そこにいるのは、嗚呼。逢いたかった、会いたかった、あいたかった、あいたかった。あいたかった、あいたかった、ずっとのぞんでいた、のぞんでいた、そばにいたかった、あいしていた、そう、あいしていたんだ、君の事を、僕は。
「テメノス、そこにいたんだね。あいしているよ、テメノス。さあ、いこう、僕と、いっしょに」
にっこりと笑みを浮かべて異端審問官の法衣を身にまとう青年は、けれどもすっかりと暗黒に穢されてした。
彼は笑い、手を伸ばす。この手を知っている。何故なら私も彼を好きだった、から。けれどもたぶん、彼のいう好きと、私の好きは、違う。彼はあいしているというけれど、きっと、私が彼を愛しているように愛しているわけではない。彼の目は私だけを見ている。私を、私、だけを。そのことに気づいた時、背筋がぶるりと震えた。心の底から恐ろしい、と思ってしまった。
「テメノスさんに手出しはさせない!」
「テメノス、あんたは下がってな、分が悪すぎる!」
「テメノスに手をだすなら、わたしが相手だ!」
「さがって、テメノス。私たちに、任せて!」
嗚呼、ダメだ、皆。クリックくん、ソローネくん、オーシュット、キャスティ。皆、止めて。ダメ、ダメ、ダメだ。ロイを、ロイは、もう、……ああ、どうしたらいいんだろう。こういう時に、私は、一体、どうしたら。
「このっ、邪魔をするな……!ん?見た顔がいるな……お前は、あの時の、少年か?」
「……っ、やっぱり、ロイさんなんですね……それが、どうしてっ!」
「どうして?どうしてって、僕は僕のままだよ。ただ、少しだけ考え方を変えただけで、何も変わっちゃあいない。僕に必要なのは、テメノスだけだから。君もいらないね」
そう言ってロイは軽く断罪の杖を振るう。それだけで轟音と暗黒のすさまじい力が皆を襲い、その体力を奪う。
「くっ……!!けれど、いくらロイさんだと言ったって、好きにはさせない!」
「マヒナ、皆を呼んできて!こいつ、強すぎる……闇に、飲まれてるんだ!」
『わ、わかったわ、オーッシュット、でも、気を付けて』
「大丈夫、わたしは、負けない。皆がいるから」
「ふうん、逃げるのかい。それならその目障りな小動物から潰そうか」
ロイの無慈悲な鉄槌が、仲間を呼びにゆこうとしたマヒナに向かって振り下ろされる。
「マヒナ!!!」
オーシュットの悲痛な叫び声がそこに響いた。声もなく落ちてしまったフクロウは、起き上がらない。
『オ、シュ……ット……ご、め……な……』
「マヒナ!マヒナ!マヒナ!!許さない、……許さないぞ、お前」
そう言ってオーシュットは弓をつがえた。ロイに向かって。私は、止められなかった。どちらも、止められなかった。身体が、動かない。
ロイの断罪の杖が、今度はオーシュットの頭蓋を割る。オーシュットは衝撃に飛ばされて、洞穴の壁に激突し、動かなくなった。嗚呼、私は、私は、どうすれば。蘇生魔法を紡ごうと祈ろうとするのに、祈りの文句が出てこない。回復の祈りを捧げようとしているのに、蒼い炎は灯らない。
「オーシュット!マヒナ!くそっ、この野郎……っ!子羊クン、あたしが足止めをするから、あんたはその神の剣とやらでこいつの頭を勝ち割ってやりな!!」
「私はオーシュットの手当てに向かうわ、それまで、皆、頑張って……!」
それぞれが、それぞれの行動を即座に判断してとっているのに、私は、その場に膝をついて、ただ、呆然と、仲間が、ロイの暴力に、魔力に、どんどんと疲弊してゆき、或いは殺されてゆくのを、黙って、見ているしか、出来なかった。
ロイの懐に入ろうとしたソローネは、指先を切られ、腹を抉られて鈍い音を立ててその場に伏せてしまった。
クリックくんが、それでもロイに一太刀を浴びせたけれど、暗黒の力によって守られているロイに届いたのかどうかは、わからない。ロイの笑みはどんどんと深くなる。私を、私だけを見て、どんどんと深い笑みを浮かべながら、私の大切なひとたちを殺してゆく。どうして。どうして。叫びたいのに、声も出ない。ただただ、涙だけがぼろぼろと私の目から零れ落ちて、ゆく当てのない手が彷徨うように掲げられて、ロイが、ロイが、仲間の血に塗れた手で、私の、手を、とって――
「そうは、させないっ!!」
クリックくんが、ロイの手を斬った――あっけなく離れてゆくロイ。どさりと倒れて、信じられないものを見る目は憎悪に燃えていた。
「この……ゴミが!!僕とテメノスの邪魔をする奴は、皆、殺す!いくら顔見知りだからって、許さないからな!」
「ロイさん、どうしてしまったんですか!僕の心に炎を見出してくれたロイさんが、炎を捨てるだなんて、信じられない!」
「炎?ああ、そんなものもあったね。けど、どうでもいいんだ。僕にはテメノスさえいてくれれば。だから、君も」
――いらない。
「ロイ、さ……ん……?」
利き腕を切り落とされてもなお、断罪の杖は握れる。ましてや暗黒の力を得たロイの力は、凄まじかった。
ロイの断罪の杖が、クリックの左胸を貫通していた。
「クリックくん……!!」
そこで初めて、私は、動いた。
「クリックくん、クリックくん、クリックくん!!」
急いで蘇生魔法を詠唱する。回復魔法も詠唱する。何度も、何度も、繰り返す。けれどもロイが与えた傷は通常のそれとは明らかに違ったのか、私の蘇生魔法も回復魔法もさっぱり効かない。クリックくんの命の灯火が、目の前でどんどんと小さくなってゆくのがわかる。
「テメノス……さん……僕……は……」
「クリックくん、死なないでください!クリックくん、君は、生きなければ駄目です、生きて、一緒に生きていくって約束したじゃないですか!」
私の言葉に、ロイの眉が吊り上がった。
「テメノスと、共に、だって?」
「あ、あぁああああ――――――!!!」
クリックくんを貫いたまま断罪の杖をぐりぐりと動かすロイの表情はおぞましく歪んでいた。私が見たこともない程、ロイは怒っていた。そして嫉妬していた。私の言葉が引き金となり、ロイはクリックくんに何度も何度も断罪の杖を刺し、殴り、足蹴にし、これでもかというほどに痛めつけた。
「ロイ、もうやめてくれ!」
あまりの所業に私はクリックくんの上に覆いかぶさると、ロイはぴたりと暴行をやめた。
「テメノス。どいてくれないと、そいつを殺せない」
「どかない。クリックくんだけは、否、皆、殺させない」
「何をいっているんだよ、この世界にはもう、僕と、テメノス、君だけがいればいいんだよ。どうしてわからないかなあ」
「ロイこそ何をいっているのか私にはわからない!ロイ、昔の君に戻ってくれ!ロイ、一体何があったんだ!頼むから、もう、これ以上私から奪わないでくれ!」
「奪う?奪う?一体、何を?僕は邪魔なものをどけただけで、何も奪ってはいないじゃないか」
「ロイ!本気で言っているのか……?」
「テメノスは変なことを言うね。ほら、そんなヤツをいつまでも庇っていると、服が汚れてしまうよ。離れないと。そして、僕と一緒にいこう」
「嫌だ、といったら」
「そんなわけがないだろう。君が僕を拒絶するだなんて、ありえない」
「それでも、嫌だ。私は、私の大切な人は、クリックくんと、ここに倒れている仲間たちだ」
「テメノス、それは君が騙されているんだよ。おかしいなあ。それに、君が仲間だといっているやつらだって、もう死んでいるじゃないか」
「……っ!」
たしかに、ロイの、いう、とおり、だ。こんなに近くに、温もりをかんじているのに、クリックくんの心音はしない。ソローネも、倒れたまま。オーシュットとマヒナも、立ち上がらない。キャスティも、気が付けば地に伏して、血を流している。私は、たくさん、蘇生魔法を使った、はずだった。それなのに、どうして。
どうして。
どうして。
どうして、皆、たおれているの。
「オーシュット!キャスティ!ソローネくん!クリックくん!」
皆の名前を呼んでも、返事はない。
どうして。
私の魔法は、無駄だったと、いうの。
私の、力が、及ばなかった、と。そう。炎は、消えて、しまったと、そう、いう、こと。
「ほおら、ね。ここにいるのは、テメノスと僕だけだ。はは、僕はね、ずっと望んでた。君の事を愛していたから、ね。ずっと君とこうして、抱き合いたかったよ」
ロイの血だらけの手が私の頬をするりと撫でて、私を抱き寄せる。何も考えられなくなった私は、ロイの温もりに、どこか安堵を覚えていた。ああ、もう、いいんだ。もう、なにも、かも、いいんだ。ロイが、いる。ろいが、いるから。もう、どうでも、いいんだ。しあわせに、なれるんだ。
「ロイ、私は」
「そうだよ、テメノス。僕と君とで、幸せになろう。一緒に生きていこう。僕の願いは、それだけだから」
嗚呼。そうか。ロイが、そういうのなら。もう。もう。
もう、いいのかも、しれない。
いいのかも、しれない。
果てのない暗闇の中で、感じ取れるロイの温もりだけが、たった一つだけ、私に残された、真実だった。
「テメノス!」
だれの、こえ?……向こうから、走ってくるのは……ヒカリ、くん?
「テメノスさん!!どうしたんだべ?!」
アグネアくん?だめだ、きちゃ。だめだ、君は、近づかないで……。
「テメノス、これはどういうこった?!」
パルテティオ?駄目、だめだ、こっちへ来ては、いけない。
「テメノス、お前……こいつは、お前の、敵か?」
オズバルド、だめ、きちゃ、だめ。皆、ころされてしまう、ロイに、ころされてしまうから。
「うん?まだ残ってたのかい?面倒くさいなあ、みな、死んでしまえばいいんだよ」
ロイが断罪の杖を振るうと、ごう、という轟音と共に暗黒が辺りを覆い、駆け付けた三人を飲み込む。悲鳴が、肉がひしゃげる音が、骨が折れる音が、飛び散る鮮血が、黒いおとに混じって、ぐしゃぐしゃになって、私に、降り注いだ。
「嗚呼、テメノス、なんてことだ!ひどい……ごめんね、君を穢すつもりはなかったんだよ。ただ、邪魔な奴らを殺したかっただけなんだ」
邪魔……?誰が、邪魔……?わたしの、たいせつな、なかまたちが、じゃま、だと……いうの、ロイ、きみが。
もう、だれも、いない。
駆け付けた三人は、ロイの一撃で木っ端微塵になってしまった。文字通り、欠片も残すことなく。
私は気が付けば、泣いていた。ボロボロと涙が出てきて、止まらない。
「ああ、ああ、テメノス……可愛いテメノス……ごめんよ、泣かないでおくれ。僕が傍にいるから。僕が、抱いて、あげるから」
そういうとロイは、私にキスをした。つめたかった。何も、感じなかった。私はうつろな目でロイを見る。
「テメノス。あいしているよ」
ロイは私の唇を舐めまわして、耳朶を食んで、流れる涙を舐めとって、目じりにキスをして、それから外套を外し、ローブの留め金を取った。ぱさり、と私の衣服が――仲間たちの血肉に塗れてしまった衣服が血まみれの洞穴の床に落ちる。そうして私は衣服の上に押し倒された。なんの抵抗もする気も起きなかった。ロイは私を押し倒して、鎖骨を舐めとった。
「ふふ、可愛いね、テメノス。もう邪魔をする人間はどこにもいない。正真正銘、僕と君だけだ」
鎖骨から首筋を、喉仏をじゅるりと舐めとって、私の肌をきれいにしているつもりなのだろうか。ロイの行為がわからない。ロイは再び私の耳朶を食んで、舐めて、唾をじゅるりと入れてからまた舐めとって、頬を吸う。
「嗚呼、テメノスの味がするよ。とっても甘くて、美味しい。君は甘美で、美しくて、僕の誇りだよ」
また、口を吸われた。けれど私はなにもできない――何もしない。ロイはそのまま私の唇を舌で割って入ってきて、口の中を沢山蹂躙した。歯列をなぞって、舌を絡めて、仲間を殺したその血の味を私の中に流し込んで、蕩けされた。私は拒絶したかったのに、できなかった。そして、仲間の誰かの血肉を、飲み込まされた。吐き出したかった。けれど、できなかった。吐き出したら、もっと何かを失う気がしたから。
「綺麗だよ、テメノス。君は肌が白いから、紅が良く似合う。ほら。こうしてみると……ふふ、ほんとうに綺麗だ」
ロイに、首筋を噛まれた。痛い、と少しだけ思ってから、私に痛覚が残っていたことに驚いた。もう何も感じたくないのに。
ロイはそれから、私の胸元にキスをした。薄い胸板をたっぷりと時間をかけて舐めとってから、乳首を噛む。
「ふ、ぁ」
乳首を噛まれて、思わず声が出てしまった。するとロイはにこりと無邪気に笑って、もう片方の乳首もてのひらで覆ってからつまんで、こりこりと転がす。
「ふふふ、可愛いね、乳首でも感じるんだ。男で乳首で感じちゃうなんて、テメノスは悪い子だね。それとも、さっき殺したやつらの誰かと寝たのかな?」
私は何もいわなかった。経験がある、といったところで、ロイは別にどうともしないだろう。だってもう、皆、殺されてしまったから。もう、私は甘い思い出を作る事なんて、できないんだから。優しい思い出も、愛しいという感情も、持つことはないのだから。
「だったら少し嫉妬しちゃうかな。でももう関係ないよね、テメノスには僕だけ。そう。僕だけなんだから」
ロイはそういってまた両方の乳首を転がして遊ぶ。そう、ロイにとってこれは遊び。セックスなんかじゃない。セックスは、愛し合う者同士がすることで、こんなに感情を伴わないものをセックスとは呼ばない。私はされるがままで、うつろな目つきでただただ周囲を見ているだけだった。
クリックくん……せっかく命掛けで、皆で、助けたのに。オーシュット。最初に出逢った獣人。私に良くなついてくれて、食べきれないくらいの干し肉をいつも持ち歩いて、私の心配をして。ソローネ。どこか私と似ていて、放っておけなくて、でも、一緒にいると心地よかった仲間。キャスティ。記憶喪失だというのに誰よりも勇敢で、優しくて、他人の事を優先して考える人だった。アグネア。どこまでも明るくて、元気で、そこにいるだけで太陽のような子だった。パルテティオ。どこか道化じみていたけれども、どこまでも夢を追いかけて、商才があって、大成功したはずなのに。どうしてこんなところに来てしまったの。ヒカリ。君こそこんなところに来てはいけなかったひと。たくさんのひとを救えたひと。ク国にとって、世界にとって、とても大切なひとだったのに。オズバルド。奥さんを失って、けれども娘さんを取り戻して、それで、幸せに暮らすはずだったのに。どうして。どうして。
どうして。
どうして。
嗚呼、泣きたいのに泣けない。涙は出てくるのに、声が出ない。心がコワれてしまって、何がなんだか、わからない。ロイは相変わらず私の身体を弄っている。乳首だけでは飽き足らず、いつの間にか私の性器を取り出して口に含んでいる。けれど快楽なんて感じない。そんなものは、どうでもよかったから。私は気づけば殆ど裸にされていた。けれど、不思議と温度も感じなかった。
「テメノス、どうしたんだい?君の可愛いおちんちんは全然反応しないね?やっぱり、こいつらの中の誰かと寝たんだね?だから、後ろじゃないとイけない身体にされたんだね?それなら……それなら。僕のも、受け入れられるよね。ちょっと、癪だけど、でも、いい。テメノスとひとつに溶け合えるのなら。それで」
ロイは自ら指を舐めてから、そこら中に飛び散っている血肉をまとわりつかせ、私の後孔に塗り込んだ。やめて、それは、やめて。仲間の、大切な仲間たちの欠片を、そんなことにつかわないで。でも、声はでなかった。ただロイから離れたかったのに、身体は動かない。
「挿れるよ。テメノス、愛してる……んっ!」
「……っ!!」
声にならない声が、大きな息の塊となって出た。苦しい。いたい。くるしい。ものすごい異物感が臓物を押し上げているのがわかる。けれど、それでも、こえはでなかった。はくはくと息を逃すのだけで精いっぱいだった。私は逃れる様に手を伸ばしたけれど、ロイに掴まれてしまって無駄だった。
「逃げようとしてもっ、無駄だよ……ああ、なんて気持ちいいんだろう……テメノス、君のナカは最高だよ……蕩けてしまいそうだ……最高だ……っ!」
ロイの腰使いに思いやりなんてものはなかった。ただただ怒張したペニスを私のナカに押し込むだけの行為だった。いたくて、くるしくて、なきたくて、いやで、おぞましくて、かなしくて、私は獣のように泣いていた。泣けないと思っていたのに、ロイのおぞましい行為が引き金となって、私はただただひたすらに泣いていた。
「テメノス、泣かないで、テメノス。僕はここにいるから。ひとりじゃないから。愛しているよ、愛しているんだよ、テメノス」
後ろから抱きかかえられて、キスをされる。けれども涙は止まらない。その間もロイはペニスの抜き差しをしているから、衝動でナカがぐちゃぐちゃになって、私はほんとうに最悪の気分で、吐き気をもよおしていた。なのにロイはやめてくれない。ロイは私の奥に入り込んで、楔を打ち込んで、たっぷりの精液を吐き出して、それでもまだ行為を続けた。
私は血と涙と肉片と精液と汗に塗れて、どろどろに穢れて、ロイに抱かれていた。まるで売女のように腰を振って、媚びを売るように抱かれた。もう、何も考えられない。なにもかんがえたくない。いっそ、くるってしまいたかったのに、痛みが、仲間たちの痛みが私になけなしの正気を与えてくれていた。だから私は狂えなかった。ロイは暗黒に飲まれて狂っていたのに、私は狂えなかった。だから、だから、苦しかった。全てを奪われて、残ったのがロイだけで、苦しかった。哀しかった。もう、耐えられないと思うのに、どうしてか私の理性は最後までのこっていた。いっそ死んだ方がマシだと思うのに、それすらもできないで、私は薄暗い洞穴の中で、ロイに犯され続けていた。
嗚呼、いっそ、世界が終わってしまえばいいのに。
そう、何度も、願いながら。
獣のように泣いていた。