Grave Dive!![1]

「結婚を前提に、お付き合いさせて下さい」

 相手は真正面。こちらの眼を微動だにせず直視。それだけでも異様な気迫を感じる。将来に関わるような試験前、もしくは長年対峙し続けた宿敵を前にした、かのような鬼気迫る表情といっても過言じゃあない。
 これで花でも差し出していたのならばまだ可愛らしい方だったろうか。否、だとしてもこれは流石に、ない。この表情、態度とちぐはぐなことこの上ないしそもそもそりゃあってはならないことだ。

 というか、ありえない。

 なにせ相手はどこをどう見ても頑張っても、たとえ年齢の割に童顔だとか柔らかそうな金髪と清廉な印象を与えてやまぬ空色の瞳の組み合わせな上に美形というおまけつきであろうと、男だ。
 野郎である。
 男性とも言う。何かの間違いで実は女性でしたとかいうなら話は別なのだが、男だ。そして自分も男である。なので少なくとも色々おかしい。いや、少なくともではない、ふつうに色々おかしい。
 第一何だ結婚って。けっこん、てのは、王侯貴族はおいといて庶民の間においてはだいたい相思相愛の男女が成すべき人生における契約の一つであって、まあたまにそうじゃなかったりもするが一般的には男女でするものである。例外はあまりお目にかかったことはない。ないとは言わない。繰り返すが、単にあまり一般的ではないのだ。
 何時の間に帝都ザーフィアスの法律は同性婚を認めるようになったんだのか。俺の記憶にはない。
 少なくとも自分が騎士団に曲がりなりにも在籍していて、一応こないだまでは現役であったから最低限の法的知識はあるつもりだ。
 というか騎士団に所属してるのだから、法律を最低限は理解しているのは当然である、法律の取り扱い自体は評議会のお仕事だが、だからといって同じ帝国の、政に関わる組織で「知りませんわかりません」は通用しない。何せ騎士団といえば、それこそ皇帝陛下の意志と法規に従うことを絶対として行動するものであるからして。
 そういうワケなので、現在も片足を騎士団にもう片足をユニオンに突っ込んでかつ左右の足を交互に動かしているような状況の俺が帝国の法律の改正を全く知らない、ということは要するにありえないのだ。

 て、散々もったいぶってみたけどよーするに細かい理屈はどうでもいいんです。とりあえずおかしいんです。

 目の前のきらきら太陽光だけを寄せ集めたかのような青年の発言は、兎に角どこからどう考えてみてもおかしいんです。非常識なんです。そのスペックと相まって流石歩く規格外(おっさん語録)。

 結婚を前提に、もだがお付き合いさせて、も言わずもがな。

 つまり何だこれはあれかファンタジーか。そうか。ならしょうがない……なんて明らかにおかしな納得するわけがない。誰が何を言おうと、たとえ背後でドンの亡霊がにらみを聞かせていようと何であろうとそこは譲れない。

「レイヴンさん、あの、どこか具合でも…悪いのでしょうか?顔色が変わりすぎです」
「え、ええと……フレンちゃん?」なんとなく名前を呼ぶにも躊躇う。正直に吐くと恐怖のあまり声が上擦った。
「はい!」この反応である。
 なんか、すごく、期待されているのだろうか。見えない尻尾がぶんぶん振られてる錯角まで見えてきた。あぁ幻覚まで見えてきた、そのうち過去の風景が次々と思い出されてくるに違いない。ならば臨終は近い。俺は死ぬ。死んだほうがマシである。
 だいたい何を、どのように期待されているのか。俺はいわゆる同性愛嗜好を持つ類だと思われているのか、それはひどい、酷い誤解だ、今すぐそんな恐ろしい誤解は解かねばなるまい。

「わっ、ないよ!それはないからねおっさんこんなきもい中年だけど断じてそんなことはないからね!」
「いえそんな事はありません!」恐ろしいことに即断言された。すごい勢いだ。一体何を根拠に。そんなことはありえない、と頭から信じ込んでいる顔だ。これが可愛い女の子だったらな、だなんて非現実的かつ非生産的な上に惨めな妄想をしたら鼻の奥がツンと痛んで鼻水が目から垂れ流れてきた。

「あるよ!マジで!あるから!だからちょっとまって!顔近いよ!」見るも無慈悲な至近距離。こてんと回転するように傾げられた顔も空と海をそのまま映しこんだみたいな大き目の双眸も、鼻先と鼻先がごっつんことかそういう距離。うひゃあおっさん、固まりそう。思わず息止めちゃうゾ☆

「気にしないで下さい!」
「……ぷはっ、てっ、気にしますよ常識的に考えて」気にするというか気にせざるを得ないというか。しかし間近で見ると本当に冗談みたいにキレイな顔で些か童顔であることもその造形を損なうことはなく。
 睫なげー。ちくしょーおなじ生き物と思えねー。思わず呪いの言葉を四方八方に無差別に撒き散らしたい衝動に駆られる。ギリギリ。
 世の中の理不尽さを再認識。その世の中の理不尽さと悪意と暴威と恨みつらみと許されざる罪の集合体がこちらをガン見されている。すごく真剣に、目を逸らすには殺される覚悟がないといけない、という程の恐ろしき目力で睨まれている。睨んでいるつもりないのかもしれんが睨まれてるように感じるのは、この場合致し方あるまい。一方的な暴力に対する精神的な正当防衛であるからして、情状酌量の余地、大いにあり。

「あ、あのねぇ……とりあえず、冗談はそのへんにしよ、ようか…?」

 ごめんなさい、とキッパリ言えないのは何ゆえか。

 話は単純。恐怖、の二文字が先ほどからがらんどうの頭の中で警鐘をひっきりなしに鳴らし続けているというだけの話だ。何がコワイのか、というような具体的な物は一切ないのだがとにかくコワイのである。
 キレたユーリもコワイからキレたフレンは単純にもっとコワイ。
 あの「俺が大陸最強」みたいな態度を隠しもせずまあ実際強い部類の青年が、この、親友とかいう名の化け物宇宙人にボッコボコにされているところを偶然不幸にも目撃してしまったのだ。俺の中でユーリよりも更に強いフレン、ってな構図が確立した瞬間であると同時に、いろいろ非常識ハイスペック化け物がこの世には何人も存在しているのだなぁという己の無知と世の中の不条理さの同時に実感した輝かしくはない瞬間でもあった。
 今を生きる俺レイヴンとしては常識の範疇の人間でありたいので、過去の云々とかそういうことはおいて置くべき。であるので非常に見辛い位置にこっそりと置いておいてそのまま忘れても構わないくらい。むしろ大いに忘れるべきである。
「レイヴンさん…?」きょとんとしている、というのが多分本来ソレには相応しい表現であるがなにせ目の前のフレン・シーフォはこの俺の(脳内で一方的に決め付けている)天敵であり、つまり、圧倒的存在といっても過言ではない。そうした圧倒的存在に対し矮小極まりない存在はえてして怯え震えるしか取るべき手段などは、ないのである。

「いえ、あの、レイヴンさん、……冗談では、ないのですが……」

 なぜかものすごくしょげている。圧倒的存在感を誇り、この世の悪意と不条理と以下略の集合体であり忌々しさとともに一抹の羨望すら抱かせる、このレイヴン35歳(と数ヶ月)にとっていわば残り全人生を賭けて戦ったら間違いなく数秒でボロ屑のように消し去られその後には草すら生えないであろう、このフレン・シーフォ(21)が。
 そもそもフレン、先述のように存在そのものが怖い。理由も先述の通り。最早本能的なレベルで。或いは前世の因果か。前世じゃ俺とフレンはそれこそ地で地を争い途切れることのない因縁の果てに憎しみ合い、何時果てるともない戦いでも繰り広げていたのかもしれない。

「見てりゃわかるよっ!」その目力(ぢから)といい、悪意の片鱗もなさそう(実際に恐らくないのだろう)でかつ真剣極まりない勝負時だと理解している男の顔だの、本気か冗談くらいかは判別はつく。だが恐怖は恐怖。例え何故かしょげていようが、俺の本能的なこの直感は決して揺らぐことはない。

「あぁ、それはよかった…てっきり本気ではないのだと思われたのかと…」にこりと微笑む様、或いは花の微笑とかでもいうのか。女性であるならば。
 つまり目の前にいるのが男ではなく女性であれば恐怖感じなかったかもしれないと考えたら想像を絶するその組み合わせに顔の筋肉が自ずと緩みへらへらと笑えてきた。

「できればそうねがいたいおっさんのライフはもうゼロです」
「そんなことはないです!僕は、真剣です…!」
「言葉通じてない……」むしろコミュニケーションがとれてない。
「えっそうなのですか?」
「いや、そ、そういうことじゃなくてさ………」

 この人外生命体或いは未知の小宇宙からの客人とでは言葉のキャッチボールは不可能だった。

 否。
 彼が理解の範疇から逸脱し、かつ、本能的に恐怖を感じる天敵であるということは事実なので撤回はしないが、圧倒的恐怖感は何も彼だけに起因するものではないことぐらいは、理解している。

 恐怖のあまりきっぱり断れない、ゆえに話がこじれにこじれているだけなのだ。自覚ぐらいはある。恐怖のあまりという理由とどうしても駄目と言い出せないクソ根性は、関連付けて考えてもまあ間違いではないのだが、どちらが先なのかと問われると割と回答に悩むのだ。

 なにせ、俺は筋金入りの根性なしであるからして。

 この場合「ごめんなさい!」と叫びざま目を合わせないように頭を下げてケツまくって全速力でこの場から逃げ出すことは、不可能ではなかった。

 逃げ足には自身がある。なにせ何度死に掛けたかわからない、潜り抜けてきた修羅場の数だって両手じゃあ数え切れない、その修羅場の数の内に男女の以下略が含まれていることはここだけの秘密だとして凡そ三回くらい死んでいる中年の窮鼠猫を噛むに始まるいざというときの底力はハンパではないという自負もある。

 が、では何ゆえに不可能であるか。

 単純なる恐怖心が、その潜り抜けてきた数々の修羅場を思い起こすと同時に、恐らく今俺が直面しているそれは、これまでのそれらに匹敵、いや、軽く凌駕しているという事実を、認識せざるをえないからである。

 その恐怖、まさに恐怖と絶望を振りまく死の天使、繰り返すが、要するに俺はフレンが怖いのだ。それもハンパなく。


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