今朝は朝から早起きをし、焼き立てのパンや搾りたての山羊乳、絞めたばかりの鶏肉と羊肉に、収穫したばかりの野菜を朝市で買って、ようやく太陽がフレイムチャーチ全体を照らし出す頃、テメノスは帰宅した。帰宅してすぐに調理場に立ち、火をおこす。
 今日は新鮮な鶏肉と羊肉が手に入った――テメノス一人ならば買わないそれらを調理する知恵をくれたのは、長旅で知り合ったオーシュットだった。狩りを生業とする獣人の彼女は調理方法や保存方法にも詳しく、彼女が作ってくれた干し肉もまだストックがあるが、それはまた別の機会にすることにしていた。せっかくの新鮮な肉だ。ただ、あの客人は放っておくと肉ばかり食べるから野菜をどうにかして食べさせるためにテメノスはここ数か月奮闘し続けている。お陰で知識も増え、技術も格段にあがった。
 鶏肉は香草と香辛料で味付けしてオーブンで丸ごと焼き上げよう。鶏肉を焼いている間に、羊肉は定番だがシチューを作ることにした。根野菜もキノコ類も幸いストックがある。そういえば先日貰った川魚も氷の精霊石で冷やしてあるから、ついでにマリネでも作ろう。そうなると、必然的にワインも必要になる。そんな風にして、頭の中で作るメニューを考えながら、まずは必要な野菜を刻むところから始めることにした。月に一度、つまり今日訪れる客人のための料理を作るのが、最近のテメノスのひそかな愉しみになっていた。
 幸い今日は一日休みにしてある。月に一度の逢瀬――つまり、恋人でもある聖堂騎士クリックと会える日だからだ。
 恋人となった切っ掛けはクリックからの告白だったが、当初テメノスに受け入れる気はなかった。年齢差、同性でもあり、同じ聖火教の組織で働いているということ。その他にも、彼の将来のことを考えれば身を引くべきだと思っているからだ。今も、少なからずそう思うときがないわけではない。だが、それでもいいのだとクリックに押し切られる形で付き合うことになり、今に至る。彼の赴任地はウィンターランド地方のストームヘイルにある聖堂機関本部であり、テメノスはクレストランド地方のフレイムチャーチ大聖堂に勤める身であれば、逢える機会は少なくなってしまうが、だからこそ月に一度と決めて休みを合わせて会うようにしていた。当初こそテメノスが赴いていたのだが、テメノスが異端審問官という肩書を持っておりあまりうろちょろされても聖堂機関・聖火教会ともに不都合だと聖堂機関副機関長オルトや神官長に言われてしまえば、クリックがフレイムチャーチを訪れようになった。
 フレイムチャーチの酒場の料理や酒が決して不味いというわけではないのだが、一度テメノスが簡単な手料理を振舞った結果、クリックがいたく感激して食べ尽くしてしまい、それ以降彼が来訪するときは決まってテメノスは早起きして料理の仕込みに精を出すようになった。


 シチューを煮込んでいると、控えめに扉をたたく音がした。クリックにしては早いなと思いつつ扉を開けば、ちょうどフードをとったクリックの姿があった。見慣れた鎧姿ではなく私服姿で、隣には馬もいる。

「なに、君、馬を借りてわざわざ急いできたの?」
「そうですよ、少しでも早くあなたに逢いたかったんです」

 照れることなくさらりとこういうことをいうのだから、タチが悪い。小さく返事をして表情を悟られぬよう顔は背けたまま、テメノスはクリックを招き入れる。

「到着は夕方になると思っていたから、残念ながらまだ料理はできてないですよ。酒場にでもいって時間をつぶして来たらいいんじゃないですか」
「え、いやですよ。せっかくテメノスさんと一緒にいられるのに。こうして休んであなたの姿を見ているだけで十分です」

 いうに事欠いてこれだ。ここまで純粋で真っ直ぐな行為を露わにされると、こちらの方が恥ずかしくなってくる。誤魔化すようにテメノスは嗜好品を収めている戸棚へと向かった。

「若いのに、まったくおかしな子羊くんだこと」
「まだ子羊呼ばわりなんですか?!」
「ふふ、流石にお茶くらいは準備しますから、少々お待ちを」

 クリックは紅茶よりは珈琲を好む方ではあったが、戸棚を検分すると生憎と豆を切らしていた。そこを失念していたのは不徳の致すところだが、今は諦めるしかない。彼でも好む茶葉を準備して、湯を沸かす。

「それにしてもテメノスさんて、本当に料理の手際がいいですよね」
「ほめても、何も出ませんよ」
「いえ、そういうわけじゃなく……ただ、僕も一人で暮らしているから、純粋にすごいなあと」
「君の場合は外食が多いんでしょう。食堂もあるから、あまり料理をする機会に恵まれないだけでは?」
「そうかもしれません。作れるのは行軍時に必要な簡易食ばかりですしね。手の込んだものに
なると、からっきしで」
「まあ、いいんじゃあないですか。聖堂騎士に必須な技術というわけでもないでしょう」 「でも、こうして料理を手際よくするテメノスさんは、素敵だと思いますよ」

 ぱたり、と器用に動いてたテメノスの手が一瞬だけ止まる。それが己の言葉のせいだとはクリックは気づいてないらしく、さらにテメノスをほめたたえる言葉をつむぎ続けている。正直、もうやめてほしいのだが、それを口にするのは癪で、テメノスは黙って続きの作業に移った。



 やがてシチューも完成し、丸焼きもいい塩梅に焼けた。予め調味液につけておいた川魚も頃合いだろう。次々と料理をテーブルの上に準備してゆくテメノスに、クリックは感嘆の声をあげた。

「相変わらず、いい匂いですね……うう、もう我慢の限界です……」
「そういうと思ってたから、先に食べててください。私はもう少し準備があるので」
「え、でも……僕は、テメノスさんと一緒に食卓を囲むのも、好きなんですけど」
「それ位は我慢なさい。そう長い時間ではないから」
「……はい」

 最後は不承不承、ではあったが、クリックはそういうと料理に手を付けだした。おいしいです、という高らかな声を背に、テメノスはもう一つ仕込んでいたものを保冷庫から出してくる。チーズと季節の果物を使った甘味だ。だが、今出してしまっては、提供の楽しみも減るというもの。湯を保温して食後の紅茶の準備も万端にしてから、テメノスも食卓についた。

「テメノスさん、今日もとってもおいしいです!僕、本当に幸せです……まるで料理上手なお嫁さんをもらったみたいで」

 クリックの言葉が冗談なのか本気なのか判断はつかなかったが、嘘はついていないのだろう。

「それを本当にする気は、君にはないの?」
「えっ……?」

 クリックの手が、ぱたりと止まる。
 大きなびいどろの瞳が見開かれて、テメノスを穴が開くほど凝視する。テメノスは言葉の二度目は告げなかった。

「……テメノスさん。それって」
「二度は言いませんよ、私は」
「……はい、……でも、嬉しいです。盛り上がってるのは、僕ばかりだと思ってたから」
「そういうところは、まだまだ子羊ですね」
「……おっしゃる通りです。でも、僕で、いいんですか?その……テメノスさんは、僕といるのは、あまり、嬉しくはないのかと……」

 流石にこの言い分には怒りがわいてきた。今までの自分の行動を見てこんな言葉を吐くのだから、流石にお灸をすえてもいいだろう。

「君の頭の中は空っぽなの?わざわざ手の込んだ料理を毎回準備して、君を迎えて、一緒に食卓を囲んで、それでどうして喜んでいないだなんて奇妙な発想が出来るんだか」

 早口でまくし立てると、子羊は今度は目を白黒させてからしゅんとなる。こういうところは、わかりやすい。

「す、すみませんテメノスさん……。でも、僕も、自信ないんですよ。こういったことは初めてで、どうしていいか、わからなくて」
「なら、私と一緒ですね。いいじゃないですか、わからない者同士、少しずつ歩んでいければ」

 テメノスの言葉に、わかりやすいほどに喜色を顔に浮かべて、クリックは頷く。彼の好ましいところは、こういう素直さだ。

「はいっ、そうですね!あ、テメノスさん……シチュー、おかわりをいただいても?」
「はいはい、そういうと思ってました」

 テメノスは立ったついでに保冷庫に準備していた甘味を取り出し、ついでに卓に乗せるとクリックの目がきらきらと輝く。こういうところがいとおしくてたまらないのだ、と思いながら、テメノスはクリックが手ずからの料理を頬張るのを眺めていた。