だってあなたは僕のものだから

 必要に駆られたから、とジョブを変えてみたのだけれど。その直後にクリックくんが真っ青な顔で怒鳴りこんできた。

「なんて格好してるんですか、テメノスさん!そ、そんな肌を出して……」
「何って、狩人のジョブ衣装ですよ。他の男性陣よりは露出は少ないですし、オーシュットに狩りを習う約束をしているんです」
「だからって!テメノスさんの柔肌を大衆の面前にさらけ出すのは良くありません!断じて、赦しません!」

 クリックくんはどうもお冠のようだ。けれど、そんなことを言われても、いつもの法衣では動きづらいし斧も弓も構えづらい。

「クリックのあんちゃん~、テメノス、困ってるぞ。いつもの格好じゃあ狩りなんてできないからな」
「オーシュット!オーシュットからも言ってください。そもそも、二人で同じジョブにつく必要なんてないじゃないですか!」
「あるよ。だって、食料がなくなった」
「は?」
「クリックのあんちゃんが沢山食べるから、わたしたちの分の食料が、なくなった、て言ったんだ」

 オーシュットが迫真の顔でクリックくんに詰め寄り、告げた。半ば怒りが滲み出ている気がしなくもない。

「……すると、もしかしなくとも、僕の所為で?」

 間抜けな顔をして自分を指さすクリックくんに、私とオーシュットは真顔で頷く。するとクリックくんはこの世の終わりみたいな顔をして頭を抱え、呻きだした。

「ああぁぁぁああ、僕の考えなし!いくらオーシュットの干し肉が美味しかったからってあんなにおかわりするんじゃなかった!いくらテメノスさんの手料理が美味しいからってあんなに食べるんじゃなかった!全部、僕の所為だ!」

 絶望的に叫んでいるけれど、彼の言っていることは何一つ間違えていない。私たちだけならば間に合っていた食料が、彼の分が加わることによりあっというまに駆逐されてしまったのだ。だから、私もオーシュットに倣って狩りをしよう、そういう話になり、狩人のライセンスをとってきたというのに。

「クリックくん、なくなったものは仕方ありません。捕まえればいいことです」
「テメノスさん!駄目です!誰が何をいっても、テメノスさんのその恰好は駄目です!テメノスさんが柔肌を晒すなんてこと、絶対にあってはいけません!」
「でも食べ物がないのはしかつもんだい、だぞ」
「ならば代わりに僕が倒してきます!それならば文句はないでしょう!」

 そう意気込んで、剣を振り回すクリックくん。でも君、解体や調理はできましたっけ?

「でも、クリックのあんちゃんがやると肉がめちゃくちゃになるからなー」
「うぐっ……な、ならば僕も狩人のライセンスを……」
「こらこら神の剣、君はその剣を神に捧げたのでしょう?そう簡単にころころと志を変えるもんじゃありません」
「それならテメノスさんだって!」
「私はいいんですよ、もう一介のしがない旅人なもんで」
「……それ、屁理屈っていいませんか」
「私は教会から放っておかれてますからねえ……今は教皇もいなくなってしまいましたし、傷心旅行中です」

 何を言っても無駄だと悟ったのか、クリックくんは押し黙る。しかし、私の方をちらちらと見ては顔を白黒させているから、意識しているのが丸わかりだ。
 第一、教皇殺害現場検証が終わってからこっち、クリックくんは私に纏わりつくようになっていた。何かあれば「テメノスさん!」「テメノスさん!」と私を呼んで駆け付けてくる。なんだか大型犬を飼ったような気分だと言ったら気を悪くしてしまうだろうか。
 けれど、私も別にクリックくんに悪い感情を抱いているわけではなく、むしろ逆だから困るのだ。
 だからいっそ、こんな格好でもしてしまえば幻滅するかと思ったが、逆に怒りだしてしまって実際困ってしまった。しかも肌を大衆に見せるな、など、それは意識していますと公言しているようなものではないか。クリックくん、私は自惚れてもいいの?と聞きたくなってしまう。

「と、とにかく、その恰好は禁止です!目に毒ですし……テメノスさんにそんな際どい格好させられません!獲物は僕が倒して、オーシュットが加工すればいいんじゃないですか?ちゃんと加減はしますから。そのくらいは、ライセンスがなくともオーシュットが教えてくれるんでしょう?」
「うーん、まあ、それくらいなら。わたしでも、教えられると思う。それにしてもクリックのあんちゃんは本当にテメノスが大事なんだな」
「な、な、ななななななな、な、なに、を……」
「だって、テメノスの肌を見せたくないんだろう?知ってるぞ、人間は好きな人の肌は他人には見せたくないんだって」
「お、オーシュット……どこでそんな知恵を」

 おや、クリックくんの顔が今度は真っ赤になっている。これは、どうやら自惚れてもいいらしい。悪戯心が出てきた私は、クリックくんにそっとすり寄る。

「クリックくん、それは、私を好き、ということ?」
「な、あ、て、テメノスさん……っ!何を、何を……っ!!」

 ふむ。この感覚は当たり、かな?

「それなら、君からちゃんと聞きたいな。私を、どう思っているか。ねえ?子羊くん?」

 そういって腕にそっと触れると、茹蛸みたいになったクリックくんが、ばっと立ち上がり、私にマントを羽織らせた。

「そ、それとこれとは話は別です!と、とにかく、その恰好は金輪際止めてください!」
「あらら、振られちゃった」
「クリックのあんちゃん~、素直になれよ~」
「ぼ、僕は少し頭を冷やしてきます!その間に、着替えててくださいね!」

 そういうなりクリックくんはずかずかと浜辺の方へと歩いて行った。

「子羊く~ん、直射日光には気を付けてくださいよ~!熱中症で倒れても知りませんからね~!」
「大丈夫です!もう、僕は子供じゃないんですから!」

 遠くから聞こえる自棄気味の声が何やら可哀そうで、はあ、と私は溜息をついていた。

「クリックのあんちゃん、大丈夫かな……あの格好だと、すぐぶっ倒れるぞ」
「オーシュットもそう思いますか?……やはり、心配です、私が様子を見てきますね」
「うん、私はここで獲物の解体をしてるから、戻ってきたら食事にしよう」

 クリックくんに見つかる前に生け捕りにしていた獲物をオーシュットが引き受けてくれるというので、私はクリックくんの後を追うことにした。



   わかりやすい足跡が浜辺に向かっている。頭を冷やしてくる、と言った通り、行水でもするつもりなのだろうか。私が足跡をたどってゆくと、果たしてそこにはフルプレートで蒸し焼きにされかけているクリックくんが見事に倒れていた。

「ああもう言わんこっちゃない……ちょっと難儀ですけれど、外させていただきますよ」

 鉄製の聖堂騎士の鎧は照り付ける日差しで熱せられ非常に熱くなっており、脱がせるのには難儀した。これは、後から何かしてもらわねばなるまい。とはいえ倒れていたのが水辺の近くだったのが幸いし、私はなんとか子羊くんを救い出すことに成功した。蒸れてしまった衣服も脱がしてしまった方がいいだろうか、しかし下手に脱がせて紫外線を浴びてもよろしくはない気がして、私は木陰に子羊くんを移動させ、膝を枕に水を持ってきてひたすらかけるという作業をしていた。
 どれくらいそうしていただろう。

「ぁ、……テメ、ノス、さん……?」
「クリックくん、気が付きましたか?」
「僕、は……」
「君、頭を冷やしに行くと言って砂浜で転がってましたよ」
「はっ、まさか、助けていただいたので?」
「そうです。そうでなければ君、今頃蒸し焼きになってましたよ?」
「こ、これはとんだ手間を掛けさせてしまいました……すみません……」

 身体を動かそうとして、子羊くんは漸く今の状況がわかったらしく、私を見上げて、それからきょろきょろと周囲を見渡し、またしても顔を赤くした。

「あ、あの、もしかしてですが、……僕、今、テメノスさんの……」
「はい。太ももの上に乗ってますが」
「なっ……なんて失礼なことを……!!しかもまだあの格好なんですか……!!す、すみません、本当に……!!」

 慌ててどけようとする子羊くんを嗜めて、私は額に再び濡れたタオルを宛てる。

「こら、暴れない。君、熱中症になりかけてたんですからね?安静にしてもらわなければ困ります。私の太ももでは硬くて不満でしょうが、少しこのままでいなさい」
「は、いえ、あの、不満ということは決してなくむしろご褒美というか有難いというかですがあの」
「いいから黙って休む」
「……はい」

 漸く大人しくなった子羊くんを、子供をなだめる様にその癖毛を撫でながら海風に吹かれていると気持ちが良かった。トト・ハハの空気は元々綺麗だから、多少塩気があっても気分がいい。

「あの、テメノスさん……先ほどのことなんですが」
「先ほど、とは?」
「僕が、テメノスさんを……その……す、好き、だと……」
「ああ、そのことですか」

 急に子羊くんが私の手を握り、真顔で見上げてくる。トト・ハハの青空と同じくらいに澄んだ瞳が、私を見つめている。

「好きです。テメノスさん。僕は、あなたを……抱きたい。そういう意味で、好きです」

 急な告白に、私の方が驚いてしまい、ひゅ、と息を呑んだ。まさかそこまで踏み込んで来るとは、思っていなかったからだ。

「僕はあなたを抱きたい、と思っています。だから、他の人に肌を見せて欲しくはないんです。あなたの肌を見ていいのは、僕だけだって、思いたいんです」
「クリックくん……」
「駄目、ですか?僕では、不足ですか?まだ、若造で、頼りないですか?」
「そんなことは……そんなことは、ありませんよ。私も、君が好きです。けれど、私はずっと年上だし、君には約束された将来がある。綺麗なお嫁さんだって、貰えるんですよ?何が悲しくて、こんなおじさんを口説いているんですか」

 そこまで言うと、クリックくんががばりと起きて、私を抱きしめた。そのあまりの急さに、私は反応が出来なかった。

「そんなことはありません。僕の幸せは、テメノスさんと共に居ることです。思えば……最初から、きっと、一目惚れでした。こんなに綺麗な人がこの世の中にいるなんて、って思ったんです。だからあなたを守ろうと思った。……これからも、守らせて、くれますか?」

 胸の奥がきゅっと痛んだ。嬉しさと、それではいけないのだという相反した想い。私だってクリックくんの想いに応えたい、けれど……。

「テメノスさん。僕は、年齢も、性別も、関係なく、あなたが、あなただから好きなんです」
「クリックくん……私も……私も、君が、好き……」

 つい口を出てしまった言葉と共に、そっと顔を近づけると、クリックくんの端正な顔が眼前に迫ってきた。すっと通った鼻筋に、彫りの深り目元、男らしい眉毛に蒼穹のような澄んだ瞳。そしてすこしだけ分厚い唇。それが、私の薄い唇と触れ合った。ぬくもりが、愛おしかった。

「テメノスさん……愛しています……だから、もう、軽率なことはしないでください……お願いです」
「クリックくん……。ごめんなさい、君の気持ちを知っていて、私は少し君を試しました。でも、もう、そんなこと、必要ないですね」
「だったら、もうその恰好は止めてくださいね?」
「……善処します。でも、必要ならば、やりますよ」
「テメノスさん……」
「クリックくん、旅は一筋縄ではいきません。特に魔物相手であてのない旅となれば、尚更です、常に備えておかねばなりませんから」

 私の言葉に、クリックくんは不承不承ではあるが納得してくれた。

「でも、やっぱり、あんまりあなたの肌を他人には見せたくないです……」

 そういうと、クリックくんは私を再び強く、抱きしめてきた。

「私だって、好き好んで晒そうとは思いませんよ。だから、安心して?」

 そういってもう一度、唇を重ねる。
 さざ波の音が、心地よい。太陽は少し陰り、トト・ハハに夕暮れの訪れを知らせていた。

「そうだ、オーシュットが食事の準備をしてくれているはずです。はやく戻りましょう」
「……もう少しだけ、こうしてたいです。ダメですか?」

 大型犬が、下から見上げて耳を垂れているのが目に浮かぶような表情でクリックくんが言う。その要求に、私は応えるしかなかった。