風に煽られる桃色の髪は奔放に踊り、まるで彼女の心のうちを表しているみたい、と、そんな、らしくない事をふとリタは考えた。すぐさま鼻をならして否定するけれど。
海から昇ってくる風は決して温かくはない。湿り気と、冷たさと、潮の香りを孕んだそれは確かに特徴的ではあるし、初めて経験するものであれば多少感激はするかもしれないが、そう長い間晒されていたいものでもない。
−−そう、別に、ただのでっかい水溜り。珍しくもなんともないし。
彼女の言うように、この大きな水溜りはテルカ・リュミレースを巡り、さまざまな景色を見てきているのだろう。どこまでも、どこまでも続く空を映す大きな鏡は、沢山の色を写し取り、音を吸収して、流れ、巡り、戻り、そしてまた流れてゆく。
そういうことを、リタはほとんど想像したことはなかった。リタの想像といえばエアルや魔導器絡みの理論のこと。それ以外に興味を持ったり時間を割いたりするのは無駄だと思っている。今、こうして旅をしているのだって、その延長線上でしかない。
「この水も、空も、風も……全部、世界を巡っているんですね。私たちはその中にいて、それを感じているんですね」
まるで詩を詠うように彼女は言う。その言葉に彼女自身の感情をすべて乗せて、音を風と水とエアルの中に溶け込ませるかのように。
音にはならない声で、リタは息を呑んだ。
エステリーゼという少女の周囲のエアルが、わずかに変化している、ように感じられる。
ゆるい海風に煽られるように、濃密な草花と潮の香りの中溶け込むように、ほんのり甘やかな香りすら感じるような−−それが錯覚なのか、現実なのか、その一瞬、リタ・モルディオはわからなかった。
−−なんだろう。あたたかい。これは、あの子の、力?
そういえば。ハルルの結界魔導器の話を思い出す。そういう事が出来るのだとするならば。
わからない。結論付けるのは、まだ早い。
けれど、でも。
何度も、何度も今の一瞬の感覚を思い出し、言葉では否定しながらも、それでもリタは認めざるを得なかった。
エステリーゼという少女から感じ取った感覚は、とてもやわらかくてやさしくて、あたたかい。
それはきっと、この子が世界を美しいと感じたからだ。リタ自身とんでもない感じ方だと思いながらも、否定できない。
エステリーゼと名乗る少女は、そういう感じ方をリタにさせてしまう。
それならきっと、ルルリエの花を咲かせることくらいはしてしまうかもしれない。論理的ではないけれど、それでも認めざるを得なかった。
エステリーゼの祈りは、とても豊かで、優しいものなのだ、と。