予兆1(FF3)

 なじんだ埃臭い風のにおい。
 からからと空をきる音が頭上をすぎる。
 そのやや小ぶりな人影は、チョコボにまたがったままに、フードからそっと天を仰いだ。
 今日はひどく風が強い。谷の入り口にずらりと並ぶ風車が激しく回転し、谷に水をひくための風車は鈍い音をたて転がるようにまわっている。ちらと覗いてみた空はとりたてて雲が多いわけでもなく、からりと晴れ渡るわけでもない、が、クリスタルを祀っているという祭壇のある北の山のあたりは沈んだ雲に覆われている。
「ああ、こりゃ、荒れるなあ……じーさん祈祷さぼったんじゃねえか」
 フードに手をかけて、彼はつぶやいた。
 あの老人が日に一度の祈りを欠かすことがないことくらいはわかっていた。だから、いつもの口からでまかせの言葉だ。おおよそ四日ぶりに故郷の土を踏めば、安心して口だってすべる。
 チョコボがわずかに頭をふる。かさついた風はどうも馴染まないらしく、先ほどからしきりにこうして頭を振っては不満を露にしている。もともとサスーン地方には希有なこの鳥は、兎にも角にも、慣れた森に帰りたがっている。
「はは、悪ィなあ、荷物がなけりゃ歩いてもいい距離なんだけどなァ」
 頭を撫でると、豊かな羽毛に砂がはいりこんでいた。むずがるのも当たり前だな、もう一度苦笑する。
「村についたら、たっぷりの水とたらふく野菜を食わせてやるからよ、もちっとだけ辛抱してくれよな」
 言葉がわかるわけではないだろうが、騎乗主の意図がわかったのか、はたまた諦めたのか、力なくチョコボは鳴いた。
「よっ……さぁて、とっとと帰んねぇとまたニーナにどやされるからな、そぉれっ」
 威勢のよい掛け声とともにチョコボをうながせば、その強靭な二本の足が砂埃とともに大地を蹴った。
 あおられて汚れた麻のフードがめくれて現れたそれは、ここサスーン地方では珍しい、浅黒い肌をした、少年だ。
 
 荒涼たる赤土の景色はやがて徐々に色をおびてゆく。
 チョコボに揺られながらトオヤはその見慣れた景色にあらためて胸をなでおろしていた。
 齢15になり村では成人と認められたその翌朝、僧侶でもありトオヤの育ての親であり、村の守役でもあるトパパに、サスーン城までの使いを頼まれた。
 ウルの草細工と毛織物は城下でもっぱら評判で、こと女官や子供たちには受けがいいという。サスーン地方の冬は、長くことのほか厳しい。虫の音がやがて木枯らしにかわれば、もっと入用になるのだから、今度は倍はもってきておくれと城おばに言い付かってきたことを、誰よりもまずニーナに知らせたい。
 もうすぐ秋も深くなり、山々は色づく季節だ。
 ふっと草のにおいがトオヤの鼻先をくすぐる。耳にはせせらぎの音が届いた。手綱を握ったまましっかりと前を見れば徐々に潅木が姿をあらわす。知らず知らず、トオヤの顔には笑みが浮かんでいた。
 この先はもう道を道なりにいって、やがて樹木がまるで壁のように茂ってくれば、いよいよ村は目と鼻の先だ。
 空の籠と重たい懐のおかげでもちろん気持ちは上向きだったけれど、何よりもまずニーナの晩御飯にありつけるというだけで、奇妙にそわそわした気分になる。
 ついでに、兄弟のなかでただひとり村を出ることを許されてはいないユックユックにたっぷりと自慢話をしてやる。そんなことを考えれば、いっそう気持ちは高ぶる。
 狭い森の道が、どうにももどかしかった。

 ざわざわと鳴る木々の声も、からからとまわる風車の音も、いつもと何も変わらない。
 だから、きっといつものように飯を食べて、すっきり眠って、それから。
 
 そう思っていた。そう思えばこそ、一時も早く皆の顔を見たかった。