「どうしたの?」
唐突な質問は、ジュディスの得意技だった。
そうやって、もったいぶって相手の気をまず引かせる。相手は当然面食らい時に気分を害して怒り出すこともあるが、そこはそれ、にっこりと微笑んでやんわりとその怒りを受け止めさえすれば、問題はない。そういう自負もジュディスにはある。
案の定、少女はむっつりと黙り込んだまま、ジュディスの方を一瞥するのみ。
それが、彼女の答えだ。
「……そんなに心配なら、傍にいてあげればいいのに。得意でしょ?」
「そんなんじゃないわよ」
「そう?」
「ええ」
「そうなの。確かにあなたは、少し、怒っているみたいね?」
「別に…そういうんじゃない。あんたにも関係ない」
「そうね。目の前で言い争いをされて、そういうあなたたちと一緒に行動しなきゃないけど、私に直接関係はないわね?」
ジュディスのさりげない言い方は、リタの見開いた目をこちらに向けさせるのには十分だった。
ぐっと見開かれた若葉色の瞳には、うっすらと水の膜がはっている。心もとなげに揺れる様は、まるでぎりぎりまで張り詰めた水が決壊する直前のそれにそっくりだ。小さな少女の中に溢れているであろう様々な感情が、そこにはっきりと見出せる。
とても強い憤りと、悲しみ。口惜しさと寂しさ。困惑、恐れ。あまりにも沢山の感情が渦巻きすぎていて、どうにもできなくて、『たまたま』目の前にいるジュディスに縋るしかない、迷子の目。
唇をきゅっと結んだまま震わせて、きりりとジュディスをにらみつける光の強さは、たぶん少女の精一杯の虚勢だ。
だから、ジュディスはふんわりと微笑んでみせる。
「……大丈夫よ。あの子の隣にはあなた。あなたの隣にはあの子がいる。それが、普通ですもの」
「ふつう」とあえて強調して告げて、ことりと首をかしげてみせて、もういちど目を細めてみせれば、リタは今度はぱちくりと目をしばたたかせた。
ぽろり、と、引力に逆らえずに透明な水滴が零れ落ちる。
−−きれいな目。とても、とてもきれい。たとえ迷っていても、あなたの目は、いつでも真っ直ぐね。
リタは迷っていた。世界の毒、満月の子、そして存在そのものが世界にとって脅威と告げられたエステルの隣に立つことが出来るのかと。自分が相応しいのか、どうすればいいのか。優しい皇女は儚さと強かさを同じように持っていて、その彼女が迷いの最中にいて、なら自分は何が出来るのかと、悩んでいた。
けれど、とジュディスは思う。
今までのリタが彼女の傍に立っているのなら、大丈夫。
エステルという、本来ジュディスにとっても忌むべき存在であったはずの少女は、決してそれだけではないとジュディスも知っていた。そのエステルの傍にいるのなら、リタという天才的な頭脳と可能性を持つ少女も、大丈夫。
何よりも、二人の少女のまなざしは、いつだって何よりも美しいから。
彼女たちの目を見ているだけで、クリティアの里を出てきてよかったのだと思える自分を、ジュディスは少しばかり誇らしく思うのだった。