サザントスと共に旅をするようになってからこちら、アスターはまともに夜眠ることはなかった。
 寡黙で多くを語らない旅の共は、夜になると決まって魘されるのだ。さもありなん。彼のしてきたことを考えれば、そしてその生い立ちを知れば当然だろう、とアスター自身も多くを手にかけてきていれば実感のゆくところだった。
 だが、だからといって何かをしてやる義理は、正直ないとは思っている。それは、理屈での話だった。
 実際は、呆れながらも目を覚ましてその脂汗を拭ってやり、何かを求めるように伸ばされる手を握り、傍で眠りにつく。そしてサザントスが起きだす前に離れるのだ。
 途方もなく自尊心の強い男は、弱みを見られているとは知りたくはないだろうから。  意外と気づいていて甘んじているのかもしれないが、それはそれでよかった。
 この行動はアスターの自己満足でしかない。
 起きている間は、手厳しい事ばかり言うようにしているから、ならばせめて夜くらいは、という情を持てるくらいにはこの偏屈でわからずやと行動を共にしているし、こうでもしなければ他人の温もりをこの男は受け入れるまいということもわかっていた。
 自分よりもずっと年上でしっかりしているはずなのに、どうしてもそうは見えない。
 聖火守指長という敬われる立場でありながら、長らく孤独であったひと。自身がその孤独を望んで受け入れていたことは知っているが、ずっと独りで生きていけるとは当の本人も思ってはいないのだろう。共だつことを許されたのならば、それくらい傲慢でもいいだろう、とアスターは思う。何せ、この男とは半分とはいえ血を分けた肉親なのだ。この男に奪われたものは多いし、怒りの矛先になったこともある。アスター自身、彼を許そうとは思っていない。だが、それとこの男の存在を受け入れることとは、別だと思っていた。
 驚くほどに世間を知らないところも、頑なで面倒なところも、そう思えば憎いだけではない、と思える。
 少なくとも旅路を共にする相手としてみれば、聊か面倒ではあるものの頼れる存在であることは間違いがなかったし、その聖火も必要だった。
 何より、肉親である彼との旅を楽しんでいると、アスター自身思えるようになっていたのだ。

「本当に手のかかる兄だよ、あなたは」

 今宵もまた魘されるその手を取りながら、驚くほど低い体温を包み込むように握ってアスターは語り掛ける。聞こえて居なくても構わなかった。

 ただ、この人に必要なのは、誰かの温もりなのだ。

 そんな単純なこともわからない大馬鹿者の兄だが、そこは辛抱強く待ち続けようと思う。いつかその歩調が合うようになる日が来れば、この兄の苦悩も少しは和らぐだろうか。そんなことを考えながら、アスターも静かに意識を落とした。



「おはよう、義兄さん」
「そなたは何時も早いな」
「あなたよりは健康的かつまっとうに生きているので」

 アスターが揶揄うように言うと、サザントスは渋面を作る。

「そなたとて、盗みを働くだろうに……」

「相手は選ぶし、理由も説明したろ。何言われてもやめるつもりはないよ」

 いつものやりとりだ。サザントスが起きだすころにはアスターは朝の鍛錬も終わらせて食事を準備していることが多い。サザントスが寝坊するわけではなく、単純にアスターが異様に早起きなだけではあるのだが、これはウィッシュベールに居た頃から変わってはいなかった。

「今日は、雉か」
「もう血抜きもしてあるし、あとは解体して調理するだけ。朝から少し重いけど、まあ、いいだろ」
「……ならば、少し私も鍛錬をしてくる」
「そう。四半刻もすれば準備は終わるから、それまでには戻ってきて」
「わかった」

 そう言って起き上がり、さっさと着替えるとサザントスは部屋を出て行った。昨日よりは調子は良さそうだ。
 サザントスは自ら神の力を取り込んだ影響なのか、或いは精神的な成長が止まっていたからなのか、その情緒はひどく不安定で、子供帰りとまではいかずとも何も言わないで過ごす日もままあった。
 昨日は、それがかなりひどかった。アスターが何を言っても応じないし、かといって放り出せる状態でもなく、メイシィから教わった精神を落ち着ける茶を飲ませてだいぶ長い時間傍にいた。彼が唯一反応したのがアスターが立ち上がって薬を作りに行こうすると縋るような目を向けてきた時で、ああこれはだいぶ調子が悪いな、と感じた。その時は少しだけ時間をくれと説得し、サザントスにアスターが肌身離さず持ち歩いていたナイフを持たせてようやくその場を離れられた。薬を調合して戻ると、サザントスはそのナイフを後生大事にする子供のように握りしめ、真剣なまなざしで刃の部分に触れ続けていた。何とも危ういその光景にすぐさまナイフを奪うと少しだけ困ったような表情をされたので、もう離れないからと言い聞かせると渋々ナイフを手渡してきた。この時のサザントスは完全に精神が子供になっていた。そんなことを旅の初期にはかなりの頻度で繰り返していたのだが、最近はなりを潜めていたので、久方ぶりのこの出来事に、アスターはこの旅はしばらくかかりそうだな、とそんなことを考えていた。
 それでも昨晩つきっきりで手を握っていたおかげなのか、今朝は別人のように戻っている。

「まったく……あなたとの旅は、結構長くなりそうだね」

 その不安定さに何とも言えない感情を抱きながら、アスターは彼が十分に食べられる食事を準備するために宿の食堂へと向かうのだった。