あなたとわたし、同じ距離

 リタは、常に早足で歩く癖がある。
 本人曰く移動に必要以上に時間をとられるなんて馬鹿っぽい、必要性があるからそうなるだけだそうだが、意識してそうしているのではないかとエステルはいつも思うのだ。特に、彼女の後ろについて歩いてゆく時には。
 歩幅もあるだろうが、エステルはリタと一緒に歩くときは、だから必要以上にゆったりと歩く。並ぶと実は歩調を合わせづらいので、少しばかり後ろをついていった方が、お互いによかった。
 せかせかと動く小動物みたいな歩き方も、その度にゆれるあちこちに跳ねているくせっ毛も、動きに合わせて揺れるリボンも、すべてがリタらしくて、思わずくすりと笑いが漏れてしまう。見ているととても愛らしくて、心がほかほかしてくる。
 エステルは、こうやって旅の最中用事や何かでリタと行動を共にする、何ともない時間がとても好きだった。そういう時に、彼女は意外な一面を見せてくれたりもする。
 今日の買出しの主役はリタだ。リタの買出しというのは、まずパーティー一行に必要なものに加え、リタ自身が日常的に必要としているものを買わなければならないので、面倒がってカロルやレイヴン、ラピードは避けるし、ジュディスやユーリだと逆に彼らのペースにもってゆかれてリタが不機嫌になる。結果、たいていエステルが付き合う事になるのだった。

「あ、リタ。あれは買わないんです?」
「あれはまだ少し残ってるけど…心許ないっていえば、そうね」
「このお店、品揃えいいですね。リタ、すこし色々見たらどうです?」

 エステルの提案に、リタは少しばかり考えてから頷く。「そうしとくわ。もう、頼まれ物は買ってあるし」
「時間はまだまだありますよ」エステルが続ける前に、リタはさっさと薄暗く手狭な店舗の中へと入ってゆく――エステルが見つけ声をかけたのは、魔導器の細かい部品やパーツなどを扱っている店だ。そもそも、魔導器の研究・製造が制限されている帝国内では、あえてその帝国と主張を異にするダングレスト以外では、こうしたパーツそのものを扱っている店は珍しい。しかも、なかなか品揃えも豊富だった。
 リタの買い物に付き合うことの多いエステルは、リタがたまにそうした店を探しているのを、よく知っていたのだ。必要最低限度の道具は揃えておかねば、いざという時に対処出来ない。だから常に持ち運べる範囲内で必要なものは揃える――そういうリタだから、今までの旅の中、何か問題が起きた時にでもすぐさま対応出来たのを、エステルはよく知っていた。
 さて、リタが品定めをしている間はといえば、門外漢のエステルはただ待っているだけになるのだが、こういう店の商品を色々と眺めているのも、それはそれでなかなか面白いものがあった。これらの小さな部品の組み合わせで魔導器が出来るのだと思うと、少しわくわくする。その中から必要なものをリタが選び出して来るのも、それらを組み合わせて修理してみせるのも、本当に魔法のようだ。
 しばらくエステルがそうして色々と見ていると、店の奥から袋を抱えたリタが出てきた。

「お待たせ」
「あら?もういいんです?」
「まあね。それに、今度はあんたの用事に付き合わないと」
「私の、用事、です?」

 きょとん、と首を傾げるエステルに、リタは何を言うんだとばかりに目を見開く。

「当たり前でしょ。あたしの用事に付き合わせたんだから、あたしも付き合わないと」

 思ってもみなかったリタの提案に、エステルはしばらくの間思考停止してしまう。そもそも、この店を見つけてリタを誘ったのだって、エステルの意思だ。だから、付き合ったとか、そういう感覚ではなかったのだが。

「リーター」
 だから、感激のあまり、思わずぎゅうっと目の前の小さな体を抱きしめた。

「わ、ちょ!やめてよ、こんなところで!離れてってば!」

 流石に両者とも荷物を持っているからエステルもすぐさま離れるのだが、それくらいではエステルの興奮は収まらない。

「でも私、別にいいんですよ?こういうの、楽しいですし」
「だーかーらー」
「うーん、それじゃあ、ちょっと、甘いものでも食べていきましょうか?ちょっとだけ、内緒で」
 小さく笑って唇に指を当てて見せると、そ、そうね!とリタがそっぽを向きながら頷く。

「じゃ、行きましょ!」
「はい、行きます」

 そうして、また、足早にリタが先に歩き出すのだ。エステルとしても目的の店があるわけではないし、リタのペースに合わせるのに苦があるわけではない。
 けれど、今度はエステルのペース。だからエステルはリタの手をそ知らぬふりをして取り、少し早足で駆け出す。リタが少し驚いて、手を握り返して、ついてくる。
 もうそれだけで、エステルは買い物のお付き合いのお礼はしてもらえた、と密やかに微笑んだ。