次はダルレカの地を奪還する。
その宣言を全軍の前でする折、ペレアス王子は五人のラグズと一人のベオクを伴っていた。
ベグニオンはグラーヌ砂漠を本拠地とするラグズ奴隷解放軍と、幻の国ハタリより力添えを申し出た客人、とペレアスは彼らを全軍に紹介した。
王子の常に付き従うイズカはといえば、アムリタと共に後方に堂々と立っている。先の、イズカとラグズ奴隷解放軍の確執を知っているのは解放軍でも上層部のみではあるが、そのあまりにも堂々としすぎた素振りは見るものになんとなく違和感を覚えさせた。
王子ペレアスはといえば、今の今までこのように全軍の前に立って言葉を発したことなどはなく、常にその意はイズカが伝える、というのが常だった。
王子が前に立ち、イズカがその背後に立つなどということは、今の今までなかった。そういう意味でも、この王子の宣言は異例の事態だったのだ。
ペレアスが自身の言葉でもって解放軍の指針を示したのは実際これが初めてであったし、次の奪還目標地ダルレカといえばデインでもパルメニー神殿と並ぶ要所中の要所である。兵たちの士気が否応なしにあがったことは、いうまでもない。
王子の言葉は全てにおいて未熟ではあったものの、ツイハークはそれだけではないという確信を得ていた。
それは、隣に立つフリーダという若き女領主も同様であったらしく、彼女の王子を見る眼差しが以前の懐疑的なものから主君を見るものへとあからさまに変貌していたのが、印象的だった。
確かに言葉だけならば、未熟であった。だが内容を良く聞いていれば、あの王子が決して愚鈍でもなければ傀儡のみに留まるような存在ではないことを確信出来た。
気弱さと人の良さの裏に、あの王子はおそらくとんでもない牙を隠し持っている。それは、このデインという国を、下手をすれば根底から覆しかねない強さがあり、形定まらぬという脆さもあった。それは、王子が真に理解者というものを得てないからであろう、とも思う。そういうところを、ツイハークは悲しいことだと思っていた。自分は、結局のところ傭兵なのだ。騎士ではない。
希代の改革者となり得るか、或いは逆か。何れにせよ、この国は、再生と同時に変わるだろう。
「ラグズの参戦を、…ああいう理由をつけて、認められるデイン王子…。…私たちは、もしかすると、この国が変わり行く姿を見ることになるのでしょうか」
言葉は、決して強くはなかった。危機感、不安、おびえ、戸惑い――そういう感情が交錯しながらも、だが若き領主のまなざしは、ツイハークをまっすぐに見ていた。そこには、わずかながら揺れている炎が垣間見えた。
「変わらなければ、この国は再生しない」
明確なツイハークの言葉に、フリーダが動じた風もなかった。そういう答えをツイハークという男からは、想定していたのか。或いは本人がそれを肌で感じているのか。
フリーダというこの女騎士のことを、ツイハークも多くは知らない。だが同志だった。共に戦い、そして共にデイン王国の復活を願うものだった。
二人とも、祖国解放は成って当然、そういう前提で話をしている。
フリーダがそう願うのは、当たり前のことだろう。旧四駿ランビーガの娘であり、父の領土とそして名と誇りを、己のものとなそうとする――そういう彼女の信念は、戦場で多く目の当たりにすることが出来た。
そういう彼女であればこそ、決して「銀の髪の乙女」という浮かされた名に呼び寄せられたわけではないのだ。当初は、ペレアス王子の存在すらも訝しんでいたという。
だがそれも、先ほどまでだった。今、彼女はペレアス王子を真に王位継承者と見定めている節がある。それも、ツイハークにはどこかおかしいのだ。デイン人は、先代アシュナードに限らずだが、どこかで自分たちの王を評価する傾向が強い。見定め、不足とあらばいとも簡単に叛乱を起こす。それは、他国にはない特徴ともいえた。そういうことを、デイン人は傲慢だと思わない。
ラグズという存在を厭いながらも、そういった気質はどこかでラグズに似ている――久しぶりに戻ったデインという祖国に住まう人々を、ツイハークはそのように見ていた。
「それは必ず、良い方向だと、俺は信じている。だから俺はこの剣を、いち早く祖国解放が成るために、振るうだけだ」
フリーダもまた、頷いた。ツイハークが巧妙に話を変えていることを、じっと傭兵の表情を伺っている彼女は、理解しているはずだ。その上で、まっすぐな目で頷く。
彼女の馬上槍の腕前は相当のものだった。そして、彼女率いるマラド騎馬隊の精強さときたら、ツイハークですら目を見張った。これは、と思うほどに見事な人馬一体の、そして統率の取れた動きをする軍隊だ。乱れも、隙もない。これほどの騎馬隊は、ベグニオン帝国正規軍でもなければ拝めまい、そういう沸き立つような心すら、ツイハークは抱いていた。
「ラグズ。そういう言葉を、私は今、初めて使いました」
フリーダの表情は、硬い。ラグズ、という声は緊張していた。
戦場では何度も、オルグやムワリム、ビーゼらの姿を見ているはずだ。だが、それでも一朝一夕でラグズに対するものが、変わるとは思わない。デインという国、いやベオクの抱く、ラグズに対する本能的な危機感――そういうものもまた、二つの種族が敢えて国家という形で住み分けの道を辿ったひとつの理由なのだろう。
「ラグズ。騎馬隊は、彼らに恐れなど持ちません。私も同様に。ですが、民はそうはいかない。そういうことを、王子は見据えられているのでしょうか」
「ペレアス王子は、そもそも王宮に育ったわけでも、貴族だったわけでもない」
きっと、という言葉は使わなかった。フリーダは、ツイハークの言葉に、わずかだが微笑んだような気がした。

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