君のサーコートを、汚してしまう……」

 なんだ、そんなことを気にするなんて。

「構いませんよ。テメノスさんの事のほうがよっぽど大事ですから」

 さらりと言ったが、言ってからクリックは後悔した。ところが、テメノスはそうですか、と答えるだけで頷くとクリックに身を寄せてくる。そのまま痩身を膝の上に乗せ、下腹部に毛布がかかるようにしてから毛布の隙間から手を差し入れる。

「失礼、しますね」
「……ん、……はい」

 そのまま薄い腹に手を当て、ゆっくりとさすってやる。しばらくそうしていると、テメノスがうとうととしだした。夢見心地なのだろうか、瞳がとろんとしている。先ほどのように熱に浮かされたそれではないが、非常に無防備で、危うい。こんな姿は誰にも見せたくはない。たとえ彼の大切な仲間たちであろうとも、だ。  そんなことを考えながらクリックは壊れ物を扱うように、未知の器官が存在しているその胎を撫で続けていた。



「思えばあの時だったかな。君への気持ちに気づいたのは」
「お、遅いですよテメノスさん!それじゃあ男性のままだったら、僕は一生気づかれなかったんですか?」

 バン、と盛大に酒場のテーブルを叩いて衆目を集め、クリックは慌てて小さくなる。

「クリックくん、私は今でも男性のつもりですが?」
「そのことについてだが、俺の意見としては今のテメノスは男性とも女性とも言える。だが、孕む器官を持ち、その可能性があるという点においては女性に近いのでは?と考えている。即ち」
「あー、旦那、酔ってるな。珍しいこともあるもんだ。この講釈が始まると長ぇんだ」

 そういいながらオズバルドの杯に並々と酒を注いでゆくパルティテオ。酒の量で黙らせる気だ。とその場にいる全員がそう思った。

「いえ、恐らくは遠からず気付きましたよ。大体君、あれで隠していたの?」
「え?え?テメノスさん、もしかして」
「知ってましたよ、君の気持ちはね。でも、私に受け入れるつもりはなかった。だから、知らないふりをしていただけです」
「そ、そんな……」
「うわあ騎士クン玉砕じゃん。カワイソ」

 酒の肴みたいに(実際そうなのだが)軽く流すソローネを一瞥しながら、クリックは情けない声を上げる。

「でも、そうじゃなくなったから今の関係になったんでしょう」

 慌ててアグネアが助け舟を出す。もともと彼女の一押しがあったから、クリックは勇気が持てたのだ。アグネアの言葉にぱあっと顔を分かりやすく輝かせると、まったく、と言わんばかりにテメノスが顔をしかめながらも、クリックの小麦のようなくせ毛をかき混ぜる。

「ちょ、ちょ、テメノスさん、僕は子供じゃないですよ!」
「知ってますよ。大変紳士的な騎士様なことも、わかってます」
「その話は何度も聞いたよ名探偵。酔ってるでしょ」
「何度も、って……ソローネさん、どういうことです?」
「ちょ、ソローネ君!」
「何、完全にノロケだったじゃん、あれ。ずっと子羊君が看病してくれてうれしかったって、とろけた顔してさ」
「や、やめなさい!」
「いーい、テメノスは分かりづらいけど、時々すごくわかりやすいからね。せいぜい大切にしてあげな。面倒くさいけど、悪いやつじゃないから」

 くすくすと悪戯が成功した子供みたいにソローネは笑って、テメノスが持っていたワイングラスを取り上げて勝手にすべて煽る。

「色々あったけど、二人が仲直りできたのなら、私はそれでいいわ」

 うふふと楽し気に笑うキャスティも、相当酔っている。これはまずい、とパルティテオがヒカリに目配せをした。ヒカリは頷き、すかさず店主にチェイサーをオーダーしている。世間知らずであった王子も今ではすっかりと一向に馴染み、このように酒も酌み交わせるようになっていた。

「も、もういいです、私は部屋で飲みなおします……!」

 堪えきれなくなったテメノスが立ち上がり、ワインの瓶とグラスを持ち併設されている二階の宿場に駆け上がっていった。

「待ってくださいよ、テメノスさん!今のあなた、結構酔ってるんですから、そんな歩き方したら転びますよ!」

 そんなテメノスを慌てて追いかけるクリックに、一同あたたかな目線を向ける。ひと悶着あったものの、結局収まるところに落ち着いた二人を、彼らは温かく見守っていた。



 バタバタと聞きなれている盛大な足音が追ってくるのを知っていて、扉の鍵を閉めた。
 今の自分は、冷静ではない。
 何をしでかすか、わかったものじゃない。
 まして、今私は……。そこまでを考えてテメノスは大きく深呼吸をした。義兄弟はこういう時に深呼吸をすればいい、とよくいっていたことをふいに思い出したからだ。
 ドンドン、と乱暴なノック音が背中からする。テメノスさん、と呼ぶ聞きなれた声がする。それらの事象が全てテメノスの心を蝕んでいく。今は、こないで。今は、近づかないで。今の私は、冷静ではないから。酒が入っているから。判断力が鈍っているから、だから、何をするかわからない――



「そういえばテメノスは酔っぱらったところ、見たことないな」
「そりゃあロイを介抱するのが私の仕事だから」
「はは、そうかもな」

 義兄弟のロイは弱い割にはめっぽう酒が好きだった。その裏を返すと、異端審問官の任務はそれだけ厳しく、そして負担になっていたのだろう。正義感の強い、真っすぐで正直な彼には、その任は重いものだったに違いない。その果てに彼は世界に絶望し、黒き狩人に捕まり、絶望してこの世から姿を消した。ふと思い出した過去の郷愁に、テメノスは唇を強く噛む。そう、酒など飲みすぎることがなかった。いつだってロイの介抱をしなければならないから、自制していただけで。こんな風に感情があふれて情緒が無茶苦茶になるものならば、飲まなかったものを。



  「テメノスさん!開けてくださいよ、テメノスさん!」

 クリックは必死に扉を叩いていた。何故だろうか、今のテメノスを一人にはしておけない、と思ったのだ。
 二人の想いは通じ合った。それは喜ばしいことではあったが、だからといって彼が抱えている問題が解決したわけではない。彼は一見どこ吹く風という態を装ってはいるけれど、あの日の記憶から察するにひどく不安定であることは間違いがない。クリックに縋り、触れたあの日。あの日のテメノスのことを思い出すと、クリックの胸はズキズキと痛む。テメノスはまた一人で抱え込もうとしている。もう、そんな必要などないというのに。

  「テメノスさん……僕は、そんなに、頼りないですか……」

 力づくで開けようとしたところで、恐らく拒絶されるだろう。そう思ったクリックは、ならば己が素直になろうと考えた。そもそも素直というか、実直で裏表がないのが自分のとりえで弱みだ。ならばそれでいけばいい。

  「僕は……確かに、テメノスさんのお仲間のように、強くはないかも、しれません。神の剣、といっても、まだまだ新米です、でも……あなたをお守りしたい、そう思うことだけは、やめられません。だから、だから強くなりたいと思うんです。そしてそれには、あなたが必要なんです。テメノスさん、あなたというひとが」

 カチャリ、という音がした。そしてほんの少しだけ、扉が開かれる。クリックはそのわずかな隙間から中を伺うが、テメノスの姿はない。そして取っ手に手をかけて扉を開くと、窓辺に呆然と突っ立っているテメノスの背中が見えた。その背中はぼんやりと月明かりに照らされて幻想的で、そしてどこか頼りなく、儚く見えた。月の朧げな光を受けて銀色の髪が輝き、薄手のローブが躍る中、そのほっそりとした身体の線がはっきりと認識できる。

  ――こんなに無防備なテメノスさんは、あの時以来だ。

「テメノスさん……?」

 声をかけるが、テメノスは身じろぎ一つしない。本格的に不安になり、クリックはテメノスの骨ばった肩に手をかけてぐるりと自分のほうを向かせた。そして、息をのむ。
 テメノスが、泣いていたのだ。
 はらはらと涙を無言で流している。大きな瞳から次々と零れ落ちる雫は彼の白くまろい頬を伝い、ローブを次々と濡らしてゆく。

「……して」
「テメノスさん?」
「どう、……して、君、……なの」

 はっきりとしない断片的な物言いに、最初はまだ酔っているのかと思ったが、よくよく顔を見れば酒気が残っていないのは明白だった。それどころか、彼の肌は驚くほどに冷たかった。思わず、腕の中に掻き抱いてしまうほどに。

「テメノスさん……そんなところで、そんな恰好をしたら、風邪をひきますよ。皆さんが心配します」
「……きみは」
「え?」

 す、とテメノスの男性にしては頼りない、けれども奇蹟を生み出す手が動いてクリックの胸元を掴む。そしてそのままそれは上に上ってきて、クリックの喉元に延び、頤にたどり着くと、するすると指先で輪郭をなぞり始めた。

「君は、心配、……してくれない?」
「そんなことはないですよ、僕だって心配です。というか、何してるんですか」
「わからないんです」

 突然の言葉に、クリックの理解は追い付かない。けれど、こうして触れ合っていてもテメノスは何も言わず、どころか煽るように触れてくる。実際、理性が持っているのが不思議なくらいだった。先ほどのテメノスの輪郭を脳が認識した瞬間に、クリックの中ではすでにスイッチが入ってしまっていたのだ。そう、この欲は、まぎれもなく雄の欲だ。雌を食らいたいという、雄そのものの欲。

「私のことも、きみの、ことも」
「……わからないって、何が、ですか……」
「全部、わかりません。だって、こんな風になるなんて、誰も、教えてくれなかった……ロイも、教皇も、誰も……私は、どうしたら」

 まったく要領を得ないテメノスの言葉に、クリックはほとほと困り果てた。そもそもこんなテメノスは知らない。何が契機だったのかもわからないのだが、今彼は酷く不安定だ。酒気を帯びすぎたのだろうか。だが、酔いは覚めているようにも見える。

「……どうして、私だったんでしょうね」

 ぽつり、とクリックに再び縋りつくように手を動かし、すり、と幼子のようにすり寄るとテメノスは小さく言葉を落とした。
 クリックは次の言葉を待ちながら、瘦身を抱きしめた。抵抗はなく、その身体はすっぽりとクリックの腕に収まってしまう。はるかに年上で、何時ものらりくらりと真意を悟らせない異端審問官はここいはいない。クリックの知る、テメノス・ミストラルはここにはいない。いるのは、ただただ不安定な大海に放り出されてしまった子供だ。

「古の神の祝福、だなんていったけど、……こんないびつな身体のは、……呪いだ。聖火教の異端審問官の私が、古の神の呪いを受けただなんて聞かれたら、まったく、笑い話にもならない」

 小さくつぶやくテメノスを励ますようにその背をゆっくりとさすると、温もりがさらに近くなる。
 殆ど顔を突き合わせる距離になり、テメノスは唇を食んだあと、うっそりと舌で濡らしてそおっと開いた。まるで男を誘うようなその光景に、クリックはごくりと唾を飲み込む。

「……こんな私でも、愛してくれる?」
「テメ、ノスさん……」

 テメノスの腕が、クリックの首元を回り込むように動かされ、そうっと後頭部に触れる。距離が、更に縮まる。クリックが瞬きをした瞬間に、唇に柔い濡れたものが触れた。

「んっ……ふっ……」

 そのまま、熱いものが侵入してくる。テメノスの舌だ、と気づいた時には既にクリックの口腔内は蹂躙され始めていた。クリックも応じるようにテメノスの丸い頭を掴み、必死に熱源を追う。けれどもそれすら弄ぶように、逃れるようにテメノスの舌は縦横無尽にクリックの口腔内を犯し、その都度濡れた音が響き渡った。荒い呼気と水音に耳を侵されながら、クリックはせめてもとテメノスを寝台に押し倒すようになだれ込む。二人分の体重を乗せた寝台がギシリ、と軋む音とともにテメノスの手がクリックの後頭部を寄せて、より口づけは深くなる。互いに呼吸も忘れそうになるくらいに熱を交わし、すっかりのぼせた頃には、クリックの下半身にも熱が宿っていた。

「っは……ぁ……クリック、くん……」

 この期に及んで懇願するような物言いと、熱に潤み欲を灯した翠の瞳。不安で不安で仕方がない。泣き叫びたいのにそれもできない。助けて。そう言いたいのにいえない。どうしてこうなったの。そこに宿っている感情は、泣きわめいている子供のものだった。けれど、テメノスという人間はそれを素直に表に出せる人間ではないことを、クリックは知っていた。彼は器用そうに見えてひどく不器用で、冷静に見えて意外と血気にはやるところもある。聡明でしっかりしてはいるけれど割と抜けていて、とんでもない失敗もする。
 今の彼は、感情が飽和してしまい我を失っているのだろう。そんな人間を、勢いで抱いていいのだろうか。しかも今のテメノスは孕む可能性ものだ。そう、彼には子を宿す器官がある。鈍い痛みを必死にこらえ、クリックに縋ってきた時のことを今更のように思い出す。いや、でも。今この行為を止めたら、彼そのものを否定してしまうのではないか。彼は、愛してくれる?と確かに言った。本当は男とも女とも言えない身体になってしまって、とても不安で、どうしようもなくて、その行き場のない感情をひっそりと奥底に沈めて、日々を装っていただけだった。  そしてクリックはそのことを、あの日確かに知ったはずではなかったのか。
 だったら。

「テメノスさん。僕は、あなたが欲しい。あなただから、欲しいんです」

 そういってクリックは、テメノスの襟元に手をかけた。



 組み敷いた身体は、驚くほどに頼りなかった。もともと線が細いだろうとは思っていたし、確かに旅路により鍛えられた筋肉は最低限ついてはいるが、古の神の祝福のせいなのか、どこか中性的な体つきになっていた。そして確かに、下半身にはあるべきものがなかった。そこは下生えもなくつるりとしていて、確かに女性のものに見える。
 頭ではわかってはいたが、実際に目にすると何とも言えない感情がこみ上げてきた。

「や、あんまり……みな、いで……」
「見せてください、テメノスさん。僕がこれから愛する人のことを、ちゃんと、見たいんです」
「君、どこでそんなセリフを覚えてくるの」

 恥ずかしさのあまりか、目元を腕で覆ってしまったテメノスの腕をそっと外し、頬に口づけを落とす。

「可愛いですよ、テメノスさん……そうやって恥ずかしがるところも、それから、ここも」

 そういってそっと下半身に手を伸ばしふっくら膨らんでいる恥丘に触れると、テメノスの身体がびくりと震えた。自分でも触ったことはないのだろう、そもそも確認だってしたのかしないのか。この様子ではきっとしていないのかもしれない。

「いや、いきなりそんなところ……」
「ふふ、ごめんなさい。テメノスさんがあんまりにもかわいくて。ちゃんと、ゆっくり慣らしますよ」

 そこからのクリックの愛撫は、本当に壊れ物を扱うかのように丁寧で、優しかった。はじめは何度も口づけを交わして、クリックの分厚い唇が首筋に降りてゆき、鎖骨を這い、胸元へと至る。そこで震えている小さな乳首に触れた瞬間に、テメノスは再び身体をひくつかせた。彼は混乱しているようで、はくはくと息を吐きながら、何度もクリックの名を不安そうに呼んだ。この様子だと、そもそも性交自体が初めてなのではないか、とすら思えるほどにテメノスの反応は初心だった。

「そこ、……男でも、感じるもの、なの……?」
「うーん、僕は特に感じたことはないんですけど、今のテメノスさんは純粋な男性とは言えないですからね……」
「やっぱり、私、おかしい身体なんですね……」
「違いますよ!感度がいい人は、男性だって感じる時があるって聞いてます。それに、ほら……テメノスさんの乳首、ふっくら膨らんできて、とても可愛いです」

 そういって膨らんだ乳首に口づけを落とすと、テメノスの口から甘い嬌声が漏れた。

「ぁあっ……ん……なに、これぇ……」

 未知の感覚に震えて怯えるテメノスは、まるで十代の生娘のようで、堪らなかった。もともと年齢を感じさせないほどの童顔と、きめ細かな白い肌をしているというのに、更に半分は女性化している。だからなのか余計に艶やかで、クリックの熱は否応なく焚きつけられる。それでも、傷をつけたくない一心からクリックはテメノスが感じる箇所を徹底的に愛撫した。乳首をぐるりと円を描くように舐め、分厚い唇で食み、時折軽く歯を立てる。

「や、ぁあ……!それ、あ、おかし、……私、おかしく、なる……ぁん‼」

 びくりびくりとその都度薄い腹を上下させて感じるテメノスの痴態ときたら想像以上で、そして時折聞こえてくるにちゃにちゃとした濡れた音が、彼が感じている証拠でもあり、クリックはじれったいのを我慢しながらも何度も乳首を吸い、舐り、愛撫した。

「は、ぁ、あ、……あぁああん‼」

 ひときわ甲高い声で鳴いて、テメノスは痩身をびくり、と痙攣させる。乳首だけで達したのか。見れば、テメノスの太ももは愛液でてらてらと濡れており、かくりと脱力した肢体はほんのりと朱に染まり頬は上気して、翠の瞳はとろんと熱っぽくクリックを見ている。半開きの薄桃色の唇からは熱い吐息が漏れ、その唇がクリックの名をかたどった瞬間、クリックは唇に食らいついていた。

「んっ……」

 再び、今度はクリックから仕掛けた濃厚な口づけを交わしながら、クリックは右手でテメノスの恥丘に再び触れる。トロトロに濡れている陰唇を割り開き、熱っぽい花芽を見つけて舐ると、再びテメノスの薄い肢体が跳ねた。

「んっ、ん、ん……‼」

 本能的なのかわざとなのか、テメノスは細い腰を動かしてクリックの手に熱く熟したクリトリスを押し付けるように動いてくる。陰唇からは愛液がトロトロと流れ落ち、シーツとクリックの手を穢していた。けれどもその熱に浮かされるように、クリックは唇を離すと一瞬身体を離し、テメノスの又坐に顔をうずめ、じゅっと熱く熟れた陰唇を吸う。

「や、いや、そんなところ……ぁああっ、だ、めぇ……!わたし、わたし、おかしく、なっちゃうぅ……ぁ、あぁあ!」

 甘い悲鳴を聞きながら、クリックは一心不乱に熟した陰唇を分厚い舌と唇で愛撫し続けた。こぼれてくる愛液を飲み込み、両手は乳首を弄りながら、テメノスが昂ることだけを考えていた。己の股間がテメノスの嬌声と痴態で重苦しく膨張していることもわかってはいたが、負担が大きいのは受け入れるテメノスのほうなのだ。このくらい我慢できなくて、何が騎士だ。じゅるじゅると淫らな音を立てながら秘所を吸い、舐り、敏感になっているクリトリスを一層強く吸い上げると、テメノスの秘所からぷしゃ、と温かで透明な液が飛び出てきて顔面にかかる。
 潮を吹いたのか。初めてなのに、テメノスさん、感じやすいのかな。それも可愛いな。
 そう思うとより一層手の中の存在が愛おしくなり、乳首を愛撫していた手を止めて、準備のできた陰唇を改めて眺める。
 そこは、くぱくぱと呼吸するように男を誘っていて、綺麗な色をしており、その奥の膣口まで見えるほどに蕩けていた。もう、大丈夫だろう。
 それでも最初は感じるよりも痛いという――だからクリックは、まずはそこに指を挿れることにした。

「テメノスさん、指、挿れますね……」
「え、ぁ……は、い……」

 テメノスはいつになく素直だ。その返事の声もどこか頼りなくて壊れてしまいそうで、庇護欲をそそる。最も、先ほどからのひどく初心な反応から、常のあの余裕のある大人びた彼と今の彼とは違うのだということはわかってはいたものの、そのギャップも堪らない。

「少し痛いかもしれませんけど、我慢してください……」
「ん、ぁ……ぁあ!入って、きて……るっ……んっ!」

 くちゅ、と一本目はあっさりと膣に飲み込まれてしまった。テメノスの膣内はひどく熱くて、ともすれば絡めとられてしまいかねないほどに蠢いていた。これが、子を宿す性の本能なのだろうか。当の本人の態度とは裏腹に、その下半身は獰猛に子種を欲している。トロトロとまとわりついてくる熱い愛液を潤滑剤にしながら、クリックはそおっと二本目の指を侵入させた。くぷ、と音を立てて二本目もあっさりと拒まれずに飲み込まれてゆく。女を抱いたことは何度かあるが、初めてでここまでのものは正直クリックも初体験だ。テメノスが元は男性性でよかった、と心底思う。こんなにも性欲を掻き立てる存在が女性性であったなら、自分はもっと早くにテメノスに狂っていたかもしれないからだ。それほどに、この身体は危うく魅力的だ。女性のように柔らかな肌やふくよかな胸はない。けれどもこうして受け入れる箇所が存在しているというだけで、簡単に物狂いになる自信はあった。
 クリックは慎重に、三本目の指を侵入させる。肥大する心臓の音、昂ってゆく己自身の熱、そして今己の指を包み込んでいる媚肉。まだ熱杭を挿れたわけではないのに、まるでそうしているかのように錯覚すら覚えてしまうほど、テメノスの膣内はひどく熱くて、いやらしく食らいついてきた。

「あぁ、あ……ぁ、あ、ぁ、んっ、クリック、くん……」

 息も絶え絶えという風に名を呼ばれ顔を上げると、すっかりと蕩けて普段の威厳などどこにもないテメノスの顔がそこにはあった。情欲にまみれ、熱に浮かされ、我を失い、けれども貪欲に雄を求める雌の顔だ。ぞくり、と総毛立つ。そして次に覚えたのは、ひたすらの、欲。欲しい。欲しい。この雌が、たまらなく、欲しい。我が物して蹂躙したいという、凶暴で、とんでもない、抗いがたい欲だった。

「テメノスさん……挿れて、いいですか」

 それでも。
 それでも、欲望に任せて貫きたくはない。痛い思いは、させたくない。あくまでも、優しくしたい。そうでなくても今の彼は不安定だ。乱暴に扱うことなど、決してあってはならない。
 クリックの問いに、テメノスは花が綻ぶように笑い、はい、と小さく頷いて見せる。初めてで精一杯だろうに、そのけなげさが堪らなく愛おしくて仕方なかった。ぎゅっと一度その痩身を抱きしめてから、クリックは己の一物を取り出す。
 下着からぶるん、と飛び出てきたものは自分で想像していたよりも凶悪で、凶暴な様をしていた。普段よりもずっと赤黒く勃起して、大きさだって常の比ではない。一度だけ高級娼婦を抱いたことがあったが、そのときだってこんな風にはならなかった。愛している人の痴態を目の前にして、欲は最高潮に達していたのだ。

「クリックくん、そ、れ……」

 見れば、テメノスの顔から血の気が引いている。飛び出てきたあまりにも大きなそれに、流石に驚いたのだろう。怖がらせてしまっただろうか。クリックは怯えるテメノスをもう一度抱きしめて、小さな口づけの雨を降らせた。額に、涙が浮かぶ瞼に、頬に、鼻先に。そして首元に強く吸い付き、花を散らせると、そのことに気づいたテメノスが聊か困惑したような表情をする。

「あ、の……つけるのは、いいですけど、その……みえない、ところに、……おねがい」

 弱弱しいお願いが余りにも愛らしくて、クリックは頷くと、今度は乳首周りや臍付近、そして太ももやその付け根に朱を散らせていった。その都度テメノスの口からは甘い声が上がり、少しずつ身体の緊張もほぐれてきているようだった。

「テメノスさん、無理そうなら……僕は、いいですよ。テメノスさんが気持ちよくなってくれたのなら、それで」
「……ダメ」
「テメノスさん?」
「ダメ、です……私だけ気持ちよくなって、どうするの。それに、仕掛けたのは、私……今更君のを見て怖いだなんて、都合のいいことはいいません。それに、男性の時よりも受け入れやすいんでしょう、今の私の身体は」

 同時に妊娠する可能性もあるんですが、とは言えなかった。その位の、不思議な迫力が今のテメノスにはあった。

「……わかりました。出来る限り、ゆっくり、挿れます」

 そしてぴた、と亀頭を膣口に合わせて、慎重に侵入させてゆく。ずぷ、ずぷ、と粘着質な音を立てて、クリックの欲が、テメノスの胎に埋まってゆく様は、言葉では言い表せない程に淫靡で、堪らなく、そして心を満たした。

「ぁ、入ってきて、る……感じる、クリックくんが、……私の、胎に、入って……」

 感極まっているのはテメノスも同じなのか、それは嬉しそうに己の腹をさするさまは、まるで慈母のようで、その姿だけでもクリックの熱はさらに膨張し、テメノスの膣内を圧迫した。

「んっ、何で……大きくなるんですか」
「……あんまり煽らないでください、テメノスさん……僕、これでも、もう、限界、なんですっ……」

 ゆっくり挿れるだけでも相当の気力が必要だというのに、更に煽られては堪ったものではない。ただでさえテメノスの痴態に限界だというのに、これ以上乱されてはたまらなかった。クリックは下半身だけに意識を集中して、テメノスの手を取りキュッとつなぎ合わせると、更に侵入を再開した。そこで、ぶちぶち、と何かを破る感覚がある。処女膜だ。ああ、そうだった、テメノスさんは処女だったんだ、と今更のように感じた。肝心のテメノスはといえば、流石に無痛というわけにはいかなかったのか、唇を強く噛んで何かに耐えるように目を閉じている。ああ、それはそうだ、テメノスさんはたとえ女の子だったとしても初めてだし、僕のコレは規格外だし。聖堂騎士の皆にもよく風呂でからかわれたっけ、お前のソレは娼婦も咥えきれないんじゃないかって。テメノスさん、口小さいからな、きっと咥えるのは無理だろうな。そんな埒もない妄想を一瞬してしまうが、痛がっているのはそのテメノスだ。我に返ったクリックは、思わずつないでいる手を放してしまう。

「テメノスさん、やっぱり無理そうなら……」
「続けて!」
「え、あの、でも……」
「だめ、今抜いたら、一生許しません」

 一生って。なんでそんな可愛いことをいうんだ、この人は。

「手も、離さないで……こわいから」

 立て続けに落とされた爆弾に、クリックの中でぷっつりと何かが音を立てて切れた。もう、こうなったら、この可愛い人をドロドロに甘やかして、蕩けさせて、気持ちいい、で一杯にしてやる。

「わかりました……動き、ますね」

 でも、ゆっくりと。ゆっくり、ゆっくり。そういえば、テメノスさん、乳首、弱かったな。そんなことを思い出して、握っていた片方の手を放して(テメノスは嫌がったが)乳首を愛撫しだすと、きゅん、と膣内が締まり、感じていることが分かった。

「やぁあ、急に、やめ、て……っ!」

 やめて、といわれたところでクリックに止まるつもりはない。そのまま乳首を舐りながら、挿入を進めてゆく。テメノスの狭い膣内を精一杯ゆっくりと進みながら、熱が下半身に集まるのをクリックは感じていた。早くこの雌を侵したいという本能とテメノスをどろどろに甘やかしたいという感情の板挟みになり、それでも辛うじて組み敷いたテメノスの善がる表情や甘い声に耳を侵されながらも理性が勝っていたのだった。ゆっくりと進むテメノスの膣内は極上に蕩けていて、熱く、クリックを離すまいと絡みついてくる。それでなかなか思うように進めないというのもあるのだが、それらは耳に届く甘い声や絡みつく肉襞にいつ屈してしまうかわからない、本当にギリギリの一線だった。
 やがて、クリックの人一倍大きな肉棒がテメノスの胎の中に納まる。ふう、と全身で息をしてから、クリックはテメノスの薄く色づいた唇に口づけを落として告げた。

「テメノスさん、ぜんぶ、入りましたよ。ほら、見てください。テメノスさんのお腹が、僕の形に膨らんでる……」
「そう、……ここに、君の子種が入れば、私は……君の、子供を……」
「テメノスさん?」
「あ、いえ、……なんでも、……ありません」

 一瞬戸惑うようなそぶりを見せるが、へにゃりと表情を崩して笑う様は、ひどく愛らしく、同時に目の毒だった。汗にまみれて額に張り付いた銀糸も、ほんのりと染まっている目元も、蕩けるように濡れている唇も、その奥にある熱を知ってしまったからこそ、見て居られない。

「ね、動きたいんでしょう?好きに、動いて、構わないから……」
「でも」
「いいから、君、私のことばかり考えて、好きにしてないでしょう。気づかないとでも思った?」
「あ、はははは……やっぱり、わかりました?でも、テメノスさん、処女ですし、痛くないようにしたかったんです」
「痛くても……でも、君を感じられるだけで、私は嬉しいから」
「……テメノスさん……」
「クリックくん、いいんですよ、ひどくしても」
「そんなこと!」

 思わず痩身を抱きしめる。柔らかでも、丸みを帯びているわけでもない同性の身体そのものだが、クリックはこの身体が、心が欲しいと思ったのは事実だ。だからせめて、痛い思いはしてほしくはない、そうでなくとも規格外のものを持っているだけに、テメノスには負担を強いてしまうのだから。そう思うことは、自己満足なだけなのだろうか。

「できません、僕には……テメノスさんには、たくさん、気持ちよくなってほしいです」
「クリックくん……」

 クリックは意を決したように改めてテメノスと繋がったまま口づけを交わすと、ゆっくり、ゆっくりと動き出した。

「あ、クリックくんの、おおきいのが……ごりごり、いって……」
「テメノスさんの子宮、僕の精子を欲しがってるみたいですね。ほら、こうすると」

 ぐい、と腰を押し込むと、ずちゅん!と子宮口と亀頭が触れ合う。その瞬間、テメノスは痩身を弓なりにしてびくりと痙攣した。

「テメノスさん、子宮にキス、しちゃいましたよ。もしかして、イッちゃいました?」
「うぁ、や……それ、すご……ぁ……」

 もはや意味をなさない音を口から漏らしながら、テメノスはそれでもクリックとけなげに手を繋いだまま全身で荒い息をしている。

「それなら……また、キス、……しちゃいましょう!」
「あ、だめ……!今、イッたばかり、だから……あぁあんっ!」
「もっ、僕、もっ、……うっ、……抑え、られ、なっ……」
「やぁっ、あぁあっ、お腹っ、こわれっ、わた、しっ、こわれちゃうっ、いやっ、ぁぁっ、あっ、はっ」

 ぱちゅん!ぱちゅん!と肉のぶつかり合う音を響かせながら、クリックは獰猛にテメノスの最奥を求めた。テメノスもまた、振り落とされないように、離れないようにと必死にクリックに抱き着いて、揺すられながらも甘い声を上げ続けている。

「あっ、くるっ、やっ、こわ、い……あぁっ、んぅ、あっ、あぁあっ」
「僕っ、……もうっ、でちゃ……いま……」
「だし、て……っ、私の、ナカ、にっ、……」
「ダメ、です……テメノスさん、それ、は……!」

 必死にギリギリ残った理性でクリックは肉棒をテメノスの膣内から引き抜くと、ぬぽんっ、と抜けたと同時にテメノスの秘所や腹に向けて大量の精液を吐き出した。どろどろとした白濁が熱を帯びて朱に染まった肌に飛び散り、何とも言えない淫靡さを醸し出す。ランプのほんのりとした灯りと外から降り注ぐ月光の中ですら、その淫らで美しいさまは際立っていて、クリックは再び自分の欲望がどくりと脈打つのを感じた。けれども、まずはテメノスを清めなければならない。
 そのつもりでテメノスの肌に触れるが、「ん……」と小さく甘い声がテメノスの唇から漏れて、気をやった彼が戻ってくると、クリックの意思を察してかその手を止め、首を横に振った。

「クリックくん。私は中に、といったのに」
「ですが、テメノスさん。あなたは今、妊娠してしまう可能性があります。みだりにそんな行為は、できません」
「私が欲しいのに?」

 きゅ、と小さく唇を噛んで上目遣いで囁かれても、ダメなものはダメだ。そこだけは、譲れない。頑なにクリックが頷かないことにしびれを切らしたのか、テメノスは緩く立ち上がっているクリックの一物に白い指先をあてがう。

「熱い……すごく、どくどくしてる……これが、私の胎に、入ってたの……」

 そういいながら、おもむろにぱくり、と亀頭を小さな口で咥えてしまった。

「て、テメノスさん?!」

 流石にこれにはクリックも動揺し、慌てて放そうとするのだが、そもそも根元を手で押さえられてしまい一瞬遅かった。テメノスはそのままえづきながらも顎や口、舌を使いながらゆっくりと奉仕をする――正直、巧いとはいえなかった。それはそうだ、彼は男娼でもないし、慣れているわけでもない。だというのに、驚くほどに気持ちがいい。愛する好きな人にしてもらえる行為というのは、こんなにも満たされて幸せな気持ちになれるのか、とクリックは改めて感じた。
 とはいえ、これでは生殺しだ。

「テメノスさん、もう一回、いいですか?胎に、……入りたいです」

 優しく耳元で囁くと、テメノスはクリックのモノから口と手を離し、にこりと笑って小首をかしげる。ああ、もう、なんだってこの人はこんなにも可愛いんだ。クリックが一人悶えていると、テメノスはそれを良いことにクリックの腹筋に跨ってきた。

「はい?テメノスさん?」
「ふふ、……こうすると、もっと深く、繋がれる……って、聞いたことがあります」

 あ、一応知識はあったんだ。そんなことを考えている間に、テメノスは自ら位置取りをして陰唇を指で割り開きながら、狙いを定めるようにクリックの勃起したものの先に濡れた箇所をあてがう。とろり、と内側から流れてきた愛液と精液のまざったものが、クリックの亀頭を濡らした矢先、テメノスの媚肉がまとわりついてきた。

「あぁあああんっ、すご、これ……すご、奥……子宮まで、一気に……んっ!」
「ちょ、テメノスさん、いきなりは……!」

 慌ててどけようにも、テメノスは全体重をクリックの下半身にかけていて、流石に押しのけるのは一苦労だ。それに、ゆらゆらと腰を揺らしながらクリックの熱望を刺激する媚肉は巧みにまとわりつき、愛液を垂らし、ぐちゅぐちゅと結合部分からは卑猥な音を立てている。先ほどと同じくらいか、それ以上に深く繋がっているからか、テメノスの言葉も少なく、腰を動かすだけで精一杯のようだった。

――はっきりいって、辛そうだ。

 けれど、クリックの胸筋に置かれた両手の爪が、ぎりり、と肉にめり込んで動きを封じてくる。その重さや痛さより、テメノスの意思が、クリックを止めさせていた。
 本当は、痛い思いも、つらい思いもさせたくなかったのに。
 テメノスさんには、気持ちいい、だけ知っていて欲しかったのに。ああ、僕はやっぱりまだまだ未熟だ。

「テメノス、さ、ん……っ!」
「いいから、この、ま……ま……んっ、ぁっ、深いっ、子宮、届いてっ、もっとっ、もっと、胎内(ナカ)にっ、きてっ……」

 絞り取られる、とはこういうことを言うのだろうか。クリックの上で踊るように動くテメノスの動きは巧みで、これが初めての性交とは思えないほどに堂に入っている。振り乱される銀糸や、飛び散る汗すら美しくて、クリックは快楽に悶えながらその美しくて淫らな自分の愛する踊り子を一心不乱に眺めていた。
 その油断をついきたのか――もっとも、そんな余裕はなさそうではあったのだが、テメノスは自ら乳首を弄りだし、そのおかげで膣内が収縮して射精感が徐々に高められてゆく。もどかしくてたまらなかったが、それよりもリズミカルに踊る淫らなテメノスの姿にクリックの意識は持っていかれ、残りの本能は熱い膣内できゅうきゅうと締め付けられて、不本意ながらクリックはテメノスの子宮に二度目の射精をしてしまったのだった。



「テメノスさん、どこであんなこと、覚えてきたんですか」

 これは完全に怒っているクリックの声だ、とテメノスは分かっていた。けれど、どうしても彼の子種が欲しかったのだ。そう思った経緯は、正直自分でもわからない。わからなかったのだが、一度目に身体を拓かれたときに、胸の奥が切なくなり、彼の子供が欲しい、と思ってしまったのだ。目的のある旅をしている身空、本来であればそんなことは望んではいけない。赤子の出産は命懸けだし、いかに薬師のキャスティがいるとはいえ、妊婦が危険な旅をすることを彼女が許すはずがない。わかってはいた。わかってはいたのだが、それでも、どうしても彼の子供が欲しかったのだ。
 この身体になった今ならば、彼を繋ぎとめることが出来るかもしれないと――そんな、安易で安直で、愚かな思い付き。けれど、テメノスは本気だった。

「君の、子供が……欲しかったんです。最初は、戸惑いました。戸惑ったし、怖かった。単純に、作り変えられた身体が、です。でも、次に考えたのは、これならば君が離れないでいてくれるかもしれない、だなんて、まるで愚かな考えでした……君にそのつもりがなかったのに、襲ったのもそれが理由。こんな私は、君に見限られても仕方がないですね」

 そういうとそそくさとローブをまとい、部屋を出ていこうとする。が、腰に力が入らないのか、寝台から降りようとした瞬間、床に倒れこんでしまいそうになった。床と衝突を避けられたのは、とっさにクリックが腕を伸ばし抱き留めたからだ。

「……あきれ、ました、……よね」
「そうですね。あなたに、僕の想いがぜんっぜん伝わってない、ということはよくわかりました。そのことに対して、自分に呆れました。情けなく思いました」
「だって君、私とこういう仲になったのだって、つい最近で」
「仲になったのは、確かについ最近です。でも、僕がテメノスさんを好きになったのは、もっと前からです」

 今度こそ逃げだせないように拘束されてしまった――とはいっても、腰が抜けているので逃げ出そうにも逃げ出せないのだけれど。クリックはテメノスの身体をぎゅっと抱きよせると額をこつん、と合わせてくる。

「僕は本当は、出逢った時から……あなたに惹かれてました」
「その割に、辛辣だったけれど?」
「……素直になれなかったんです。なんだか、癪で。でも……」

 そう言って近づく鼻先に、テメノスはその先の行為を理解してそっと目を閉じた。触れるぬくもりと、柔い感触。

「ずっと、ずっと、あなたとこうしたかった、……たとえあなたが男性のままだったとしても、同じ結果だったと思います。男性性だとか、女性性だとか関係ありません。だから、そんな風に考えないで下さい。そういう考え方は……苦しいでしょう?」
「……くせに」

 ぽそり、とクリックの裸の胸に頬を寄せて投げ出すようにすり寄り、テメノスは小声で囁く。

「え、テメノスさん、なんて?」
「子羊くんのくせに、偉そうだと言ったんです」
「ぼ、僕はもう子羊じゃありません!」
「そういうところですよ」

 そういうとテメノスは汗と体液でしっとりと濡れたクリックの素肌に口づけを落とす。真っすぐで、馬鹿正直で、頼もしい、私の子羊。

「クリックくん」

 顔を上げて、囁くように告げると、思いのほかまじめな表情のクリックの顔がそこに在った。

「好きです、……愛しています。こんな感情を抱くのは初めてで、その……私、多分、間違いだらけだと思うんです……これから先も、おかしな真似をして、君に幻滅されるかもしれない、それでも」
「そんなことはありませんよ」

 さらり、と銀糸を撫でられて、かち合う瞳はとても穏やかで優しい色を湛えていた。背中を抱く温もりも暖かく、まるであの日に胎をさすってくれた時のようだ、とテメノスは思い出す。
 彼はあの時言っていた。人の体温は、安堵するものだ、と。
 確かにそうかもしれない。
 こうしているだけで、何も怖くないと思えるから、不思議だ。

「クリックくん」
「はい」
「ずっと、……傍に、いてくれる?」
「はい」
「どこにも、いかないでくれる?」
「……極力、善処します」
「もう、そこは、はい、でしょう」
「ですが、僕は聖堂騎士で、あなたは異端諮問官。立場も身分も違います。常に一緒というのは、まだまだ非現実的です」

 テメノスははあ、とわざとらしく大きなため息を落とした。

「え、え?テメノスさん?どうしました?僕、何かおかしなこと言いました?」
「いいえ。やっぱり子羊くんはいつまでも子羊だなと思っただけです。そして、そんな子羊に惚れた私は、大バカ者だということです」
「え、えええええ?今、そういうこと言う雰囲気でした?」

 その雰囲気をぶち壊したのは、誰なのだか。その言葉を飲み込んで、テメノスは目を瞑りクリックの胸元に身を寄せる。静かに聞こえてくる彼の優しい鼓動は、確かに彼の存在がそこにあるということを伝えていた。こんな風に誰かと触れ合うのは、本当に何年ぶりだろう。

「テメノスさぁん……」
「もう、情けない声出さないで下さい。このまま眠っても?」
「構いませんよ。あ、でも身体を清めてからのほうが」
「……疲れました。起きてからでいいでしょう」

 いうが早いか、テメノスはクリックを巻き込んで寝台に倒れこむ。そうしてクリックの胸元に耳を寄せ、その心音を聞く。そうしていると安心できるからだ。

「なんだか今日のテメノスさん、甘えたですね」
「たまにはいいでしょう」
「……いつもだと、僕はもっと嬉しいんですけど」
「調子に乗らない」

 あはは、と子羊が小さく笑い、テメノスの髪の毛を弄び出す。その淡い感触に身をゆだねながら目を閉じると、すうっとそのまま睡魔に襲われテメノスは意識を沈めるのだった。