ああ、きっとこれは、恋のため息。
そんなものとは無縁だと思っていたけれど、たまに耳に挟む「恋」というものは、今のリタの症状とよく似ている。
思考は浮ついて、かと思えば何だか苦しい。わけもなく嬉しい瞬間があれば、何故か涙が滲んでしまう。何故だろう、理由がそこに見つかるとも思えないのに、いつまでも頭の中で思考は堂々巡り。
それもこれも、原因は彼女。
ふわふわと光に透ける桃色の髪は、時々透明に光る。こちらを見ればにっこり微笑んで駆け寄る姿はまるで妖精。らしくない表現だ、自嘲気味にリタは思うけれど、彼女をそういう風に見ているのも事実。
実際、彼女は妖精だとか、そう言われたほうが多分しっくりくる。
だって、突然目の前に舞い降りてきたんだから。
彼女の細くて綺麗な白い手を取った瞬間から、あたしは彼女に恋をしていた。
無自覚に、けれども確実に。
吸い込まれるような翡翠の瞳はとても綺麗で、いつまででも見ていたいと思う。
ゆるやかに微笑む笑顔のその隣に、いつでも立ちたいと思う。
彼女が呼ぶ声は、どんな音よりも綺麗。
彼女の存在は、どんなものよりも尊い。きっと、世界で一番。彼女より優先されるべきことなんて、この世界には存在しない。
ああ、きっとこれは、恋のため息だ。
彼女が隣に居ないというだけで、こんなにも心細い。冷静に計算をはじき出す筈の頭脳は働かない。心はざわざわと、いつまでも風に揺れる森の木々のよう。やらなければならないことは山ほどあるのに、思い出すのは彼女の声。彼女の笑顔。彼女の仕草。ふわり揺れる桃色の髪。
「ああ、あたし、ほんとに一体どうしちゃったんだろう」
ぽつりと漏れる独白は、静まり返った空間に吸い込まれてゆく。
魔導器もなくなり、以前よりもずっと不便になった研究所の、誰も居ないひっそりとした空間に、ふわり香る甘やかな匂い。まるで、妖精の残り香だ。
――疲れた時にいいんですよ。バラの花びらが入っていて、ほんのり甘い香りがします。
そんな事を言いながら、彼女が淹れてくれた紅茶はとても甘くて、温かくて、美味しかった。
脳裏にしっかり焼き付けたはずの味と香りを、けれども未だに再現出来ない。茶葉を蒸らす温度も、時間も、カップも、すっかり同じものなのに。
旅の途中何度も飲んだはずの紅茶の味を、こんなにも鮮明に思い出せるのに。
そう、記憶は、間違ってはいないのに。
「あたし、ほんとに」
言葉は、続かなかった。
かわりに流し込んだ紅茶は、その甘やかな匂いだけがわずかに温かい気がして、胸の奥がずきりと痛んだ。