帝都ザーフィアス。そこに暮らしている人たちの行き交う声、狭い軒先、ぎゅうぎゅうの人ごみ、足音、怒った顔に笑った顔、市場、石畳と堀、たちのぼる湿気っぽいけれど涼しげな風、広場、尖塔、庭園、城門、木立と、それからお城、いろんな音と匂いと、モノを、めいっぱい詰め込んだガラクタみたいな宝石箱。それが今夕暮れ時の、気ぜわしくて愉し気な空気に包まれている。
そういう場所だから、一緒に歩いているだけでも楽しい。たぶんそれは、周りの空気に飲まれているのもあるけれど、一緒に歩くのがリタだから。
「こういう夕方の空気って、わくわくしません?」
「別に…」あたしは関係ないし、だなんて小さく続けながら、リタは特別楽しそうな顔はしていないけれど、そのあと言い訳じみたことを(他人には聞こえないように、でも、私には聞こえるくらいに)続けてる。
「私は、楽しいです。リタと一緒ですから」
そう、小さく笑うと、答えのかわりに、少しもつれたみたいな、早足。まるで(何かを)誤摩化すように、慌てて私を追い越して、そこで視界に入った露店で立ち止まる。
リタは、そんな風にして何か気になるものを見つけると、私が近づこうが、声をかけようが振り向きもしないから、仕方なくリタが見てるものをちょっと後ろ(もしくは隣)から覗くか、近くの別の店を見たりーリタの邪魔をしないようにしていると、そのうち気づいて慌てて駆け寄ってくるからー今まで夢中になっていたもののことを、ちょっと忘れて。だから、その後一生懸命謝るリタに、私は気にしてない、楽しいのだと答える。
そういうちょっとした事が楽しいのは、事実だから。
リタと歩いていると(それがどういう場所でも)、当たり前の場所とか景色が、新鮮で楽しげに見えてくる。この、馴染んだ私の宝物みたいな故郷の景色も、ピカピカ輝いていた――とても素敵な夕暮れの匂い、ピンクと紫の間のうっすらとした夕暮れ色が薄暗くて、ざわざわとした喧噪を少しずつ、少しずつ影に変えてゆく。露店も、石畳も、軒先も、人ごみも、私も、リタも。