おおきな てのひら

  アスベルは、私の頭をよく、撫でてくれる。そうされると、嬉しい。嬉しい、ということは、多分アスベルから教えてもらった。

 シェリアは、たまに私をぎゅっとしてくれる。シェリアはいい匂いがして、あとあったかくてそうされると胸のあたりがふわふわするみたい。それも、嬉しいっていうことなんだって。
 ヒューバートは、二人とはちょっと違う。でも、やっぱり同じ。ちょっと困った顔をしてから、でも、ちゃんと私に手を差し伸べてくれる。

 パスカルはもっと違う。思わず逃げちゃうけど。でも、嫌なわけじゃない。だって、パスカルもアスベルたちと同じ、すごくあったかい。皆にあったかくて、お日様みたいにぽかぽかしているから。

「そうか」
「うん。でもね、教官はよくわからないの。やっぱり同じなんだけど」
「そうか?何が同じで、何がよくわからないんだ?」
「うんと……。ふわふわ?」
「なんだそれは」
「シェリアとは違うよ」
「そりゃ多分違うな」
「教官は………あ」

 はぁっ、と息を吐き出すと、まっしろになる。これが、寒いからこうなるんだって。寒いと、吐く息が見えるって教えてくれたのはアスベルだけど、理由までは教えてくれたかったからヒューバートに聞いたら吐き出した息の中にある目に見えないくらいのたくさんの小さな水滴が凍ってそう見えるんだって言われた。
 普段は見えないのに、寒いと白くなって目の前に現れて、でも、すぐ消えちゃう。だからって、なくなるわけじゃないんだって。見えなくなるだけなんだって。
 ヒューバートが教えてくれたことは、半分くらい、よくわかってない。でも、教官は、そんなかんじ。

「これ」
「これ?」
「うん、そう。ほら、また」
「また?」
「白くなった」
「……白く?あ、あぁ…息のことか?」
「うん、そう。ヒューバートが教えてくれた。寒い所だと、凍るから白く見えるんだって」
「寒い所だと見えるのか」
「うん。でもすぐに見えなくなっちゃう」
「……成る程な」
「見えなくなるけど、でも、なくなってるわけじゃないんだよね。だから、教官は、これ」

 もう一回、こんどは大きく息を吐き出したら、白い息は沢山目の前にふわっと漂って、少しふわふわしてたけど、そのうちしゅっと空気に溶けるみたい、見えなくなる。
 でも、見えなくなっただけ。そこにあることを、私は知ってる。
 教官は、私の事をあまり見たことがないような、へんてこな顔でじーっと見てから、そうか、ともう一回呟いた。

「だって、教官はアスベルが知らないところでずっとアスベルの事を見てる。シェリアが一人で整理して文句を言うと、ちゃんと片付ける。ヒューバートが一人で難しい顔をしてると決まって変な事言うし、パルカスの話についていけるもん。だから、私の息と一緒」

 そう言うと、今度は教官が大きく息を吐いて、ちょっとだけびっくりした顔をして、それから笑って、私の頭にぽん、っとおおきなてのひらをのせた。アスベルよりも大きくて、アスベルよりもぐしゃぐしゃって私の髪を撫でる。

「ぐしゃぐしゃ……またシェリアに、怒られる」

 そしたら、教官はもっと私の髪をぐしゃぐしゃにして、あったかいおおきなてのひらでちょっと痛いくらい、撫でる。

「あぁ、そうだなあ。ま、いいだろ。怒られて来い」

 教官、笑ってる。寒いのに、ふわっとあったかい気持ちになって(これは嬉しい)、私も教官みたいに笑ってみた。
 そしたら教官はもっと笑って、もっとぐしゃぐしゃする。アスベルみたいに優しいわけじゃないんだけど、でも、教官のてのひらはおおきくて、アスベルと同じくらい、大好きだから、だから私は嬉しい。