まさにたゆたい流るる水のごとく。それはかたちをもたぬ意志。
ひとところに留まらぬ思考も純粋すぎる感性も、
決して常世の理にとらわれることはないその瞳も、
時の流れという濁流に呑まれた時、はじめて世界というものを知る。
【水の戦士 ククル】
ひとところに留まらぬ思考も純粋すぎる感性も、
決して常世の理にとらわれることはないその瞳も、
時の流れという濁流に呑まれた時、はじめて世界というものを知る。
【水の戦士 ククル】
どこか巨人族を思わせる人よりもずっと大きな身体、褐色の瞳とやや緑がかった長髪を持つ少年は、風を読み、水のせせらぎに耳をすまし、時折迷いこんでくる妖精とたわむれることが好きだ。
トパパの家にきたころから、それはかわらない。
時折風がはこぶ咆哮を耳にすると、ククルは満面の笑みを浮かべながら兄弟たちの袖をひっぱり、駆け出す。
「おー、あれは、バハムートの、こえだ」
普段はぼんやりしてる少年が、誰よりもいきいきと目を輝かせ、誰よりもはやく駆け出す。谷の人間は皆、目をまるくするのだけれど、三人の兄弟たちはわかっていた。
こんなときにククルを止めても、無駄だということを。
ククルはただ、彼の感じるすべてがあるがままならそれでよかったのだ。
そういうことが、とても幸せだった。
本人が無頓着なこともあってか、彼がどこの人間なのか、どういう生まれだったのか、それはトパパですらも知らない。 特にトオヤは「へんなやつ」を最初こそ奇妙な顔をして迎えたが、一緒に野山を駆け回り、食事をして、怒られてはまた家を飛び出し、狭苦しい部屋で共に寝ているうちに、そんな「へんなやつ」が兄弟にいることが嬉しくてしかたがなくなっていったようだった。
自分の中にやどったなんだかあったかいもの。なつかしくてやさしい声。ぽかぽかと気持ちの良いそれが、ずっと自分の中にある。そう思ったら、なんだかククルはわけもなく頬がゆるんで、しょうがなかった。
風の啓示をうけても、彼はあまり悩みもしなければ考えもしなかった。
大事なのは、このぽかぽかとあたたかいものが、なくなってしまわないようにすること。
世界を救うとか、そういうことはよくわからない。
わからないけれど、でも、風のクリスタルがどこか寂しそうに、哀しそうに涙を流しているような気がしたから。
そして心がちくりと痛んだから。
竜王の声を聞きながら、少年は大好きな故郷を後にする。
空は青く、たかい。この風とも、しばらくはお別れだ。けれど寂しくはなかった。
『かえっておいでよ』
草葉に遊ぶ精霊の声が聞こえる。
『あんたの場所はここなんだもん。きっとね。わたしたちも、…それから人間たちも、みな、あんたたちが大好き』
だから旅立ちは寂しくないし哀しくもない。