「うーん、駄目だったかあ」

 こっちもだめだなあ、とボヤきながら4Sは内部ユニットがはみ出しかけている左手首部分に応急措置を施してゆく。痛覚は一時的にシャットダウンしているから痛くもかゆくもないのだが、見た目的にだいぶ問題があるからだ。
 ただ、長年こつこつと収集した部品の類で賄えそうなのは、不幸中の幸いだった。細かいかすり傷はナノユニットが自動的に回復してくれるし、ほつれた衣服は後で修繕すれば問題はない。そのあたりに関しては、自分がS型でよかったなあなどと暢気なことを考えている。つまり、見た目ほど本人は深刻に考えてはいなかった。

「警告:あのさあ4ちゃん、交渉するにしても、そゆデリケート的な質問女子にいきなりするのどぅかと思うわ、マジで」

 どこへ隠れていたのか知らないが、4Sが「襲われている」最中姿が見えなかった随行支援ユニット021がひょいっと姿を現した。

「デリケートなの?あ、あー……そっか、人類ってなんだかわからないけど性的なことに関してはあまりおおっぴらにするの好まなかったんだっけか。でも僕たち人類と違うし、割とそういうこと気にしてなくない?」

 首を傾げつつ尋ねる4Sに、随行支援ユニットはため息をつきたいとばかりにアームをがっくりとうなだれさせて応じる。

「同意しかねるわ:いや、全般的には気にしてる的な。ほい、ヨルハ機体とアンドロイド連中の統計データ」

 ささっと021が投影してくれたデータには、「彼の」いうとおりの傾向が示しだされている。そうした話題が自分たちの間で議論されないのは、単に興味がないし必要がない(実際にその機能もない)からなのだとばかり思っていたのだが、どうも羞恥心とか道徳心とか貞操観念だとかそちらの方面の問題のようだった。

「ほんとだ、一部除いて僕たちアンドロイドも、性的なことに関しては秘匿したがる傾向があるんだ……まあでもさ、これ、ただの統計データだし、僕は気にしないからさ」
「否定:だぁらそうじゃねえっつーの、4ちゃんの話じゃなく相手のコト!いやな?確かにさっきの女子?A2だったっけか、マジ綺麗だったし、触りたい〜とかいいにおいしそう〜とかそゆのはまあ百歩譲って理解できっけどよ、自分もオトコだし。けど、手順ってのあるべ。いきなりはやっぱないわ〜。最初は文通からっしょ」
「いやいや文通て。文通って。なにそれどこの文化。でも、君には彼女がそういうふうに見えたんだ。僕は単にそのへんにいたから声かけたんだけど」
「うっわ4ちゃんマジ最低。マジでマジでねーわ。相手も選ぶ権利あるし、そりゃあガチめにしこたまボコられますわ」
「なんでそんなに否定するかなあ……さては、だから助けてくれなかったんだね?」
「いやいやいやいや、まず相手アタッカーっしょ?自分ら束になってもかなわなくね?それに本気で殺すつもりじゃなかったっぽいから別に」
「別にって、君は僕の支援ユニットなのに、随行機体が攻撃されてても何もしないのってさあ」
「原因が明らかに4ちゃんにあって、別にヤバそうでもなくて、かつ4ちゃんが悪い場合は、流石に自分、サポできねっすわ……」

 021はそういうが、あれは明らかに殺意があった。あったというか、相手が手加減するつもりがなかったというか、とりあえず全力で殴られたのだけは覚えている。そして、その結果の惨状がこれだ。ただし命までとるつもりはなかった、というのも、重点的に殴られたのが腕やら脚やら致命傷にならないような部位だったからなんとなくはわかるのだが。ある意味彼女も器用だなあ、などと感心すらしてしまう。

「ひどいなあ!君は僕の随行支援ユニットだよ!」
「いやでも、自分、その前にオトコなんで」
「ちょっと意味わかんないよそれ。またヘンな本読んで影響されたんでしょ……まったく……でも、困ったなあ。う〜ん……レジスタンスの人たちとかに頼むにしても、それだと僕のほうが恐らく能力的に上だから、なんか無理やりっぽくていやだし」
「いやさっきのだって半分無理やりじゃ」
「一応断ったし、同じヨルハ機体だし……あ!021、ナインズに通信して!ほら、早く!」
「つつしんで拒否らせていただきまウィーッス」

 言葉とともに021はすうっと4Sから離れてゆくが、とっさに4Sはその大きなアームの片方を強引につかんで阻止した。

「ちょちょちょっとちょっと!4ちゃんさっきからマジ強引なんだっつの、なんなの、4ちゃんって強引なタイプなの?」
「ちがうってば、君にどうこうしてほしいとかじゃないし君試させてくれないし」
「あっ当たり前っしょ!ンなの勘弁してほしいわ〜〜ないわ〜、ついでに4ちゃんがイマ考えてることもむちゃくちゃ勘弁してほしいんスけど」
「別に、そんな、ただナインズと通信してよっていってるだけだよ」
「それだけじゃねえっしょぜってえ!」

 にこにこと満面の笑みを作ったところで無駄なのはわかっていたのだが、まあそれはそれ。とりあえず、4S的には楽しいことなのでおのずと笑みが浮かぶだけだ。

「うん。ナインズなら相手してくれるかなあって。セックス」



 近くの水場に釣りに行った2Bの帰りをぼんやりと待っていたら、どうやらうたた寝をしてしまったらしい。9Sは、随行支援ユニットのかすかな駆動音で目を覚ました。

「報告:ヨルハ機体4Sからの通信」

 起き掛けにできれば聞きたくはない固有名詞を聞かせられて、9Sは目を瞬かせながら渋い顔をする。

「……ものすっごくいやな予感がする……できれば聞きたくない感じの」
「提案:無視する」

 支援対象の心境を誰よりも理解している153も、悪びれもせずにそう応じた。

「……それはそれで、気にならないわけじゃないんだけど、やっぱりできれば聞きたくはないなあ」

 なにせ、あの4Sだ。知り合って以来、ほとんどロクでもないことしか言ってこないしやってもいない(と思われる)4Sだ。なるほど地上に降下してから一度もバンカーに戻らずに敵地に潜入していたその実力は買う。が、それ以外は論外の、できれば関わるのはごめんこうむりたい相手だ。ただ、そういう規格外の奇天烈極まりない愉快(あるいは不愉快)な発想ばかりしている相手の通信というものに、持ち前の好奇心が疼かないわけでもなく――なんとも複雑な心境だった。

「ちょっとナインズ!ひどいなあ、せっかく久しぶりに直接通信したのに」

 ところが、これである。
 どうやったのか知らないが、通信相手の随行支援ユニットを一時的にのっとって、強制的に通信してくるのだ。実はこれで五度目。

「うっわほらやっぱり」
「やっほー、久しぶりだねえ、元気?」
「は?元気もなにも何また調子こいて強制的に割り込んでるわけ?僕に拒否権はないの?何やってんの?久しぶりって別に久しぶりじゃないし十三時間ぶりくらいだし」

 ため息とともに、9Sは153が投影している(させられている)映像をイヤイヤ眺めた。

「報告:ヨルハ機体4Sによる強制通信」
「もういい加減にしろよ……」

 続く153の報告に思わず脱力して、9Sは寝台に突っ伏す。投影されているであろう4Sには背を向け、思わず頭を抱えた。一応これでも相手からの通信を一方的に切断したはずが、更に強制的に通信された。今のところ、この互いの随行支援ユニットを通した強制通信あるいは通信拒絶合戦は4Sの完全勝利が続いている。なんだか同じS型としては悔しいことこの上ないのだが、本人曰く後方支援型で潜伏任務が得意らしいので、万能型の9Sとはまた違うベクトルに強い機体なのだろう。

「えっと、それはおいといて、ちょっと君に大事な頼みがあるから裏技使わせてもらったんだけどさ。まあ、ほかに頼めるような知り合いいないんだけど、っていうか断られちゃったんだけど。う〜んと、通信だと誰かに傍受されるのもアレだし、今からこっち来てくれないかな」
「うっわちょういやな予感断る。だいたい、誰かに傍受されたらマズいような話って何だよ、僕と君はそこまで親密だった記憶ないんだけど、これっぽっちも、微塵も!断る!」

 親密だった記憶はない――それは事実だ。相手がどう考えているかは知らないが、別に友人だとか思ってもいない。まあ、せいぜい知り合い程度だろう。

「え〜つめたいなあ、僕とナインズの仲じゃない。まあまあいいからさ、あ、そうか、何の対価もなしにってのは考え物だよね、それなら君がこないだ欲しがってた希少素材いくつかと交換っていう条件でどうかな。アレとかソレとか、なかなか手に入らないってボヤいてたじゃない。君もいろいろマニアックだから探すのに苦労したんだよ、だけどほら僕よりも小回りがきく021がね、ちょっと僕たちじゃあ入り込めないようなところにいったら」
「あーーもうアレとかソレとかなんでそこ伏せるんだよあと話し長い!めんどくさい!わかった!わかったから、通信は切るよ!」
「え、ちょっと021の武勇伝くらい聞いてよ……まあいいや、了解。それじゃあ待ってるからね〜」

 そこまでをいうと、4Sは一方的に通信を切った。一方的に始まり一方的に終わった通信に、謎の疲労感が押し寄せてくる。はあ、と全身でため息をついて9Sはベッドにあらためて腰を下ろした。
 そもそもなんでこんなわけのわからないことになったのか。始まりは森の国で彼と出会ってしまったからだ。あのとき好奇心に負けた(というか、あの状況下で生き残ってたヨルハ隊員に声をかけない、という選択肢はなかったと思うのだが)ことを、9Sは心底後悔していた。それをいってしまえばズルズルと4Sの思い通りになっているのも、その持ち前の好奇心が原因なのだが。

「……2Bには、一応断っていったほうがいいかな……はぁ……」

 なぜだか彼女は、4Sのことを9Sの「仲のいい友達」と認識してしまっているらしく、4Sから通信がある、或いはメールがあった、というと不思議とそちらを優先させたがる傾向があった。「友達は、大切にしたほうがいい」そういって、妙に優先させたがる、もちろんそういう彼女の気遣いは嬉しかったのだが、9Sとしてもできれば相手を見てから判断して欲しかった――2Bはそういえば、まだ4Sと直接は会っていない。会わせるつもりはないし、出来れば会ってほしくはないのだが――あの4Sがいったい何を言い出すか、わかったものではないからだ。

「4Sのあの妙なテンションとはしゃぎよう、絶対にいやな予感しかしない……でも、確かにあの妙な素材収集能力とか隠密能力とかは、悔しいけど僕以上だからなあ、……はぁ……」
「警告:ため息はつきすぎると寿命が縮まる、という格言が、人類にはある」
「もう、僕たちに寿命もクソもないよ。はぁ……あのさあ、ポッドは021に会いたい?」
「保留:肯定も否定もない。我々随行支援ユニットは、支援対象の意志に従うまでである」

 4Sの随行支援ユニット021は非常に個性的で(原因は4Sが勝手に改造したからだ)、なぜか153に惚れ込んでいる。それも理解不能なのだが、一応153の意思も確認しておいた方がいいだろうと尋ねるが、確かにそんなことを聞かれても困るよなあ、と、9Sは何度目かわからないため息をついた。

「……ですよね……2Bに相談しても、結果はわかってるからなあ」
「肯定:ヨルハ機体2Bはヨルハ機体9Sとヨルハ機体4Sがトモダチだと思い込んでいる」
「それ!それなんだよね!別に友達って言うわけでもないし、なんていうか、なんかもうこれ半分くらい腐れ縁ってやつに近い気がするんだけど……あんまり正確な表現じゃないか」

 9Sは無造作に後頭部を掻き毟る。もう、ほんとうにめんどくさい。あのS型は妙な発想力があるといえばいいが、その発想が独創的すぎて付き合いきれない、というのが正直な感想だった。アレと四六時中共に行動をしてたら、そりゃあ改造されても逆に受け入れるかもな、と奇妙な方向で彼の随行支援ユニットに憐憫すら覚えてしまう。

「同意:それ以外に表現しようがない」
「……そうなんだよなあ。まあ、一応、半分くらい強引だったけど約束させられたし、一応対価に興味はあるから、行くだけ行ってみよう」

 興味がまったくない、というのは、悲しいかなウソになる。本当に、何度このS型の特性である好奇心を自ら呪ったことだろうか(主に4S絡みで)。だが興味があるものは仕方ない。仕方ないのだ、と9Sは自分に強く言い聞かせた。

「了解」