「彼」の様子がおかしいと気づいたのは、十日前。正確に、十日だ。
ヨルハ部隊の拠り所であったバンカーが陥落し、地上部隊はほぼ全滅、地上で戦うアンドロイドたちと密な連携をとっているわけでも定期連絡をしているわけでもないから、事実上孤立している4Sにとっては唯一の相棒で最後の拠り所、かつ、おそらくは番人――監視者といってもよい随行支援ユニット・通称「ポッド021」の様子が、明らかにおかしい。完全に、挙動不審だった。
原因に思い当たる節があるのだが、それにしても、なんというか、この事態は想定外も想定外で、その上相談できる相手もいない。
さてこれは、どうしたものかなあ、と見慣れた埃っぽい空間を見上げて、4Sはため息をつくしかなかった。
(中略)
「つまりさ、君はあの支援ユニットに一目惚れしちゃった状態」
いつもの定期巡回と称した散歩――支援ユニットが支援対象から離れた状態で稼動できない制約も取り払ったため021は好きなとき好きなようにこの森林地帯の遺跡を探索している――を終え戻ってきた021に直球で己の結論をぶつける。
相談できる相手もいないし、ひとりで考えたところで出ない結論はどこまでも出ないのだから、もうこれは直接相手に切り込むしかなかった。
「何言ってるの4ちゃん」
「僕がこの結論に至るためのできごとは結構あったよ。まずね、君の定期巡回が増えた。戻る時間も遅くなった。移動ルートを見る限り危険な場所に近づくわけじゃなく、むしろ敵性機械生命体がいないようなところを、どうしてかうろついているよね」
「それはまあ、その時の気分次第っていうか」
「あくまでも今までの傾向からの主観的な判断だけど、今まではわりと決まったルートしか行かなかったでしょ。どっちかっていうと面倒くさがってたし。それに、なんだか君から行ってくるって言うことが増えておかしいなとは思ったんだ」
「いや、まあ、それは、なんとなく自分それに目覚めたっていうの」
「あれは要するに君の機能を確かめるのと学習のためのただの散歩だよ?ふたつめ、一緒にいても動作がぎこちないし、言動がちぐはぐなことが増えてるし、上の空なこともあるし……僕の話をあんまり聞かないのは君の個性だって認めてはいるけれど、それとは別。聞いてないんじゃあなくて上の空だよね。ログもたまにちゃんととってない時あるし」
「いや、それは、たまにちょっと調子悪かったり動作テンパったパティーンで」
「君を動揺させるようなことなんて、「彼女」と僕があったこと以上のことはここ十日起きてないよ。それは別に責めてないから。そうじゃなくて、ね。みっつめは、君のデータ参照ログ」
そこまで4Sが告げると、021は「あーーーー」と唐突に叫んで4Sの目元・ゴーグルの上から覆いかぶさる。そもそもデータログ、と言ったのだから、目元を隠されたところでまったく意味はないのだが、021がとっさにとった行動がとんちんかんすぎて、思わず笑ってしまった。
「ほら、図星だ」
「だだだっ、だってよっ、4ちゃんそんな話は聞いてないし自分!てっか、ヒトのログ勝手に覗くとかマジ趣味悪ぃからねぇからサガるわ〜……萎えるわ〜〜」
「あのさあ、君は僕の支援ユニットだよ?君だって僕の稼動ログは全部詳細に保存しているんだから、お互い様なんだよ。それから僕はスキャナータイプ。分析調査特化型支援タイプヨルハ機体4S。僕と君との間に隠し事はできないし、無理だからね」
「まっじ最悪、いや、わかってっけど、実際にそうキッパリ言われるとまじでウチラの関係これねえな〜ってなる……」
「確かに個体情報の保護っていう点で考慮するとありえない関係だけど、別に必要でもないじゃない。それでさ」
がっくりと肩(?)を落とす021の上側を軽く撫でると、不服そう(に見える)に筐体を上に向かせて021は支援対象を眺めた。
「「彼女」のどこが好きになったのか、教えてくれる?」
「ハ?」
そう、その時はっきりと、021の表には「ありえねー」という感情が浮かんでいた。ように見えた。
「やっぱりそれって、君の言う性差から発生してるのかな、君のジェンダーに対する認識。つまりは種を保存するために性交できる相手って認識してるっていうことだよね。でもそもそも僕らにも君たちにもその機能はないから妄想だけで終わるけどさ。僕にはポッド同士のことなんかわからないし、そもそも何がいいとか悪いとかも理解できないし、でも君の事は気になるし。まして状態が不安定だったら、その理由を知って、どうにかしたいと思うでしょ」
「……あのなあ、4ちゃん……」
「うん」
「いや、いいっスわ……4ちゃんが4ちゃんなのは、自分一番知ってるんで。けど、説明してもわかんないんでね?」
「あ、うーん、確かに、たとえば君にとっての美醜の話とかは、理解するのに僕なりの価値観を交えないと理解は難しいと思うけれど、そういう前提で、それでもいいっていうなら、君の言葉で話してもらえると一番うれしいかなあ」
「4ちゃんは優しいんだかバカなんだか考えなしなんだか頭いいんだか無神経なんだか、わりとわかんねーな」
「へえ、君って僕のことそういうふうに見てたんだ。他人から見て僕がどういう風に思われるのかってわからないから、貴重な意見をありがとう」
「だからさあ!そういうのがさあ!あ〜〜、もう、ったく、やりづれぇなあもう……はいはい、4ちゃんの言うとおり、自分、画像見ただけで惚れました、あと!勝手に4ちゃんのデータベースからひっぱってきて調べました、ポッド153、ヨルハ機体9S随行支援ユニット、女性型、クールに見えて実はむちゃくちゃ支援対象を大事にするちょっと重いオンナだけどその一途さが正直たまらんしカワイイし魅力的かなって!しかもむちゃくちゃビジン、無自覚デレとかもうたまんねーわ」
「え」
「……え?」
「あ、そうなんだ、あの支援ユニットのナンバリング153なんだ。じゃあ君よりだいぶ年下?」
なんだか妙な詳細情報を一方的に聞かされた気がするが、確かにヨルハ機体には標準的なデータベースは搭載されていて、かつ自動的にバージョンアップされる。本部とそこまで密に連絡はとっていなかった上に自分自身の義体バックアップはダミーデータを流し続けていた4Sだが、自分が必要だと思う情報や、単純な情報の更新は常に受け取れる状態にしてあった。バンカー陥落前の最新情報の蓄積だけはされていたのだ。だから、調べようと思えば9Sの随行支援ユニットについても調べることはできた。単に、4Sの興味がそこに向かなかっただけで。
「いや、自分ら支援ユニットはアンドロイドみたく一体ごとに生産されるわけじゃなく、わりと一括生産だけど、代は確かにちょい後スかね。けどそんなの関係ねえから!」
「いや、うん、別にそういうの僕は気にはしないけど。何なら君が惚れた相手が無機物だろうが、動植物だろうが、応援はするよ?」
「なんかやな言い方じゃねーそれ」
「そうかなあ。僕としては、君の、その恋心は大いに応援したいっていう意思表明なんだけどなあ」
「喜んでいいのかそうじゃねーのかほんっとわかんねー、クッソ複雑」
「まあいいじゃない。君の好みのコだったんでしょ、153」
「好みっていうか、激マブ美形すぎてイミワカンネっていうか、それで惚れなきゃオトコじゃなくね的な」
ぶつぶつと言い訳のように言葉を重ね続ける021に、これは次にナインズが現れたときに一緒にいなかったら021がかわいそうだな、と4Sは思った。
(中略)