「お前ってばかだよな?
なんでそんなことわかんないんだよ?フツウじゃないぞ?」
「うっ…フツウって、ナンだよ。フツウって」
「ばっか、フツウってのは、フツウだよ。あーほんとにお前ばかな」
「………なーんだティーポもわかってないんじゃないか…」
「……うるさいなっ!いいからとっとと寝ろよっ!あんまり夜更かししたら、にいちゃんに頭から喰われるぞ!」
「え、にいちゃん、おれたちのこと喰うの?いくらなんでもそれは…」
「……いってみただけだよ。でも早く寝ないと、メシ抜きとかは…あるかもな」
「うわあ、それはいやだ。に、にいちゃんにみつからないうちに、はやく、寝よう、ティーポ」
どうでもいい、ささいな会話。
どうでもいい、ささいな日常。
でも、どうでもいいなんていえない、大事なきおく。
ずっと、ずっとさがしてたおさななじみ、オレの大事な兄弟。
ずっとずっと、戻りたかった昔。
オレとにいちゃんと、リュウと、三人。
ふつうに暮らしたかったんだ。
泥棒でもいいから、三人でふつうに暮らしたかったんだ。
三人で、笑って、泣いて、怒って、けんかして。
三人いれば、なんとかなる。
一人じゃないからな。
本当は、うれしかったんだ。
にいちゃんが、リュウが、生きてた!
本当はうれしかったから、本当は、全部めんどくさいこと忘れて、全部投げてしまって、再会を喜びたかったんだ。
本当は、また、まえみたいにリュウにばかって言いたかった。喧嘩ばっかしてたけど、楽しかった。
本当は、また、にいちゃんをからかいたかった。にいちゃんはいやがるけど、でも、楽しかった。
でも全部駄目だった。
本当はにいちゃんと、リュウに、ずっとずっと会いたかったのに。
オレは自分にうそをついて、……リュウに、うそをついた。
でも、リュウはオレがうそをついているのが、わかっていた。
全然変わって、別人みたいになって、前よりえらそうになってたけど、やっぱりリュウはリュウだった。
リュウは、ずっとオレの目を見てた。
オレがめちゃくちゃいっても、全然オレのいうことを聞かない。
ずっと、ひとこともしゃべらないで、ただ、オレのいうことだけをきかなかった。
でも、ずっと、オレの目をみてたんだ。
なんで、リュウはわかってくれないんだろう?
オレたち、いちゃだめなんだよ。
オレたち、危ないんだよ。
世界をこわすような、力もってるから、だから、…だからさ
「……わかってる。俺たちの力は危険だ。…でも、だからって死ぬべきじゃない。俺も、お前も。
そんなに世界は弱くないよ、ティーポ」
リュウは、オレにむかってそんなふうに言う。
なんでそんなことがいえるんだよ?
オレ、わかんないよ。
「…………ばかだなあティーポ。世界がどうとか、他がどうとかじゃないだろ?
ティーポは、生きてるのいやなのか?」
ちがう。そうじゃない。
でも、そんなことは、オレたちは、そんなふうに考えちゃ駄目なんだ。
力があるから。だからオレたちの仲間は皆死んだんだ。皆、……オレと、リュウ以外。
オレ、いやだよ。
リュウを殺したくない。
リュウをころしたくない。
でも、……でも、………オレたちは、いちゃいけない。
この世界に、いちゃいけない。
だから、だから、だから、……………
にいちゃんが、泣いてた。
ぼんやりと視界がかすんで、意識もどんどん混濁していってたからぼんやりとしかそれは見えなかったけれど、よく見なれてた、けどちょっとだけ老けた顔がめのまえでぐしゃぐしゃにゆがんでいた。
にいちゃんは、泣きながらオレの事をなんどもなんども呼んでいた。オレは、返事をしてるはずなのに、にいちゃんはやっぱりなんどもなんどもオレを呼ぶんだ。声が、うまく出てないのかな?
全身がとにかくだるかった。多分、力を一気に解放したからなんだろうとぼんやり思う。
あれ、そういえば、リュウはどこだろう。
首をめぐらせようとしたけど、うまくいかない。痛みで体中がギシギシいっている、歯をくいしばって我慢したけど、痛みはさっぱりとんでいってくれやしない。耳もとで、でっかい鐘ががんがん鳴ってるみたいな痛みだ。痛いって、思うのもめんどくさいくらいに。
うーん、なんだかなあ、…なんでなんだろうなあ。オレ、なんでこんななっちゃったんだ?おかしいな…。
リュウを見つけた。
オレとにいちゃんから少しはなれて、ぼうっとしてる。
「はは…リュウ、やっぱり、ばかみたいな顔だ……前とかわら、ないな」
ちゃんと、きこえてんのか?
せっかく前みたいに、話できるなァと思ったのに、リュウは同じ所につったったままで呆然と間抜けづらさらしてる。変な顔だ。……ちぇ、笑ってやろうと思ったのにうまくいかない。
前、オレが大怪我したときは、リュウがギャンギャン泣きわめいて、「ティーポが死ぬ!」とかいって乱暴にめちゃくちゃに手当てするもんだから、余計傷口が開いたりして大変だったっけ。
にいちゃんいなかったら、オレ、ほんとうに死んでたかもなあ………こいつ、魔法で治療使えるくせにわざわざ包帯とか薬草とか、…こいつなりに一生懸命だったんだろうけど……怪しげな手付きでつぎつぎと手当てするもんだから、オレも思わずキレちゃったり、したっけ。
なのに今は、あのときと逆。にいちゃんがばかみたいに泣いてるし、リュウは変な顔して動かないし。
オレはリュウのこと呼んでるのに、リュウはぼけっとしたまま、動かない。にいちゃんはにいちゃんで、喋るなってうるさいし。オレ、しゃべりたいんだよ。リュウと、いろいろなこと話しようと思ってたんだ。
オレ、自分のこと、よくわかんないし。
竜のこととか、……よく、わかんないし。
ミリア様に教えてもらったけど、さっきリュウと少しだけ話たら、なんだかちょっとちがうよな?
オレはずっと、竜はこの世界にいちゃだめで、いなくなって当たり前の悪いヤツらだって、聞いてたからその通りなのかって思ってた。
ミリア様は、そんな竜のオレでも、優しくしてくれた。
オレをこんなところにずっと住まわせたのも、オレが、間違って他の生き物を殺してしまわないように、なんだよ。
だって、オレたちの力は、簡単に世界を燃やすことだってできるから。
ずっとそんな風に思ってたから、…だから、それで、お前もオレと同じ竜なんだって、ミリア様から聞いてたから。
早く、お前にことこと教えたかった。お前が間違わないように教えてやんなきゃって思った。
でも、お前は見つからないし、オレは外に出られなかったし。しょうがないから、ずいぶんと待ってた。
しょうが、ないよな?
けど最近、なんだか突然リュウに会える気がしたんだ。よくわかんないけどな……ああ、多分、昔オレが、お前の名前、知らないのに知ってたみたいにさ。なんかあんな感じでわかったんだ。
リュウは、オレより色々見てきたみたいだし、色々しってるみたいだから、…ちょっと悔しいけど教えて欲しいんだよな。
ほらオレ、昔、なーんにも知らないおまえに、色々教えてやっただろ?あんなかんじでさ。
オレたちって、何なんだろう?
やっぱり、オレたちって、死ななきゃいけないのかな?
うーん、なんかでも、こうやって、思いきり全力でやりあうと、やっぱこうなっちゃうから、……ミリア様は、正しいのかな?
にいちゃん泣いてるし、お前、変な顔してるし。
やっぱり、ミリア様は、正しい……
やっぱり、オレたちは、存在しちゃいけない……
そう、なのかな?
こたえてくれよ、リュウ。オレ、わかんないからさ。
リュウの変な顔が、ますます変な顔になった。ああー……昔、オレがよくいじめてたときによくみた顔だ。泣き虫のくせに、絶対泣くか!とかいって、必死に我慢すんだけど、でも、結局泣きだす。…あれでオレ、何回にいちゃんにげんこつで殴られたことか。
なんだ、やっぱ、変わってないなぁお前。でもオレ、今はいじめてないぞ。何でそんな顔すんだよ?
むかし、…なつかしいなあ……
オレと、にいちゃんと、リュウと。
三人いれば、なんとかなるって思ってたもんなあ。
おかしいよな?三人、再会、出来たのにな?
やっぱ、オレも、…リュウも、竜だから、なのかな。
だったら、オレ、こんな力いらなかったよ。
こんなよくわかんない力なんか、いらなかった。
お腹がすいても、着るものはボロばっかでも、冬は寒くても、三人で、盗賊やってたかった。
そうしたら、リュウは笑っていられたよな?
オレも、笑って。にいちゃんも、笑って。
あれ、もう、目の前がよくみえない。……もう、駄目なのかな。急にまわりがぜんぶ重たくなって、のしかかってくる。
ああ、眠いなあ、………ひどくねむいよ。疲れたのかな。
いろいろ、はなししたいこと、あったんだけどな。
まあいいや。
こんど、はなししよう。
こんどは、ちゃんと、はなせるよな?
なんだかふわふわしたところを、歩いてるみたいだ。
歩いてる?
いや、ちがう、オレは歩いてない。
目をあけたら、下に、ずっとどこまでも続く砂漠があった。ひろいひろい、どこまでも砂、砂、砂。砂はいろんな色をしている。
いろんないろと、ものが混ざりあって、砂になってる。
オレ、飛んでる?
ああ、そうだ、だからこんなに身体が軽いんだ。
耳もとで、声がした。
「帰ろう、ティーポ」
声……っていうのは、おかしいな。ちょっと、違う。
声はしたけど、それは、どこまでもずうっとひびいてくような、…言葉じゃなかった。
言葉じゃないんだけれど、オレは、そういうふうに聞こえた。変だなあ。
ぐるっと首をまわしてみたら、リュウが笑ってそばにいた。
ああ、そうか、お前だな?今のは。
それよりも、オレ、飛んでるぞ!
すごいなあ、空から見たら、こんなふうだったのか…。広いなあ……。
こんなに、世界って広かったのか。オレはなんにもしらなかったなあ……本当に。
なんだか、今のオレだったらどこにでも行けそうな感じがする。
「お前はもう、自由だから、何処にでもいけるよ」
リュウの声が、した。
リュウの声をきいたら、とつぜんまわりで何かがくだけるような音がした。
そしたら、オレの身体は本当に空を飛んでいた。
手足も思うように、うごく。
ぜんぜん、痛みもない。
めんどうなことは、全部どこかにいってしまっていた。
でも、もう、二度とにいちゃんにあえないんだっていうのはわかった。
目の前で笑っているリュウにも、二度とあえないんだって、わかっていた。
さみしかったし、悲しかったけど、でも、涙は出なかった。
たぶん、話をすることもできないし、けんかもできないけど、一緒にはいられるからな。
ああ、リュウ、泣くなよ。
お前、やっぱり泣き虫、なおってなかったのか?
図体ばっかりでかくなって、全く、……面倒見るオレの気持ちも、ちょっとは考えろよ?
また、にいちゃんに見つかったら、げんこつなのはオレなんだから。