「リタの動作って、綺麗ですよね」
ふう、と肩で息をしながら細剣を鞘にしまって、エステルはにこりとリタに告げる。
「は?」
戦闘直後、ということもあったけれども、突然の彼女の評価に、リタは思わず声を荒げてしまった。が、エステルはお構いなしににこにこしている。
「術式を唱える時も、発動する時も、あと、声も!」
「………ええっと…」
弾む声で続けるエステルのはしゃぎぶりに、頭を抱えたくなる。なんというか、恥ずかしい。彼女の直球な物言いはいつものことなのだが、何気なくしている動作を見られていた、とか、何でそんな余裕あったの、とか、つっこみたいやら逃げ出したやら、リタ自身がどういう心地なのかわからなくなるほど、お姫様の唐突な告白に翻弄されていた。
「迷いがない、っていうんですか?予め知っているものを堂々と使いこなすっていうか…体が、ちゃんとその事を覚えてるっていうか。それだけ身についてるってことですよね。エアルとか、術式とか、武醒魔導器の扱い方とか。流石です、リタ!」
「はぁ…えと、…ありがと」
結局、そのかわいらしい口から溢れる、きらきらとした幾多の賞賛の文句はリタの脳裏を素通りしてはくれなくて、いちいち刻み込まれて頬の温度が少しずつあがってゆく。誰に褒められるよりも、彼女にそんな風に言われるのは嬉しくも、恥ずかしい。そもそも賞賛の言葉などは、聞きなれていたはずなのだが。
「リタの術式はとってもきれいです。私は専門じゃないから、見たままのことしかいえないですけど」
え、ちょっと、手?!―悲鳴染みた声は、喉から出てくることなく飲み込まれてしまう。かわりに、リタは若草の目をめいいっぱい見開いていた。エステルの、薄い手袋越しからも伝わるやわらかい体温が、リタの手を握っていた。
「でも、そんな風に綺麗って感じられるのも、リタがしっかりと全部を理解してるから、ですよね?」
答えを求めるように首を傾げてから、エステルはリタの手を離す。は、とようやく思い出したように呼吸をしながら、リタは一気に告げられた言葉を脳裏で反芻する。
――要するに褒められていたというだけのこと、なのだけれど。
エステルは、どちらかといえば剣術の遣い手だ。それも、型式にのっとった流麗な騎士のそれ。ユーリの粗野ながら実践的なものとはまた違うけれども、時折視界に入るそれは、たどたどしさを残しながらも基本的な動作を把握している人間のそれだ、と、畑違いながらリタはそのように感じている。
「それは、エステルだって同じ…だと、思うけど」
「私は、手習いをしていましたから。リタのは違いますよ。強さがあるんです」
きっぱりと、エステルは告げる。それは綺麗に背筋を伸ばして、まるで若い騎士がそこにいるような姿勢で。リタは反射的にこちらも姿勢を正さねばならない、と感じた。
「なにそれ」
「だから、さっきも言いましたけど、自信、です。リタは術式や、魔導器に関して、たくさんの知識と経験があるんですよね」
「え、ええ、まあ…」
「そういう、…私は知らないリタの、たくさんの苦労とか、努力とかが、とても綺麗に見えるんだと思うんです」
聞きなれた、賞賛の言葉。ただ若年の天才魔導少女と褒め称えるものもあれば、今のエステルのように、そうあろうとしたリタの努力を憶測したものもあった。が、いずれも、心に響いたことはない。当然だ、とリタ自身が思っているからだ。
けれども、真摯な目で、態度で告げるエステルの言葉は、不思議と重く、優しく、リタの頭の中、そして胸の内に広がってゆく。
「きっと私は、リタに教えてもらえることが、沢山ありますね」
表情を和らげて、エステルは夢を語るような口ぶりでそんなことを告げる。
ああもう、そんな事言うから。せっかく落ち着いた感情が、また一気に膨れてしまって、頭の中は真っ白だし、胸の中が飽和してしまう。
「あた、あたしも……」
それでもなんとか言葉をつむいだのだから、少しばかりエステルという少女に慣れてきた証拠なのだろうか?だとしたら、素直に嬉しいとリタは思う。
「たぶん、あんたから教えてもらえること…あると、思う」
「それって、冗談です?」
「なっ……なんであたしが、そんな、冗談…!」
「うふふ、ごめんなさい、なんだかリタにそんなこと言われるの、…夢みたいで。そういう風に言ってもらえるなんて、ほんとうに…」
今度は甘やかに、花びらがほころぶ様に微笑むエステル。ほんのりと頬が染まっているのは、気のせいだろうか?そういうエステルこそ、夢みたいに綺麗だ――思わずそんな事をリタが考えてしまって、呆然となっていると。
「おーい、お前ら、そんなとこでじゃれてると置いてくぞー」
不躾な声。
「エステルー、リター、早くしてよ!日が落ちちゃったら、辿り着くまで苦労しちゃうんだから」
続けて、案じる声。
唐突に現実に引き戻されて、二人の少女は顔を合わせてしまう。
お互いに妙に紅潮した頬と、丸く見開いた目。それから、同じタイミングでふ、とつめていた息を漏らして、吹き出す。
さあ、早く行こう。どちらが先に言ったのか。二人の少女―皇女様と天才魔導少女は肩を並べて、二人の速度で仲間の下へと駆け戻る。
旅の途中、なんてことはない日常の中の、ふとした光景。