竜宮島に帰ってきた皆城総士の顔を見た瞬間に、芹は悟った。静かに悲しみが満ちて、悲鳴をあげることもなかった。ただ、途方もない喪失感だけが芹の胸の中にぽっかりと空いてしまったようだった。
けれども状況は感傷に浸る間も与えてくれなかった。
芹はファフナーパイロットだ。戦うことを芹は選んだ。それは、たぶん、もういなくなってしまった少女のため、そしていまここにいる少女のため。芹は痛みを伴うことでもかまわなかった。乙姫といういなくなってしまった少女と、織姫というここにいる少女のためならば。
「織姫ちゃん」
誰もいない部屋の中で芹は静かにつぶやく。己の指に刻まれた指輪をじっと見る。小規模の同化現象、ファフナーパイロットである証、そして、仲間たちとの大切な絆。
自分を常に気にかけてくれている織姫。ぶっきらぼうで、厳しくて、けれど、とても優しい小さな少女。彼女はこの竜宮島のコアでありすべて。彼女こそがこの島そのもの。芹が守るべきもの、何よりも誰よりも大切なもの。
芹には両親がいる。片親しかいない、或いは両親ともいないパイロットがいる中で芹は恵まれているという自覚はある。今は共に暮らすことはできないけれどいつでも芹のことを思ってくれている大切な両親。その両親がいる島を守るのが芹の役目だ。
けれど。
たぶん、それよりも、大切なもの。比べること自体が間違いかもしれない。けれど、芹の中でとても大きくて、大切で、いとおしい存在。それが、皆城織姫だ。
彼女は皆城乙姫とは違う。似ているけど異なる存在。初めは戸惑いが大きくて、どう扱っていいかもわからなくて、しかも彼女は以前のコアとは異なりとてもぶっきらぼうで不器用だった。けれども共にすごす事が多かった芹は、そんな彼女が本当は以前のコアとそう変わらない存在なのだとなんとなくわかってきた。そう、フェストゥムという存在の死も悼む芹だったからこそ、コアである織姫の「気持ち」を理解しようとしたからだろう。
コアという重大な存在にもかかわらず、新同化現象に悩まされる芹の食事の面倒を毎回面倒がらずにやってくれる織姫。その都度芹を叱咤し、或いは励ましてくれる織姫。少しずつ、積み重ねた言葉と経験は芹の中で日々大きくなっていっていた。
そして、彼女という存在を守りたい、その為に自分は戦うのだという意志が芹の中で芽生えていた。島を守ることは家族を守ることで、ひいては織姫を守ることになる。自分の戦う力は、その為にある―――
「織姫ちゃん、私、戦うよ」
それでも芹は戦う。戦わなければならなかった。今は、平和な時代ではない。悲しみに暮れている暇はなくて、何よりも芹には守りたいものがあった。
「織姫ちゃん」
三度、名前を呼ぶ。とても特別な名前。芹が名づけた、愛おしい名前だ。
その名前を唇に乗せる度に、芹は自分が強くなれる気がした。迷いがなくなる気がしていた。戦えると思った。
「大丈夫、私、戦えるから」
きゅ、と手のひらを握る。織姫が何度も何度も握ってくれた温もりを思い出す。ちいさな手、震えることなどはついぞなかった、愛おしいぬくもり。芹は静かにてのひらを頬へと滑らせた。織姫のぬくもりが、そこにある気がした。
「織姫ちゃんの島を…守るよ」
それは、決意。
誰にでもない、自分自身への。