「ここは空が綺麗だよねえ、二号」
また四号の遊びが始まった、と二号はため息をつく。戦闘が終わり、キャンプに向かっている最中だ。ここのところ防戦一方で、状況を打開できるような情報も入っては来ない。ローズは難しい顔のままで、最近は少し空気がぎすぎすしている、と二号は感じていた。それが全体の戦況によるものなのか局地的なものなのか――おそらく両方なのだろう、と二号は思う。
「バンカーから見た景色はさ……青く光る地球だけがぽっかり浮かんでるみたいで、ああ、はやくあそこにいきたいなってずっと思ってて……。バンカーから見た空はまっくらだったのに、地球から見上げるとこんなに綺麗だったんだねえ」
四号は立ち止まり、空を見上げる。二号は気が気ではなかった。こんな荒野のだだっ広いところで立ち止まって、機械生命体の斥候にでも見つかったら大事だ。そうなったら戦うしかないのも承知していたが、今日はもうへとへとだ。少し膝周りの調子がおかしいから、はやく二十一号に診てもらいたい。四号じゃないけれど、ダリアのつくった食事が少し恋しい。
「うん、それはわかったからさ、四号、早く戻ろう」
焦るように促すが、四号はぴくりとも動かない。それどころかゴーグルを取り払い深呼吸を始めた。
「よ、四号!ゴーグルをとるのは…!」
「大丈夫だいじょーうぶ、今だけ、だから。だって、こうしてると余計風を感じられる。匂いがわかる。空が見える。ああ、ほんとうに……真っ青だ……綺麗」
ため息のように呟くと、四号は空を見上げるように、挑むように――まるで抱きかかえようとするように、両手を広げて胸を反らした。二号は気が気ではなかった。荒野に、一陣の風が吹く。砂埃と、枯れ草が舞う。ヨルハの黒衣と四号の肩まで伸ばした黒髪が奔放に舞う。その光景は、とても不安になるのに、とても彼女らしかった。
「機械生命体も、青い空を綺麗だって、思うのかな」
「……四号?」
「エイリアンは、地球に降りたとき、何を思ったんだろう」
景色の中の青と黒に囚われていた二号の理性が警鐘を鳴らす。四号に、これ以上言わせてはいけない、と。けれど、言葉が出てこなかった。そんな発想をしたことがなかったし、第一機械生命体は敵でエイリアンはその母体。敵のことを考える兵士などいないし、ヨルハ機体はそのように設計されてはいない。だとしたら、四号の思考領域になにか問題があるのだろうか、それとも、重大な欠陥でもあるのだろうか。二号は息を呑む。そんな、そんなことは、ない。ないはずだ。
「四号、しっかりしてよ!」
叫ぶように、気づけば四号の両肩を掴んで揺さぶっていた。
「え?二号?どうかした?すごい顔してる」
「何いってるの、四号!機械生命体は敵だよ?どうして、そんなこというの?」
「知ってるよ?」
「だったらっ!」
感情が迸りすぎて言葉を紡ぐことすらできなくなった二号は、四号が手にしたままだったゴーグルを無理やり装着させて、四号の手を引き、強引に歩き出す。はやく、戻らないと、キャンプに。私たちの、居場所に。
「ちょ、ちょ、二号ってばー、ねえ、二号ー、何そんなに怒ってるの?あたし、なんかヘンなこと言った?」
「言った。でも、もう二度と言わないで。機械生命体も、エイリアンも、敵なんだから。私たちが倒すべき、敵なんだから……」
敵だ。敵のことを考えるなんて。敵のことなんか考えなくていいのに。四号は、誰とでもすぐ打ち解ける。誰のことでも考える。でも、だからって、敵のことまで考えなくていい。そんな思考は、必要ないんだから。
「もうっ、離してよ二号ー、いたたたた、いたいって!力、強いって!」
四号が繰り返し文句を言って手を離そうとしたが、二号はその手を離すつもりがなかった。
だって、今、この手を離したら。四号、あなたはどこかに行ってしまう気がするから。