休息について

 アンドロイドにも休憩時間というものはある。旧世界の人類のように、作業を効率化するためだ。単純に、長時間同様の作業をし続けることで義体は消耗してしまうから、軽いメンテナンスのようなものが必要となる。そんな面倒で非合理的な機能などは不要だと以前は思っていた。

 けれど、近頃はその考えも改まってきている。

 自分と同様にオペレーター業務を担当しているものは皆、勤務時間中に設けられた休憩時間や勤務時間外の食事や交流などを好きなように楽しんでいる。好きなように時間を使えることは、それだけで次の作業の効率化につながる。

 21O自身、余暇の時間は趣味のデータ収集に割いているし咎められることもないので、好きにしていた。おそらく、これも「楽しんでいる」に入るのだろう。

 楽しんでいる、という感じ方は、おそらくは彼の――ヨルハ部隊所属9号S型、9Sの影響であることは、否めない。

 本当に彼は、自由だ。戦闘任務が主であるヨルハ部隊相手に自由というのもおかしいのだが、とにかく何をしでかすかわからない。スキャナータイプは元々そうした傾向があるのだが、彼は別格なのだ。任務中もことあるごとに余計な報告をしてくるし、必ず余計な一言を付け加えるし、何かにつけて感想を報告してくる。再三無駄だと返しているのにも関わらず、だ。

 ただ、それも彼が見つけてくる地上のデータや画像、そういったものを見ていると、彼の”道楽”もまあ悪くないと思える。ギブアンドテイク、そんな言葉が記録に残っていた気がする。つまり彼の”道楽”を黙認するかわりに自分は貴重な地上のデータを得ることができる。そう考えれば納得もできる。

 だから、21Oの休憩時間といえば、調査に赴いている9Sが「拾って」くるデータを眺めて解析することに充てられるのが、常だった。

 常だったのだが。

 食堂と称された娯楽室で、個人の端末でデータ解析をするのが日課である21Oのそれに、最近はもうひとつ別の行動が加わっていた。

「あ、21Oさーん!あのですね、また2Bさんがお花のデータ送ってくれたんです!ふふふ~今回はきっと21Oさんもびっくりしますよ~!」

 問答無用で21Oの隣に座り、わざわざ画像データ印刷したものを差し出す、楽しそうな声。

 最近、ヨルハ部隊所属2号B型担当オペレーター6Oが、ことあるごとに21Oにある種のデータの解析を頼んでくるのだ。

 彼女の担当である2Bは9Sと行動を共にすることも多いので、彼女が持ってくるデータは既知のものもあるが、そうではないものもあるので、趣味の一環としてそのデータの解析をして結果を告げる。

 そうすると6Оは「わあ、そうなんですか!2Bさん、そんな貴重なものを」とか「そうなんですねー、地上にはこんな植生が…」とか彼女なりに色々と発見があるらしく、ひとしきり感想を述べたあとに必ず「ありがとうございました、21Oさん!」と感謝の言葉を告げられる。

 当初は彼女自身が分析したデータごと見せられていたのだが、彼女はデータ分析があまり得意ではないのかあちこち抜けがあったために一度21Oがそれを分析しなおして彼女に渡したところえらく感謝されて、そのうち最初から解析自体を任されるようになった。21Oとしても、彼女の持ってくるデータに興味深いものが含まれている場合もあるので、解析自体が趣味であることもあり敢えて断ることはしなかった。

 そして、今回は。

 6Оが持ってきた画像データは、珍しい花の群生地のものだった。

 薄暗い地下の一角に、白くて薄い光り輝く花弁。恐らくは土中に含まれるであろう鉱物の成分が発光していて、それが花の光と合わさり地下空間に光の粒子が漂っているような、幻想的な光景だ。資料で見たことがある、滅多に見ることのできない「月の涙」という花だろう。21Oもその名称くらいは聞いたことがある。だが、この花がこうした地下にこれだけ大量に群生しているのは珍しい。自然発生的にこの「月の涙」が群生することはないので、恐らくは地上にいるアンドロイドが意図的に集め、栽培し、咲かせたものだろう。地下でどのように植生に必要な光を得ているのか、どれだけ長い期間をかけたのか、その目的は。21Oにとっても興味の尽きないデータだ。

 その上、いかにも6Оが好みそうな画像。花の群生だけにフォーカスしたもの、その地下空間にある旧人類の住居施設のようなもの、それから――

「あっ、ほら、ここ、9Sさんが写り込んでます。9Sさん楽しそうですね~。9Sさんて、クールな2Bさんと違ってやんちゃで好奇心旺盛なところあるから、こういう不思議な場所に行くと持ち前の好奇心発揮しちゃうんでしょうねえ。さすがS型、って感じです」

 楽しそう、と6Оが評する画像の9Sは、確かに「楽しそう」だ。

 群生の一角にしゃがみこんで、花弁に触れながらじっとそれを見つめている。「観察」しているのだろう。その9Sを主体に撮影して送ってよこす2Bもどうかと思うのだが、こんな画像は9S自身が送ってよこす画像データでは拝めない。随行支援しているポッド042が2Bが6Оに「見せたいもの」だと判断した画像だからこうして転送されてきたのだ。

「そうですね。9Sは何でも興味を持つとその対象以外に意識がいかなくなりますから」

「あ、そういうとこ、なんか21Oさんと似てますよね、9Sさん」

 突然、6Оがとんでもないことをさらりと言うものだから、21Oは思わず彼女の顔をまじまじと見つめてしまう。

「似てません」

「21Oさん、クールだけど、好きなことしてるときってすっごい一生懸命だから」

「当然です。好きなことですから」

「う~ん、そういうところも、似てると思うんですけど。担当オペレーターとヨルハ型機体って、だんだん似てくるのかな?でも私と2Bさんて似ても似つかないと思うけど」

「あなたとヨルハ機体2Bが似てないのには同意しますし、私と9Sは似てません。この話はこれでおしまいです」

「ええ~、絶対似てます」

 6Оは結構しつこくて押しが強い。人懐っこくオペレータの中でも社交的な方なのだが割と人の話もきかない。

「これ以上言うなら、もうデータ解析しませんよ」

「うぅ~~、わかりましたぁ……私、21Оさんみたいに上手に解析できないから、2Bさんがせっかく色々送ってきてくれても殆ど調べられなくて……思いつきの感想しか言えなくって、申し訳なくって」

 似ていると言われ、不愉快なのではなかった。ただ、いまいちピンとこないのだ。

 あの自由奔放好き勝手な9Sと自分の、どこが似ているというのだろう。6Оに詳しい話を聞かせて欲しいところだが、彼女の場合漠然としたニュアンスの返答しかよこさないので、21Oが納得する答えを提示してくれるかどうかわからない。というか、恐らくは望むような解答は得られないであろう可能性のほうが高かった。この話はほんとうにここで区切るべきだろう。

「だから私が解析してあげてるんです。でも、別に2Bはそれでもいいと思ってると、私は思います」

 2Bはオペレーター6Oの性格を、21Oよりずっと知っているはずだ。その21Oですらわかる。2Bは別に6Оに画像を分析し詳しい感想を言って欲しいわけではない。でなければ、何度も何度も面倒なことをして花という期間の限られる特定の植生のデータ画像だけを送るわけがないのだ。2Bの送ってくる画像データを解析していて気づいたのだが、2Bはほんとうに短期間で花の盛りを終えてしまうようなものや、そもそも希少なものなど「わざわざ」作戦任務を遂行する傍ら、探してきている。

「そうなら嬉しいですし、そうかもしれないんですけど。せっかく2Bさんが送ってくれたんだから、もっとこう…。あ、それに!」

 6Оが、21Oの肩に触れる。なれなれしい、と感じることはなかった。6Оは人懐っこいし、個人的に疎ましい対象でもない。距離感が若干自分とは違うと感じることはあるが、たまに食事という娯楽に誘われて付き合う程度には、こうしたことをされて悪い気がする相手ではなかった。端的に言ってしまえば、ある程度の気を許している相手なのだ。

「21Oさんとも前より仲良くなれてる気がして、楽しいんです」

 6Оは無邪気に笑う。その表情が、一瞬、9Sと重なる。

 彼はよくこんな表情をしている。ゴーグル越しで実際に見えるわけではないが、彼もよく「楽しい」と口にするのだ。そしてその時の声と、今の6Oの声の調子も、とてもよく、似ていた。

「2Bさんも9Sさんと一緒に行動してると結構楽しそうなんですよね~。やっぱり、誰かとこうして一緒に何かするのって、楽しいと思います」

「まあ、そうですね。あなたとこうして過ごす時間が無駄ではないということだけは、同意しておきます」

「あはは、21Oさんらしいなあ。けど、そういってもらえて嬉しいです」

 素直に自分の感情を吐露することをなんとも思わない上にデータ解析が苦手な6Оは、正直オペレーター任務に向いているとは思わない。だが、存外担当の2Bとはうまくやっている、と思う。少なくとも2Bが貴重なデータを集めて転送する手間を厭わないくらいには、2Bにとって6Оは大切な相手なのだろうし、6Оが話すことといえば2Bのことばかりだ。

 お互いの共通の話題が2Bと9Sであることを含めても、彼女の「2Bさんが」という単語を何度聞いたことだろう。

 それは、わからなくもない。21O自身もあの9Sの担当となった当初こそ溜め息と苛立ちの連続だったが、今では案外悪くないと思っているのだから。

「明後日のメニューは魚だそうです。なんでもずいぶん前に9Sが地上部隊と一緒に調理方法を試した料理が採用されたんです。あなたは魚が好きだといっていたから、一緒に食べましょう」

「えっほんとですか?もちろんです!でも、9Sさんてそんなこともするんですか?流石最新型モデルなだけありますねえ、何か新しい調理方法なんですかね?楽しみだなあ」

「最新型なのとは関係ないと思いますが、地上のアンドロイド部隊から面白い調理方法を聞いたようで、それを調理担当に報告したところ何度か試行して採用したようです。最近彼は地上で水生の生態系を現地調査するのが楽しいようで、何でも、元々は同行している2Bがを釣り上げたことから始まっているみたいですけど」

「えっ2Bさん釣り好きなんですか、意外……そういうこと、報告してくれないからなあ」

「ふつうしません、任務外の行動を報告する義務はありませんから。勝手に9Sが通信してくるんです。今日は、太平洋方面で沢山アジを釣り上げてしまったけど、食べることも調理することも出来ないからもったいないけど戻したと報告がありました」

「アジはしょうがないですよね……おいしいらしいけど、さすがに食べると死んじゃう魚は、いくら私でも食べられません」

「先日は2Bがウバザメを釣り上げたからと、捌き方を聞かれましたが、機械生命体相手にするように持っている武器で適当に絞めればいいと返したら、ほんとうに解体した画像が送られてきました。二人がかりでやったのか、大惨事でした」

「見たいような、見たくないような……」

「興味があるなら、あとで圧縮データを転送しますが」

「魚を捌いた2Bさんと9Sさん……ちょっと楽しそうだから、お願いします。それ、食べたんですかね」

「好んで経口摂取するほどの味ではないが、加熱の仕方や調理方法次第では悪くはない。一匹の魚体から摂取可能な量を考えれば将来的にバンカーで提供してもよいと思うが、問題は組織劣化の速度が速く激しいことなので地上から打ち上げる場合対策をとる必要がある、との報告でした。まあ、あまり現実的な話ではないですね」

「サメって旧人類が食べてたっていう記録はありましたけど、そういえば敢えて食べるひとたちっていないけど、そういうことだったんですねえ。でも、本当にメニューになるなら、おいしいかおいしくないかはおいといて、食べてみたいですねえ」

「地上の生き物の死骸を劣化せず保存させる技術は失われてます。味及び食感の劣化を防ぐ理屈としては捕獲直後に急速冷凍すればよいのですが、戦闘任務が主体のヨルハ部隊にそんな機能をつけるとは思えません」

「あはは、ですよねー。機械生命体との戦いが終われば、もしかしたら私たちもそういうもの、もっと色々試行錯誤できるのかもですけど」

「地上のアンドロイド部隊では、料理について研究しているアンドロイドがいるそうです。9Sはよく彼らに相談しているみたいですから。旧人類の食事に関する調査任務には別の担当がいるはずですが、作戦行動に支障がないので黙認しています」

「9Sさんてその手のことやらせると結果がすごいですからねえ……流石最新型。ってことは2Bさんもそういうの、得意なんでしょうか」

「B型は近接戦闘に特化しています。料理という行為は資料によれば繊細な感覚や発想力、知識も必要になりますから、おそらく無理です」

「わかります。なんとなく2Bさんて魚釣るだけって印象です」

「そのほうっておいた魚を9Sが勝手にアレンジして料理しているだけです」

「楽しそう~」

「そうですね。たぶん楽しいんでしょうね。9Sに色々と聞かれることが多いので、私も過去の調理技術や調味料に関してのデータをよく集めてます。ほんとうに人類は食べることに関しては貪欲だったみたいです」

「それも楽しそう~、私も食べること好きですから!」

「私は特に好きではありませんが、興味がないわけでもありません。ただ、人類は植物や動物から栄養を経口摂取しないと生きてはいけなかったので、切実さが違っていたんでしょう。必要であるなら楽しむ、より効率よくしたいと思うのは、当然です」

「調味料は貴重なものが多いからなあ……人類はもっともっと沢山の味や形を楽しんでたんだろうなって思うと、うらやましいです」

「機械生命体を殲滅すればヨルハ部隊の任務はひとまず終了します。そうすれば、別の目的が発生します。そのために、旧世界のデータを集めて、解析しているんです。無駄に思える食事も、調査も、全部意味があることです。今は無理でも、そのうちもっと色々な調理方法や、調味料や、食べ物が増えるはずです」

「なるほど、私たちアンドロイドは別に食べ物を摂取しなくても生きていけるのに、なんで食事なんてあるんだろうってずっと不思議だったんだけど、そういうことなんですね!」

「そうでないのなら、我々にそんな無駄な機能をつけるわけがありません」

「うん、うん、きっとそうですよね!オペレーター6О、俄然やる気が出ちゃいました!午後も任務、がんばります!」

「よいことです。私もこれであなたとの対話がより有意義になりますから」

 それに、こうして担当ヨルハ機体の話を直接出来るのは、9Sと組んでいる2Bの担当オペレーター6Oだけだ。オペレーターは皆自分の担当しているヨルハ機体の秘匿情報以外の情報に関しては比較的饒舌になる傾向があるが、正直なところ自分の担当外のヨルハ機体の話を聞いても、所詮他人事としか21Oには思えない。自分が聞いて楽しくもない話を他人にする気はない。

 ただそれも、9Sと同行している2Bの話となると別である。極端な話、2Bに何らかの異常があれば9Sの行動や任務に影響が出る。だから、その担当オペレーター6Oと言葉を交わし情報交換するのは、無駄なことではない。無駄ではないし、それは6Oも同じであるようで、彼女は9Sの話もそれは楽しそうに聞いてくれる。

 楽しみを分かち合えることは、悪いことではない。

 21Oにとって6Oは、数少ない、そう思える相手だ。

「データはあとで転送しておきます。魚、楽しみですね」

「はいっ、ありがとうございます。って、そろそろ時間だから戻らないとですね。私、先に戻ってます。21Oさんも午後のお仕事、がんばってください~」

 来たときと同じように、6Oは出力データを丁寧にファイルにしまいこむとぱたぱたと戻っていった。「2Bさんから」と癖のある文字で表紙に書いてあるファイルは、だいぶ厚くなってきている。

 21Oは個人の携帯端末のネーミングされていないファイルフォルダを開く。無味乾燥な数字がずらりとならぶそれは、9Sから送られてきた山のようなデータの、日付ごとに分類されているだけのもののバックアップデータだ。古いものからたどると時折同じものとぶつかるそれはその都度保護しているから、上書きも書き換えも出来ないようにしている。繰り返し送られてくるものも、珍しいものも、そうではないものも、あたりまえのものも。彼が見た光景のログは、21Oにとっては書き換えのできない大切なもの。

 カチリ、と予め設定していたアラームがなる。休憩時間終了5分前の合図だ。

 個人端末をしまいこむと、21Oは立ち上がる。先に出て行った6Oはなぜかいつも21Oより後に司令室に戻ってくるから、今日もたぶん彼女は遅れてくるだろう。

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