全く、不愉快だった。
大W石研究は国家的急務だ、などとしたり顔で言う癖に、全くあの技術中将殿の誠意の無さには怒りを通り越して涙が出てくるほど情けなさを感じる。大W石開発が急務であることなど、この国に住まっていれば皆一様にそう感じている常識以前の問題だ。あの男がアンマルチア族研究者と伝さえなければ、そういう言葉を飲み込んでいるのは何もカーツだけではなかった。
W術兵器開発部に所属しているなどと言えば、軍技術部の中でも大W石開発部と並び生え抜きのエリートといった印象だが実態は全く違う。
大W石から原素を取り出しその原素エネルギーを元に生活水準を上げるという大命題を掲げた軍開発技術部の一員である事は確かであるし、そこから兵器転用技術を開発するのが主な仕事であり、寝る間も惜しんで政府党内部の研究機関に篭り、演算と理論、解明と検証を繰り返す日々もそれなりに充足しているように思われるものだが、実際W術兵器開発部に回される予算の枠組みは、ありえないことなのだが開発部でも最低クラスだった。
兵器開発――全くこのフェンデルという国にとって現状でも発展を考えた上でも必要不可欠である二本柱、即ち大W石開発と兵器開発の二本柱のうちの一つにすら回す費用の捻出すら出来ない――大W石由来のW術複合兵器開発に携わるということで些かの生きがいのようなものを見出し静かに情熱を燃やす若き将校にとって、それは国の裏切り行為に等しかった。
とはいえ、カーツは「何故」を考える男だった。何事にもすべからく理由がある。そして結果がある。その理由を知ったところで不愉快さは消えてなくなるわけではないが、少なくともかっかと煮えるこの腹の中の怒りは、多少は沈静化する。理屈と言い訳を脳裏で重ねるたびに、にわかで率直な感情は矛先を失うことを知っているからだった。
予算審議会という名目上の「会議」で此度も見事に敗北を喫し、くたびれた軍服に目立つのは肩につけられた階級章よりは蓄えた贅肉であるリジャール技術中将がしょんぼりと肩を落とす様は些か滑稽にも思えるほど、彼がもぎ取ってきた予算は、雀の涙ほどのそれだった。
こんなものでは件の新型すら量産出来ない。吐き棄てるように言い、鬢に大分白いものが混ざる男は確かに「W術兵器開発」に回されるにしてはあまりにも情けない数値が記載された書類を机に放るや、どかりと腰を落とし葉巻に火をつけた。誰かが、空気を呑む音が伝わってくる。
政府塔四十二階にある研究本部に集った顔は何れも開発部の中でも特にW術開発に携わる面々であった。大W石研究技術顧問のアンマルチア族の姿もある――彼らの技術提供なくしては、W術銃は勿論のこと、いわゆる蒸気機関戦車とかいう新兵器開発はままらななかっただろう。そんなどちらかといえば錚々たる面々が揃う中、カーツは唯一、現場の責任者という立場だった。その顔ぶれに些かの疑問は抱いたが、カーツはそこで思考を閉ざした。
リジャールは紫煙を吐き出し、一同を睥睨するように見渡したからだ。その疑り深そうな眼差しがカーツを見る瞬間に贅肉を蓄えた頬をぴくりと動かした。原素焼けして一部変色した前髪がどのように他人に見られるかなど、どうでもよいことだった。が、このいけ好かない男がウィンドル産高級葉巻を咥えながらさした努力もしなかった癖に、いかにも難儀な仕事をしたのだという風に寛いでいる様子には、我慢がならなかった。第一、この、でっぷりとした現場を知らない男の肩章の数ときたらどうだ。彼はいつだって、この政府塔の中からあれこれと無茶な指示を飛ばすだけなのだ。「国家的急務である」「全てはフェンデルの民が生きるため」「総統閣下もお望みである」彼が寄越す書面は必ずといってよいほどこれらの文句で締めくくられている。吐き気がする。その一文を目にする度に、カーツは吐き捨てていた。
そもそもこの変色した前髪は、三年前の「事故」の名残だ。あの事故で二度と仕事に復帰出来なくなった人間は少なくは無かった。現場監督を務めていた大尉が政府塔内勤務になったのも、あの時だ。彼は二度と歩くことは出来なくなり今も政府管轄の療治施設で過ごしている。
その、当時の責任者が三年前は中尉だったこのリジャールである。とはいえ現在の彼は現場を訪れることは殆どなく、政府党内から無理難題を押し付けるだけだった。その男が今は開発部の主導権を握っているという現実は、やはり愉快ではない。
だが現場が如何に上官に不満を持とうと、フェンデルという国で大W石開発と兵器開発任務は国家的命運を賭けた大いなる事業である。そういう独自の誇りを、技術部の人間は皆持っていた。だからせめて、最高責任者である彼が、その為の予算確保に奔走している、とでもいうのならこの苛立ちは多少は収まるかもしれないのだが。
「上層部もどうかしている。我らが任は急を要するというのにな」
見下した風に、わかったかのように言うその口ぶりに、カーツの隣に立つ中年の男の肩がピクリと動いた。彼は第三兵器開発部の責任者でありカーツとは比べ物にならぬほどの権限を持つ、イワン少佐だ。カーツが属しているW術兵器開発部と第三兵器部は双子のようなもので、彼らが苦心して改良を施した或いは新たに開発した銃器とカーツらが作った原素回路を組み合わせることで、新たな兵器が生まれるというわけだ。それがいわゆるW術複合兵器・W術銃といわれるもので、一般的な銃剣よりも扱いは複雑だが威力が高く、W術を使えずとも似たような効果を再現出来るために、一定以上の技量を持つ兵らにしか渡されることはない――無論、通常の銃剣よりも量産のコストが高くつくからだ。
そうした仕事上の関わりから未だ若年で少尉位でしかないカーツを是非開発の責任者にと強く上層部に推してくれたのもこのイワン少佐だった。
彼は現場組のカーツよりも政府塔に詰めることが多く、だからこそ内部の様子を良く知っている。当然だが、この実にいけ好かない中将殿の姿もより多く目の当たりにしているのだ。彼が時折カーツらの元に来ては不満を漏らしていることは、周知の事実だった。
貴様がそうして旨そうに吸っている葉巻一つで、どれだけのW石を輸入できると思ってる。今にも煮え繰り返りそうな腸を無理に押さえつけながら、カーツは押し黙っていた。
何故、開発部まで十分な資金が回っては来ないのか。
一つは、昨年ようやく終結を見たベラニック奪還作戦の影響だ。五年近くをウィンドル王国軍にかの地を支配されているという屈辱を、若き総統オイゲンは就任早々にして成しえたのである。無論その背後には技術開発部の――こと、蒸気機関戦車の存在が大きかった。当然だが、その為の開発費、人件費といったものは膨大な予算がつぎ込まれていた。
そしてもう一つ、リジャール中将が予算の一部を着服しているという噂が、ここ数年まことしなやかに流れている。予算案の書面にしても、工作していると見て間違いはない。彼が政府党内で『何か』をしていることは周知の事実で、だが、彼にはアンマルチア族を政府党内にとどめて置いているというただその一点、だがフェンデルという国にとってはあまりにも大きすぎる点を彼という小物が有しているだけに、誰も口を出せないのだ――総統オイゲンですらが、たかだか中将風情のこの男に、何もいえない。オイゲン総統がアンマルチア族と交渉の場を持ち、彼らの類稀なる技術と頭脳を政府党内に引き入れたという功績は、リジャール中将なくしてはありえなかったという現実が、鉛色の空を貫くジレーザに、重くのしかかっている。
財源は限られている。だが、成すべきことが多すぎる。結果、最優先されたものは兎も角としてそうでないものは限られた財源の中で開発と改良を進めるしかない。カーツが所属する第六開発機関は、開発道具ですらも壊れたものを修理しながら使うという始末だった。それでも、結果だけは求められる。
この国が向かうべき方向は何処であるのか。この国の未来はひどく憂鬱だ。
忌々しいあのアルコール焼けした赤ら顔に禿頭を思い出すと、未だに腹の辺りがムカムカとしてくる。漸くありついた酒も食事も、不味い。
だからカーツは不愉快だった。そこに、拍車をかけて全くタイミング悪く声をかけてきた友人の言葉は、不愉快さを増幅させるものでしかなかった。
「何度同じことを言わせる」
浮ついた議論に興味はない。断言して、カーツはそういった誘いは全て断っていた。土台が無理な話である。曰く、本来なれば大W石の恩恵はすべからく平等である。大気をもって我々が呼吸するように、生まれた時から恩恵にあずかる『権利』がある。権利、などという言葉を持ち出した時点でカーツは論ずるに値せずと判断し黙止を決めてかかっていたのだが、友人マリクはどうも乗り気だ。だから、酒が余計に不味いのだ。安物のグラスを満たしていたものはとっくになくなっている。
「だがなカーツ。技術少尉としてのお前の名程兵隊連中に売れているのは」尚も言葉を続けようとするマリクの顔が僅かに曇ったことに、どこかで苛立ちを覚えた。カーツは細巻に火をつけ友人から視線をふいと外す。
「くどいな。面倒ごとはご免なんだ。それに、俺の名はそう軽くも安くもない」
言ってから、しまった、と思った。吸いかけた煙が逆流して流れてしまう。だがもう遅かった。その褐色の瞳と甘い面で何人の女を口説き落としたか知れないマリクは、相棒の言葉の裏にある本音を探り当てた確信を満面の笑みで表していた。
ザヴェートを訪れたあの春先から、十年。深緑色の軍服に身を包み、W術回路の仕込まれた銃剣を帯びるようになったカーツはフェンデル軍部の技術少尉として工場区画独特の歪な道と政府塔を往復する日々を送っていた。それはつまり、灰色の景色の中を風雪に吹かれながら機械油と金属垢に塗れ、大W石の機嫌に仕事の出来を左右される日々だ。
薄氷に一年の四分の三は覆われている石畳にせよ、地表より大分温かな地下下水から臭う油臭さと粉っぽい空気にせよ、故郷のあの枯れた風情からすれば随分と活動的で生活感は漂っている。充足、という言葉を改めて感じる暇もないほどに、技術士官としての日々は慌しかった。
既に棄てたものとして、故郷の名すら思い出さなかった。奪還が成ったという話を聞いた所で、たいした感慨すら浮かばない。
蓄えた知識と持ち前の聡明さは、前線で凌ぎを削るよりもと技術科に配属され、アンマルチア族という伝説の一族に半ば師事するような形で軍という組織に組み込まれた。この世界の理を知るといわれるアンマルチア族の知識、そして技術に驚かされながらも、カーツは彼らからあらゆるものを盗み、そして今では直接、兵器開発に携わるまでになっていた。
技術士官というからにはカーツの主な任務は兵器の開発と試験運用である。カーツの任は主に前者であった。
大紅蓮石―フェンデルの大W石はその扱いが殊更難しく、慎重に慎重を重ねたとて大事故の危険性を孕んでいる。そこから抽出した原素に関しても定着と安定に酷く難儀する。それが、所在が秘せられていた最大の理由であった。当然だが、尉官でしかないカーツは大W石の所在などは知る由もない。大W石由来の原素そのものを渡されるところから仕事が始まるのだ。それを大W石由来と断ずることが出来るのは、そこらに転がるW石とは比べ物にならぬほどの原素量と扱いづらさからである。
その、フェンデルの大W石に纏わる難題に関してはアンマルチア族の知恵をもってしても、仔細の解明までは至っていない。ただ、過去に大W石から原素を無理矢理に抽出しようとして大事故が起き、出力装置もろとも灰燼に帰した――つまるところ、他二カ国のように運用することは実質不可能だということだった。とかく、あれは天の僥倖なくばザヴェートの工場区画は吹っ飛んでいただろう、などと真顔でアンマルチア族にそういわれてしまえばカーツも好奇心だけで動ける理由を封じされる。そして、彼らもまた頑なに大W石の所在を明かさない。が、明かされずとも良いような気持ちも、カーツの心には芽生えていた。危険なのだ。大W石由来の原素の強烈さに苦労の連続の日々は、その大元に対する警戒と危機感を蓄積させるに至り、昔日の少年の野望というものは現実の中にいつの間にか溶け込み消失していた。
この国の原素解明そのものは恐らく他国よりも余程秀でているし、兵器転用技術に関してもそれは同様だ。が、肝心の大W石運用となると遅々として進まず、アンマルチア族を含む技師達が頭を抱えている間に、国土を奪われ貧しさを抱える人間から原素の恵みに見放され死んでゆく。
この国が生まれながらにして抱え続けている病理を知ったところで、それはにわか医師に治療出来るような代物ではなかった。先達もまた同じ問題を抱え、壁にぶちあたり、足掻き、そして死ぬ。そういう幾多の崇高な理想の殉死を重ねた所でフェンデルという国は豊かにならず、結果銃剣とW術を手足に侵略し奪うしか手段は許さない。一年前その座に就いた総統オイゲン閣下にしても、若さと情熱を武器にアンマルチア族研究者多数を政府塔に引き入れる算段を整えての就任だったが、それは氷海に投じられた一石に等しい価値しか生み出してはいない。波紋を生み出すには、ザヴェート湾の水は凍てつきすぎていた。
先の戦争に勝ったとはいえ、一向に増した諦観という緩やかにこの国土を支配している大きな魔物は、どうも一筋縄ではいかぬようだ。若き士官候補生は早々とその事を悟っていた。
それが、カーツがザヴェートで過ごした十年の一端であると同時に、哲学染みた重みとして根付きつつある感覚でもある。
「お前の慎重さは実戦では信頼に値するだろう。指揮官としてはむしろ良い資質たりえるかもしれん。が、だからといって己に嘘をついてまで灰色の空に殉じることもないだろう。お前が携わった銃剣は先鋒部隊では奪い合いだ」
「武器は嘘をつかん。だからな、マリク、俺は技術屋でいいと思ってる」
「それも、嘘だな」断言するマリクは、「人誑し」に相応しい美丈夫の笑みを未だ俯く男に向けた。
「根拠は」
「お前は、諦めた振りをしているだけだ。期待しなければ裏切られることもない。我が身可愛さに稀有な才を世間から隠すことで安寧を得る、お前はそういう男か」
マリクにしてはひどく珍しい感情の昂ぶりとは無縁の、沈着した言葉の端々にははっきりと刃といったものが含まれており、カーツに突き刺された。血のそれよりも尚熱く、苦しいものが体中を巡り感情を刺激する。刺激された痛みと一緒に、言葉にはならぬ苛ついた感情がさっと皮膚を覆った。いつだってそうだ。こいつは、突然こうして俺をひっぱってゆこうとする。あぁ、そうだ、こないだの新型の時もだ。俺は別に俺の手柄を誰かに知ってほしいわけでもない、だのに、こいつときたら。中将殿の不愉快な言葉を聞いてからこちとら、一日中持て余していた苛立ちが、ここへ来ていよいよ膨れ上がる。
「俺は、技術屋だ」
「おう、知っている。比類なき才能を持つ聡明な技術少尉殿に対して、一部のアンマルチア族研究者ですら実は舌を巻いているという噂もある」
「それ以上でもない。以下でもない」
「だったら、尚良い」
「お前の言っている意味が分からん」
「俺は何度もお前を口説いている。今更分からん、はないだろう」
ああ言えばこう言う、まるで子供同士の言葉の応酬だが、彼の目的は目下若き将兵らの間で盛んに口論され加熱している「改革運動」にカーツを巻き込む事だった。確かに、この国のごく一部の人間が数少ない利権を全て掌握し、大多数の民は貧困に喘ぎ餓死か凍死かはたまた名誉の戦死かを選ばせられるという構造の歪さは痛感している。正しい、などとは思わない。
けれど、だからといって改革派が言うようにそのごく一部の利権から来る利益を全ての民に還元などということは、そう簡単に出来るわけがない。まず、予算が足りなくなった各方面――特に自分たちが属している軍部からあっという間に不満が噴き出して、フェンデルという国そのものが傾くだろう。軍事国家、などと言われるフェンデルがこと軍編成の為に掛ける額というのは膨大であり、それがあるからこそ――軍と名の付くあらゆる組織が、国家活動を支えているからこそ、この国は成り立っている。
改革派は成る程、若い将校が大多数を占めている。彼らは軍部から支給された銃剣と軍服を身につける事で力を得たような錯覚に陥り、すれば立場が弱い民を守るという総統閣下が提唱する理念を大義と思いそれが正義であると信ずるに至る。守るとは、侵略から守るだけではない,彼らの生活を守らねば。その理論には経済的な概念及び根本的な発想―つまりはフェンデルという国土の大部分を白い雪に覆われ半分以上は永久凍土であり農業生産性は絶望的でありそもそも口に入るものの半分以上を他国に依存しているという事実がすっぽりと抜け落ちている場合が多いのは、かつては自分らも弱い民であったにも関わらず今は喰うに困らぬという余裕から来る発想だった。金がなければその日の晩飯にすら困る。それは何も貧困層に纏わる問題ではない。この国が生まれながらにして抱える、そして国の発展を妨げる大いなる足かせなのだ。そういう事を、若い将校ほど自覚していない。何よりも、今この国の首脳陣は内側などには決して目を向けてはいないし向ける余裕などはない。奪われた領土を奪還するという宿願が、首脳陣や軍部のみならず、国民にも強く根付いているからだ。少ない原素を補うために公然と海賊行為までしてストラタ海軍から奪わねばならず、豊かな隣国を侵攻する必然性に駆られている。
今は、内に目を向けるような余力などはない。それが、この国の現状だ。
つまるところ、彼らの言葉は現実的ではなかった。
「分からんものは分からんさ」
自ら夢想した理想という大義に浮かれて雪上訓練を怠り、遠征という名の侵略行為に駆り出された所で、彼らは民の生活を守る為の「狩猟」を充分に出来るとは思えなかった。現実に、議論に夢中になっている連中の動きというのは、時折随行するのみである技術士官であるカーツから見てもあからさまに浮き足立っている。自己の在り方に疑問を抱きながらでは、国を守る海賊などと揶揄されるストラタ海軍相手にまともに戦えるわけがない。ここ数ヶ月の「成果」には上層部も探りを入れる程に惨憺たる物らしく、お陰でカーツは痛くもない腹を探られた事も一度ではなかった。彼らの成果が芳しくなければ、そもそも民は貧窮する一方だと何故わからない。夢を見る前に足元を見ろ。その度に怒りにも似た酩酊を覚え、カーツは言葉を飲み込んでいる。
理想に燃え現政権とは別の宿願を得ることで、侵略のための組織だという現実を忘れたいのか、或いは気付きたくはないという自己防衛であるか。何れにせよ彼らが掲げるものに共鳴できないカーツは、結局のところ技術士官としての仕事をこなせればそれでよい、と思っていた。己の武器は人よりも些か小ざかしい頭の中身と、そこから作り出すW術兵器だということを、誰よりも自覚すればこそ、である。今の立場、今の環境、それが在ればよいと思う。マリクのいう理想などというものは、どうにも絵空事で実感のわかぬ類のものだった。自らも貧困の中にあったとはいえ、その気になり軍服に身を包めば、こうも変わる。そういう仕組みの中で成すべきことを知っているし、それ以上を望む気もない。すれば、改革などという言葉や概念には何の価値も見出せない。何故、マリクはここまで改革運動に入れ込むのか。それもわからなかった。
「お前の言う事はわかる。だがな、俺たちには少なくとも銃剣がある。貧困を廃しまっとうな国を作るという大義もある」
それでも尚、夢見るような熱っぽい目をしてマリクは理想を語らんと口火を切ろうとする。うんざりだ。理想も、大義も、自らを過信した連中の誇大妄想も何もかも。国を作る?この男はよりにもよってなんて馬鹿げたことを言い出すんだ。
「叛乱など起こした瞬間に、大義など霧散する」
吸い込んだ紫煙を吐き出して、カーツは眼前の友人をしかと見据えた。
「マリク、お前こそ考え直せ。お前のそうした理想主義は嫌いじゃない。だが理想に殉じるなどという青い感傷に付き合う気は、俺にはない」
これで、仕舞だ。言葉にせずにカーツは煙草をもみ消し、薄暗い地下酒場を後にした。
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