*デボルとポポル


「あたしは、デボルと共にいる」
「わたしも、ポポルと共にいる」

 レプリカントたちが寝静まった、少しばかり日の傾いた「夜」の時間帯――村の小高い丘の上にある図書館の執務室で、赤毛の双子は向かい合い、互いのてのひらと額をあわせ、目を閉じて同時に誓う。
 それは、年をひとつ過ごすごとの、儀式だった。季節の移ろいで月日を決める、旧時代から同じ時間の数え方をしているから一年の長さは彼女たちが生まれたときから変わらないそれを、ふたりはこの世界に生まれてから毎年、繰り返してきた。
 二人は世界を監視するアンドロイドとして生み出され、長いときをすごしてきていた。それは、死滅しかけた人類が生き残るための、最後の希望を、守り抜くために。彼女たちはそのために生み出されて、決められた区域を管理している。
 だからこの世界には他にも同じデボル・ポポルがいて、同じように祈りを、あるいは誓いをささげているのだろう――自分たちとは別の個体であるだろうに、どうしてか、そう思うのだ。この、「誓い」の儀式をするたびに。

「「そして、私たちのすべては、人類のために」」

 互いの指先を絡め、握り合って、二人は声を揃えて祈る。もしかすれば存在しているかもしれない、このさみしげな世界の神に。
 神という存在を意識するようになったのは、いつだったろう。人間のようにと造られ、人間のような感情を模倣し学習して、痛みというものを感じられるように造られ、やさしく在れと生みの親に告げられた。「彼」がふたりに残した最期の言葉だ。彼もまたもうこの世界には存在しない人間だったが、彼はデボルとポポルにこの世界の希望を託した。人間から託された希望はとても大きく、重く、だからこそ「彼」は二人を双子としてこの世界に送り出したのだ――すべてを分かち合えるように。永く生きるには、寂しすぎるこの世界の中で、決して孤独ではないように。
 この祈りは、人間たちの真似事だ。人間たちは、何かあれば「神」に祈っていた。それはたとえば畑の作物の豊作祈願であったり、親兄弟の幸福であったり、日々の安寧であったり、それこそ数多の数の祈りがあった。「神」に何かを願うとき、望むとき、人間は祈った。だから、二人も同じように祈る――人間のように、なりたいと願うアンドロイドだからだ。
 ふたりは、最初から人のようになりたいと願っていたわけではなかった。
 ただ、ふたりを作り出した人間が「優しくあれ」と願った意味を考え続けていて、管理しているレプリカントたちに寄り添うように――やさしく、とはそういう意味なのだといろいろな文献を調べ理解していたからだ――暮らし続けているうちに、少しずつ、少しずつ芽生えてきたものだった。その願いは、まだ、そう強いものではない。ぼんやりと、そう在りたいという程度ではあったのだが――時を経るにつれて、徐々に人間のような喜怒哀楽を表現するレプリカントたちを見ているうちに、ふたりの中にいつしか生まれていたものだ。

「考えてみたら、あたしたちはいったいいつから、こんな風に願うようになったんだろうな。願い、なんて、まるで人間みたいだ。アンドロイドは不確かなものなんて、信じるに値しないと考えているはずなのに」

 ふ、と目を開くやデボルが告げる言葉は何の脈略もないように思えるが、ポポルには双子の考えていることは手に取るようにわかる。祈りは、願いだから。「神」に「誓う」儀式だから。



*ゼクスとフィーア


 王宮にいる時間は単純につまらない、とゼクスは思う。
 やれああしろこうしろ、王たるものこうでなければならない、王であればこのようなことは知っていて・できて当然だ、王に相応しく在るためには――そうした言葉ばかりがゼクスの周りにはあふれている。会う人間のほとんど、すべてといってもいい位に彼らは繰り返した。
 王たるものは!――すっかり聞きなれた、耳にタコができるほどに聞かされたそれらの言葉ほどうっとおしいものはなかった。誰も、好きで王に生まれたわけではないというのに。
 一方でゼクスは身体を動かすのは好きだった、だから槍術の稽古や訓練はシンプルに楽しい。身体を動かすことに集中できるし、叱咤される理由もわかる。悔しい思いもすればこそ、それは上達への道筋だと思えば精もでた。
 だが、座学は違う。面倒な掟ばかりのこの国で、覚えるべきことは膨大すぎた。だからよく寝入って家庭教師には怒られるし、そうなるとゼクスは持ち前の足の速さでもってさっさと部屋から逃げ出してしまう。
 そう。彼女と出逢ったのも、そんなふうにめんどうな勉強から逃げ出したときのことだった。
 小さな身体で懸命に働く姿に、理由もなく引きつけられた。しばらく、ぼうっと眺めてしまったくらいだ。
 見たことのない異邦人の少女は、鳴れない土地で慣れない掟に振り回されながら、必死に生きていた。
 どうして彼女はそんなに一生懸命なのだろう?
 どうして、そんなに必死なのだろう?
 生まれたときからあらゆるものが身の回りに在ったゼクスにとって、その小さな少女という存在はひどく衝撃的で未知の部類の人間だった。そして、彼女と話をしてみたい、と強く思った。何よりも、彼女はゼクスの好奇心を大いに刺激してくれる存在だったからだ。
 そうして、彼女と過ごす時間が、始まった。
 彼女は、名をフィーアといった。たどたどしい手振りと、覚えたばかりのこの国の文字で、彼女が最初に教えてくれた「言葉」だ。  彼女は言葉を語ることを許されてはいない――それは、この国の掟で決まっている。そんな掟なんて、とゼクスは思うのだが、律儀で生真面目らしいフィーアは、かたくなに掟を守ろうとする。
 そんな彼女とのやりとりは、過ごす時間は、思っていた以上に楽しかった。
 王宮の中の、この国の他の人間はゼクスと見れば気を遣い、当然のように王子として扱う。けれど、フィーアはそうではない。無礼、というのではなかった。けれどもゼクスの正体を知る必要もない――というよりか、日々を生きるために懸命な彼女にとっては、ゼクスの正体を知るような必要も余裕もないのだろう。
 それが、楽しかった。何の垣根もなく、ただ同じ年頃の子供同士として遊べる彼女との時間は、とても、楽しかったのだ。
 だから、ゼクスは一度も名を名乗らなかった――異邦人らしいフィーアは、おそらくこの国の王子たるゼクスの顔を知らないかもしれない。けれど、王子だと名乗って彼女の態度が変わるのは、想像しただけで愉快ではない。だから、そのうちバレてしまうだろうが、バレるときは黙っていよう――それもまた、ゼクスのひとつの楽しみでもあった。


*A2とアネモネ


 空が少しばかり薄暗くなってきたころだろうか。ふいに普段は感じない肌寒さを感じて、A2は身震いをする。

「報告:一般アンドロイドたちがいう「夜」の時刻に突入。機械生命体の活動が活発になり、ヨルハ機体A2の性能も通常稼動時の9割程度に落ちることが認められている。理由は試作ヨルハ機体であるため、エネルギー効率化が気温の低下とともに落ちるためである」

 メンテナンスなんて何年もしていなかったから必要ないとはっきり言ったにも関わらず、勝手についてくるポッド042が繰り返し主張してくるのには慣れたつもりではあるが、具体的にそういわれるとなにやらぞっとしない。

 確かに「彼」の言うように、いわゆる夜間戦闘はやや効率が落ちるとA2自身感じていたし、だから「夜」の時間帯には極力戦闘を避けられるような場所で休息するようにしている。実際、夜間は休息モードに入るのが推奨されているのは、理由は知らなかったがA2が月面基地にいたころからの名残でもあった。

「提案:レジスタンス・キャンプでの休息。あそこであれば屋外や廃墟での休息よりは安全に機体を休めることがで出来、またメンテナンス可能なアンドロイドも複数対存在している」

 ビルの廃墟の中に隠れるようにして作られた仮の住居空間のような、雨風を凌げればそれでいいような、なんとも中途半端な佇まいの中に足を踏み入れた瞬間に覚えた感情は、とても――とても久しぶりの、懐かしいものだった。A2にとって、ここは、初めて訪れる場所なのにも関わらず。

「アネモネ」
「お前は…二号…?生きて、いたのか……」

 お互いの再会は、その別れと離れていた年月を考えれば、あっけないものだった。あっけなさすぎて、実感がわかないほどに。お互いにすっかり変わってしまっていたけれど、その顔を見れば思い出す。思い出したくないことも、そうではないことも、あらゆることを。
 久しぶりの仲間との再会だというのに、吹いてくる風がどうも肌寒かった。


*2Bと9S


 最近9Sはレジスタンスキャンプに戻ると早々にある区画へと向かう。道具や武器を扱うアンドロイドたちが集うさらに奥、レジスタンスキャンプの中枢部ともいえるアネモネたちが集う場所のすぐそばにある「音楽」を再生することができるジュークボックスという機械に、最近彼は興味津々らしい。
 今日も、そうだ。定期メンテナンスと補給のために寄ったはずなのに、キャンプに着くや否や2Bの制止もろくに聞かずそちらへ向かう。楽しげに走ってゆく背中を見送りながら小さくため息をついて、遅れて2Bもそちらへと向かった。
――定期メンテナンスには、義体そのもののコンディションもだが、当然それにはメンタル的な部分も含まれる。9Sのあれは、いわば精神面でのメンテナンスなのかもしれない。  何かにつけそう自分自身に言い訳をしながら、ふと2Bは同時に疑問を覚えた。
 では、自分はどうだろう。
 ヨルハ機体は基本的に戦闘行為が目的として作られている。その中でも特に戦闘特化型である2Bにとって、安らぎという感情はあまり馴染みのないものだ。休息は休息として必要であることは理解できる。ただ、それ以外の行為ついては、正直なところ2Bには理解しがたいものが多く、理解しようと考えたこともなかった。
 「音楽」に関してもそうだ。
 人類は娯楽として音楽を聴くことを好んでいたという情報は知っている。ただ、「音楽」を聴いてでは何かを感じるかというと、なんともいえなかった。音の好き嫌いもよくわからない。
 ところが9Sはそうではないらしく、ジュークボックスで頻繁にあれこれと「音楽」を選んでは聴いている。同じように「音楽」を好むアンドロイドと話も弾むらしく、しょっちゅう話をしては楽しそうに笑っていた。
 2Bは他のS型と長い間行動を共にした経験がないので、それがS型の特性なのかそれとも9S自身の個性なのかはわからなかったが、そういうことを楽しむ彼を見ていると、まるで自分と彼とではまったく別の、共通項などなにもない存在なのではないかと思ううことがままあった。