慰めてくれなくてもいいわ、ヴァリック。ドニックにも、部下にも、もう何度同じ言葉をいわれたかわからないから。
私は自分は、こういうときに任務を、仕事を選べる人間だとずっと思い込んでいた、実際にそうあろうと努力していたし、それは当たり前だった。悩むことはあまりなかったわ。カークウォールの人々を守るのが私の仕事なのだもの。それは私の誇りに繋がっていたし、私がこの街にきてずっと目指していたものでもあった。
けれど出来なかった。ええ、だから失格なのよ。例え誰が認めてくれていたとしても、皆が認めてくれていたとしても、私は私の選択を、許すことはない。
逆の選択をしたところで、きっと私は後悔していたでしょうけどね。どちらの選択を後悔してるのかすら、わからないけれど。
そうね、正門に向かったのは、多分ホークがそこには来ないって思いたかったのだと思う。彼一人だったら、多分堂々と正門から私たちをまいて逃げたでしょうけど。
ええ、そう、それは絶対にありえない。だから、もしかしたら、そう考えたの。船を使うことは不思議と思いつかなかったわね。イザベラが手引きするにしても、何故かそれはないと思ってた。どうしてかしらね、私にもわからないわ。
結局私の予想は半分は当たり。私が連れて行った衛兵の数は十人にも満たないくらい…手負いの悪鬼と手練の暗殺者を取り押さえるのには結果的には十分ではなかった。ええ、私の判断ミスよ。私は彼を信じていたし、どこかでもしかしたらと思っていた。
よくやった?冗談はよして、ヴァリック。ホークは本気だったの。本気だから、私たち衛兵隊は誰一人死ぬことなく、任務に支障の出るような致命傷を負うことも無く、彼らに逃げられたのよ。
意味はわかるでしょう。
そうよ。ホークが本当に私たちを殺す気だったのなら、私だって今こうしてあなたと話をしていたかどうかわからない。少なくとも部下は半分、いえ、三分の一も生き残っていたかどうかわからない。
私だって信じたくはないわ、ええ、今でも。けれど、彼が友人にためらいも無く刃を向けて、命を絶ったのは事実。私は彼のように命がけでホークを否定もできなかったし、止めることもできなかった。
私は…。
私は、わからないのよ。
アンダースは完全にテロリストよ、無差別に市民を巻き込むなんてこと、…考えられないようなことをしたのだもの。信念?正義?冗談じゃないわ、信じられないし、信じたくないけれど。だから、たとえ友人でもそれは別の話。
私は何が何でも、彼を捕えるつもりだった。それは私がこの街の治安を守るべき、衛兵隊長だからよ。彼は然るべき場でもって裁かれるべきだと今でも思っている――その結果までは、私の関知するところではないわ。
けれど隣にはホークがいて、ホークはアンダースの傍を離れようとはしない。まるで悪鬼の守護者か騎士ね、ぞっとしないわ。
そういうことだから、私はホークも捕えなければならない。簡単なことなのに。
…簡単な、ことよ。
けれど彼と対峙して、アンダースを庇うように私とアンダースの間に立ちはだかって、静かな眼をしたホークを見て……。
私は、迷った。
彼の目は、何の感情も映してはいなかったの。ただ静かだった。
影がそこに立っているように、静かで、恐ろしかった。
盾を構える腕も、鎧をまとった体も奇妙に…重かった。剣を握っている利き腕が痺れてるみたいで、手元から転がり落ちないように必死に、剣を握ってた。
おかしいでしょう、この、私がよ。笑えるわね。
だからホークは本気だ、って言ったのよ。
私は動けなかった。傷ついて倒れる部下たちを目の前にしても――あの時は彼が手加減しているだなんて気づかなかったもの、私の足は、竦んでいて、動けなかった。おそろしかったの、次々と部下たちをためらいも無く傷つけるホークの姿が、まるで――
最後にそこに立っていたのは私だけ。
ホークは何のためらいも無く私に、友人を殺して、血に濡れている刃を私にも向けた。
けれど、その切っ先のつめたい輝きを見た瞬間、私は納得していたわ。きっと、彼はこうするだろうって。躊躇うことなくアンダースの手を取って、友人を殺したのだもの。ならアンダースを捕えようとする私に剣を向けても不思議ではないでしょう。
納得は、していた。けれど私の中にあった驚くべき感情が私の足を止めていた。単純に恐ろしかったというのもあるわ、それから…最後に私にナイフを向けたホークは、まるで知らない場所で親とはぐれて不安で泣き出しそうな子供みたいな、顔をしてたのよ。
私はあの時、自分がおかしくなったのだと思ったわ。見てはいけないものを見てしまったという気持ちにもなった。自分が何を考えていて、何を望んでいて、…どうしたいのか、全然わからなくなった。
ええ、ホークは私たちの前では決して涙を見せたことなんてなかった。弟を目の前で殺されたときも、妹を失ったときも、母親が殺されたときも、私の前では―アンダースの前ではわからないけれど、少なくとも私たちには、涙は見せなかった。そういう素振りすら見せなかった。ええ、そうよねヴァリック。あなたが一番、よく知っているでしょう。
けれどあの時、静かな殺し屋の顔をしたホークが、まるで泣きそうな表情で私を見ていた。私の知らない表情をして、私のよく知った顔をして。
彼は友人で、とても、大切な友人で、この街に一緒に来たのよ。最初から一緒だった。家族とは違うけれど、とても親しい存在だった。トラブルメーカーで、私の頭を悩ませてばかりで、下らないことばかり一生懸命で。
それでもね、余程不幸なことがない限りは仲良くやってゆける、それは私だけの一方的な思い込みではなかった。
そうよ、そう言ったのはホークなのよ。いつもの冗談みたいな口調だったけど、彼は本気だったわ。そうね、少しは彼が本気かそうでないかはわかっているつもりよ。
酒に酔ってみたら少しはわかるかと思ったけれど、やっぱりわからないわね。ホークのことはドニックよりはあなたの方がよく知っているから、そう、そうね…。やっぱり私は哀しいんでしょうね。
ホークはもう、私の手の届かない別の場所に行ってしまった。
だからもう二度と彼に会うことはない。会おうと望んでもいけない、そんな気がするの。
そうでなければ、私は多分、彼を殺さなければならないでしょうから。そうしたら私はいよいよ私の望みも何をしたいのかも、きっと、わからなくなるに決まっているわ。
……私が飲みすぎですって?冗談にしてもつまらないわ。
自分が許せないし、情けない。けれど私はホークを殺したくはない。泣きたい気分だなんて、まるで若い女の子みたいなことを私が言ったらあなたは笑うでしょうね、ヴァリック。
よしてよ、本当に。こんな話はあなたくらいにしか出来ないんだから。
そうね、こういう時はイザベラが羨ましくなるわ。私には出来ないことを当たり前にできる自由な人だから。彼女はいい友人よ、知ってるでしょう。
ありがとう。あなたもよい友人よ。