ウィッシュベールに響く金槌の音は今日も軽快だ。スティアはまた朝早くから張り切って街を復興するのだと仕事に精を出している。
 けれど、仕事に精を出すあまり彼女は今日がどういった日なのか忘れているらしい。一つのことに夢中になると他のことに一切関心がいかなくなるのは彼女の長所でもあり短所でもあった。

「まったく、誕生日も忘れてるなんて、仕事熱心なスティアらしいな」
「今年はフェンも忘れてたじゃないか。人のことは言えないよ」
「お、お前のは覚えてたじゃねえか……ほれ、出来たぞ、特製ラムシチューだ。だいぶユーシアさんの味に近づけたかな?」
「うん、いい匂い。ありがとう、フェン。休憩がてらスティアに食べさせてくるよ」
「それはそうとアスター、お前、その花束、どうしたんだ?」

 アスターが手にしている素朴な野花の束を指さして、フェンが問うてくる。

「この花、スティアが好きなんだよ。料理もだけど、毎年贈ってるものだから」
「へえ、なるほどねえ……俺がいない間もだったのか?」
「……うん。毎年、スティアの誕生日には花を咲かせるから、毎年、ね」

 フェンと合流するまでの数年間を、アスターとスティアは二人で隠者ノモスの下で暮らしていた。その時アスターは復讐のことばかりを考えていたが、それでも復興を願うスティアの為にとナイフと盗みの腕を磨いた。それは決して褒められることではなかったという自覚はあるが、間違っていたとも思っていない。力のない自分が出来ることは、それくらいだったからだ。そんな最中でも、スティアの誕生日には荒れ果てたウィッシュベール跡から花を集めてスティアに贈っていたのだ。花を受け取る彼女の笑顔は、いつでもアスターの心の拠り所だった。
 そして時が経ち、アスターも仇を討ち、本格的にウィッシュベールの復興に力を注ぐようになってからも、その習慣は変わらなかった。

「そうか。なら、早く行ってやれよ」
「そうする。料理、ありがとう」

 フェンに礼を言ってアスターは酒場を立ち去る。その背にひらひらと手を振るフェンの表情は、柔らかかった。


「お疲れ、スティア。ほら、食事。それとこれも」

 まだ仕事に精を出しているスティアを呼び止めて、アスターは彼女の隣に並ぶ。

「わぁ、ラムシチューだ!て、え?それって……」
「今日、スティアの誕生日だろ。まったく、自分の誕生日を忘れて仕事に熱中するとか、張り切るのもいいけど、あんまり張り切りすぎると疲れが一気に出るよ」
「あ、あははは……そうだね。ありがとう、アスター。また今年もこの花、集めてきてくれたんだ」
「うん、いつものことだし」
「そうだね、でも、嬉しい」

 そういってスティアは微笑んで、アスターから料理と花束を受け取る。

「う~ん、いい香り」
「それって、どっちの話?」
「どっちも!先にお花を生けちゃおう。せっかくキレイでいい香りがするし!工房もこれで少し華やかになるね!」
「料理も冷めないうちに食べるんだよ」
「うん、て、アスター、一緒に食べない?」
「俺も?」
「そそ、折角のラムシチューだし、二人で食べたほうがおいしいよ!絶対」

 それもそうか、とアスターは工房に二つある椅子のうちの一つに座る。スティアはそれを認めるとにっこりと笑ってから花を花瓶に生けて、ぱたぱたと戻ってきた。

「へへっ、おいしそう……!いっただきま~す」
「いただきます。なあ、スティア」
「ん、何?」

 ラムシチューを口に含みながら、スティアはいつも通りの笑顔をアスターに向ける。その顔はいかにも充実しているといった表情で、彼女らしい輝きに満ちていた。

「……何でもない。スティアはいつも通りだな、と思って」
「何それ、変なの」

 ふふ、とスティアは笑いながらアスターを小突く。アスターもそれに応じるように笑うと、ラムシチューに口をつけた。懐かしい、いつもの味。フェンの料理の腕は、またあがったらしい。
 願わくばこんな日が続きますように。静かに願いながら、懐かしい味を頬張るのだった。